帰り道6
次の日の朝は奇妙な音を目覚まし時計にやってきた。
バク、バク、バクッ。
変な音がする度に日差しは眩しく、肌寒くなる。寝返りを打ってマシュマロ布団を引き寄せるために手を伸ばすと、それを何かがベロリと舐めた。
「うひゃ」
生温かい感覚に飛び起きると、フィカルが私のウエストに手を回して引き寄せ、仔竜を足蹴にしているところだった。ギャウ、と鳴いた仔竜は顎を足で押し上げられたまま手をわきわきと動かしている。
「仔竜……ちゃん? なの?」
「ガゥッ」
ぱちぱちと瞬膜が動く黄色の瞳は大きく、体に比べて手足も太い。その造形は変わらなかったけれど、仔竜は大きくなっていた。フィカルを超すくらいだった背の高さは、スーとそう変わらない大きさになっている。
夜中に燻製の見張りを交代して眠りにつくときには、見覚えのあるサイズの仔竜が半分マシュマロからはみ出ながら熟睡していたというのに。
「竜の成長早すぎない?」
仔竜は戸惑う私が起きたのを良いことに、寝床にしていたマシュマロを次々とお腹に収めていっていた。その口に入るかどうかという大きさだったマシュマロは、今は軽々と口の中に消えていってしまう。バクバクと白いぽよぽよを片付け、最後に残ったジャマキノコを食べようとしてスーに先を越された。
「ギャエエエエッ」
中身はあまり伴っていない成長のようだった。泣きわめいて転がりまわる度に周囲にボロボロと鱗が落ちている。その一つを拾うと、表面はスーの鱗と同じツルツルとしたものだったが、裏面は非常に細かな凹凸があって、その光の反射でモスグリーンの鱗が茶色がかって見えるようだった。体の成長と共に鱗も生え変わっているのか、あちこちに落ちた鱗が朝日でキラキラと光っている。
「記念に拾っとこう。綺麗だし竜の鱗って高く売れそうな気もするし」
ビン牛乳に付いていた紙のキャップくらいの大きさのそれを邪魔にならない程度に拾い上げて袋に入れていると、仔竜が興味深そうにそれを眺めていた。フンフンと匂いを嗅いでは首を傾げている様が可愛い。
「ピカピカの鱗になったねぇ。どんどん大きくなるのかな」
ぺちぺちと頬のあたりを叩くように撫でると、仔竜は喉でギュルルと唸りながら気持ちよさそうに目を細めていた。力が強いけれど、ずりずりと頭を押し付けてくるのも愛らしい。
「あんまり急いで大きくならなくていいんだよ、大人の竜と見分けつかなくなっちゃうからねー」
「ギュルッ?」
歯が痒かったことは一晩ですっかり忘れてしまったらしい仔竜は、自分の目線がスーと同じ高さになっていることに気が付いたらしく、自分の炎で朝の身だしなみを整えていたスーに羽をババッと広げて「ガッ!!」と威嚇なのかアピールなのかを繰り返した。スーは白けたような目でそれを見ていたが、じゃれて噛み付いてきたことに対しては首根っこを捕らえて地面に叩き付けるという先輩っぷりを見せていた。とはいえ、仔竜も怪我一つなく平気そうなので手加減をしていたのだろう。巨大竜も微笑ましそうにぐるぐる喉を鳴らしながら眺めている。
いつもは甘えん坊に見えるスーも仔竜が一緒であれば落ち着いて見えるのが不思議だ。
上手に出来た燻製と共に再び私とフィカルと愉快な竜達は悪徳魔術師集団竜の牙のアジトがあった場所を目指している。スーは私とフィカルを鞍に乗せ、巨大竜達はのんびりした足取りで、仔竜はバタバタと翼をはためかせながら。
「あっ、今ちょっと飛べたんじゃない?」
成長して翼が大きくなったからか、今までは跳ね回るような動きだった仔竜も空を飛ぼうとしているらしい。今日も鞍にある卵型の背もたれの上に座って眺めがいい状態なので、あっちこっち忙しない仔竜のはしゃぎっぷりがよく見えた。
