青い指先3
そこはかとなくイヤな匂いを耐えること数日、ムラサキワタシヅタ染めは成功した。
庭に張った洗濯物を干すロープには、鮮やかな青色に染まった沢山の布がはためいている。
「匂いに耐えて頑張った甲斐があったね!」
フィカルもこっくりと頷いた。
大きな布は一番濃い色のもの、やや薄い青色のもの、そして薄い水色のものがそれぞれ2枚ずつ染められていた。水色のものは2枚とも柔らかい布で、うち1枚は丸い絞り模様がついている。残りの色は柔らかいものと硬めのものをそれぞれ1枚ずつ染めてみたけれど、どれもうまくいったようだ。
煮詰めてどろどろにしたムラサキワタシヅタは紫色を通り越して黒っぽくなっていたけれど、染めた布を川に浸けて濯いだ瞬間に鮮やかな青色に変わったのは感動した。手間もかかって大変だったけれど、こうして眺めてみるとやってよかったと思える。
布はどれも綺麗な青だ。ついでに私の指も綺麗な青だった。
「落ちないね……」
手もみで布を濯いだせいか、指先から手首くらいまで綺麗なグラデーションに染まってしまっている。先のほうが濃いので、指からゾンビ化しているような感じである。水や石鹸で洗っても落ちる気配がないので、しっかり染まっているようだ。
乾いた布を畳んでいると、布と手が同化したように感じる。フィカルはそんな私の手をそっと持ち上げて、少しだけ目を細めた。
「医者に」
「うーん、ただ染まってるだけじゃないかな? ほっとけばそのうち戻ると思うよ」
理科の授業で薬液が付いたときと同じような感じで、特に痛みや違和感があるわけでもない。細胞が入れ替われば自然と落ちる色のように思えるけれど、フィカルは気になるらしいので、一応街の方へと出掛けることにした。
「うわー!! スミレなんだそれ!!」
「どうしたの〜?! だいじょうぶ〜?」
「……魔術?」
フィカルは心配しているけれど、途中で遭遇した子供たちには大好評だった。通りがかったマルス、リリアナ、レオナルドの3人組が、私の青い手を目ざとく発見して近付いてくる。
あまりにも驚いているので、ゾンビのフリをして追いかけたら子供たちはキャーキャー喜んで逃げ回った。ちょっと楽しい。走り回っていると、フィカルがぽんと肩を叩く。
「スミレ」
「あ、ごめん、お医者さんのとこ行くんだったよね」
止められたので、子供たちと手を繋ぎながら街の中心へと歩いていく。家へと帰る子供たちと別れてからお医者さんを訪ねると、壮年ながらにエネルギッシュなおじさんが笑って大丈夫だと断言してくれた。
「一週間もすれば薄くなってくるから心配ないよ。濃いから完全に消えるには時間がかかるかもしれないけど、毒があるわけじゃないから」
「ありがとうございます」
「落とそうと思って洗いすぎると手が荒れるから気を付けて。それにしてもフィカルは心配性なんだなぁ」
ハハハと笑われたフィカルは、無表情のままでこっくりと頷きながら手荒れ防止のクリームまで購入していた。
一緒に暮らし始めた頃は見た目通り、特に心配性ではなさそうだった気がする。暮らしている内に私の生活スキルの低さを目の当たりにしたのであれこれ気になるようになったのかもしれない。私は申し訳ない気持ちと、ありがたい気持ちが半分半分くらいでフィカルにお礼を言った。
「フィカル、心配してくれてありがとう。大丈夫みたいだし、これから頑張って服作るね」
フィカルがぐっと握った私の青い拳をじっと見てから、こっくりと頷いた。