Part 7-5
Good Samaritan Hospital 1225 Wilshire Blvd, Los Angeles PM 17:50
午後 5:50 ロサンゼルス ウィルシェア・ブルーバード通り グッド・サマリタン病院
「やめてくれ!」
情けないと麗香は治療を受けるウィリアムを治療室の出入り口傍で見ていた。
彼は英国軍特殊部隊の優秀な兵士でありながら、たった一回の注射を子供のように拒み続け、看護士を困惑させ続けていた。
「ウィリアムさん、抗生薬を打っておかないと腕から壊疽するかもしれないんですよ──」
「だから! 必要ないと本人が言ってるじゃないか!」
その中年女性の看護士は怪我をしている彼の手首を決して放そうとしない。それを振り解こうとウィリアムは丸椅子から腰を浮かし逃げ腰になっている。
「お前! 英国市民に暴力を振るうか!? 国際問題になるぞ!」
どうして、医療行為が国際問題になるんだと麗香は考え、私も彼を押さえ込むのに手を貸そうかと本気で思い始めた。彼が病で倒れる事になれば、明日からテキサスで行われるガン・ショーのブースを一人で切り盛りしなければなくなる。それは嫌だと彼女はウィリアムの視界に入らない様に後ろへ回り込んだ。
「あなたは、治療を受けに来たんでしょう? なら、予防処置もその中に入るんですよ。大の大人が情けないですよ」
看護士が右手で構える注射器の先をじっと見つめながら、ウィリアムは往生際の悪い事を連ね続ける。
「俺は撃たれるのは銃弾も注射針も嫌いなんだ!」
麗香は静かに彼の背後に立つと腕組みをして頭を見下ろした。
「縫った周りに軟膏をぬってくれればそれで十分だ!」
ウィリアムはそう言った直後、看護士の視線が一瞬自分から逸れたので、彼は顔を振り向けた。
「レイ、お前──何を──!?」
麗香は彼の問いを無視し上げた手で指を動かし関節を鳴らし呟いた。
「見苦しい」
一気に彼女から押さえ込まれウィリアムが身動きをとれなくなると透かさず彼女は看護士へ告げた。
「今がチャンスよ」
苦笑いする看護士はウィリアムの上腕に素早く注射してしまい彼は呻きながらその針を終始睨みつけていた。
「レイ、お前、裏切りやがって──」
「子どもみたいにピーピー言うからよ。たかだか注射よ」
「俺はガキの時から注射されるのが大っ嫌いなんだよ」
二人が治療室から出てくると男が声をかけ麗香とウィリアムが振り向くと、通路を二人の軍服姿の男らが歩いて来るところだった。
「探しましたよ。この病院は意外と広い」
麗香は二人の迷彩服が特殊部隊デルタのものだとすぐに気がついた。
「この度は、ご協力感謝いたします。あなたがSASのウィリアム・ビグロー少尉で、あなたがアキュラシー・インターナショナル社のアズマ・レイカさん」
「ああ、そうだ。レイを捕らえに来たのなら、あんたらは手ぶらで帰ることになるぞ」
その冷ややかな言い方に横にいる麗香は驚き彼へ顔を向けた。
「誤解だ、少尉。私は第一特殊部隊デルタ作戦分遣隊のマッテルリ大尉、彼はレドフォード軍曹。我々は中隊を指揮していたグリフォード大佐からあなた方へ感謝の意を伝えるよう命じられて来たんです」
それを耳にして彼女は二人のデルタ隊員に聞こえるほどのため息をついた。その態度に二人の兵士は怪訝な表情になった。
「亡くなった兵士達にはお悔やみを申し上げます。ですが、あなた方がもっと腕の立つ狙撃手を差し向けたなら、ウィリアムも私も怪我を負わずにすんだんです」
ウィリアムは麗香が怪我を負ったと聞いて今度は彼が彼女へ顔を振り向けた。
「失礼だが、アズマさん、あなたは健常そうにお見受けするが、あなたも被弾されたんですか?」
尋ねられた瞬間、麗香は英国陸軍の戦闘服の胸元へ開いた右手を当てた。
「ええ、深い傷を──心に傷を負ったわ。あなた方のお陰で私も殺人倶楽部の一員ですもの!」
マッテルリ大尉は片眉を曲げ困惑して尋ねた。
「失礼だが、マム──殺人倶楽部とは?」
「私は兵士でもないのにハイジャッカーを二人も殺す羽目になったのよ!」
その訴えに大尉は僅かに驚き笑顔になった。
「アズマさん、誤解なさってる。あなたは誰も殺してない」
それを聞いて麗香は頭振りながら二歩も前に進み出た。
「いいえ、私の銃弾は確実に二人を屠ったのよ!」
