ベルテッダ・シュクラその3
俺には今、問題がある。
とても深刻な問題だ。
金がないのだ。
今はまだ宿にいるが、明日には追い出されてしまう程度にしか金をもっていないし、今日飯を食うことだって出来ない。
元々、学園から盗んだ物を当てにしようとしていたのだ。
しかし、盗みどころではなくなってしまったからな。
昨日の事は夢ではないだろう。と言うか、夢ならどれだけよかったことか。
だが、昨日の事はとりあえずというか……もういい。
俺が出来ることは、もうやったのだから。
あとは、あのお嬢ちゃんが、どうにかしてくれることを祈るだけでいいだろう。
ふと、思い立って、
「なあ、おい!お前、金持ってねえのか?」
俺は誰も居ない空間に向かって話しかけた。
こうすればきっと、返事と共に、あのピエロが来るのだろう。
所謂お約束というやつである。
「…………」
おかしい、返事が来ない。
「なあ、おい…」
もしかして、いないのだろうか。
それだと俺がとんだ間抜け野郎ではないか。
「……仕方ない。出かけるか」
もちろん外に出る理由は金稼ぎだ。
♦
俺は間抜け野郎だが盗賊だ。
金の稼ぎ方と言ったら、一つしか知らない。
そう考えていたのだが、腹が音を鳴らした。
よく考えたら、昨日は動きっぱなしだというのに、何も食べていない。
安い宿だから、飯だって出ないしな。
まずは腹ごしらえだ。
幸いなことに食べ物の屋台が並んでいる。
手ごろなのは果物だ。
俺にかかれば簡単なもの、すこーし手を伸ばすだけだ。
「あ、いて!」
その伸ばした手が、はたかれた。
「君はいつもこういうことをしているのかい?」
俺の手をはたいたのは、昨日あったピエロであった。
どこから現れたのかわからないが、その異様な見た目に、周囲がざわめく。
「ちっ!こっちに来い」
俺はピエロの手を取り、人気のない場所へ誘導した。
「何のつもりだ?」
俺はピエロを詰問する。
お陰様で、食いっぱぐれてしまった。
「悪いけど、僕はどちらかというと"正義の味方"なんだ。目の前で盗みを許すわけにはいかなくてね」
ピエロはやれやれと言う風に、手を挙げて顔を振る。
さっき呼んだときには、姿も現さなかったくせに。
こんな都合の悪い時に限って急に現れやがって。
いったいどこで"何をしていた"のやら。
「余計なお世話だよ。それにお前だって昨日、学園に忍び込んでたじゃねえか」
「何かを盗んだわけではないからね」
ピエロは、「それに」と続ける。
「迷ってしまったから仕方ないだろう」
またそれか、と思う。
なんだか気がそがれてしまった。
そうすると、急に空腹が戻ってきて、腹がグーっと音を立てたのだ。
「お腹が減っているのかい?奇遇だね。実にちょうどいい」
いったい何が奇遇で、何がちょうどいいのだろう。
そもそも、
「俺が何をしようとしていたのか知っているだろ?」
腹が減っていたから、盗みをしようとしたんだ。
「君はいつもああやって盗みを働いているのかい?」
「いいや。俺は盗賊だが、面倒は避けるよ。金がある時は果物くらい買うさ」
本当の事だ。
別に手癖が……悪いわけではない。
……子供の頃はそうだったかもしれない。
だが、今は金があるなら。金を払って飯を食う。
最も、その金は盗んだものを売ったりして、得た金だけどな。
「まあいいか。それよりお腹が空いてるなら着いてくるといい」
まあいいなら、わざわざ言及しなくてもいいのだが。
そう、心の中で文句を言いながら、俺は大人しく着いて行くのだった。抵抗しても無駄そうだからな。
♦
連れてこられたのは、国の外の森の中だ。
ちなみに森に入る時に、俺は大層嫌がった。
当たり前だろ。街道ならともかく、モンスターが出るであろう森に入りたがる奴は、そうそういない。
というか、実際にモンスターには襲われた。
このピエロが瞬殺してたが。
一体何者なのだろうか。
そして、たどり着いた先は果物がなった木である。
「これ、なにかわかるかい?みかんだよ」
「馬鹿にしてるのか?それくらい知ってるよ」
「へぇ……」
なにがへぇだ。
いくら俺がまともな教育を受けてないからと言って、みかんくらい"知っている"。
しかし、苦労したからか、空腹だったからかわからないが旨い。
このピエロはいつもこうやって、外で自然のものを食べているのだろうか?
おかしな話だが、少なくとも、街中で食事をしているよりは自然かもしれない。
「ところで、向こうの方に何か見えないかい?」
ピエロが急に意味の分からないことを言いだした。
確かに、言われてみれば人影が見える気がする。
「少し行ってみようか」
そう言うと、ピエロはさっさと人影の方へ向かってしまう。
あまり乗り気ではないが、ピエロを追いかけることにした。
なんで乗り気ではないかと言われると、誰だってそうだろう。こんな森の中の怪しい人影に近づきたい奴なんていない。
絶対にろくでもないことになるのだから。
それでもピエロを追いかけた事に理由はない。
どうせ、追いかけないと、戻ってきて無理やり連れていかされるのだろう。
♦
そしてやはり予想通りの、ろくでもない事である。
これが、奇遇で、ちょうどいい事なのだろう。
人影の片方は、魔法の国の学園長だ。
そして、もう片方は前に見た魔族である。
つまり、俺はハメられたのだ。
だが、幸いなことに、俺達はまだ"見つかっていない"。
「そうか。それでは、前回と同じ時間に」
「今度は遅れるなよ!」
「ええ、もちろんです」
二人の会話が聞こえてくる。
やけに仲が良さそうな会話だ。
やはり学園長は、この国を裏切っているのだろう。
話の内容から察するに、終わり際のようだ。
実際に話し終わると、二人は別れて、互いに別方向へと消えていった。
「凄い所を見てしまったね」
全くおんなじ台詞を聞いたことがある気がする。
というか今回は、見てしまったのではなく、見せたのだろう。
「いったい何のつもりだ?」
このピエロは、俺に何をさせようとしているのだろう。
「君はどうする?」
全く質問の答えになってないし、同じ台詞を聞いた気がする。
だから、このピエロが求めていることは分かった。
本当はもう関わりたくなかったのだが、仕方がないから、ここまで来たらとことん付き合うしかないだろう。
最初に言った通り、俺にも利がある話だし。
直接俺が"どうこう"するわけでもないしな。
子供のお使いの様なもんだ。
♦
そうして夜になり、俺達は学園にいた。
昨日と同じ場所だ。
手紙の内容は違う。同じ時間と言っていたし、同じ場所だろう。
その、場所と時間を紙に書いた。
昨日の事を、天才と噂される若い教師が、どう感じたのかわからないが、普通は不信がって、窓は閉めておくだろう。
だから、どうやって部屋に紙を入れるか迷っていたのだが――なんと窓は開いていた。
魔法の天才と言われるほどだ。来るなら来いと言うやつだろう。
きっと、紙を投げ入れた瞬間に、なんらかの魔法を飛ばしてくるのだろう。
簡単な仕事のはずが、一気に難易度が上がって来た。
「今度は僕がやってもいいかい?」
「え?おい!」
なんの警戒心もなく、ピエロが紙を窓に向かって投げ入れる。
俺はすぐさま、走って逃げたのだ。




