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天馬ゆくところ  作者: 天ノ川清
第九章 クルガン領の襲撃
36/55

09-02 発掘屋


 炸裂音は依然として散発的にきこえてくる。もっと急ぎたいが、この一帯は起伏に富んだ松と白樺の混交林で、馬を走らせるのは危険だ。見通しもよくない。

 いくらか開けた場所で祐介は全員を馬からおろした。

「堀田さんはここでみんなと待っていてくれ。トゥムル、一緒に来てくれ」

 ふたりは小銃を手に、徒歩で太い木の幹の陰をひろいながら接近した。

 百メートルほども進むと森が切れ、樹木を伐り払った広場にでた。なにかの遺跡らしく、風雨にさらされた石の壁や柱が草の間から顔をのぞかせている。掘りかえした土を積み上げた土手の横に、穴だらけの幌をかけた筏が一台、あぐらをかいている。小型の発動機を搭載した自走貨物筏だ。

「あそこだ」

 トゥムルが左手の森のはずれを指さした。

 祐介は眼を凝らした。だが木と岩しか見えない。

 すると突然、一人の防弾外套を着た若者がこれみよがしに樹の陰から半身をさらし、大げさな格好で銃を構えてみせた。

 眼で射線を追うと、土手の上に男が頭をだした。男は銃を突きだし、二発撃った。が、その時には若者は森に姿を隠し、弾丸はむなしく小石や木っ端を撥ね上げた。

「ひどい腕だな」トゥムルがあきれたようにつぶやいた。

「あの若いやつは、弾切れを誘っているようだな」

「一気に片をつけないところをみると、包囲している連中の数も多くないな。まず四、五人というところか」とトゥムルが踏んだ。

 偵察の目的は様子をさぐることだ。こちらの存在をしらせるのは避けるべきだ。しかし――。

 祐介は手短かにトゥムルと打ち合せ、ひとりで堀田たちの待っている場所に戻った。

「音をたてぬようにして、わたしについてきてくれ」

 馬の番に一人を残し、堀田ら八人をつれて林の中を相手の背後にまわった。

 トゥムルの言ったとおり、相手は五人だった。林のはずれで挑発しているのは先ほどの若者一人で、あとの四人は空き地で焚火を囲んで談笑している。手にしているのがどれも銃身の長い歩兵銃であるところをみると、馬は持っていないらしい。防弾外套も古びて、ところどころ丸く変色した弾痕がある。炸裂弾の衝撃を吸収した外套は生地が脆くなるので修理しなくては危険なのだが、その金もないようだ。

 それにしてもこの相手をなめきった態度、薄汚れた身なり――貧しいというより、だらしなさを感じる。

「合図をしたら、あの焚火に一発撃ちこめ」

 祐介は銃のうまい社員に命じ、手を振って堀田たちを展開させた。社員は弾頭を活性化させぬまま、片膝をついて小銃を構えた。

 この距離で膝射なら、祐介の腕でも命中させられる自信がある。だが、できるからといってなんでも祐介がやってしまっては、社員がやる気をなくす。任せられることはなるべく任せたほうが、たがいの信頼関係も強くなるというものだ。

 祐介は堀田たちが位置についたのをたしかめ、短く命じた。

「撃て」

 いきなり焚火が飛び散り、四人は跳び上がった。すかさず祐介は叫んだ。

「おまえらは囲まれた。逃げるなら追わない。さもなければ炸裂弾の的にするぞ」

 林の縁の若者がふりかえりざま小銃を肩に構えた。とたんに背中を蹴りつけられたように、顔から地面に突っ込んだ。トゥムルが広場の向こうから活性化されていない弾を叩きこんだのだ。同時に堀田たちが大声をあげて威嚇した。男たちは目をまわした若者をかかえ、たちまち姿を消した。