仔竜はバタバタと翼を動かしては走り回り、ジャンプして翼を動かせば滞空時間が伸びているように感じる。スーや大人竜のようにその場で浮き上がることはまだ出来ていないけれど、近くで羽ばたくだけでも風力が強くなっていた。
ひとしきり暴れまわった仔竜は、カヒカヒと口を開けて呼吸しながら、べたりと親竜の尻尾から背中に登って一休みしている。それに他の巨大竜が大きなマシュマロを吐き出すと、バクバクと全て平らげていた。
見てて気持ちが良くなるくらいの食欲だ。すかさずフィカルが差し出してきた魚の燻製をおやつに食べていると、それも欲しそうにじっと眺めている。巨大竜の背中に今にも涎が垂れそうで無駄にハラハラしてしまった。
「スミレ」
やがてフィカルが斜め前方を指差した。周囲の風景は大分荒れて乾燥した眺めになっていて、川幅も今までよりずっと狭くなっている。川面を覗き込んでみると水の色が暗くなっていたので、深さは増しているようだった。
フィカルが指した方向を見てみても、地平線が広がるだけである。手でひさしを作って目を細めると、遠くに何かあるかな? くらいの感じだった。
目がいいとは思っていたけれど、フィカルはマサイ族に勝る視力かもしれない。
「あそこが地下牢のあった場所」
「地下牢」
フィカルが私の言葉を繰り返して、心配そうな顔をした。鞍はそれほど広いわけではないので、これ以上近寄らないでほしい。
そういえば話してなかったっけな、と思い、私がトルテアの機織り小屋の前でボッシュートされてからの話をすると、今度は紺色の瞳がなんだか物騒に光った。無表情で怒ると怖いので落ち着いてほしい。
「でも全然無事だったし、竜さんが派手に壊してたし」
最初に地下のドームっぽい場所で出会った巨大竜は、今でも私達に最も近い場所をほとんど離れない。先程からしきりに鼻先を寄せてフガフガしながら低く鳴いていたのは、竜の牙のアジトが近付いていたからかもしれないと気が付いた。
大丈夫だよ、と巨大な鼻先を撫でると、返事の代わりにマシュマロがケプッと落ちてきた。
「ちょっと時間経っちゃったけど、キルリスさんまだいるかな?」
「いる」
「エッ見えるの?」
フィカルが何でも無いようにこっくり頷いたことに驚いていると、スーが歩みを止めていきなり背を低くした。それと同時に巨大竜がスーごと私達を跨ぎ越して汽笛のように低く唸る。他の巨大竜も同じように、前の空間を囲んでいる。
大きな障害物のせいでよく見えないけれど、前方の地面が円形に光り、やがて光が消えた。
「……なんだこの状況は!!」
「あ、キルリスさん」
このヒステリックな声、間違いなくキルリスさんである。そして同時に動揺したような声が複数聞こえてきた。
巨大竜に囲まれて流石のキルリスさんも慌てているらしく、同僚らしき魔術師の人は何人か消え、残りも杖で何度か地面を叩いて自分の周辺を光らせていた。
「スミレ! フィカル! どういう状況だこれはァ! そんな所にいては危険だぞ!」
「大丈夫です。怒らなかったら大人しいですよ」
「貴様の目は節穴かァ!」
ひょっこりと巨大竜の影から顔を覗かせたスー、そしてその上の私とフィカルを見つけたキルリスさんがキレのある突っ込みをした。
警戒心を丸出しにしている巨大竜、対するはいつでも魔術を掛けられるよう身構えた魔術師達。その間に入ってどちらもどうどうと宥めながら、私はなんだかデジャブを感じていた。こんな役割多いな、私。




