表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天馬ゆくところ  作者: 天ノ川清
第六章 ガルダン高原騎行
21/55

06-01 ガルダン高原


 祐介とトゥムルが、ガルダン高原と呼ばれる東方高原地帯に入ったのは、秋も深まった頃だ。すでに初雪をみたが、冬を通して膝まで積もることはほとんどない。

 地形はおおむね平坦だが、峻険な岩山や〈大変動〉の名残である隕石孔の環状山(クレーター)もみられる。高原の中央に槍のようにそびえたつ天頂山(ボグドオーラ)は、遠方からでも(いただき)が望めるので位置を表す原点となっている。

 この広大な高原を遊牧領域とするガルダン族は約七百の氏族から構成されている。なかでも有力な氏族が五十ほどあり、群小氏族はそれら有力氏族のいずれかに属することで権益を守っている。だから盟主とあおぐ氏族の力が弱まればさっさと別の有力氏族の傘下に移り、場合によっては盟主の座を乗っ取ることもある。厳しい実力主義の世界なのだ。

 現在のガルダン族は、それら有力氏族のなかでも特に力のある四つの大氏族によって勢力の均衡が保たれている。彼らはそれぞれハーンと称する大族長を頭として部族を構成しているが、全ガルダン族を統率する大ハーンはここ数十年あらわれていない。

 トゥムルはなんと、この四人のハーンのうち、二番目に大きなチャハル部を率いるブルゲド・ハーンの甥だという。

「道理で人を使うのがうまいとおもった。だがトゥムルがそんな大物なら、姉さんの行方もすぐわかるかもしれないな」

「チャハルの勢力圏内ならすぐだが、そうでないとちょっとやっかいだな」とトゥムルは首をひねった。「ま、昔からの伝手(つて)がないわけじゃない。ユースケがひとりで歩きまわって捜すよりはずっと効率がいいだろう」

 ふたりは替馬に交易品の包みを積んでいる。医薬品と粉末ダイヤモンド、それに縫針だ。粉末ダイヤモンドは焼結させて蹄鉄や(すき)の刃などに加工する。いずれも必需品であり、軽くてかさばらず、いつでも食糧と交換できる。この馬と交易品を購入するために、祐介たちは発掘品の分配金をあらかたはたいてしまった。


 この春、グラレフはキタン沙漠の東にある交易拠点ベルナウで交易会社を発足させ、祐介もトゥムルとともに参加した。

 当初は参加の意欲をみせていた坑夫たちだが、大半は一時金を手にして去っていった。やはり出身地に戻って出直すらしい。看守たちはほとんどが黙って行方をくらましてしまった。どうやらアドラ山でのグラレフの厳しい処置に恐れをなしたようだ。ラモンもその一人だ。

 もっともいくらラモンでも、グラレフの会社で歓迎されるとはさすがに考えてなかったはずだ。彼としては正しい選択というべきだろう。祐介にとっても因縁のある男だったが、いなくなってからは思い出すこともない。その程度の存在だった。というよりは、考えることが多くてラモンどころではなかったのだ。

 人材不足で、本来ならもっと経験を積んだ者が担当するはずの仕事をあれもこれもと任されたおかげで、それからの半年というものは食事も睡眠も仕事の合間につまむようにしてとるありさまだった。リニイがいつのまにかグラレフの愛人になっていると知ったときも、さすがにグラレフには余裕があると感心したほどだ。

 今ふりかえっても仕事以外のことはろくに憶えていない。毎日が無我夢中で、つらいなどと思っている暇さえなかった。むしろ日々の経験がそのまま身体の一部となっていく充実感に、いくらでも活力がわいてきた。実際この半年間で、すでにできあがっている会社でうかうかと五年十年勤めるよりも実力がついたのではないか。

 だから祐介が辞職を願いでたのは、グラレフにも意外だったようだ。

「新しい役職が気にいらないのか。わたしの補佐役ではつまらんかもしれんが、しばらく辛抱すればいずれ経営陣に加わってもらうつもりだ」

「仕事に不満があるわけではないんです。でも行方不明の姉の件がありますから。ここで情報を集めるつもりだったけれど、やはり自分でさがさないと気がすみません」

 葉月のことは本当だが、仕事については嘘だった。

 会社が成長して仕事量が増えたため、先日グラレフは業務を部門に分け、祐介は現場の責任者から取締役副社長に昇格した。職制上は大変な出世だが、要はグラレフの補佐だ。部下はなくなり、実務からも離れてしまう。いつまでもグラレフの手足となって働くならともかく、将来の独立を考えるなら、これ以上グラレフのもとにいても得るものは少ないと考えたのだ。


 結局、祐介とトゥムルはグラレフの好意で、取締役副社長という役職はそのままに無給の休職扱いとなった。

「会社の名前がふたりの役に立つといいんだが。世の中には、自分の眼より肩書で相手を判断する連中も多いからな。ふたりには会社のいちばん大切で苦しい時期を、ろくな給料もなしに死にもの狂いで働いてもらった。せめてこれくらいのことはさせてくれ。アキツ、姉さんが見つかったらいつでも会社に戻ってきてもらいたい」

 おそらくグラレフにとって、トゥムルまでが辞めたのは大変な痛手だっただろう。祐介の語学力、企画力は貴重な財産だったが、管理職としてはまだ未熟だ。その点トゥムルの統率力は本物で、抜けた穴を埋めるのは難しい。

 トゥムルは何も語らなかったが、あとで祐介が耳にした噂では、グラレフからかなりの好条件で引きとめられたらしい。が、トゥムルは祐介と行を共にする方を選んだ。友のこの選択を、祐介は重くうけとめた。


「帰ってきたぞ! チャハルの世界だ」トゥムルが天に叫んだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