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天馬ゆくところ  作者: 天ノ川清
第五章 アドラ山の夜
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05-02 リニイ


「気がついたわ」

 遠くで声がする。ゆっくり眼をあけた。ぼんやりした丸いものが重なって見える。

「おい、だいじょうぶか」

 声が頭に響く、ほうっておいてくれと思いながら、祐介はまた眼をあけた。トゥムルの顔がのぞきこんでいる。

「なんともない」祐介は起きあがろうとした。「ちょっとくらくらするだけだ」

「まだ横になっていろ」

 トゥムルにそっと押しもどされた。頭の中で鐘が鳴っている。

「どうなったんだ」

 戦いの結果をたずねたつもりだったが、トゥムルは、

「炸裂弾がおまえの(かぶと)をかすめて爆発したんだ。あと一センチ右にずれていれば首がちぎれていたかもしれん。運がよかったな」

「左にずれていれば、もっとよかった」

 祐介は吐き気がおさまるのを待って、そっとあたりを見まわした。見たことのない小屋の中だ。粗末ながら寝台の上にいる。

「ここは……」

「看守の部屋だ。このひとはリニイ、看病をしてくれている」

 そういえばトゥムルの後ろに誰かいる。この遺跡に女がいるという噂、あれは本当だったのか。

 トゥムルがそっと目配せした。祐介も眼だけでうなずいた。さらわれてきた女がここで看守どもにどんなことをさせられていたかは察しがつく。つまらぬ事を訊いてはならない。

「作戦はどうなった」

 自分がこうして看守の寝台を使っているからには、成功したに違いないが。

「うまくいった。もっともこちら側も十一人殺()られた」

「やつらはどこの兵なんだ」

「コライの傭兵だそうだ」

 コライはキタン沙漠の南にある共和国だ。領土は広いが開発が遅れていて、さして豊かではないときく。歳入の不足をおぎなうために国家事業として発掘屋をしているわけか。

「正規兵を動かせばまわりの国の注意を集める。傭兵を使ったのはそのためだろう」

「おれは、どのくらい気絶していた」

「一時間くらいだ」

「そんなに……」祐介はつぶやいた。「次の作戦の準備をしなくちゃ」

「それはおれたちが今やっている。看守どもも命をたすけてもらおうと必死で協力しているしな」

「そうか」

 祐介は眼をつむった。たしかにこの体調では、皆の邪魔になるだけかもしれない。

「じゃ、おれは行くぜ」トゥムルは立ち上がった。

「おれを置いていくなよ。殴りこみは一緒にやるという約束だろう」

「ああ、忘れちゃいない。だからそれまでに、そのガタのきた頭をせめて人並に戻しておけ。リニイ、めんどうみてやってくれ」

「ええ、まかせて」

 その声に、祐介はふとベールヘーナを思い出した。そういえばこの遺跡に連れてこられてからは、公女を思い出すこともほとんどなかった。

「リニイさん、水を一杯くれないか」

「あ、はい」

 どうぞという声に起き上がろうとすると、

「無理しないで。あたしが飲ませてあげる」

 リニイは祐介の頭を胸にかかえ、湯呑みを口にあてた。とたんに血が逆流し、祐介は激しくむせこんだ。もう長いこと女は牝猫一匹見ていないのだ。

「あ、ありがとう」声がふるえた。

 横になると、額にひんやりとした心地よさを感じた。リニイが濡らした手拭いを置いてくれたのだ。いきなりリニイの胸の感触が爆発するようによみがえった。祐介は息が荒くなるのを懸命におさえ、腰までかかった薄い毛布の下でそっと片膝を立てた。

「いまの人――トゥムルさんがいっていたけど、あんたがいなくてはこの叛乱は成功しなかったんですってね」

「大げさだな。おれは作戦を立てただけだ。実際に指揮をとったのは、もっと貫禄のある連中さ」

 そうだ、グラレフの組織力や、トゥムルの統率力がなければ何もできなかった。

 トゥムルの協力をとりつけてすぐ、祐介はグラレフに計画を打ち明けた。動力筏と装甲筏を奪取して補給基地を占拠するという、いたって単純な作戦だが、実行に移すにはどうしても大人の力が必要だった。

 実際、同志となることを誓った後のグラレフの働きはめざましかった。たちまち有力な仲間を引き入れ、叛乱委員会を組織したのもグラレフだ。

 実行までの準備期間は短かった。時間をかければそれだけ発覚する危険もふえる、仲間も少数でいい、その他大勢は結果がでればおのずとついてくる、それがグラレフの考えだった。


 一昨日の夜、交代の時刻になって(やぐら)のまわりで坑夫たちが騒ぎだした。昇降機が故障して砕石と坑夫たちが上がってこないのだ。

 看守たちも集まってきた。坑夫はともかく、お宝が上がらなくては自分たちの成績に、ひいては命にかかわる。

 懐中電灯を持った看守が、電気系統を調べようと櫓の配電盤を照らした。と、光の中に蓋を開けた配電盤と、なにやら工具を手にした坑夫の影が一つ浮かびあがった。

「なんだ――」

 おまえは、といわぬ前に影――祐介は配線の端子を元に戻した。とたんに、わずか一メートル下で止まっていた昇降機が一気に地上に上がり、手に手に円匙(シャベル)や鉄棒を持ったトゥムルたちが躍り出て看守に襲いかかった。

 勝負は一瞬でついた。看守たちは衝撃棒(スタンキリク)をふるう間もなく坑夫たちに殴り倒され、あるいは降伏した。

 残りの看守たちも宿舎で油断しているところを、忍び寄ったグラレフ率いる坑夫たちに襲撃され、あっけなく拘束された。

 案の定、捕まった看守たちは助命を見返りに協力を約束した。彼らには他に選択の道がないのだ。

 監督兵つまりコライ共和国は、叛乱が起きたと知れば補給の筏をよこさなくなる。看守と坑夫が干乾(ひから)びるのを待って再び筏を送る頃には、生き残った連中は一杯の水のためにも仲間を売るようになっている。そして補充の坑夫たちは、叛乱がいかに無謀であるかという実地教育をうけるわけだ。


「でも、グラレフという人もさっき来て、トゥムルさんと話していたわよ。あんたがいなければ叛乱に踏み切れなかったって。子供のくせに大物なのね」

「へえ、グラレフさんが……」

 子供、という言葉にちょっとひっかかったが、グラレフに認められたのは嬉しかった。

「ね、このきれいな頸飾り、どうしたの」

 リニイが、祐介の胸から紅玉(ルビー)をつまみあげた。

「あ、それは」

 いつもは口の中か作業服の下に隠しているのだ。

「いやねえ、()ったりしないわよ」

 リニイは祐介の胸の上に紅玉を戻した。

「べつにそんなつもりじゃ……」

高価(たか)そうな石ね」

「ああ……知っている人から……もらった」

 祐介は急に激しい疲れを覚え、ぼんやりと答えた。

「どんな人なの。恋人?」

 が、すでに祐介は眠っていた。



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