エインダルトその4
周囲の騒がしさに、私は目を覚ました。
戦をしているのだから、騒がしい事は変ではない。だが、こんなにも騒がしいのは珍しい。
なにかあったとしか思えない。
「おい、ベリッド。どうしたのだ?」
私は、私の有能な副官に声をかける。
すると、どこからともなく、ベリッドが姿を表した。
「はい。敵の勢いが止まらなく、ただいま本陣が落ちたところです」
なるほど、それは確かに大変である。
あの本陣は築いてから、一度も襲われる事すらなかった場所である。
つまり、人間の勢力が戦争が始まってから、初めてあの場所まで戦線を押し上げてきたのである。
これはとても大変な事だろう。
と言っても、肝心の本陣には大将である私はいないわけだが。
「それで、何故私に報告しなかったのだ?」
随分と呑気なものである。
いや、それは私も同じか。
本来であれば、焦るべきところなのだろう。
だが、生憎と魔族にそんな心はない。
いや、新魔王様はよく焦っている気もするが。
「こちらの方が、エインダルト様の好みかと思いまして」
なるほど、俺の事をよくわかっている。
それは、その通りである。
「それは正しいよベリッド」
私の副官は有能なのだ。
「お褒めにいただき、ありがとうございます」
褒めてはいないがな。
私は甲冑を身にまとい、窓の外を眺める。
そこには、砦からは見えないはずの光景が見えた。
そう、人間の軍勢である。
「ベリッド実はな。私は防衛戦と言うのをしてみたかったのだ」
「存じております」
魔族は常に勝ってきた。
敗北は"一度"だけだ。
それでも、旧魔王様が敗れたときも、防衛戦のようなものはしなかった。
ただ、皆で固まって逃げただけだ。
だから、この砦に籠って戦う。と言うようなことは、したことがないのだ。
「楽しみになって来たな」
まだ人間共の軍勢は遠い。
だが、直に我が軍を押しのけて、砦まで来るだろう。
頑張ってくれたものだよウィグランド。
♦
まず、私は軍を下げた。
どうせ、あの勢いでは突破される。
モンスター等いくら死のうが構わないが、魔族だけでは数が少なすぎる。
魔族だけになっても負ける気はないが、少し面倒である。
そして、砦に籠るだけで、人間共は立ち往生である。
人間の奴隷に作らせた城だが、存外しっかりしたものである。
なにか、崩しや部分でも、密かに作られてるのかと、少し期待したものだが。
我々が、戦線を押していた時を思い出す。
同じように、城壁の前で立ち止まり、空を飛ぶモンスターをけしかけたり、大型のモンスターで壁を破壊しようとしたものである。
それを結界で防がれたり、弓や魔法で攻撃されたりと、人間共も必死の抵抗をしてきたのは覚えている。
それから、数日経っても、城壁すら破れなかったのだ。
私も、同じようにすればいいのだろう。
と言っても、モンスターには弓を使えるような知能があるものはいない。棘とかを飛ばせる奴を配置すればいいだろう。
♦
そうして、夜になる頃には、私は悟ってしまった。
「退屈だな」
なんというか、眺めている分には普段の戦闘と変わらない。
まあ、こちらの戦い方が変わらないからと言うのもあるのだろう。
そして、人間共が無理には攻めてこないのもあるのだろう。
ウィグランドは、このままじわじわと、無理をせずに攻める気なのだろう。
もう夜になったからか、ウィグランドは主力を引っ込めてしまっている。
もちろん、ある程度は兵は残したままで、包囲を緩める気はないのだろうが。
「それは、勝敗が決まってしまっているからではありませんか?」
ベリッドが私の横から口を出した。
それもあるかもしれない。
"我々の勝ち"で決まっているのだから。
それが見えている戦い程つまらないものはないのだ。
「もう良いぞベリッド。部屋に戻っていろ」
魔族にだって一人になりたいときはある。
と言っても、そんな感情は、昔はなかったけどな。
「はっ!」
短く答えて、ベリッドが部屋を出ていく。
私は一人になると、酒を開けて飲みだす。
きっとその姿は、人間のようなのだろう。
「しばらく防衛戦と言うのをやろうかと思っていたが、明日使ってしまおうか」
そう、独り言を呟いた。
もしくは、私とベリッドで適当に人間を殺して回るのもいいかもしれない。
そんなことを考えたときに、部屋の扉が静かに開いた。
「どうしたのだベリッド。何か伝え忘れたのか?」
私は立ち上がり、"剣を持って"振り向いた。
そこには、妙な仮面を被った人間が立っていた。
いや、仮面を被っているので、人間かはわからないが、外にいる人間共と同じ甲冑を身にまとっている。
あの仮面は、何かで見たことがある。そう、昔どこかで鉢合わせた馬車を襲った時に。
そう。たしか、ピエロと言われていた気がする。奇抜だったから覚えている。
この人間が、何故そんな仮面をしているのかわからない。
だが、ふざけた侵入者であることは間違いないだろう。




