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天馬ゆくところ  作者: 天ノ川清
第九章 クルガン領の襲撃
35/55

09-01 イワマ交易

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 祐介は耳をすませた。あの音は――?

トゥムルが馬を寄せてきた。

「あまり遠くないな」

 再び林の奥から、かすかだがまぎれもない炸裂音がきこえた。狩りなら活性化された炸裂弾は使わない。祐介は先行している交易隊の本部に馬を走らせ、総責任者に声をかけた。

稲城(イナギ)さん、ちょっと様子を見てきます」

 護衛隊長の加賀が反対した。「このあたりは雪解け以来、野盗の動きが盛んになっている。兵力をさくのは危険だ」

「相手がわからないというのはもっと危険でしょう」

 状況がつかめず不安をつのらせた隊商夫たちは、夜、犬に吠えられただけで恐慌におちいりかねない。実戦経験の豊富な加賀ならそれくらいわかっていそうなものだが。

「人数はいりません。うちの連中だけで偵察してきます」祐介は、稲城の顔を見て言った。

 稲城の先祖は、天山連邦の基盤となった巨大温室の建造にたずさわった技術者だ。だがその子孫の体にはさまざまな民族の血が混じり合い、顔を見ただけでは何系ともいえない。

「君の筏に人数を残さなくちゃならんだろう。わしの部下もつれていったらいい。堀田」

 稲城は中年の小頭を呼び、祐介に従うよう命じた。

 祐介は芹沢のもとに七人を残し、トゥムルと残りの社員五人、それに堀田ら四人を率いて隊列を離れた。


 祐介はジャルマ製薬からの報酬で、程度のいい中古動力筏一台と貨物筏二台、小型の補給筏一台に馬八頭を購入した。これでようやく独立した交易商になったのだ。

 隊商夫の募集には、ちょうど冬場の交易最盛期がすぎた後ということもあり、予想以上の応募があった。なかには、

 ――この〝ジャルマの雪男〟についていけば、運がひらけるかもしれない。

 と見こんで応募してきた者もいるが、大半は腰のすわらぬ渡り者だ。むろん祐介も、老舗(しにせ)の隊商で優遇されている隊商夫がわざわざ辞めて応募してくるとは期待していない。

 芹沢の調査で犯罪歴やかんばしからぬ前歴のある者をはじき、残った者をふたりで面接して十二人を雇った。いずれもとりたてた才能はなさそうだが、与えられた仕事はきちんとこなしてきた実績がある。それが肝腎(かんじん)だ。

 祐介の招きに応じてトゥムルがはるばるガルダン高原から駆けつけて来たのは、夏の交易がはじまる直前だった。

「おまえの顔を見たら、世界の果てまで行けそうな気がしてきたよ」

 祐介が友の肩を叩くと、トゥムルの精悍な顔がほころんだ。

「おれはそのつもりで来たんだ」

 その夜、料亭の一部屋を借り切って「イワマ交易」の旗揚げを祝う会がささやかに開かれた。

 イワマ交易の発足体制は、


   社長          秋津

    補佐 (情報)     芹沢

    同  (警備)    トゥムル

       動力筏主任       蜂屋       他助手 一名

       第一筏主任       佐々木     他助手 三名

       第二筏主任       宇野     他助手 三名

       補給筏(ラック)主任   横井    他助手 一名


 この計十五人だ。最年長は蜂屋の三十八歳、最年少者は祐介で十八歳だった。祐介に何かあった場合は芹沢が指揮を引継ぐ。

 実のところ、祐介が倒れるような修羅場(しゅらじょう)でこそトゥムルの統率力が必要となるのだが、他の社員たちのトゥムルを見る目には根深い警戒の色がある。なにしろ相手は伝説の高原遊牧民だ。

 話は〈大変動〉後の復興期にさかのぼる。

 北方森林地帯に人が戻ったのは、〈塵の冬〉を乗り切った天山連邦の支援もあり、南方草原より数十年早かった。苦しい開拓時代を経てようやくあちこちに町らしきものが姿をみせはじめた頃、遥かに南方で〈冬〉を生きのびた遊牧民の集団が、新しい牧草地を求めて北上してきた。彼らは途上の町々を襲っては食糧、物資を奪うだけでなく、多くの人を殺し、あるいは奴隷として連れ去った。

 大移動は百年ほどの間に数波にわたり、そのたびに連邦や森林地帯で少なからぬ町や村が姿を消した。その恐怖の記憶は今も天山(テングリオーラ)の北で広く語り継がれている。

