ベナミス・デミライト・キングその3
奴隷時代は夜はうなされていたが、今は寝起きがいい。
やっと解放されたということだろう。
精神的にもそうだし、肉体的にもそうだ。
奴隷から逃げ出した時も、モンスターに怯えながら野宿をしていたので、心休まることはなかった。
だが今は、誰も居ない立派な家屋の2階で寝泊まりしている。
誰の家かわからないが、俺達を住まわしているという事は、この家の住民はもう"いない"のだろう。
このまま一生ここに住んでいたいくらいである。
「ベナミスさーん」
部屋の戸を叩く音と同時に声が聞こえた。
正直出たくないが、そういうわけにもいかないだろう。
「どうしたラエイン」
俺を呼びだしたのはラエインだ。
ここに来てからは、毎日のようにラエインが朝呼びに来る。
「もうみんな待ってますよ」
そう言われても、俺は行きたくないのだ。
そう考えながら、慣れない具足を装備して、下に降りる準備を始めた。
「ああ、すぐに行く」
どれだけ嫌がっても、俺はこういう運命なのだろう。
♦
家の前は広場のようになっていて、もう既にみんな集まっていた。
いつも思うのだが、全員顔付きが怖い。これが元奴隷だというのだろうか?
いや、元奴隷ばかりだからこそ強面ばかりなのかもしれない。
「随分早いな」
来たのは俺が最後である。
隊長の俺が最後に来るのは少しまずい。
「おう!みんな戦いたくってウズウズしてっからよ」
そう答えたのは、副官のダオカンだ。
俺は戦いたくなくて、ウロウロしてるんだが。
ただ、みんなのやる気の出所はわかる。
俺の部隊は全員が戦闘狂――というわけではない。ないと思いたい。
活躍すれば褒美が出るというからだ。内地に送った仲間達を楽にしたいという気持ちもあるのだろう。
奴隷と言う身分を経て、仲間全員が家族のようなものなのである。
「そ、そうか。だが、軍団長殿が来ないとどうしようもないぞ」
何故か、わざわざ毎回、軍団長が世話を焼いてくれている。
新しい部隊だからか、または暇なのか。
「それが、そろそろ来てもいい頃なのに来てなくてよ」
俺的には来なくてもいいんだけどな。
そう思っていたが、少し待つとレミトル軍団長はやってきた。
なんだかとてつもなく、"しまらない"顔をしている。
「わかっていると思うが、今日から戦線に加わってもらう」
わかっていても行きたくないものである。
そんな俺の想いとは裏腹に、部隊全体は盛り上がり、大きい歓声を上げた。
「そうか。ただ、最初だからお手柔らかに頼むよ」
俺はこっそりと、レミトルに耳打ちをする。
と言っても、こんなことを言っても無意味なのだろう。レミトル軍団長が、我々の配置を決めているわけではないのだろうから。
「ふっ……それは敵に言ってくれ」
たしかにそれはそうだが、言葉も通じないモンスターに言っても仕方がない。
いや、言葉の通じる魔族にいっても意味はないのだが。
「来て早々で悪いが、早く行くぞ」
レミトルは焦っているように見える。
歌姫の歌に遅れそうだからだろう。
別に、俺達はそんなことはどうでもいいのだが。
いや、味方の中には期待しているやつもいるのだろうか?
「わかった」
急いでやるくらいなんてことはない。
俺は部隊をまとめ上げると、すぐに移動を始めたのだった。
♦
そうして、歌姫の歌を聞くと、レミトル軍団長に持ち場へと案内された。
元々、戦線と言うのは前日分から形成されている。
前日の夜に撤収する分の部隊は、敵に合わせて減らしたり、増やしたりするだけで、戦線自体の形は最低限保っておくのだ。
俺達は最前線の5歩手前くらいのところに配置された。
これなら、まだ戦わなくてよさそうであり、俺はホッとする。
「おいベナミス、あっちに行かないか?」
何故だか、ダオカンが妙な提案をする。
「い、いいですねー」
ラエインが後から追い打ちをかけて来た。
絶対に最初から打ち合せしていただろう。
そもそも、あっちに行かないかってのは部隊を動かさないか?ってことだろうが、勝手に動かすのは良くないだろう。
「いや、待機の命令だぞ」
確かに、なんだか場所は空いているし、位置的には後ろである。
後ろに下がると言うのは、俺的には大歓迎だが、わざわざ動く必要もあるまい。
「まあまあ、いいからよ」
そう言って、ダオカンは勝手に部隊を動かしてしまう。
やっぱり俺はいらないんじゃないか?
いらないんなら大歓迎なんだが。
「よし、あっちに行くぞ」
だが、俺は流されて、そう号令をかけたのだ。
「そう、来なくっちゃな」
♦
戦はもう始まっているようだが、前は見えないのでどうなっているかわからない。
ただ、なんだか……。
前へ進まされている気がする。
「おお見えて来たぞ」
ダオカンが嬉しそうに言う。
見えてきたというのは何だろうか?
