表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

46/228

ベルテッダ・シュクラその3

 俺には今、問題がある。

 とても深刻な問題だ。

 金がないのだ。

 今はまだ宿にいるが、明日には追い出されてしまう程度にしか金をもっていないし、今日飯を食うことだって出来ない。

 

 元々、学園から盗んだ物を当てにしようとしていたのだ。

 しかし、盗みどころではなくなってしまったからな。

 昨日の事は夢ではないだろう。と言うか、夢ならどれだけよかったことか。

 だが、昨日の事はとりあえずというか……もういい。

 俺が出来ることは、もうやったのだから。

 あとは、あのお嬢ちゃんが、どうにかしてくれることを祈るだけでいいだろう。


 ふと、思い立って、

 

「なあ、おい!お前、金持ってねえのか?」


 俺は誰も居ない空間に向かって話しかけた。

 こうすればきっと、返事と共に、あのピエロが来るのだろう。

 所謂お約束というやつである。


「…………」


 おかしい、返事が来ない。


「なあ、おい…」


 もしかして、いないのだろうか。

 それだと俺がとんだ間抜け野郎ではないか。


「……仕方ない。出かけるか」


 もちろん外に出る理由は金稼ぎだ。

 


     ♦



 俺は間抜け野郎だが盗賊だ。

 金の稼ぎ方と言ったら、一つしか知らない。


 そう考えていたのだが、腹が音を鳴らした。

 よく考えたら、昨日は動きっぱなしだというのに、何も食べていない。

 安い宿だから、飯だって出ないしな。


 まずは腹ごしらえだ。

 幸いなことに食べ物の屋台が並んでいる。

 手ごろなのは果物だ。

 俺にかかれば簡単なもの、すこーし手を伸ばすだけだ。


「あ、いて!」


 その伸ばした手が、はたかれた。


「君はいつもこういうことをしているのかい?」


 俺の手をはたいたのは、昨日あったピエロであった。

 どこから現れたのかわからないが、その異様な見た目に、周囲がざわめく。


「ちっ!こっちに来い」


 俺はピエロの手を取り、人気のない場所へ誘導した。


「何のつもりだ?」


 俺はピエロを詰問する。

 お陰様で、食いっぱぐれてしまった。


「悪いけど、僕はどちらかというと"正義の味方"なんだ。目の前で盗みを許すわけにはいかなくてね」


 ピエロはやれやれと言う風に、手を挙げて顔を振る。

 さっき呼んだときには、姿も現さなかったくせに。

 こんな都合の悪い時に限って急に現れやがって。

 いったいどこで"何をしていた"のやら。


「余計なお世話だよ。それにお前だって昨日、学園に忍び込んでたじゃねえか」

「何かを盗んだわけではないからね」


 ピエロは、「それに」と続ける。


「迷ってしまったから仕方ないだろう」


 またそれか、と思う。

 なんだか気がそがれてしまった。

 そうすると、急に空腹が戻ってきて、腹がグーっと音を立てたのだ。


「お腹が減っているのかい?奇遇だね。実にちょうどいい」


 いったい何が奇遇で、何がちょうどいいのだろう。

 そもそも、


「俺が何をしようとしていたのか知っているだろ?」


 腹が減っていたから、盗みをしようとしたんだ。


「君はいつもああやって盗みを働いているのかい?」

「いいや。俺は盗賊だが、面倒は避けるよ。金がある時は果物くらい買うさ」


 本当の事だ。

 別に手癖が……悪いわけではない。

 ……子供の頃はそうだったかもしれない。

 だが、今は金があるなら。金を払って飯を食う。

 最も、その金は盗んだものを売ったりして、得た金だけどな。


「まあいいか。それよりお腹が空いてるなら着いてくるといい」


 まあいいなら、わざわざ言及しなくてもいいのだが。

 そう、心の中で文句を言いながら、俺は大人しく着いて行くのだった。抵抗しても無駄そうだからな。

 


