旅は道連れ8
スーのための家畜、大きな水樽、衣服を何枚か、そして持てるだけの保存食。それがロランツさん達から貰った最後の応援物資だった。鞍の後方に括った荷物がかつてない量になっているけれど、スーはキタオオガチョウを食べられて気力に満ちている。夜中に小さめの竜も食べていたはずなのだけれど、宵祭で貰った際に盗み食いしたほどの大好物は別腹のようだった。
私とフィカルには調理済みのキタオオガチョウとキタオオユリネのシチューを振る舞われたけれど、盗み食いしたスーの気持ちがわかるくらいに美味しかった。ロランツさんの領地で育てているキタオオガチョウは利益が大きいけれど、盗みなどのトラブルも大きいそうだ。そんな食材をお腹いっぱい食べられるだなんて、貴族のコネというのはすごい。
「じゃあ、気を付けて」
「せいぜい死なぬように竜にしがみ付いていろ」
「帰りは街に寄れよ!」
「はーい、いってきまーす」
貴族トリオに見送られて、ここからの旅はフィカルとスーと私だけになった。街もない場所だけれど、そもそもここまでも黒い魔力のせいで街に寄れずに移動してきていたのでその辺は実感がない。
今までは万が一にも街にモヤモヤがいかないようにという配慮もあって高度を高くしては地面に降りるという山を描くような移動方法をしていたけれど、ここからは移動速度を重視して少し高めの場所をまっすぐ飛び、モヤモヤとの距離が開き過ぎる前に休憩がてら停まるという方法を取ることになっていた。
高度がさほど高くない場所を飛んでいると、必然的に魔獣との遭遇率も上がる。大体が縄張りを守るために襲い掛かってくるものなので縄張りを過ぎると諦めるけれど、しつこく追ってくるものはスーや立って騎乗しているフィカルが退治することになった。このあたりの魔獣は毒を持つものも多いため、ロランツさん達から教えてもらった安全な魔獣以外は食べることが出来ない。ただ斬ってしまっただけというのは何だか申し訳ない気持ちになるけれど、落下していく魔獣を更に小さな魔獣が待ち構えていたので他の生命の糧になったようだ。
強い魔獣ほど魔力が多いため、特に竜が相手だったときにはおこぼれを狙う魔獣も多かった。そのうちに、小さな魔獣の集団が付いてくるようになる。スーの癇に障らない遠くにいるためによく見えないけれど、灰色のヤギに羽根を付けたような魔獣の群れだった。ずっと飛んでいるのではなく、背の高い木や岩などを足場にしてぴょんぴょんと跳ねながら付いてきている。逃げ足は中々速く、その土地の魔獣が襲い掛かってきた時は器用に逃げたり集団で身を守ったりしている。
「スーに付いて来れば食べ残しがあるってわかってるんだねー。賢いなあ」
自分が褒められたと勘違いしたスーがグルルッと機嫌良く喉を鳴らした。後方に付いてくる上に攻撃する気配もないので、スーもフィカルもフライングヤギ集団については放っておくことにしたらしい。休憩しても近場でウロウロしているだけのヤギは、彩りの少ない旅路でちょっとした安らぎになってくれた。
「ベエェー」
「あっ、子ヤギちゃん」
灰色ヤギの群れの中で、一匹だけ真っ白なヤギがいた。小さくてぴょんぴょん跳ねている子ヤギは好奇心が強いのかあっちこっち見て回り、他のヤギよりもこちらへと距離を詰めてくる。椅子代わりに座っていたジャマキノコの欠片を千切って力いっぱい投げると、恐る恐る近寄って匂いを嗅いだあと、ハグハグと美味しそうに食べていた。距離が離れているけれどふれあい動物園を彷彿とさせる光景だ。
流石に野生のヤギらしく触れられる距離までは近寄ってこないものの、ジャマキノコを美味しそうに食べている子ヤギはとても可愛らしい。
「グルガウッ」
「はいはい、スーにもあげるね」
座っている背中を鼻筋で押してくるスーの口を両手で開けてジャマキノコを4つほど詰め込むと、むしゃむしゃとすぐに飲み込まれてしまった。再び開けられた口にもジャマキノコを入れて、もっと欲しいとねだるように開けっ放しの口を押さえて閉じる。
休憩は3時間ゆっくり飛んで30分休むくらいの感覚で、トイレ休憩がてらストレッチをして座りっぱなしの体をほぐせたら出発だ。飛んでいる間は割と退屈だけれど、いつ魔獣とスーの対決が始まるかわからない。お裁縫でもしようものならあっという間に酔ってしまうだろう。
何日かそうやって過ごした後も、フライングヤギ集団は一生懸命にスーの後を付いてきていた。ゆっくりとはいえ竜の移動速度に付いてこれるのは、魔獣としては速い種類だからだろう。少し距離が離れても、休憩の間にしっかりと追いついている。子ヤギは2メートルほどの距離にまで近付いて来るようになった。
「ベエェー! ベエェー!」
短い尻尾をぴこぴこ動かして幼い手足で跳ねる姿はとても可愛い。鳥のように羽で出来た翼も妙に似合っている。紅い首輪と鈴を付けたい欲求に駆られるほどの愛らしさだった。
「スミレ、危ない」
愛らしさに癒やされていると、フィカルに後ろから持ち上げられた。足元に黒っぽい蔦が忍び寄っていて、私がいた辺りに巻き付いていた。棘があっていかにも毒を持ってそうな植物である。
「フィカル、ありがと……って子ヤギちゃん危ない!」
「ベエェー」
私を捕まえそこねて悔しそうにのたうっていた蔦に、子ヤギがぴょんぴょんと近寄っていく。可愛いヤギちゃんがあわや食人植物の餌に……とフィカルに持ち上げられながら肝を冷やしたけれど、そうはならなかった。新たな獲物を捕まえようとする黒蔦を器用に躱しながら、棘のない部分を踏みつけ踏みつけて千切ってしまう。デロンと動かなくなったそれを、子ヤギはむしゃむしゃと食べ始めた。よく見ると遠くにいる他のヤギ集団も同じように黒い蔦をむしゃむしゃしている。
「や、ヤギすごい……さすが草食……」
雑草対策にヤギを使うという話を日本で聞いたけれど、こちらのヤギも同じようになんでも食べるようだ。
蔦はスーが炎で焼き払うと近寄ってこなくなったものの、休憩する度にこういう危険な動植物に遭遇していた。フィカルやスーでどうにかなる程度なので無事に旅をしていられるが、私一人だったら多分1時間も生きてはいられないだろう。
「フィカルは一度同じようにトラキアス山に行ったんだよね? ロランツさん達の差し入れもなくて一人だったら大変だったでしょ?」
フィカルは思い出すようにちょっと頭を傾げて、そうでもないと答える。
トラキアス山への道は、ガルガンシアから少し西に行って北上するという道が最も簡単といわれていて、フィカルもその道程を辿ったそうだ。途中までは旅費を稼ぎながらな上に馬で移動だったので日数がかかったものの、スーを捕まえてからは大体ずっと飛んでそのままトラキアス山へと行ったため、こうやって降りて休憩することもあまりなかったという。
「それってスーはずーっと飛んでたってこと? ご飯休憩もなしで?」
こっくり。
あっさりと頷いたフィカルの体力の凄さは勿論、スーの体力があるがゆえの不憫な扱いに同情した。これからはもっと労ってあげようと紅い鼻を撫でると、まったり休んでいたスーが嬉しげに鳴いた。
ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/12/19)




