あらくれスーの森林伐採7
「プギェッギャギャッ!」
「ベエェー!」
朝イチでギルドの事務所に顔を出して家に戻ってみると、庭で仔竜、子ヤギちゃん、アネモネちゃんがそれぞれ小さな円を描いていた。ドスドス、たったかたったか、したたたと回っている縮尺の差が大きいトリオは、どうやら種族の差を超えて遊んでいるらしい。グローバル社会ってこういうことだろうか。
たしたしと地面を踏みしめてアネモネちゃんが2人になにやらアピールをすると、子ヤギちゃんと仔竜は反対回りをし始めた。
何の遊びなのか全くわからないけれど、見ているととても和む。戻ってきた私とフィカルに気が付くと、くるくる回っていたトリオは止まってそれぞれおかえりアピールをしてくれた。大きなモスグリーンの鼻先を撫でると、頭にアネモネちゃんを乗せた子ヤギちゃんも傍で順番待ちしている。
「今日はこれから出掛けるから、仔竜ちゃんは悪いけど親御さんのとこに戻ってもらえるかな? アネモネちゃん、戸締まりするからおうち入る?」
空の方を指してバイバイと手を振ってみると、仔竜がべそべそと文句を言い始める。アネモネちゃんは花を振って乗っている子ヤギちゃんの耳をぴこぴこと葉っぱで掴んで揺らし、それから二階の窓を指した。
まだもう少し外で遊ぶらしいアネモネちゃんのために二階の窓は少し開けておいて、私とフィカルは仔竜を見送ってからすっかり秋めいてパステル調になった森に向かってスーを呼んだ。
「スー、おいで〜。遊びに行くよ〜」
大きな翼が羽ばたく音が聞こえて、スーが低空飛行して私達の前で着地した。ジャマキノコを上げてご機嫌を取っている間にフィカルが鞍を付ける。アネモネちゃん達に手を振ってまず中央広場の方まで飛んで、それから荷物を足して今度は西の方角へと飛び立つ。低めの場所を真っ直ぐ飛んだスーはお昼になる前に隣街へと到着し、荷物を渡して市場で昼食になりそうなものを見繕う。その場で食べずに包んでもらって、私達はそこから少し南へと飛んだ。
荷運びを終えれば今日の仕事はもうお休みである。
冬越しの準備ももっとも忙しい時期を乗り越え、冒険者達はそれぞれ自分の家の補強や足りないものの見直しなどに専念できるようになってきた。竜がいると頼まれる仕事も多いけれど、今日一日は空けてくれるようにと頼んだのだ。スーが森でドタバタやっているというのはかなり噂になっていたので、それがおさまるのであればと今日はルドさんが竜が必要そうな仕事を一人で請けてくれている。
トルテアへ帰る道ではないのでフィカルが立って手綱を操っていく。行き先の分からないスーは不思議そうにしながらも黙って秋空を滑り、やがて着陸の体勢を取った。
南から北へ流れる川の支流にある。少し浅くて川幅が広い場所の近くに到着すると、まず昼食の準備を始める。転がっている石でかまどを作り薪を入れる。薪の一つを持ってここで何をするのか大人しく待っているスーの鼻先に近付けた。
「スー、火打ち石忘れちゃったからこれに火を点けてくれない? やってくれたらすごく助かるんだけどなぁ〜」
顔の横に立ってお願いしてみると、グゥと喉を鳴らしたスーが小さく口を開けて少しだけ炎を吐いた。小さいと言ってもゲームなどで見た火炎放射器くらいの威力がある火に枝を近付けると、先が光って炎が移る。
「ありがとう、助かるよースーはいい子だねぇ」
「グム……」
竜の炎は普通の火よりも質がいいと言われるけれど、確かに消えにくく扱いやすいような感じがする。火に質があるのかはよくわからないけれど、焚き火で消えかけて苦労するということがないのだ。燻煙を出す時も、スーがチップに火を付けると消えにくくていいと褒められていたのである。
丼サイズの小鍋にスープを温めて、買ってきたサンドイッチを包みから取り出す。フォカッチャのような生地に色んな野菜のピクルスや焼いたお肉が入っているものだ。
「スー? もうちょっとこっちにおいで。そうここに座って? よしよし」
周囲を暖め始めた火から少し離れた場所にいたスーをうんと近くまで呼び寄せて座るように促す。ゆっくり腰を下ろしたスーの胴体を背凭れにする。少し固まったスーは、私達が座って昼食を取り始めると、大きな胴を震わせてゆったりと呼吸をするようになった。
ピクルスの味付けはトルテアよりも少し辛く、ほのかにムカの香りもしている。それがお肉をさっぱりさせるのでとても美味しかった。スープもゴロゴロ具材が入っていて噛みごたえがある。大きなハンバーガーくらいあるサンドイッチはフィカルには2つ買ったけれども両方共ぺろりと平らげ、スープをまたお代わりしている。