     ♦



 連れてこられたのは、国の外の森の中だ。

 ちなみに森に入る時に、俺は大層嫌がった。

 当たり前だろ。街道ならともかく、モンスターが出るであろう森に入りたがる奴は、そうそういない。

 というか、実際にモンスターには襲われた。

 このピエロが瞬殺してたが。

 一体何者なのだろうか。

 

 そして、たどり着いた先は果物がなった木である。

 

「これ、なにかわかるかい?みかんだよ」

「馬鹿にしてるのか?それくらい知ってるよ」

「へぇ……」


 なにがへぇだ。

 いくら俺がまともな教育を受けてないからと言って、みかんくらい"知っている"。


 しかし、苦労したからか、空腹だったからかわからないが旨い。

 このピエロはいつもこうやって、外で自然のものを食べているのだろうか?

 おかしな話だが、少なくとも、街中で食事をしているよりは自然かもしれない。


「ところで、向こうの方に何か見えないかい?」


 ピエロが急に意味の分からないことを言いだした。

 確かに、言われてみれば人影が見える気がする。


「少し行ってみようか」


 そう言うと、ピエロはさっさと人影の方へ向かってしまう。

 あまり乗り気ではないが、ピエロを追いかけることにした。

 なんで乗り気ではないかと言われると、誰だってそうだろう。こんな森の中の怪しい人影に近づきたい奴なんていない。

 絶対にろくでもないことになるのだから。

 それでもピエロを追いかけた事に理由はない。

 どうせ、追いかけないと、戻ってきて無理やり連れていかされるのだろう。

 


     ♦



 そしてやはり予想通りの、ろくでもない事である。

 これが、奇遇で、ちょうどいい事なのだろう。


 人影の片方は、魔法の国の学園長だ。

 そして、もう片方は前に見た魔族である。


 つまり、俺はハメられたのだ。

 だが、幸いなことに、俺達はまだ"見つかっていない"。


「そうか。それでは、前回と同じ時間に」

「今度は遅れるなよ!」

「ええ、もちろんです」


 二人の会話が聞こえてくる。

 やけに仲が良さそうな会話だ。

 やはり学園長は、この国を裏切っているのだろう。

 話の内容から察するに、終わり際のようだ。

 実際に話し終わると、二人は別れて、互いに別方向へと消えていった。


「凄い所を見てしまったね」


 全くおんなじ台詞を聞いたことがある気がする。

 というか今回は、見てしまったのではなく、見せたのだろう。


「いったい何のつもりだ?」


 このピエロは、俺に何をさせようとしているのだろう。


「君はどうする?」


 全く質問の答えになってないし、同じ台詞を聞いた気がする。

 だから、このピエロが求めていることは分かった。


 本当はもう関わりたくなかったのだが、仕方がないから、ここまで来たらとことん付き合うしかないだろう。

 最初に言った通り、俺にも利がある話だし。

 直接俺が"どうこう"するわけでもないしな。

 子供のお使いの様なもんだ。



     ♦



 そうして夜になり、俺達は学園にいた。

 昨日と同じ場所だ。

 手紙の内容は違う。同じ時間と言っていたし、同じ場所だろう。

 その、場所と時間を紙に書いた。


 昨日の事を、天才と噂される若い教師が、どう感じたのかわからないが、普通は不信がって、窓は閉めておくだろう。

 だから、どうやって部屋に紙を入れるか迷っていたのだが――なんと窓は開いていた。

 魔法の天才と言われるほどだ。来るなら来いと言うやつだろう。

 きっと、紙を投げ入れた瞬間に、なんらかの魔法を飛ばしてくるのだろう。


 簡単な仕事のはずが、一気に難易度が上がって来た。


「今度は僕がやってもいいかい?」

「え?おい!」


 なんの警戒心もなく、ピエロが紙を窓に向かって投げ入れる。

 俺はすぐさま、走って逃げたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