19 殺気
殺気
野犬に囲まれて立ち往生していた隆之。
目の前には涎を垂らした野犬の群れ。
それぞれは、地球ならかなり獰猛な印象の犬だ。
その群れのど真ん中に放り出されたようなもの。
月の出に合わせてにらみ合いの状態となる。
野犬はなにか警戒している印象だ。
すぐには襲い掛からなかった。
けれども、隆之が見てない方向からじわじわと接近する。
動きに気付いてそちらを見るとぴたりと停まる。
すると、背後の犬が動き出す。
まるで、『達磨さんが転んだ』状態だ。
隆之は視線をあちこちに飛ばしながら警戒をする。
それでも、視線は基本的には一方向を見つめていた。
一番大きなプレッシャーを与える存在がいるからだ。
群れの一番のボスと思われる特別大きな犬だった。
その犬が群れを指示しているのは確かだ。
そして、その犬の方向から何らかの力を感じた。
まるで、そちらの方から冷たい風が吹き付けてくるような印象だ。
にらみ合いをしているとき、背中にひんやりとした物を感じる。
大きな犬からの風を固めたような鋭い物だ。
その鋭い感覚を避けるため身体を動かす。
少し身体を左方向にずらした。
それほど、大きく動かない。
一歩動いたところで、そのひんやりした感覚が消えたからだ。
すると、今まで身体の在った位置を走り抜ける野犬がいた。
隆之の、鈍い動きに業を煮やして突撃してきた感じだ。
しかし、隆之には楽にかわす事ができた。
第三者が見ていたら驚いただろう。
まるで来るのが判っていてかわしたような印象だ。
見ていないのに感じる冷たい感覚だった。
冷たい冷気を受けた印象だ。
それが、消えるまで身体を動かしただけだ。
その結果、死角から襲われているのにしっかり攻撃をかわした。
ぎりぎりでかわせば当然反撃だ。
走り抜ける時に見せた犬の脇腹。
まるで、スローモーションのように動く犬だ。
脇腹の筋肉がうねっているのまで見えた。
そこに、隙のようなものを感じた隆之は蹴りを入れる。
隆之が思った以上に動く足先。
通常では考えられない速度で走る肉体だ。
ほとんど、無反動で足先が動く。
それは、吸い込まれるように犬の脇腹に決まった。
キャン!
犬の悲鳴に近い鳴き声だ。
それでも、勢いは停まらずに走り抜ける野犬。
そのため、足先はそれに引き摺られて蹴り上げる形となる。
今までがゆっくりに感じていただけに急に現実に戻ったような印象。
隆之の戸惑いに一瞬感覚がお留守になる。
その時、再び背後から迫る冷たい印象。
新たに、ひんやりとした感覚を背中に感じた。
とっさに、残った足を軸足として身体を回す。
ハイスペックな身体は隆之の想いを受けて倒れもせずに回った。
走り抜けた犬に感覚を合わせていた為に対応が遅れる。
再びスローモーションの感覚が身体を支配した。
獰猛な犬の顔面が目に入る。
僅かな時間差で二頭が襲撃した事が判った。
かなり、襲撃に慣れた感じの犬達だ。
片足立ちでは、今更大きく動くのは無理。
最初のように身体を動かす余裕は無かった。
それなら、相手の攻撃に合わせて跳ね飛ばされた方がダメージが少ない。
相手からの噛み付き攻撃だけ避ける考え。
さすがに噛まれてはたまらないからだ。
身体が回っている加減で期せずして足先が迎撃に動いた。
シューティングゲームで弾幕をかわすような感覚だ。
僅かでもずれれば、相手の口に足が入ってしまう。
スローモーションで動いているからできる芸当だ。
相手の鼻先を蹴り上げて噛まれるのを防ぐつもりだった。
鼻先と思われる部分に足先をあわせる。
身体が回転してようやく攻撃主の全体が見えた。
大きな口を開けて足を噛みにきている。
隆之はその鼻先を目掛けて足を突き入れた。
まともに鼻先に蹴りが決まる。
ギャン!!
この世の声とも思われない鳴き声を上げて弾き返される犬。
思ったより、反動は無かった。
キャンキャン
目の前を、まるで悲鳴を上げて逃げ回る印象の犬だ。
犬を蹴り上げたところで、スローモーション感覚が消える。
急に身体が大きく振られて、よろけた。
大きく隙を見せたように感じる。
けれども、もう犬達はそれ以上攻撃する気配もない。
二匹目の襲撃を退けたところで、隆之の意識が切り替わった。
隆之は、犬の襲撃を警戒して気配を探ろうと動く。
あの冷たい、殺気のような感覚を感じるために意識を高める。
剣豪宮本武蔵ではないけど、全方位への警戒だ。
感覚を、視覚から気配を探る物?に切り替えた。
他の犬は隆之の動きを見た所為か数歩下がる。
視界に入っている犬だけではない。
見えない位置の犬も同時に下ったように感じた。
人間で言うなら、手ごわい相手に思わず腰が引けた印象。
犬でも、同様な反応に思わず笑みが浮かぶ。
しかし、そんな隆之に対して新たなる動きがあった。
ヴォン!
低いうなり声で一声吠えられる。
ボス級の犬が指示を出した印象だ。
しかし、他の犬は動こうともしなかった。
僅かな接触でも、犬たちは隆之の手ごわさを見抜いた印象だ。
個々の犬は『強そうな』だけではない。
それぞれが、しっかり判断して攻撃を加えてきていた。
その様子を見る限り、単なる野犬の群れには思えなかった。
ボス犬が近付くと逃げるような素振りをする。
傍目には苛立ったようなボスの印象だ。
逃げた犬は、その後からボス犬を睨んでいた。