青い指先4
運針の乱れは心の乱れ。
小学校6年の家庭科でそう教えてくれた先生へ、異世界から問いたい。
逆に運針が乱れることによって心が乱れるんですけどどうしたらいいですか。
「できた……?」
凝った肩としょぼしょぼになった目というコンディションで、私は玉止めを終えた。
様々なことに目をつむれば、完成した鮮やかな青色の開襟シャツ。薄い生地が涼しそうである。持ち上げて眺めていると、その向こうからフィカルが顔を出した。
「フィカル、できたかもしれない」
ついつい言葉を濁してしまうのは、果たしてこれを完成形と言ってもいいだろうかと毎回思うからである。一定ではない縫い目、刺したときには真っ直ぐだったのに抜くときにはなぜか歪んでいるまち針。同じサイズに切ったはずなのに最終的にズレている布。それらをなかったことにすれば、一応完成した。かもしれない。
こっくりと頷いたフィカルが、手を伸ばしてシャツを取った。そんなにしげしげと眺めないでほしい。
「半袖なのはね、暑いときに家の中で着る用にいいんじゃないかなってね……一応着てみてくれる?」
訊くなりフィカルが脱ぎだしたので、私は慌てて後ろを向いた。部屋で着替えてほしかった、むしろ私が部屋に行っておくべきなのかと考えながら、余った糸くずを葉っぱの先に引っ掛けて遊んでいるアネモネちゃんを手に乗せつつ裁縫道具を片付ける。糸も布と一緒に染めたのだけれど、一着作ってみた感じでいうと全然足りなくなさそうだ。シーツは普通の白い糸で縫おう。
ひらひらした葉先に絡まりそうな糸を外していると、ぽんと肩を叩かれた。
「あ、着替えた?」
振り向くと、青いシャツを来たフィカルが立っている。
「おぉ……」
フィカルが夏っぽい。
銀色の髪に薄めの肌色で、シャツの青色が濃く映えていた。大きめに作った袖口やひとつ開けられた首元が涼しげである。普段は目にしない二の腕が眩しい。
「でもなんか縫い目が引きつれてる! ボタンの穴もなんか位置が変ーズレてるー! なんでこんなとこから糸が出てるの?」
姿勢の良いフィカルはまっすぐ立っているのに身頃が微妙にツイストしているのはなぜなのか。肩口に寄せた覚えのない微妙なタックがある理由を教えてほしい。よく見るとかなり粗があるシャツが、フィカルの夏っぽさを下げている。
「直せるところは直すから、また脱いでくれる?」
私の裁縫力でどれだけ直せるのか疑問だけれど、せめてボタンの位置くらいは直させてほしい。そう頼むと、フィカルはすぐにふるふると首を振った。なぜ。
「ボタン……付けにくいよね? 裾の高さが合ってないし。穴に合わせて付け直すから」
「いい」
「いやよくないと思う。袖のとこもなんか変だし」
一旦返してほしいと手を出すと、フィカルは一歩下がりながらまたふるふると首を振る。
「そんなに時間はかからないから。多分。夏までには着られるようにしておくし」
私が一歩歩くと、フィカルはさらに下がる。
間合いを計りつつ私はピンときてしまった。
こやつ、また私の失敗作コレクターと化す気だな。
トルテアに来てから始めた私の裁縫の犠牲者は、主に自分とフィカルである。直線に縫うだけのものすごく簡単なものすら当初は苦労していたけれど、ちょっとの失敗であればそのままお蔵入りするのはお財布的に勿体ない。そんな事情からフィカルの持つ下着類には明らかに失敗作があるのだけれど、なぜかフィカルはそれを回収させてはくれないのだった。
上達したので古いものは着ないでほしいとお願いしても、フィカルは拒否する。着替え分も充分に作ったからと最初の貫頭衣的な失敗作を雑巾に仕立て直そうと思っていると、なぜか全然洗濯物として出してこないのである。訊いたら目を逸らされ、最初にご近所さんから譲ってもらったものを渡された。綺麗な方を雑巾にしてどうする。
「いや、フィカル、ほんとに……大事にしてくれるのは嬉しいんですけどっ……作った側としてはクオリティの低いのをずっと見せられるとちょっと」
基本的に私が作っているのはインナーなので、外で出来の悪さを誰かに知られることはない。けれど、洗濯物として洗うたびに苦々しい気持ちになるのである。乾いたらこっそり回収しようと思っていても、あとで見たらそれだけ先に仕舞われていたりするフィカルの勘の良さは何なんだろう。勇者スキルはもっと有効活用してほしい。
このシャツも、きっと今を逃すとなんだかんだで着続けられてしまうだろう。微妙にズレたボタン位置を夏中ずっと見るのは御免こうむりたい。
「ねっ、ちょっとでいいから、すぐ返すから……ほんとちょっとだけ縫い直すだけだから」
どうせボタンを外すのだから、いっその事ひっぺがしてしまってもいいのでは。
恥と執念となけなしの裁縫力を掛けて引っ張ってみるも、フィカルはぎゅっと襟元を押さえてイヤイヤと首を振っていた。
「お願い、フィカル、ちょっとだけでいいから……ちょっと脱いでくれるだけでいいから。すぐすませるから……!」
「おーいフィカルいるかっ?! 森で魔獣が暴れ……」
「あ」
ドンドンガチャという音とともに、冒険者のおじさんが入ってきた。
服を引っ張り合う私たちを見て、スッと勢いが落ちる。
「あー……いや、すまん。これからしっぽりいくとこだったか」
「どこにも何もいきません」
「悪いんだけど、いちゃつくのはちっと魔獣討伐してからでもいいか」
「いちゃついてません」
「悪ィな、いきなり入っちまってよ。そういうときは鍵閉めといたほうがいいぞ」
「おじさん聞いて」
なぜ今日に限って鍵をかけ忘れているのか。そしておじさんは話を聞いてほしい。
謎の理解を示すおじさんの誤解を解いている間に、フィカルは素早く上着とマントを身に付け、ブーツを履いて討伐用の剣を用意した。
「あっ、フィカルそのまま着たの?! 脱いでって言ったのに!」
「おいおいスミレちゃん、お熱いのはいいが仕事終わってからな。待っといてやってくれ」
「違います!」
「フィカルも悪ィな、今日はスタミナ付くとこ持ってけよ」
「違ーう!!」
素早く扉を閉めて討伐に出掛けていったフィカルとおじさんに向かって叫んだけど、案の定その甲斐なくしばらくギルドに誤解が広まることになってしまった。
そしてシャツを取り返すきっかけも失ったままになってしまったのだった。
やっぱり裁縫は苦手である。