 祐介は社員に馬を連れてくるよう命じ、男たちのいた場所を調べた。食べかけの棒食と脱いだままの古外套しか残っていない。慌ててもさすがに高価な銃は忘れていかなかったようだ。

 祐介は堀田に小銃をあずけ、両手を広げてゆっくりと土手に近づきながら〈森林語〉で呼びかけた。

「撃つな。わたしは味方だ、撃つなよ」

 土手の上から緊張した男の顔がのぞいた。

「わたしはアキツ。交易商だ。やつらが引き返してこないうちにここから逃げるんだ」

 祐介が声をかけても、男は眼をぎょろつかせたまま黙っている。もし銃を撃つ気配をみせたら、トゥムルが威嚇射撃する手筈になっている。

 〈回廊語〉で繰り返し、さらに〈草原語〉で呼びかけると、やっと〈回廊語〉で答えた。

「わたしは沢井だ。今出ていく」

 男は小銃を手に土手を駆けおりてきた。

「他には?」

「わたしたちだけだ」

 沢井はうわの空で返事をし、筏に飛びこんだ。

 つづいて土手の上に女の子が姿を現わし、足元をたしかめながらおりてきた。十六、七歳だろう、背が高く手足が細長い。祐介の前まできたが、視線をそらせて顔を見ようとしない。

「君の名前は」祐介はたずねた。

沢井桐花(キリカ)。あれは父さん」少女は無表情で答えた。

 そのとき沢井が筏からころがり出てきた。

「ないぞ。どこにやった」

 わめいて、気が狂ったようにあたりを探しはじめた。

「おい、早く逃げないと危ないぞ」

 祐介の言葉など聞こえてはいないらしく、土手の裏に走っていった。

 祐介は堀田に桐花の保護と筏の調査を命じ、沢井の様子を見にいった。

 沢井は地面にへたりこんでうつむいている。周囲には砕けた緩衝材と磁器らしきものの破片が散乱している。

「どうしたんだ」

 とたんに沢井が獣のような叫び声をあげた。

「野蛮人どもが、的に――射撃の標的にしおった。猿以下のやつらめ」

 堀田が来て報告した。

「筏は発動機と浮揚球(うきだま)がはずされています。積荷も洗いざらい持っていかれ、服が残っているだけです」

「筏は捨てるしかないな。服は包みにして持っていってやろう。誰か、あの二人を馬に乗せてやってくれ」

 祐介は地面を掻きむしっている沢井の肩をたたいた。

「取込み中を邪魔してすまないが、そろそろここを離れますよ」

「うるさい! ほうっておいてくれ」

 沢井は腰を落としたまま動こうとしない。

「こっちもそうしたいんですがね」祐介は沢井の手首を握った。「娘さんだけ連れていくわけにもいかないでしょう」

「あつつ」

 悲鳴をあげて沢井は立ち上がった。祐介が人差指のつけ根で橈骨(とうこつ)のつぼを()したのだ。

 沢井が噛みつくような眼を向けたが、無視した。いつまでもこいつの駄々につき合っていられるか。


「あの沢井は発掘屋だそうです」

 祐介は稲城に報告した。昔この一帯は林業と交易で栄えていたから、発掘屋の姿もさほど珍しいものではない。街道沿いの農村などは、隊商と発掘屋へ水素燃料や食糧を供給するのを副業にしているほどだ。

「いくら沢井の指示通りに掘ってもお宝が見つからず、とうとう仲間たちはそれまで掘り出した品を持って離れていったそうです」

「で、馬まで連れていったのか」

「筏の発動機と浮揚球(うきだま)もはずされていました」

「洗いざらいか。ひどいことをするな」

 稲城は溜息をついた。機械類と浮揚球のなくなった筏など廃材とかわらない。

「それより偵察はどうなったのかね。相手にこちらの存在を教えただけじゃないのか」加賀がなじった。

「とっくに知ってますよ。われわれはべつに隠れているわけじゃないんだから」祐介は受け流した。「沢井の話によると、近頃このあたりに出没している野盗どもは、領主との契約を切られた傭兵くずれらしいです」