「ほら、前線だ。俺の勘はよく当たるぜ!」
そんな勘は捨ててしまって欲しかった。
確かに、モンスターと人間が争っているのが見えてきた。
だが、俺は冷静だ。
モンスターに襲われる事などここにたどり着くまでに何度もあった。
「よし!行くぞ!」
俺が号令をかけると、俺の部隊も戦場へと混ざった。
♦
どうにも想像と違って、俺達の部隊は強いのだろう。
モンスターの屍の山を築き、どんどんと前進していく。
俺の想像では、俺の仲間達は、他の兵士より弱いくらいだと思っていたのだが。
そうしていると、敵の後ろから巨大なモンスターが近づいてくるのが見えた。
ケルベロスだ。
だが、ケルベロスくらいなら大丈夫だ。
何回か襲われたが、何回か返り討ちにしたのだから。
そう思ったのだが、近づくにつれ、様子のおかしさに気づく。
背中に誰か乗っているのだ。
「なんか来てるな」
ダオカンが一旦戦場から抜けて、俺の元までやってきた。
その姿は返り血まみれだ。
よく考えたら、こいつが強いだけな気もする。
間違いなくダオカンは、生まれてくる時代と、場所を間違えたのだろう
「おいおい、来るぞ!」
ケルベロスが俺達の方へと、一直線に襲い掛かって来た。
俺はと言うと、余裕である。
俺の隣にはダオカンがいるからな。
一人だったら、とっくに逃げ出しているが。
そして、俺の思惑通り、ダオカンがケルベロスを正面から止めた。
「なんと!」
ケルベロスの上に乗っている魔族が、そう叫んだ。
俺もおなじ感想である。
「なんだぁ、こいつは!」
そう言ったのはダオカンだ。
堂々とこっちのど真ん中に突っ込んでくるなんていかれている。
「私はエインダルト。この軍の大将だ」
相手は、律儀に答えた。
しかし、大将だとは思わなかった。
今すぐ逃げ出すべきだろうか?
「おいおい。これは運が良いんじゃねえか?」
何がだダオカン?
運が悪いだろ?
相手の大将、直々に襲い掛かって来たんだぞ。
「こいつを倒せば勝ちだぜ」
いくらなんでも前向きすぎる。
それに、相手の目の前で言う事でもないだろう。
挑発する作戦とも言えるかもしれないが。
「ベリッド」
エインダルトと名乗った大将は、挑発を受けても冷静な様子で、何かを言った。
すると、横から別の魔族が飛び出してきて、ダオカンと切り結んだ。
なるほど。これで、敵軍は大将は俺に襲い掛かれるというわけだ。
やっぱり逃げておけばよかった。
そう、考える隙もなく、ケルベロスが俺に肉薄してくる。
なんとか一撃目は受けれるかもしれない。
と言うか、受けれなければ死ぬだけだろう。
そう考え、俺は覚悟を決めて構える。
「うおおおおおお」
しかし、またもや横から助けが入った。
レミトル軍団長だ。
「これが愛の力だああああ!」
なんだかわからないが、レミトルは気合が入っているようである。
そういえば、朝から妙だった。
なにか、いい事があったのだろう。
しかし、レミトルは今にもケルベロスに踏みつけられそうである。
俺が助けに入ろうとすると、ケルベロスの首が落ちた。
「ウィグランドか」
敵の大将が、そう呟く。
ケルベロスの首を落としたのはウィグランド王であった。
その強さに、俺は驚く。
ダオカンだって、こんなにあっさりとケルベロスを倒せたりはしない。
「今日はとことん横槍が入るな」
おかげで俺は助かっている。
「やはり出て来たなエインダルト」
ウィグランド王には失礼だが、予想出来ていたのなら、もう少し早く来てほしかった。
しかし、なんだか二人の世界という感じで、俺は蚊帳の外である。
とりあえず、それっぽく剣を構えて、立っていることにする。
敵軍の大将であるエインダルトは、目だけを動かす。
こちらを値踏みしているのだろう。
しばらくすると、エインダルトは背を向けた。
「うむ!帰るぞベリッド!」
形勢が不利だから、一旦退くのだろう。
素晴らしい判断だと思う。
「逃がすと思っているのか!」
ウィグランド王が挑発する。
やめてくれ。
黙って見過ごそう。
「ハハハ!またなウィグランドよ」
そう言うと、エインダルトは去っていった。
先ほどと言い、今と言い、随分と煽りに対する耐性が強いようだ。
ウィグランド王はそれを追わずに、俺の方へと向かって来た。
まずい。何もしていないから怒られる。
そう思った。
「良い部隊だな」
何故か褒められた。
そう、良い部隊なのだ。
"俺以外は"。
「はっ!お褒めに預かり光栄です!」
俺は膝をついて、頭を下げる。
「今後は、お前の部隊を最前線にするとしよう。よいな?」
いや、駄目だろう。
俺は死にたくない。
だが、そんなこと言えるはずもない。
「はっ!お任せください!」
言ってしまった。
こんな事は言いたくなかったのに。
「今日はこれで下がり、明日に備えよ。報酬は弾もう。エインダルトは逃がしたが、かなりの敵を減らすことが出来た」
「はい!ありがとうございます!」
これは本当にいい事だろう。
皆そのために戦っているのだから。
それだけ言うと、ウィグランド王は去っていった。
俺は、頭を抱えて、ため息をついたのだ。