レミトル・サメクその6
戦はそのまま進み、ついに我々の軍は魔王軍への砦へと辿り着いた。
この砦は、魔王軍に囚われ、奴隷となった人間達が作った砦である。
奴隷達が、いつか来る人間の軍のために、わざと脆く作ってくれているといいのだが、望み薄だろう。
ベナミス殿の話では、奴隷の扱いは酷かったというからな。
真面目に仕事をせねば、拷問を受けるという。
ベナミス殿の軍は傷だらけの者が多い。それらは全て拷問の痕だというのだ。
あんな凄惨なものを見せられては、とても手を抜く人間がいるとは思えない。
そして、その考えの通りに、砦は強固で、とてもすぐに落とせるようなものではなかった。
だが、ウィグランド王もそれはわかっており、砦を囲み、じっくりと落とすつもりのようだ。
「レミトルよ。今日の所は帰るぞ」
だから、ウィグランド王はこんなことを言いだしたのだ。
早朝から攻めていたおかげで、まだ陽も傾きだしてはいない。これからが大事と言うところだろう。
つまり、この最初の段階で、敵はあがいてきそうなものだが……。
そう思っても、私は王に提言などしない。
"ウィグランド王の判断"を信じているからだ。
「はっ!ご命令のままに!」
♦
城に戻ると、すぐにウィグランド王に呼び出された。
すぐに向かうことにする。
「おっと」
すると、その途中ベナミス殿に遭遇した。
彼も城に戻っていたのか、と思うと同時に、疑問が湧いてくる。
ベナミス殿が、城にいること自体は変ではない。
問題は来た方向だ。
あちらはウルスメデス様の部屋がある方である。
「どうしてそちらから?」
当然だが、歌姫様は、この国の重要人物である。なんなら王よりも厳重な警備をされている。警備以外の者は、部屋に近づいてすらいけないのだ。
……私はいいのだ。軍団長としてしっかり警備を見て回らないといけないのだから。
「ああ、すまない。迷ってしまってな。怒られたよ」
ベナミス殿は、まだこの国に来てから浅い。ましてや城に入ることも少ない。迷ってしまうのも仕方がないだろう。
それに、怒られたというのであれば、私が重ねて注意する必要もないだろう。
「そうか。それは災難でしたな。どちらへ?」
「ああ、ウィグランド王に呼ばれてな」
私と同じである。
何の用事かはわからないが、同じ用件だろうか?
「それなら、案内しましょう」
どうせ私も向かうのだしな。
「おお、それは。毎度申し訳ない」
ベナミス殿はいつ見ても腰が低い。
とても戦場で、鬼神の如き戦っている人物とは思えない。
あれ?戦っているところをみたのだったか?
いや、まあいいか。
「それではいきましょう」
そうして、ベナミス殿を連れて歩いていると、途中でメネイアに会った。
「……」
メネイアは寡黙な女性騎士だ。
兄が戦死し、復讐をするために志願してきたという。
というと言うのは、私が彼女が喋っているのを見たことがないからだ。
元々家柄もいいし、そもそも人手不足なので、すぐに部隊長まで昇格した。
それでも、厄介払いのような兵ばかりを押し付けられて、目立った活躍はしていなかったのだが。
「おお、メネイア。お主も、王の間に向かうのか?」
「……」
メネイアは無反応だ。
相変わらずであるので、特に咎めたりはしない。
私が歩き出すと、彼女は勝手に着いてきた。
そして、すぐに王の間に着く。
実はすぐそこだったのだ。
「失礼いたします」
私は慣れた手つきで、扉を開けた。
しょっちゅう呼び出されるからな。
「おお、来たか」
「はっ!」
私は元気よく返事をする。
用件は今回の戦の功労だろう。
「此度はよく頑張ってくれたな。礼を言うぞ」
やはりだ。
だが、こんなに早くすることもないだろうに。
なにか理由があるのだろうか?
「それで早速で悪いのだが、ベナミスよ。貴殿の部隊には名前はあるのか?」
「いえ、我々は解放軍と呼んでいましたが、もうそれも終わりました」
奴隷からの解放という事だろう。
だが、もう解放された後なのだ。
「そうか。それなら、これからはデミライト隊と名乗ると言い」
なるほど、王の目的はこれだ。
正式な命名をすることによって、デミライト隊を担ぎ上げ、軍全体を盛り上げたいのである。
これは確かに、早い方がいいかもしれない。
「……はっ!ありがとうございます」
ベナミス殿は口ではそう言ったが、あまり嬉しくなさそうな感じだ。何故だろう?
「それでは、褒美を取らす。何でもよいぞ」
ベナミス殿は黙る。何でもと言われると迷ってしまうだろう。
私なら迷いなく、ウルスメデス様の歌を聞かせてもらえるように頼むが。
と言うか、私にも同じ質問がくるのだろう。
とても、とても、とても嬉しい!
「それでは、仲間の報酬の上乗せをお願いいたします」
なんと欲がない事だろうか。
ウィグランド王も笑っておる。
「ふっ、そうか。貴様の様な素晴らしい隊長を持って部下は幸せじゃの?」
「そんなことは……」
そんなことはあるだろう。
私は部下の為にそんなことをしたことはない。
「それでは次に、メネイアよ褒美は何がいい?」
流石に、ウィグランド王の前ともなればメネイアも喋るだろう。
「……」
そう思っていたのだが、メネイアは黙ったままだった。
「……」
長い沈黙が訪れる。
私にとっては、特に長い沈黙だ。
次は、私の番だからな。
「ふぅ……まあよい。褒美は適当に渡すとしよう」
それでよいのだろうか?
いや、良いのだろう。
早く進めよう。私の番だ。
「それでは――」
私は喋る準備をする。
「解散とする。皆よくやってくれた。快挙である。だが、油断だけはするな」
それだけ言うと、ウィグランド王は"ドカリ"と椅子に座ってしまった。
おかしい。何か言い忘れているのではないだろうか?
だが、メネイアはもう去り、ベナミス殿は固まっている私に何か話しかけてきている。
それでも、私はしばらくその場に硬直したままだった。
♦
しかし、その日の夜である。
どこからともなく、歌姫様の歌が響いてきた。
歌姫様が、夜に歌うなんてとても珍しい。
私はその歌を聴きながら、満足して寝ることが出来たのだ。