あらくれスーの森林伐採5
横長の瞳孔はどこを見ているのかよくわからない。けれど、ピンクの舌はジャマキノコを絶え間なくざーりざーりと舐めていた。時々齧り付こうとするけれど、そのままの大きさでは口に入れにくいらしく、また諦めてざーりざーりしている。じっと横でしゃがんで見ていると、じわじわとジャマキノコの傘が削れているのがわかる。ヤギの舌がザラザラしているって本当だったんだなぁ。子ヤギちゃんは鳩だけど。
「子ヤギちゃん……舐めるって愛情表現だと思う……?」
「ベエェー」
「私もうお嫁に行けないかもしれない……」
「ベエェー!」
フィカルがルドさんにヤキモチを焼いたりするのは、私がフィカルに対してあまり気持ちを伝えていなかったからかもしれない。普段フィカルからひっついてくることが多いだけに、確かに自分からひっつくこともない。それでフィカルが不安になるというのであれば、伝わるように気持ちを伝えたいとは思う。
だけど舐めるって何なのだ。あれは世界のスタンダードなのか。もうよくわからない。たまに売られてるハレンチ系特集のファッション雑誌、うわぁこれ本屋さんで買う人いるのかとか思ってないで一冊くらい買っておけばよかった。
ざーりざーりジャマキノコを舐める子ヤギちゃんにぶつぶつと文句を言う私、その向こうの森では相変わらず木が伐採されている。
見通しが良くなってしまった場所の対策を取るべく、私達は今森の手前で火を焚いていた。グラグラと煮立っている鍋の中に入っているのは、30センチほどの大きな松ぼっくりである。
ミッカマツという木は、この世界ではとても有名らしい。
三日松のその名の通り、三日で樹齢何十年と見紛うほどの大きさまで成長する。しかも、二日目までは芽も出ないのだ。2回の夜が過ぎ、3度目の朝日の中でみるみる伸びて太くなる。あっという間に大きくなっていく様は面白く見てて飽きないため、それを見るために「三日待つ」ことから名付けられたという説もあるらしかった。
1本につき5個ほど巨大な松ぼっくりをつけるミッカマツは、その脅威の成長力があるものの、自然界ではほとんど発芽することはない。巨大な松ぼっくりの皮がとても分厚く、中に入っている実が自然に出るには100年ほどかかると言われているからだ。長い時間を経て松の実が地面に落ちても、古くなった実からはほとんど芽が出ないのである。
生命力が強いのか弱いのかわからないミッカマツは、松ぼっくりを一昼夜煮え湯に入れておくことで松の実を取り出すことが出来る。煮込んで刃物を入れられる硬さになった分厚い松かさを削るとうっすら青みがかった松の実が見えてくるのだ。
ミッカマツの実はうずらの卵をもう少し縦に細長く伸ばした形をしていて、一つの松ぼっくりに25〜40個ほど入っている。これを1つずつ、スーが引っこ抜いてしまった木のあとに埋めていくのである。
「フィカル、火傷しないように気を付けてね」
沸騰した湯を流し、湯気が出ている巨大松ぼっくりにフィカルが刃をあてる。開いていない松ぼっくりは卵のような形だし出て来る松の実もどこか卵っぽいフォルムをしているので、このまま温めれば何かの生き物が生まれそうな気持ちになる。
取り出した松の実もじんわり温かくなってるけれど、炒ったりしない限りはちゃんと芽が出るということだった。気付かないうちに落としたりしないように、1つずつ小さな袋の中に入れておく。
「おうおう、これまた派手にやってますなあ」
メシメシバキバキと相変わらず太い幹とプロレスしているスーは、声をかけるとチラッと見てからまた倒した木をかじり始める。この森を焼き尽くすほどの炎を吐ける筈なのにそうしないのは、やはりこれがただの抗議活動だからだろう。
新たな犠牲者に近付いたスーが、太く大きい足でドシンと幹を蹴る。数回繰り返すと立派な針葉樹が徐々に傾いていった。
「もう好きなだけ暴れちゃえ。破壊主義者と書いてスーと読もう」
根っこから引き抜かれて柔らかい土が露出している部分にミッカマツの実をひとつ落とし、丁寧に土をかける。フィカルは倒れた木のうち運べるサイズのものをまとめて森の外へと運ぶためにロープを取り出していた。
木と木の間隔が狭くならないように植えた場所を覚えながら、あちこちに散らばっている太い幹をまたいで移動する。連日スーが荒ぶっているせいか動物が近くにいないようで森の西はとても静かだった。
ミッカマツはすぐに大きくなることから、森で火災が起きた時や土砂崩れを防止するためなどに使われることが多い植物のひとつである。そのため、どこの街でも巨大松ぼっくりをいくつか保管しているということだった。松は焚き付け材として冒険者が重宝するものであり、ミッカマツはヨウセイマツに次いで煙が少ない種類でもあるため屋内でも使用出来る。トルテアでも焚き付け材にするために数年に一度はミッカマツを植えるということだったので、私とフィカルがその仕事をすることで今回の蛮行を見逃してもらえることになったのだ。
ミッカマツの実はそれほど多くはないため、植えるのは簡単な作業である。むしろ大変なのは、育ったあとに生る巨大松ぼっくりを回収する作業なのだそうだ。発芽率が良くないとはいえ地面に落ちた松ぼっくりが土に埋もれ、森火事があったりすると皮が薄くなり実が出てくることもある。するといきなり大きな幹が一箇所からドドドーンと生えてきたりするそうだ。散らばらないまま多くの実が発芽するとちょっとした小山というか巨大な剣山というかとにかく大変らしいので、松ぼっくりはきちんと回収しなくてはいけないのだ。
「松の実が少なくなってきた……あっちにも穴空いてるなぁ」
しゃがんで実を取り出して地面に植えていると、生温かい空気が流れていた。顔を上げると、私の背後から覗き込むようにスーが手元を覗いている。目が合うとゆっくり離れたけれど、それでも手の届く範囲だった。
「松の実だよ。食べてみる? 普通の松の実は食べられるらしいけど」
青みがかった実をひとつ手のひらに載せて差し出してみると、赤い鼻先が近付いてきてフンフンと匂いを嗅いでいる。それからスーがゆっくりと口を開けたので中に放り込むと、小さくて味わうのに苦労しながらもぐもぐと食べていた。
「美味しい?」
「……グウウゥ」
スーは喉で長く唸った後、私の傍に生えていたジャマキノコをひとつふたつ口に入れてから、また背を向けて森林伐採を再開し始めた。どうやら、ご機嫌を直すにはまだまだらしい。
ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/12/20)