「ええ、その様な意味合いでしたらそうですが、一人は左脳側頭葉に大きな生涯があり言語障害が残り、一人は脊椎の複雑骨折で神経組織を完全に痛めてまして生涯全身不随で車椅子の状態です。ですが、マムが気に病む事など──それも死刑が執行されるまでの僅かな間でしょうから。そうですか?──大佐から確認して来るように命じられまして。あなたが故意に銃弾を跳弾させ二人を殺そうとしたのかと」
「跳弾? 何の事だ?」
ウィリアムがマッテルリ大尉へ問いただした。
「彼女は同一弾道上にない立ち位置の異なる──十インチもずれた場所にいた二人のハイジャッカーを一撃で倒してるんです。大佐はとても興味を抱いておられます」
「レイ、お前どうやって? 俺はてっきり前後に並び立つ敵を倒したとばかり」
麗香は深く息を吸い込みゆっくりと吐きだすと、押し殺した声で伝令に伝えた。
「大佐にお伝えください。私は興味を持たれる様な技術は持ってないと。軍と関わるのもこれが最初で最後です」
「これはまいった。先手を打たれるとは。大佐はあなたの技術を高く買っておられ、デルタ隊員の極大射程射撃技術に貢献して頂きたいと考えておられます」
四人の間に短い沈黙が流れ小声で麗香が切りだした。
「残念ですね。あれはただの──」
「まぐれ──ですから」
しばらく大尉は彼女を見つめていて締めくくった。
「わかりました。マムの仰る通り取り次ぎます。最後に一つだけ──私の個人的疑問ですので、お答え願えなくとも構いません」
「なんでしょうか?」
「5000ヤードで跳弾を操る事は可能でしょうか?」
「然るべきライフルとアモニッシュ、それと然るべき技術があっても不可能です。なぜなら──」
「なぜですか、マム?」
「私の様な集中力と視力を兼ね備える者など、あなた方全軍をもってしてもいませんから」
マッテルリ大尉は僅かに微笑み、彼女とウィリアムに敬礼すると付き添った軍曹も慌てて敬礼した。
「後日、合衆国政府より外交ルートで謝辞をお贈りいたします。本日はご協力ありがとうございました」
二人のデルタ隊員が立ち去るのを見送り、通路の角に姿が消えるとウィリアムが彼女に尋ねた。
「レイ、お前──弾道を曲げだのか?」
振り向いた麗香はウィリアムの怪我をしている腕を横様に叩いた。
「まぐれだと言ったでしょ」
低いビートの響くその細長いカーゴルームの両壁には折り畳み式の横に連なるパイプ椅子が並び、肩を寄せ合うように黒い戦闘服に身を包んだ兵士達──数十名が各々好きなことで時間をつぶしていた。ある者は銃器の手入れを熱心に行い。ある者は持ち込みの超小型オーディオプレイヤーで音楽を楽しむ。またある者は近くに座る者と冗談を言い合い、皆が緊張を意識しない様に工夫していた。
そのカーゴルーム前方のコクピットへ通じる通路からモデルの様な体型のスレンダーな兵士が出てきて彼らの前を通り過ぎると、壁に頭を付けて眠る女の横に腰掛けた。
「ウェイクアップ──あと十分で作戦空域よ」
「大丈夫、チーフ。寝てないから。瞑想してただけ」
「今回は今までにない距離での狙撃が含まれるけど、フォローが必要なら今の内に誰にするか決めておいてちょうだい」
「必要ないわ、フローラ。あなたはそのために私を口説き落としたんだから」
そう──フローラ・サンドラン率いる対テロ特殊戦術攻撃部隊。巨大な多国籍コングロマリット──NDCが運営する闇の民間軍部隊。そこに引き込まれ半年が経とうとしていた。
麗香は右手に握ったハイパワー・レーザー・ライフルのフォアエンドをつかんだ腕を持ち上げ、ストックのバットプレートを床から浮かしそれを膝に載せた。
今回も、難易度の高い標的なのだ。
だが1マイルだろうが、5マイルだろうが、私は外さない。
狙撃手とは、己が狙うものから、外すという言葉を知らぬ生き物なのだと彼女は頑なに信じていた。
ウィリアムという聖書にそう書いてあったから。
☆作者より☆
サジタリウスの一撃を最後までお読みくださりありがとうございます。何のプロットもなく、経験と知識のみで書き上げた本作は多分に未消化の部分もあります。ですが、いずれこの作品の続きを書きたいとは願っていますので、そこで伏線は回収したいとぞんじます。その節はまたお越しくださいませ。
コメントなど頂けましたら、次作に活かしたく存じます。ご遠慮なさらず忌憚なき意見をどうぞ。
それでは皆様、またお会いしましょう。 水色奈月




