牛頭鬼
・・・翌日。
「ほーら、お前達。痛てえか?痛てえか?」
覇気なく棒で人間を突くシン。その数分後、作業内容についてジャラムに怒られる彼の姿を見て、遠くで溜息を吐くアンジュ。
「お前なあ。あれは怒られて当然だぞ。」
休憩室で今日の作業の事でシンにダメ出しをする。だが、アンジュの声に対し、『分かった。』『悪かった』と力なく繰り返すだけで明らかに彼の心には届いていない。
「・・・そんなに見たかったのか?」
「ん?まあ、娯楽が少ない生活だからな。俺達にも出来るんじゃないかと思って期待してたんだ。それがあんな形で粉砕されたんじゃ落ち込みもするだろ。」
「・・・なんだかなあ。」
「・・・という訳なんだけどさ。」
「それで再びワシの所に来たと。」
「頼むよカナンダ。形だけでもいいから、あいつにそれなりの物を見せてやれないか?あいつに少し刺激を与えられれば、それで満足してくれると思うし。」
「ふーむ・・。残念じゃが、昨日言った通りワシの力ではあれが限界じゃ。とてもではないが、潰される間際の人間を元の状態に戻すなど、そのような能力は無い。傷は治せても、砕け散った心は治す事は出来ん。やはり食用の魂を治すよりも身体から離れたばかりの魂を手に入れた方が良かろう。」
「う~ん。カナンダにそれを言われちゃ、どうしようも出来ないよ。」
「それに、シンが望むのは人間の恨みが混じったドロドロとした戦いじゃ。それを考えると、その中でも良質な物を選ばなければならない。やはり我々には出来ぬ事じゃよ。」
その後もカナンダの口から出てくるのは、この計画の欠点ばかり。シンの望んだ事が、どれだけ難しいかを知り、気を落としながら帰路に就くアンジュ。
「・・・人間の本質か。そんなに衝撃的な物なのかね。」
下等な生き物の感情を見ることに、そこまで必死になるシンの気持ちが分からない。もちろん、それを研究しようとしていたカナンダも。正直、アンジュには全くそそられない話であった。
その後、いつもの生活が始まり、次第にこの事についても話題に上がらくなってくる。アンジュもシンも、人間の感情について忘れかけたある日、思いもしない機会が訪れる。
「・・・?なんだ?ジャラムのやつ。偉いヘコヘコしているな。」
場に合わないタキシードを着て、ジャラムと会話する一人の大男。牛の顔を持つ男の姿を見て、ナラカの魔物で無いことに気付く。
「ああ・・。あれは牛頭鬼様だよ。」
隣で作業をするシンが声を掛ける。
「牛頭鬼様?ナラカの魔物じゃないな。」
「そりゃそうさ。日本国の地獄を仕切る獄卒鬼様だ。まあ、見学か何かじゃないか?」
「へえ・・。そんな偉い方がナラカの小さな地獄に来てくれるなんてねえ。ジャラムの奴がいつも以上に腰を曲げてる理由が分かったよ。」
(日本国っていうと、黄泉の国のイザナミ様とも付き合いがあるのかな?)
思えば、イザナミ様の行った遊びを参考にしてシンが真似をした。黄泉と地獄で仕切りはあるが、同じ国を束ね、位の高い方ならば、イザナミ様との交流があっても不思議では無い。そう考えたアンジュは思い切った行動に出る。
「お、おい・・。どこ行くんだよ?」
仕事を中断し、牛頭鬼の元へと歩くアンジュ。その姿を呆然と見送るシン。
「失礼します。」
「?・・・なんだ、君は?」
二メートルを超える牛頭鬼の前に立つアンジュ。50センチ以上の差があるにも関わらず、臆する事も無くアンジュは一礼をした後、話し出す。
「率直にお聞きします。牛頭鬼様はイザナミ様にお会いしたことがあるのでしょうか?」
「イザナミ?ああ、あるが。」
「こら、アンジュ。仕事に戻りなさい。牛頭鬼様は今、ナラカの見学で忙しいんだ。」
牛頭鬼の手前、あまり強くは怒れないジャラム。そんなジャラムを無視し、アンジュは言葉を続ける。
「イザナミ様は人間を使い、面白い遊びをやっているとお聞きします。その遊びの内容をよろしかったら聞かせて頂けないでしょうか?」
「!・・・君は面白いことを言うね。」
ニヤリと口元を緩ませ、右手で顎を触る牛頭鬼。
「アンジュ!!仕事に戻りなさい。」
「まあまあ。良いではないか。我々も大分仕事をした。一旦、休憩としよう。」
ジャラムを制止し、紳士的に振る舞う牛頭鬼。そして、目の前に出て来た獄卒の女子に興味を持つ。
「どれ、休憩がてら、君に話をしようではないか。まあ、私からも幾つか質問をさせてもらうが。」