 遊牧民の多くはやがて東の高原地帯に移ったが、天山北方に残った連中は半農半狩猟の定住生活者となり、性格も穏やかになった。これを文明化とするか堕落とみるかはともかく、かつて恐れられた面影はもはやない。

 ところがトゥムルは純粋の高原遊牧民、昔ながらの伝統に生きるガルダン族だ。いくら社長の親友といっても虎は虎だ。猫のふりをしていても、いつ牙を剥きだすかわかったものではない。

 これは祐介も予想していなかった問題だ。今までほとんど南側で活動していたので、北方人の遊牧民を見る目の厳しさに気づかなかったのだ。

 もっともあまり深刻には受けとっていない。トゥムルの人となりや能力を知れば、彼らの先入観も消えるのではないか。トゥムルが祐介の代わりになれぬ大きな理由はむしろ別のところにある。言葉だ。

 トゥムルは〈回廊語〉も〈森林語〉も話せない。また〈草原語〉を使えるのは祐介、トゥムル、芹沢の他に三人しかいない。要するに社員の半数以上はトゥムルと言葉が通じないのだ。

「なに、おれが〈回廊語〉を特訓して、すぐに話せるようにしてみせる」祐介は請け合った。

「森林地帯では〈森林語〉じゃないのか」とトゥムル。

「まずは〈回廊語〉だ。北の交易屋の共通語だからな。それにイワマ交易は将来、天山山脈の南北にまたがる大企業になる――してみせる。そうなったら幹部は貴族たちとも〈回廊語〉で交渉しなくちゃならない」

 祐介自身、そのつもりで公の場では言葉遣いもあらためた。小なりとはいえ会社の経営者となったのに、喋りかたがガキっぽくては取引相手や社員に軽く見られてしまう。ただでさえ若造と見くびられやすいのだ。

 当初は自分でも大人ぶっている気はした。だが会社が大きくなってから急に言葉や態度をあらためたら、かえって軽薄な印象を与えてしまう。筏借りから独立したのは、ちょうどいい機会だった。

「それに〈森林語〉は〈回廊語〉の影響をかなりうけていて、単語だけでなく文法も似ている。〈回廊語〉を身につければ〈森林語〉も自然にわかるようになるよ」

 いずれトゥムルにはイワマ縦貫道の秘密を打ち明けなくてはならない。が、今はまだ早い。まずはこちらの地力をつけるのが先決だ。それまでは岩間村に関心を集めるようなことは避けなくてはならない。きっと木原も同じことを考えているのではないか。


「秋津社長、なんであなたが偵察にでるんです。加賀隊長にやらせりゃいいじゃないですか」

 隊列から離れたところで堀田が話しかけた。彼は去年、山賊に襲われた事件で、カイザンを駆る祐介に命を救われている。

「あの連中にまかせるより、われわれでやったほうが安心できるだろう」

「それはそうですが」

 加賀は古い護衛屋だが、暖簾(のれん)分けを渋ったために、去年、長いあいだ苦労を共にしてきた部下たちにこぞって辞められてしまった。今回率いている連中は、急いで頭数だけかき集めてきたらしく、みるからに素人っぽい。

 ふつう隊商の護衛たちは、自分の仕事にさしつかえない範囲で隊商夫たちを手伝うものだ。いざとなれば彼らの先頭に立って戦うわけだから、経験をつんだ護衛屋なら隊商夫たちの心をつかむ大切さをよくこころえている。ところが加賀の部下たちは、堀田たちがどんなに忙しそうにしていても決して手を貸そうとはしない。

 ――ご苦労なこった。

 と、他人(ひと)事のような顔をしている。今の加賀にはそうした部下を教育する意欲も力もないようだ。

「加賀隊長が何かにつけて秋津社長に反対するのは、手柄をたてられて護衛隊長の地位を奪われるのを心配しているからですよ」

「わたしはそんなもの狙っていないのに。稲城さんと加賀さんは長いつきあいなんだろう」

「ええ、だから加賀隊長の部下があんなやつらばかりになってしまっても見捨てられないんですよ。うちの社長は人情家だから」


 炸裂音は依然として散発的にきこえてくる。もっと急ぎたいが、この一帯は起伏に富んだ松と白樺の混交林で、馬を走らせるのは危険だ。見通しもよくない。

 いくらか開けた場所で祐介は全員を馬からおろした。




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