第3話 一炊の夢と焼きそばと
「私...まだ、舞台で一度も...踊っていないんです」
彼女は殺された日よりも以前から、祭りの大一番で踊る為だけに練習していたという。
彼女と同じ世界に生きる人々が、こぞって手を挙げた。
自分達に何故意思が戻ったか分からない。
必死に逃げて殺されて家族に会えないまま、離れ離れになった者もいるだろう。
いつまた意思を失ってしまうかも分からない。
ならば、楽しい事を。思い出になるものを。
歌を、踊りを。
いつ終わるかもしれぬ明日の為に。
死んだというのならば、身分も種族も関係無い。
私達に出来る最高の一日を。
その話し合いは殺された人々ばかりではなく、キリルの手駒である悪魔や魔獣も参加した。
当然彼等にも発言の権利がある。
様々な意見と疑問が寄せ集められた。
医者や錬金術師が分析して羅列し、魔術師と聖職者がそれを事細かに記載し、貴族や王などの上に立つ者がまとめ上げる。
悪魔や神界の兵がより精査して、この世界の在り方が分析された。
皆がそれぞれ、ただ自分に出来る事を成し遂げようとしていた。
「話し合いの時間は分からんが、大体七日程か」
「一週間て...」
元凶が死んでまだ一日すら過ぎてない筈だというのに。
「話し合いと根回しが終わって、役割の分担から始まって。神輿やら屋台が出来るまでもう七日程...皆の記憶にある料理を念じれば作る事が出来る事が知られるまで三日。
記憶の世界とは若干違うものである結論が出たのは十日程か。
其処から色々早かったが今が祭りの二日目と言ったところだ」
...時間が滅茶苦茶だ。
「まあ、たかがオークと言ってたエルフにはあとで謝られたよ...冷静になってみればそんなもんだ」
そんなものか。
しかし、俺はこの矛盾した世界の中で全ての説明が付く『力』がある事を思い出していた。
「記述...」
【一炊の夢】
それは一つの物語だ。
立身出世を夢見た男がとある場所で、道士に枕を借りて一眠りする。
それから波乱万丈、望み通りの栄華を尽くした人生を送り、天寿を全うした男が。
...眼を覚ます。
数十年の時を経ても...まだ炊きかけの粟飯すら出来ていない。
全ては夢の間の出来事だったという。
キリルの記憶をなるべく思い出さないようにしながらも、必要な記憶を探り出す。
超越者の権能記述とそれに連なる付随記述は、ただの力ではない。
その由来に応じた副次的な力もあるという事を。
つまり。
この力...【一炊の夢】は。
この世界は夢現のような世界で。
都合の良い出来事を誰でも起こす事が出来て。
現実世界での俺は、寝入ってから数分も経っていない事になる。
いや、現実の世界に俺は居ない。
その気になれば何年も居る事が出来て。
好きな時に夢として、抜け出す事が出来る。
この世界で何十年過ぎようとも、現実での時間は殆ど進まないのだ。
「でも...それじゃあ」
「そうだな。一応薄々ではあるが、皆察している事だろう」
この世界の、夢の終わりの先にあるのは...
「おじちゃーん!ヤキソバちょうだーい!!」
子供達が駆けて来て、オーク達の屋台の前で止まる。
皆目をキラキラと輝かせて焼きそばを見ている。
「ああ、六つだな」
「違うよ!七つだよ!」
六人は全員種族も出身も違うのか、全く別々の方向性の服を着ている。
砂漠で生きる人々が着るような服から、雪国で見るようなコートを羽織ってる子まで居る。
一番後ろの狐の顔をした子供の肩に、小さな妖精が居た。
この子が七人目か。
料理の上手いオークが手際良く紙皿に焼きそばを盛り付け手渡ししていく。
渡すのは木製の箸ではなくフォークだ。
何処の世界のものなのか、何気に手間が凄い。
記憶から生み出されるものだし楽だな。
最後の一人に妖精の分の焼きそばまで手渡すと。
「「「「有り難うございます!!」」」」
「「ますぅ!」」「あはははは!」
お辞儀をして去っていく子供達に手を振る。
肩に居た妖精がぺこりと頭を下げた。
...
キリルはあんな小さな子供達や妖精まで──
最初にあった矜持を失い。
怒りも悲しみも擦り切れた末。
それでも、たった一人の肉親を想う彼の心中を知る者は誰も居ない。
全ては姉の為、か...
「...食うか」
俺は出来立ての焼きそばにフォークを差し込み。適量を巻き上げて口に運ぶ。
「俺達はお前の記憶から縁日の焼きそばを再現してみた。『料理長』の傑作だ」
料理長と呼ばれたオークがエプロン姿でビシッと親指を立てた。
成る程。
俺と何かを共有しているからこそ出来る事だな。
青海苔と鰹節がしっかりまぶされた麺は、コシもしっかりしている。
ただのソースじゃない。
生姜と大蒜のすり潰したものが混じっており。
それが、この世界特有の胡椒と合わさり...独特の風味と味を醸し出している。
それに梅と大葉に鶏肉を...この世界の肉を合わせるなんて反則だろう。
どれだけ手間をかける気だ。
紅生姜に頼らず、薬味としての役割を肉に被せたのか。
野菜は味をしつこくさせない為に、わざとソースから離して種類の違う胡椒を多目で焼きあげ。
仕上げで麺とかき混ぜる程度に抑えた。
全て、見事に調和しているのだ。
俺の日本の焼きそばの記憶から材料を割り出し。
この世界にあるもので、一工夫凝らす。
間違いなく、一歩先を行く味だ。
うん。美味しい。
ラヴィネとステラが膝の上に顎を乗せて俺を見上げる。
だめだったら。
「きゅぅぅぅ...」「ぴゃ...」
君等さっき串焼き食べたでしょ...
「きゅぅ、きゅぅうううん」
「あおおぉん...」
...
ほんのちょっとだけだぞ...
(´ω`)此処まで読んで頂きありがとうございます!