「専業の盗賊じゃないということか」

「沢井がやっと掘り当てた陶磁器(やきもの)の値打ちも知らずに砕いてしまったあたり、まるっきりの素人ですね」

「わかった」稲城は、なおも不満げな加賀を押さえて言った。「そいつらにわれわれを襲う根性があるとは思えんが、そのときは追い払うまでだ」

 祐介らの威嚇が効いたのか、隊商は攻撃を受けることもなく、日の暮れる前に古い宿場町の隊商宿に入った。

「あの父娘(おやこ)は、うちの隊にまかせるそうだ」

 祐介は自室にトゥムルと芹沢をよんで言った。他の隊商夫たちは大部屋だが、この三人は小さいながら個室だ。

「押しつけられたな」トゥムルは笑った。

「ありていにいえばそうだ。だがふたりを救けたのはわれわれだし、今さら知らんふりもできないだろう」

 祐介は、トゥムルの語学訓練の一環として〈回廊語〉で話している。ゆっくりとわかるまで繰り返し、必要ならば〈高原語〉で説明する。芹沢は〈高原語〉ができないので、その学習にもなる。時間はかかるが、仲がしっくりいっていないトゥムルと芹沢が話し合う機会にもなれば、と祐介はひそかに期待している。

 このふたりの幹部は齢が離れているうえに、育った文化も異なり、しかも知り合ってまだふた月だ。親しくなれというほうが無理だとはわかっているが、祐介としては早く打ちとけてもらいたい。

「沢井自身はどういっているんだ」トゥムルが訊いた。

「まだたしかめていないが、あまり選択の余地はないんじゃないか。なにしろ手元に残った財産は服の包みだけなんだから」

「ならば、故郷(くに)に帰るしかないだろう」

「それはどうかな」芹沢が首をひねった。「発掘屋にはたいてい、帰る家などない。一発当てることを夢見て、遺跡から遺跡へと流れ歩いて一生を終えるのがほとんどだ」

「遺跡っていうのはそんなにたくさんころがっているものなのか。おれは例のキタン沙漠のやつしか知らないぜ」

「南は〈大変動〉をもろに受けたからな。遺跡は熔岩に埋まったり、崩れた山の下になったりで、まだほとんどが発見されていないんだ。北ではけっこう見つけやすく、男の子なら一度は発掘屋になりたいとあこがれるものさ」

「あんたもか」

「もちろん。仲間と〈大変動〉前の地図を集めて発掘計画をたてたりしたものだよ」

 そういえば岩間村の子供の間でも〈大変動〉で失われた都市の伝説は人気があったな。祐介は芹沢の言葉に昔を思い出した。発掘屋という職業があるのを知っていたら、きっとおれもなりたがったはずだ。そして姉さんに笑われただろう。

 葉月の消息はまだわからない。町に立ち寄るたびに交易互助会(オルタク)の支部や宿の広報端末で検索しているが、該当する名前は見つからない。

 だからといって最悪の事態を考えるのは気が早い。光脳の情報庫に登録されているのは、何らかの組織に在籍しているか、またはかつて在籍した者だけで、それも偽名を使っている可能性もある。もし木原に殺されずに逃れられたとしたら、追手を警戒して本名を名乗っていないと考えたほうが自然だ。そうだ、まだ希望は残っている。

 傭兵としての木原の名前は簡単に検索できた。だがかなり前から情報が更新されておらず、今どこで何をしているかという、肝腎のことがわからない。

「名前からして沢井は北回廊の出だろう。故郷に帰るにしても、われわれの目的地とは方向が反対だ」祐介は本題に戻って言った。「いっそうちで働く気があるかきいてみよう。その気がないなら近くの町までの旅費をだしてやる。それでいいかな」

 ふたりはうなずいた。


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