お腹を落ち着かせてから、荷物の袋からラグビーボールを半分に切ったような形のものを取り出す。これはハガネヅタの仲間で、西の方で作られている実を半分に切ったものらしい。曲面は少しザラザラしていて、断面は真ん中に少し空洞があるものの、その他は細くて硬い繊維がたくさん並んでいる。触ると少しチクチクするくらいの硬さのそれは、ある種の刃物をお手入れするブラシとして使うものだった。
焚き火からそのブラシの部分に火を移すと、お線香のようにそれぞれの繊維の先だけが細く光り、断面がほんのり明るくなった。鞍を外したスーの鼻先にそれを近付けると、不思議そうに嗅いだものの逃げる様子もない。楕円形のそれを落とさないように気を付けながら、端の方だけをそっと鼻先に付けてみる。
「熱くない?」
人間が触るとやけどするであろうそれを付けてもスーは何ともないようだった。少しずつ触れる面積を増やすようにして、長くて大きい鼻筋をゆっくりとブラシで撫でると、その動きを追うように真ん中へ寄っていた黄緑色の目がうっとりと半目になり、少し開いた口からグァーと気持ちよさそうな息が吐き出される。
火の属性を持つ魔獣の牙や骨から作り出した武器は、火を当てることで研ぐことが出来るものも多い。素材が竜であれば焚き火でそのまま炙っても大丈夫だけれど、力の強くない魔獣から作ったものであれば直接火にあて続けると割れてしまうことがある。そのため、このブラシに火を移して磨くのだ。
スーは身繕いをする時に自分の炎を使ってやっているので、このブラシで撫でてあげたら気持ち良いんじゃないだろうかと思いついたのだけれど、正解のようだ。
「ギュ〜……グゥオオゥ……グルゥ……」
「はい、こっちの翼広げてー。痒いところはございませんかー」
ゴシゴシと洗うように紅い鱗をブラッシングしていくと、目をとろんとさせて力が抜けていく。気持ちよさそうに唸りながら、スーは言われるがままに翼や尾を動かしてははふーと息を吐いていた。よほど心地よかったのか、お腹をブラッシングし終わる頃には、スーは無防備に喉すら晒すように仰向けに転がってでれんととろけていた。
「はい、フィカル」
まだ火の残っているブラシをフィカルに渡すと、暫くそれを見つめていたフィカルがスーの頭の方へとまわる。フィカルが近付いてきたことでスーはパチっと目を開けたけれど、動きは止めたままでじっとフィカルを見つめていた。
少し見つめ合ってから、フィカルがそのブラシで仰向けに見せていた顎の下をゴシゴシ撫でる。すると縦に走ったスーの瞳孔が緩み、うるうると歪み始めて、ぼたぼたと涙を溢し始めた。
「グルッギャオゥオオウ……グルォガォウ」
何か文句のようなものをずっと鳴きながら、大きな涙を逆さまに零している。その鳴き声は長いことスーの喉を震わせていたけれど、フィカルはその間ずっと喉元を撫でてあげていた。
地面を染めていた涙が止まる頃にはブラシの火も消えており、同時にスーもすっかり元通りに戻っていた。しゅばっと身軽に起き上がり、グルグフと喉を鳴らしながら私に擦り寄って手を鼻筋へと導く。久しぶりの仕草に嬉しくなって、私はスーの鼻筋にぎゅっと抱きついた。
「よしよし。私もフィカルもスーのことが大好きだからね」
「ギャウッ」
鼻筋に体を預けている私を持ち上げるように機嫌良くスーが鳴く。するとさらに体が浮いて、フィカルが私を引き寄せてぎゅっと抱きついた。スーはそれを見て目を瞬かせたが、今度はスーが体にしては小さい手を広げて私とフィカルを一緒にぎゅっと抱きしめる。紅い翼も覆うために広げて、機嫌良さそうに喉を唸らせる。
この日から、スーの森林破壊はストップした。
元の賑やかなスーに戻り時折ブラッシングを要求しては嬉しそうに鳴くようになったけれど、やはり仔竜が来ると少し態度がそっけない日が続いていた。
しかし後日、また捕まえた獲物を嬉しそうに持ってきた仔竜がスーの目の前にでんと置き、食べてほしそうに見上げ続けた。それで根負けしたようで、スーは無理しない程度に仔竜のおもりをすることにしたようである。その光景を、子ヤギちゃんがメデタシメデタシと言いそうに首を上下して見つめていたけれど、それはただ草を飲み込んでいただけであった。
ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/12/20)




