害悪
FランクがSランクと決闘する話は、瞬く間に広がった。
決闘………というよりは、処刑に近いだろうことは、誰が聞いても明らかだった。そして、人間とは得てして残酷な生き物である。
処刑、何でものがあれば、皆嬉々として見たがる。それは、ローマにあったコロッセオなどを見ても明らかだろう。
「おい、あれがFランクの奴か?」
「よくクリス様に決闘を申し込めたな。命知らずにも程があるだろ」
「まあ、見物料を払わずに処刑が見られると思えば悪くないか」
だが、実際に決闘を行うための競技場に来れば、どうだろうか。
そこには、狩られるだけの怯えたウサギは居なかった。
どうせ、試合が始まれば何もできずに怯えるだけだ。誰もが口々にそう言う。
そんな環境に包まれながら、レイは膝を曲げ伸ばししながら身体をほぐす。
「最後通告は………必要ないかしら?」
「はい。よろしくお願いします」
スライムを召喚したレイが、クリスをまっすぐ見据える。
それを見たクリスも、覚悟ありと受け取ったのか、それ以上、何も言うことはなかった。
「それではこれより、Sランク、クリス・フロズムと、Fランク、ミナモ・レイの決闘を始める!両者、準備の程は!」
「ミナモ・レイ、準備は完了してます!」
「クリス・フロズム、元より」
「それでは─────始め!」
合図と同時に、氷の槍が飛んでくる。予備動作はない。飛んでくる槍も目で追えない。
避けきれない。肩の肉が少し抉れた。
「ッ!?」
焼けるような痛みが走った。
顔を歪めながら、レイはクリスに向かって走る。苦悶の表情で迫ってくる奴がいれば、普通ならば怯みもするだろう。
だが、クリスは冷静に身体を捻ってレイの拳を避ける。
二本目の槍が、レイの脇腹に刺さる。また、焼けるような痛みが走る。
今度は避けられていない。先程よりも強い痛みだった。
心臓が一瞬止まる。それでも、精一杯息を吸って、再びクリスへと拳を突き出す。
それは、一方的と言ってもいいものだった。レイが突っ込めば、クリスが避けて、氷の槍を刺していく。
その様子はまるで闘牛と闘牛士だ。
つまり、見せ物としては、上々ということだ。
「いいぞ!やれやれ!」
「あっははは!やっぱりダメじゃあないか!」
「ちょっと!笑ったら可哀想よ!あはは!」
「こ、う、さん!こ、う、さん!」
「無理すんなー。もう立てないだろー」
野次が飛ぶ中、審判がレイに近付いて様子を観察した。
既に幾つもの槍が刺さっている。さながらハリネズミのようだ。脚にも刺さり、もはや立つこともままならないだろう。
「ミナモ・レイ。降参するか?このままでは命に関わる恐れもある」
冷静に、事実を告げる。だが、レイは審判を一瞥して、立ち上がろうとする。
それを、継続の意思あり、と認めたのか、何も言わずに競技場の端へと戻る。
「………貴方、本当に死ぬわよ?」
「─────」
焦点も合わない目で、クリスを睨み付ける。
この少年は、再起不能にならなければ止まらない。
それだけは、今までの戦いの経験から理解した。諦めない人間は、どうやったって諦めない。だから、これは最後の一発だ。
もう槍で痛めつけたりはしない。それでは、彼は諦めない。
だから、氷漬けにする。動けなくして、それで終わりだ。
─────ところで。ミナモ・レイの中の少年の話をしよう。
彼はごく平凡な少年だった。成績も、運動神経も、顔も、本当に平凡だった。
そして、人並みに性欲があり、また、人並みに下劣なことを考えることもあった。
授業中、強盗が押し入ってくる妄想。それを返り討ちにする妄想。好きな子とイチャイチャする妄想。
………気持ち悪いことこの上ない。が、何を言いたいのかと言うと、少年はどうしようもなくクズだった。
「ッ!?」
レイが三日月状に口を歪ませて笑う。
それにクリスが気付いた時には既に遅かった。スライムがクリスの足にへばり付き、徐々に登ってくる。
それでようやくクリスは気が付いた。無為に突撃してきたのは、スライムが辿り着く時間稼ぎ。
満身があったとは言え、してやられた。完全に。レイの顔を見ればわかる。狙いは始めからこれだった。
────しかし。
「凍らせれば、何の問題もないわね」
スライムの大半は水分で構成されている。水の塊に魔力核が備わってスライムになるのだ。
水である以上、氷との相性は最悪だ。
クリスの周囲の気温が一気に下がる。そうすれば、スライムは凍る。
「……………」
凍る。
「……………………」
凍る筈なのだ。
「何で………!」
スライムは、凍らなかった。
腹部にまで辿り着いたスライムが身体を切り離し、更に広がっていく。
