スミレの隠しごと そのいち1
「竜の牙」の前あたりのお話
「久々に……」
やってしまった。
やらかしてしまった。
「……」
目の前でグツグツと煮込まれる料理。が、なんだか蛍光ピンク色をしている。
おかしいなー。
ついさっきまでそんな色してなかったのになー。
クラガリタケの色味が濃くてどっちかというと暗い緑っぽい色だったのになー。
私も異世界生活にそこそこ慣れてきた。だからわかる。
こういう急激な変化があったとき、それは、大体大失敗料理ができあがったときである。
日本にいた頃、料理は得意ではないけれど下手というほどでもなかった、と思う。
お母さんの手伝い程度しかしていなかったけれど、食べられないほどマズい食べ物を生成した記憶はなかった。
今思うと、ナントカの素や万能調味料が全面的にバックアップしてくれていたおかげだったのかもしれない。基本塩、あとは自分でブレンドしたり、下手すると調達から自力で行うタイプのスパイスには苦労させられたものである。
見慣れない食材が多いせいもある。一見普通のレタスっぽい野菜が、茹ですぎると急激にえぐみを主張してきたり、野獣が妙に魚っぽい風味を宿していたりするのだ。
さらにいうと、薪で火をつけるという調理環境も初心者には厳しかった。
それでもトルテアの女性陣にコツやレシピを教えてもらったり、暮らしていくうちに経験値が溜まったりして失敗することは少なくなった。はじめの頃はかなり焦げ目が濃いお肉ややたらと水っぽいシチューなどを量産したけれど、今ではそんな失敗はほとんどない。
その代わりというかなんというか、たまーにこうやってどうしようもない大失敗をしてしまうのである。
「うーん……」
パリピが魔女になって作った鍋、みたいなシチューを、取り敢えず火から下ろしてみる。まだクツクツと泡が出ているところがそれっぽい。フォロワー1000人増える魔法の薬とかっぽい。
私はさっと周囲を見渡した。
フィカルは2階にいる。屋根裏の掃除をしてくれているのだ。スーは外なので家の中のことにはあまり気付かないだろう。
ハッと視線を感じて振り向くと、アネモネちゃんが白い根っこの足でヨタヨタと後退りしていた。
「あっ……」
十二分に距離をとったあとに葉っぱの両手をクロスさせ、アネモネちゃんは紺色の花の前でバッテンを作った。
そうだよね。
やっぱアウトだよね。わかってた。わかってたよ、アネモネちゃん。
アネモネちゃんは魔草なので基本的に水と日光で生きている。けれど魔草だからなのか、美味しいものと美味しくないものの区別は付いているようだ。失敗するとこうやって近寄ってくれないのが悲しいところである。
それでも一縷の望みをかけて、私は蛍光ピンクでとろみのついた液体をスプーンで軽く掬ってみた。
匂いは特にしない。
舐めてみる。
「……」
なぜか脳裏に「ねじれの位置」という単語が浮かんだ。
「……」
スプーンをそっと置く。
アネモネちゃんが心配そうにしたたたと8の字を描いていた。テーブルを挟んだ遠くの床で。
これは多分、貝だな。
貝がねじれの位置にいる。
今までにも使ったことのある貝なのに、何故こうなったのだろう。
そう疑問を抱きつつも、私は鍋つかみで鍋を抱えて窓際へとこっそり近付いた。
窓を開けて、ごく小さな声で「スー」と呼ぶ。
「グルッ」
鮮やかな紅の鱗をきらめかせ、大きな竜が庭に降り立った。
スーは、グルグルと喉を鳴らしながら窓に鼻先を寄せて、それから少し横を向いてからフンッと勢いよく鼻息を吐いた。
竜は五感が鋭い。
「スー……、ごめん、これ食べてくれない?」
ごくごく小さい声でお願いすると、スーは口を閉じたままグウゥと息を漏らした。
大失敗した料理は、リカバリーが利かない。
どうアレンジしようがマズさのバリエーションが増えるだけである。
そうなったらもう、可及的速やかにスーに食べてもらって隠滅するしかないのだ。
「スー、お願い。ジャマキノコいっぱいあげるから。ねっ」
「ギュウ」
「いい子だねー。スーは胃袋強いもんね。ありがとうねー」
「グゥ」
スーが嫌そうな顔しながらも口を開けてくれる。
そこへ鍋の中身を注ごうと思った瞬間、私の肩をガシッと掴む手があった。




