01 プロローグ
迷宮の輪舞
プロローグ
杉並 隆之は目の前の現象に驚くばかりだ。
つい直前まで街中の横断歩道にいた。
今はまったく別の世界にいたからだ。
隆之は大学の四年生だ。
卒業を控えて本来なら就職活動に専念していなければならない。
今日は、大学創立際の休み。
義理で顔を出した後輩の催し物の帰りだ。
女?
いや、あいにく女にはとんと縁のない二十二年。
一番親しい女性は?
判りきっているだろう。
母親だ。
ついで、三歳年下の妹、弥生だ。
現在は大学二年の一応後輩。
孝之は本来そのような催し物などぜんぜん縁の無い存在。
なぜ、呼ばれたのかは想像通り。
妹のおまけだ。
人付き合いがあまりに下手な兄の為に入部の条件に加えた。
美人で才媛の妹を獲得するための狂想曲はまさに喜劇の様相を呈した。
え?、年齢差と学年が一致しない?
野暮なことを聞くな!
補欠入学の孝之とは違い、才媛の妹はストレートに入っただけだ。
誘われたイベントも妹の弥生が目的だ。
目的さえ確保すれば、孝之の存在は羽目をはずすのに邪魔。
追い出されて、街に出た。
妹は大丈夫か?
空手二段、お花、お茶をたしなむ弥生が有象無象にどうにかできる玉ではない。
ついでに剣道も初段を取っている。
その相手をさせられた孝之の惨めさは・・・
黒歴史だ!
その点は、孝之より安心できる存在だった。
逆に、ふらふら出歩く孝之に「まっすぐ帰りなさいよ」と釘を刺された。
孝之よりはるかにしっかりした妹だ。
それでも、勉強など嫌いな隆之は街に買い物に出かける。
あれほど、念を押されていたのにもかかわらずだ。
最近ではいろいろなゲームをあそんでいる。
その仕込みのためだ。
いろいろなゲームを楽しんだけど隆之の趣味は主に迷路探索ゲームが好き。
それと、ファンタジーゲームなど好きなジャンルだ。
けれども、フィールドタイプのゲームは好きになれない。
あの世界観に馴染めないからだ。
ゲームの世界が余りに狭い世界で、現実感に乏しい。
『世界を救う』と銘打たれていても信じられない。
実際の世界観は日本一国より狭い。
これでは、どう考えても世界には程遠い。
『大陸』と銘打たれていても東北一円より狭く感じるのは気のせい?
隣の国まで歩いて数日のゲームはざら。
まあ、『そんな世界観』といつも割り切って遊ぶ。
けれども、どうにもせせこましく感じる。
それなら、いっそのこともっと狭い世界観でリアルな方が乗れた。
それが、迷宮探索だ。
きっかけは凄い古いゲームだった。
親父が見せてくれたFCゲームの『ウィザードリー』というゲーム。
これには、はまった。
グラフィックは荒い。
モンスターの姿も単なる絵だ。
けれども、その世界観は隆之の琴線に触れるものだった。
そして、その世界観を一新した最新ゲームが発売された。
今流行の体感型ゲームと言う事で期待した。
けれども、とんでもない期待はずれだ。
確かに、リアルな動きなどゲームとは思えない出来ではあった。
ベッドで寝ているだけで、あたかも体感しているように感じる。
特別の呼び方をしているけどMMOR・・とか。
雑誌などの評価は最高の評価を下して申し分ないゲームだ。
しかし、隆之には不満だらけ。
剣を振ってモンスターを倒すところは良い。
しかし、どうにも現実感にとぼしい。
『血を表現するといけない』とか『性的接触は禁止』とか。
手を握っただけで禁止コードに繋るって生活じゃない!
実際は、接触すると処理能力の限界らしいけど・・・
それなら、いっそボタンで処理した方が気が利いている。
剣を振る動作をいちいち指示して戦うのでは馬鹿らしい。
一応、剣の手ごたえはあるけど・・・
妹の相手で竹刀を握ったことのある孝之では笑い話だ。
毎度毎度振っていては精神的に疲れるだけ。
現実ならそれどころではないのだけど・・・
そして、気付いた。
隆之が本当に遊びたかったのは別のことだ。
視覚的にいくら優れていても現実感がない。
迷路を探索していつも不満に思うことがある。
それは、迷路の出来の悪さだ。
けっして、その『迷路が悪い』といっているのではない。
迷路攻略には結構楽しんでいる。
だから、こんな事を言っては罰が当たるけど。
隆之が不満なのはその世界観だ。
なぜ、迷路が存在するのか?
目的は?
何をさせたいのか?
そんな、目的意識が希薄なことだ。
『迷路探索』といえば、それだけでわくわくする物がある。
そこに、モンスターが出てくるならスリルもある。
遊ぶならそれだけでも良いとは思うけど・・・
無限に増殖するモンスターを押さえるため?
それが目的なら、迷路は世界征服の第一歩?
それなら、だんだん強くなる迷路の階層は何?
迷路を作った人間の意思が読み取れない。
そんな点が不満だ。
迷路の目的と世界観がバラバラなことが気に入らない。
ちなみに、ウィーザードリィーの世界観は『冒険者を鍛える』とはっきりして
いた。
その点が気に入ったところかもしれない。
そして、隆之が欲していたのは、『迷路を経営すること』と気付いた。
孝之は、新しいゲームを入手しようと街を歩いていた。
向かい側のゲームショップに向かうため、青信号で渡っているところだ。
信号待ちで一緒に並んだ女性がいた。
ほぼ、隆之の妹と同年ぐらいだ。
どこかで、見たことのある顔だけど・・・
髪の毛は長く横顔の印象は美人だった。
あまり、ジロジロ見ては失礼なので最初に見ただけで別のことをする。
気を紛らわすために財布を出して中身の確認だ。
隆之は財布の中身を確認していた都合で、少し遅れて信号を渡り始める。
その隆之目の前に、女性の背中が見えた。
全体的なスタイルも申し分ない。
『目の保養』ということで彼女を見つめる。
背後からなので、彼女に気付かれる心配は無かった。
その時、すごい勢いで左折バイクが隆之の背後方向から来た。
渡り始めた歩行者の背後を通過するつもりだったらしい。
ヘルメットも被らない暴走族風の男。
年齢は二十歳前といったところだ。
髪の毛は金髪で赤を交えて斑。
美的センスの無い孝之では最新流行の染め方など知るわけがない。
中型のバイクで曲がりこんできた。
そういえば、信号待ちの直前バイク数台の爆音が聞こえていた。
まさか、曲がってくるとは考えても居ない。
対抗から来る歩行者の前を横切ろうとした印象だ。
隆之が信号と同時に渡っていたなら問題なかっただろう。
どうやら、隆之のことを見落とした感じだ。
バイクの運転手はとっさにブレーキをかけた。
しかし、安定性を欠いたバイクはタイヤを滑らせて流された。
そこに人が居なければなんてことなかった。
孝之をぎりぎりでかわして通過するだけだ。
けれども、その方向には件の彼女がいる。
彼女もブレーキ音に気付いて振り返ったが手遅れだ。
振り返らず真っ直ぐ歩いていればよかったのかも・・・
隆之はバイク運転手がブレーキを掛けた時点で危険に気付いた。
その状態で、ロックすれば彼女にぶつかるのが予想できる。
そこで、ダッシュを掛けて彼女を突き飛ばすため動いた。
勿論、孝之自身はバイクの正面になるけど・・・
彼女の身体に触れる瞬間白い世界に飛び込んだ。
そして、呆然と立ち尽くしていた。