魔術師の里特別見学会へようこそ!28
理不尽なことや終わったことは、怒ってもしょうがない。
そう思っても収まらない怒りは、発散させるに限る。
無言でパン種をバチンと台にぶつけると、そのたびに窓から覗いている竜たちがしゅっと引っ込む。そろーっと頭を覗かせて、またぶつける瞬間にしゅっと隠れる。これを何度も繰り返して、いい粘りがでたパン生地が出来上がった。
「ふー。ちょっとスッキリした」
「夕食のパン、全員分捏ねちゃいましたね、スミレさん……」
ナキナさんが焼きたてパンを冷ましつつ微笑んだ。
石窯から出てきたパンは、既に私がバチンバチンやったものだ。結構たくさん捏ねたのでいい汗をかいてしまった。フィカルは捏ねたあとに寝かされていたパンを空いた石窯に入れている。
木の実が入った酸味があって硬いパンは大人用。子供たちには、精製した粉で作った柔らかいもの。どちらもいい具合に焼き上がっている。パンを捏ねるのをやめた私に気付いた竜たちが、パンの匂いを嗅ごうと窓ガラスを曇らせていた。
「思い出したらまだムカつくけど、このイライラは明日の捜査のエネルギーにしたいです」
「スミレさんって意外と怒るんですね」
「そりゃ怒りますよ。あんな小さな子に……指輪をおでこに押し付けてやればよかった!」
「それは拷問になっちゃいますね」
捏ねたパンにナキナさんが粉を振り、表面に切れ目を入れている。全てやり終えると、粉だらけの台を片付けている私を手伝ってくれた。
「私も同じような目に遭ってたんですけど、今思い返しても嫌な気持ちになります。でも」
「えっ!?!」
なんか今さらっとすごい過去を打ち明けてくれたのでは。
「お、同じような?」
「はい。あ、言ってませんでしたっけ? 私も魔力少なくて家畜だったんですよ〜」
「かちく」
「10年前の捜査で助けられた組ですね〜。ちなみにメルソスもそうですよ」
「ええぇー!!!」
あんなひどいことをされた人がこんなところにも、ていうかそんなあっさり、いやあっさりじゃないんだろうけど。
「えええー!!!」
「わーい抱きしめられちゃいまし……まってスミレさんフィカルさんがすごい見てる。抱きしめられてる私のことすごい見てるんですけどまって」
ナキナさんの方が背が高いのでしがみつく形になったけど、とりあえず驚きをハグに代えて表現してみた。驚きというか悲しみというか元気にいてくれて嬉しいというか、私がそれを言ったら完全に他人事になりそうというか、とりあえずびっくりしているのだけは確かである。
「た、大変だったんですね……っていったら失礼かもしれないですけど」
「全然ですよ〜。大変っちゃ大変だったんですけどある日キルリス様が全部ぶっ壊してくれて、今は遠い記憶って感じですね」
ぶっちゃけその後の修行の方が心に刻み込まれているというか……と、ナキナさんはどこか遠くを見るように言った。
あんな悲惨な過去を押しやれるほどの修行。大丈夫なのだろうか。
「あの頃は里ももっと閉鎖的だったんで、被害者は無事魔術師になったら自らの手で加害者に復讐できたんですけど」
「ええぇ……」
「私の場合、加害者2人がどっちも病で先に死んじゃいまして、復讐の矛先がなくなったと言いますか。もう気にしてないと思ってたんですけど、わだかまりがあったみたいです〜」
だからナキナさんは、子供たちをみたときにものすごく怒ったんだと腑に落ちた。
酷いことをされたとき、復讐するのとしないのではどちらがいいのだろうか。それは私にはわからないけれど、その選択を自分ですることができなかったというのは、やっぱり後悔が残ることなのかもしれない。
「ナキナさん……」
「そんな顔しちゃダメですよ〜。これでも私、相当幸せ者なので!」
ナキナさんが笑って、私の頬をそっと触った。
それから「すいません粉付いちゃいました」とハンカチで擦ってくれた。
「あの子たちも、たぶん大丈夫です。スミレさんたちに助けられて優しくしてもらったから。もう人生辛いことだけじゃないんだなってわかったら、そこを目指していけますから」
「そう……だと嬉しいです」
ちょっとうるっときてしまった。
私にできることは少ないし、あの辛い出来事を消し去ることはできない。でもあの子たちがこれから生きていく上で、少しでもあの記憶を押しやれるような思い出になれたら嬉しい。
「里での思い出が嫌なことばっかりになっちゃったかもしれないんですけど、スミレさんもフィカルさんもぜひまた遊びに来てください。あの子たちも喜ぶと思います」
「むしろ来させてください。何度でも」
「よかった〜。あの子たちもこれから大変だし……、気に掛けてくれる人がいるってわかると頑張れると思います」
大変だし、のあとに、修行が、と聞こえた気がする。
魔術師の修行ってそんなに覚悟がいるものなのだろうか。トルテアの魔術師見習いは毎日楽しそうだけど。
キルリスさんのスパルタな様子を思い浮かべると、確かに大変なのかもしれないと思った。だけどキルリスさんならきっと大丈夫だろう。現にナキナさんは立派な魔術師になっているんだし、助け合える仲間もいる。
「ナキナさんも、トルテアに遊びに来てくださいね。ていうか今度一緒に遊びましょう」
「やった〜うれしいです〜……いや、すごく嬉しいんですけど、そろそろ私たち離れた方がいいかもしれませんスミレさん。旦那さんがすごい目でこっちを見てます。私今日が命日かもしれない」
「フィカルは別に怒ってないんで大丈夫です」
「え……あの無表情からどう読み取ったんですか? 私には死の宣告してるようにしか見えないんですけど」
次のパンが焼けるまで、私とナキナさんはぎゅっとハグをしていた。
窓の外では真似をしようとしたアルがスーに頭突きをくらっていた。
フィカルは後で私のことを思いっきりハグした。




