王都へ3
「おい、勇者が来たってホントか?!」
「どいつだ」
「おいおい押すなって」
「あの男かぁ? 随分ヒョロッちいが……」
フィカルが勇者であるという話はあっという間にタラチネの街を駆け抜け、街の入り口にある小屋の中に大勢が詰め掛けた。
「おい、握手してくれよ!」
「やだーカッコイイじゃないの」
「魔王はどんなだった?! 本当にトラキアス山にいたのか?」
「うちの防具使ってくれよ、いい宣伝になる」
それぞれがわーわー騒ぎながら詰め掛けてくるので、誰が何を言っているのかよくわからない。あまりの勢いに私は後退り、フィカルは相変わらずの無表情ではあるもののそこはかとなく迷惑だなあという目をしていた。スーが壊した柵を補修する時によくしている目だ。
「あーあーちょっとあんたら! 勇者も困ってんだろ」
「俺と組んで仕事やらないか? 星7だ!」
「いや、俺達と行こうぜ」
「こらこら、……すまん、大事になってしまった」
「いえ……」
タラチネの門番である男性が野次馬を制しながら謝った。
気にしないでとはいえない。ぎゅうぎゅうになって詰め寄られ、ジロジロと見られるのは無茶苦茶居心地が悪いからだ。
とりあえず滞在申請書は届けたので、私とフィカルは小屋から出て宿を探すことにする。
人混みを掻き分けて進むものの、野次馬はぞろぞろとコガモのように私達に付いてきて、それが人目について更に野次馬が増え、あっちこっちの店から呼び止められる。
「勇者様、うちに泊まってって下さい!」
「うちの宿にどうぞ!」
「こっちに泊まってくれたらタダにする!」
「うちじゃ食事も付けるよ!」
「ウチもだ! 菓子も出すぞ!」
勇者のネームバリューがすごい。
もしかして、「我こそが勇者なり」と喧伝して歩けば、小銅貨1枚も使わずに王都に着けるのではないか。そんな魔が差してしまいそうなので誘惑するのはやめてほしい。
「……どうする? こんな人混みじゃ宿を探すどころの話じゃないね……」
フィカルが勇者だったということが判明した当時もわざわざトルテアまで会いに来る人がいたり、カルカチアに行ったときにも街の人がざわざわ注目していたけれど、そんなのがメじゃない騒ぎに発展してしまっている。あの辺りがどれだけのんびりしたところなのかをこれほど実感したことはない。
宿屋の主人同士が張り合って口喧嘩に発展しそうな時、ピーピーと笛を吹いて揃いの制服を着た集団がやって来た。警棒のようなものを持って野次馬集団を解散させている。
制服には葉っぱを持った竜のマークが縫い付けられているので、竜騎士団の人達のようだった。
文句を言う野次馬を遠ざけた後、騎士団の中でも腕章を付けている男性がこちらへ歩いてきて、ビシッと礼をした。敬礼だと思うけれど、踵を打ち鳴らして右手の肘を直角に曲げて、自分のお腹の前で甲を下向けるように手を翳している。腕を肩まで上げるとアイーンと言いたくなるような礼だった。明るい赤髪を後ろで一つに括った男性は中年と言ってもいい年齢に見えるけれど、体は筋肉で引き締まり顔付きも引き締まっている。
「勇者フィカルとお見受けする。タラチネ竜騎士団第一分隊長マーガスだ。領主が挨拶をと」
「断る」
剣豪のように面倒の気配を察知したフィカルがズバリと断りを入れた。
しかし相手もさるものなのか、怯むことなく言葉を続けている。
「この状態では宿をとることもままなるまい。魔王討伐には我々も領主も感謝している。その恩義をぜひ一晩の宿として返したい」
「こと」
ちょっと待って、の意味を込めてフィカルに繋がれている手にギュッと力を込めた。フィカルはこちらをじっと見下ろしている。私は更にフィカルの手を引っ張って、空いてる手を口の横に立ててフィカルの耳に近付けた。
領主というと貴族だ。断ると失礼に当たるかもしれない。フィカルは全く気にしない性質だけれども、ここで断ったらまたあの野次馬集団に囲まれながら宿屋の客引きと格闘しなければならないのだ。もちろん領主と会ったら会ったで、魔王討伐の思い出話とかに花を咲かせなければいけないとかそういう面倒さもある。しかし宿屋に泊まれば野次馬が押し寄せてくるけれど、流石に領主の家には押し掛けないだろう。