召喚魔術で召喚される生物は、少し特殊である、と少し前の授業でクリスは教わった、
召喚者の魔力量に応じて、その特性が伸びるのだと言う。
スライムで言えば、そう。伸びること距離と身体を構成する水の成分変化である。
スライムは基本何処であろうと生きていける。その理由は、生態変化、
火山地帯ならば身体をマグマで、毒霧地帯では身体を毒で構成する。マグマスライムやポイズンスライムが存在するのはこの性質故と言えるだろう。
勿論、極寒地帯に適応したスライムも存在する。
しかし、スライムの成分変化をやってのけるのか?このFランクが?いや、今の状態でそんな緻密なことをできるとは思えない。
小突いただけで、気を失いそうじゃないか。
だが、偶然でも何でも、やってのけたのは事実なのだ。
クリスのはレイへの認識を改めた。
もはや慢心はなかった。目の前の少年は、間違いなく叩き潰す敵だ。徹底的に、完膚なきまでに、完勝しなければならないである。
─────その判断をするには、少し遅かったが。
パサリ、と布が落ちる感触が脚に走る。次に観衆の動揺の声。
眉を顰めて、足元を見る。
溶けていた。スカートが、服が。下着さえも溶けかけている。
「きゃ!」
顔が熱くなって、地面に座り込む。
レイを睨み付ければ、虚な目でほくそ笑んでいる。
模擬試合で、服を溶かす?何を考えているんだ、あの男は。
「い、今すぐスライムを退けなさい!」
顔を真っ赤にして、クリスはレイに命令する。
しかし、レイは迷いなく告げた。
「降参………するか?」
もはや、レイも立ってはいない。当たり前だ。脚に突き刺した。立てるわけがない。
既に下着も溶け切った。
「………降参なんてしない。これ以上、溶けるものはないわ。ここからでも貴方を仕留められる………!」
クリスの答えにレイはゆっくりと指を指す。
「まだ、奪えるものがある………」
「………は?」
何を言っている?溶けるものはもうないではないか。
───ハッタリね。
そう判断したクリスは、最後のトドメの為に魔力を集積させる。羞恥で魔力が上手く纏まらない。
だが、魔力は集まった。
その時だった。身体に張り付いていたスライムが急に動き出す。
その先にあるものを見て、クリスの血が引いた。
陰部だ。このスライムたちは陰部に向かってゆっくりと進んでいる。
「………お前の純潔、散らしたくなかったら降参しろ」
掠れた声で告げられた条件。何処までも卑怯で下衆だ。
クリスは奥歯を噛み締める。こんな卑劣な方法で降参をする?
「ふざけないでちょうだい。散らしたいなら散らせばいい。それさえ乗り越えれば、私の勝ち」
「──────」
確かに、その通りだ、とレイは冷や汗を流しながら祈る。
これ以上、何の手立てもない。スライムとの交配は、流石に両親が咎めた。
実質のラストチャンス。これで降参してくれなければ終わりである。
「ヒッ………」
スライムが、陰部へと辿り着いた。
冷たいスライムが、余計に冷たく感じる。
青いのか、赤いのか、よくわからない顔色。押すなら今だ、とレイはニヤリと笑う。
「………ちなみに、スライムと人間の交配は可能だからな。意地を張るのもいいが、できても責任は取れねぇからな」
遂に、クリスから羞恥の赤は消えた。
陰部にスライムが潜り込むまで後五秒。
「ま、待ちなさいよ!そんなの………!」
「後三秒!」
クリスの言葉も聞かずに、カウントに入るレイ。
「降参!降参する!」
残り一秒となったところで、スライムの動きが止まる。
降参した。Sランクの、序列二位の、氷の女王と恐れられたあのクリス・フロズムが、降参したのだ。
驚くべき快挙のはずなのに、賞賛の声は上がらない。ただただ、困惑が支配する。
これを勝利と認めてもいいのか?全員が審判に視線を送った。
「………わ、私では判断不能のため、結果は持ち帰り検討する!」
意味不明な審判。だが、それを誰も咎めはしなかった。
審判の言葉を聞いて、レイはへたり込んでいるクリスにゆっくりと近付いて行く。
身体中に刺さった氷の槍から、血が滴り落ちる。
「こ、来ないで!」
試合は終わったのでに、まだ何かをされるのか。逃げようにも、色々な物が立てば露わになってしまう。
そこには、序列二位の少女は居なかった。怯えてる身体を震わせるか弱い少女がそこには居た。
レイが自身の上着に手を掛ければ、クリスはビクリと肩を振るわせて、目を力いっぱい閉じる。
「絶対に、後悔させてやる………!」
涙目で、そう声を捻り出した瞬間ら方から布がかけられた。
血塗れで、穴だらけだが、確かにそれはクリスの裸体を隠したのだ。
驚いて目を開ければ、既に少年は地面に倒れ伏して動かなくなっていた。