どっちのほうがいいかな? とヒソヒソすると、フィカルはしばらく考え込んだ。無表情なので何も考えていない可能性もあるけれど、考え込んでいると信じる。それからじっと私を見てちらっと野次馬を見て、それからマーガスさんへと向き直った。
「行く」
「それは良かった。連れの方共々寛げるようもてなそう」
周囲からえぇ〜という残念そうな声が沢山投げつけられた。小学校の卒業式のようなハモリ具合に、この決断は正しかったな、と実感したのだった。
「ようこそタラチネへ。私が領主のルチア・タラチネだ」
街の中心にある大きな館で私とフィカルを迎えてくれたのは、薄紫色の髪をした女性だった。フィカルより少し低いくらいの長身で筋肉がついた体付きをしており、握手に差し出した手もゴツゴツしていて剣を握る人の手だった。
「初めまして、私はスミレ、こっちはフィカルです。この度はお招き頂きありがとうございます」
「よろしくスミレ。どうか堅くならず、友と話すように接してほしい」
声も女性にしては低めで、キリッとした眉と切れ長の瞳で意思が強そうな印象のルチアさんは少し話し方を崩して微笑んだ。
「ありがとうございます。フィカルは無口で表情もあまり変えないのですがこれが普通なので、気を悪くしないでもらえると嬉しいです」
「強者の中には岩のような顔や下品な奴も多いからな。まったく気にはならんさ。荷物を置いたら夕食にしよう」
ルチアさんは色々な意味で予想外の領主だった。何となく、もっと成金そうな人とか、太ったおじさんとか、傲慢そうな人を想像していたのだ。案内された部屋も大きくてベッドも上質そうなシーツが掛けられていたけれど、過度な装飾などはなくシックな色合いで統一されていた。
そういえば、この世界では貴族であるということは、魔物を討伐する筆頭に立つということだと教えられたのだった。家系として領地を引き継いではいるものの、その土地を守れる人間だけが地名を名乗ることが出来る。そう考えるとルチアさんはこの世界では貴族らしい貴族なのかもしれないと思った。
「部屋は1つで良いと言ったそうだが、2人は夫婦なのか?」
「イエ、えっと、そういうわけでは」
「おっと、野暮だったか。強くて顔も良いとなればこれ以上ない物件だと思うがな」
夕食の席でそうニヤリとしたルチアさんは、グラスにお酒を注いでもらう仕草もどことなく男性的だった。顔立ちは女性っぽいし胸もしっかりあるけれど男性の服装をしているので、男装の麗人のような魅力がある女性だ。メイドさんも心なしか頬を染めている。
「しかしフィカル殿は本当に喋らんな。食事は口にあっているか?」
私のすぐ近くに座ったフィカルは、牛肉っぽい固まりを咀嚼しながらこっくりと頷いた。ご歓談的な雰囲気なのに安定の無口を貫くフィカルの代わりに、私がルチアさんと対話をすることになってしまっている。予想はしていたけれど、ちょっとは喋ってほしかった。
「すいません、フィカルはホントに喋ることが少なくて、魔王の話とかも聞いたことないんです」
「それは残念だな。ネイガルの三男坊を負かした相手だと聞いてたんで、さぞ迫力ある話を聞けると思ったんだが」
「ネイガル……? あ、ロランツ・ネイガルさんですか?」
ちょうどフィカルが魔王を倒したことが認められた際に王都から喧嘩を売りに来た貴族トリオのうち、キラキラ王子っぽい見た目をしていたのがロランツ・ネイガルさんだ。貴族は王都にも屋敷を持っている人がほとんどなので、王都や王城で顔を合わせることもあるらしい。
ルチアさんはロランツさんの4歳年上で、昔はよく遊んでいたらしかった。小さい頃は女の子みたいな見た目だと寄ってたかって年上にいじられてたのに、ぐんぐん腕を上げて今ではロランツさんに敵う人を探す方が難しい、とルチアさんは片頬にえくぼを作った。
「まあ、私は勇者だけではなく、あなたにも興味があったんだが」
「私ですか?」
何を話したんだ、ロランツさん。
ルチアさんの後ろに控えているメイドさんが心なしか私を羨ましそうに見ていた。
ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/12/19)




