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災厄の姫君  作者: 日向あおい
第三話 妄執の姫君
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・3・ 初夜の襲来(5)

 

「ばかもの。よく見ろ」

「こじ……」

 

 将門の優しさに触れた尚子は、まるで、湖が決壊したように泣き、将門の肩を濡らしていく。それでも、嗚咽を溢さないように我慢している、華奢な肩が、健気で、痛々しくて、ますます愛おしさを覚えた。


「俺が何を欲しがっているのかわからぬのか! 子など二の次だ!」

「……でも」

「ばかもの! 子が欲しいだけなら、わざわざ叔父上の怒りを勝手まで、お前を奪ってくるものか! 女に困ってなどおらん!」

「……じゃあなんで……」


 ――何もできない私を選んだの?


 そんな言葉が続くことは、容易に想像できる。

 苛立ちを隠さず、将門は尚子の肩を無造作に掴んで、がばりと自分から乱暴に引き離す。黒々と光る、力強い目で、尚子をまっすぐ捕らえた。尚子の潤んだ瞳が、左右に揺れる。

 そんな弱弱しい姿の尚子に、将門は胸がちくりと痛んだ。


(尚子……)


 馬に跨り、どこへでも駆けていく、自信に満ちたじゃじゃ馬姫の姿はそこにない。

 将門の大好きな、勝気で、好奇心にきらきらした瞳も、そこにない。


(俺のせいか――)


 この美しい小鳥の羽を委縮させてしまったのは、この俺だ。


(大丈夫、また飛べる。それも、俺のこの手で、飛ばせてやる)


 そう自分に言い聞かせると、将門は、小さく息を吸った。そうしておいて、一呼吸置くと、一転して、ふわりと微笑みかけた。


「あほう」


 尚子の頭を優しく撫でてやる。


「焦るな。お前らしく、してればいい」

「…………」

「お前は、俺のために何かしたいんだろう?」


 尚子が顔ぐちゃぐちゃにしながら、頷いた。

 くすりと、将門が笑う。そして、そのまま尚子の唇を優しく啄ばんだ。

 唇を離したら、驚いたように目を丸くする尚子の顔があった。


「お前は、俺の側で笑っていればいい」

「…………」

「今、それだけ? て思っただろう? 違うんだよ、そこがすでに間違ってるんだお前は」

「……?」


 将門の話に引き込まれていき、少しずつ尚子の涙が収まってくる。


「言ったろう? 俺は、お前が笑顔で生きていられるような国を作るって。お前が心から楽しいことを楽しいと、好きなものを好きだと言える国を作りたいんだ。わかるか?」

「……わかるけど……」

「けど、なんだ?」

「私も、そんな国に住みたい。だから、何か力になりたいんだ」

「だ、か、ら」


 将門は、尚子の両頬を、ぱちんと大きな両手で包んだ。


「俺を、そのでっかい両目で、よ~~~~く、見てろ」


 驚いて見開いた尚子の顔が可愛らしくて、思わず顔をほころばせながら、尚子の両頬を解放した。


「俺は、戦の世界で生きていかなきゃならない。この国を、お前を守るためには、時にはお前の許せないような汚いことをすることもある。汚い奴らを相手にするんだ、正攻法だけでは渡り合えないからな。だがな、そのままでは俺はどんどん腹黒くなってしまう」

「…………」

「だからな、俺をしっかり見張っていてくれ。俺がお前を見失わないように、お前が俺を見ていてくれ。俺から目を離すな」


 一言一言、将門は想いを込めて、丁寧に言葉を繰り出した。


 伝わるだろうか。

 この願いが。


 ――お前は、俺の“人”の心。最後の良心。


 だから、お前が望むことをしよう。

 お前が、心を砕くようなことをしないと、誓おう。

 お前が笑えば、きっと俺も笑える。

 そうに決まってる――。


 将門の些細な動きも見逃すまいとする尚子の澄んだ瞳に、思わず目を反らした。悟られたくないところまで、悟られそうな気がしたからだ。だが、将門は少し気がつくのが遅かった。


「…………怖いの?」


 小さく、将門の眉が動いた。


「自分を見失いそうで、怖いの?」


 再び問う尚子も、答えを求めてはいないようだった。ただ、じっと将門を見上げていた。


「わかった。いいよ、見ててあげる。ずっとずっと。小次郎が、私を見失ったら、私が見つけて、顔を引っ叩いてあげる」

「そうだ、それでいい」


 将門は、ふっと笑った。


「お前が、お前らしくいてくれれば、それは俺が正しいことをしているという意味になる。だから、誰に何を言われても、お前が望むことをすればいい。“ねばならない”じゃなく、“したい”で動け。いいな?」

「“ねばならない”じゃなく……?」

「迷ったら、頭で考えるんじゃなく、ここに聞け」


 尚子の胸元を指さし、将門は笑顔でそう言った。


「あ、でも、俺にはちゃんと許可とれ。わかったな?」

「……わかった」

「あとは、俺“だけ”を見てればいい」

「“だけ”は無理だろう?」

「他の男を見るな、触るな、しゃべるな!」

「阿呆か。無理にきまってる」

「いいや、こうやって俺だけを見てればいいんだ、お前は」


 そう言って、将門は、ずずっと自分の顔を尚子に近付ける。


「ちょ、と」


 尚子は恥ずかしそうに顔をそむけたが、その尚子の頬を、将門は片手で掴み自分の方を向かせた。余った方の手で、顔に付いた涙をふき取ってやる。そして、そのまま頬に短く口づけた。


「まったく、ひどい顔だ。こんな顔を見ていられるのも、俺くらいなものだろうよ」

「……ひどい」


 少し頬を膨らませて、顔を目を反らした尚子に、将門の口元がだらしなく緩む。


「そう、実にひどい顔だ」


 言い終わる前に、再び将門が、尚子の唇を重ねる。少し長めに。唇を離すと、ゆっくりと瞼をあける尚子の耳にそっと囁いた。


「でも、目を潤ませて俺を見上げてる顔には――正直そそられた……」

「っ!!」 


 尚子が何か言う前に、将門は乱暴に唇を奪うと、そのまま床に押し倒した。驚いた尚子が、小さな悲鳴を上げたような気がしたが、構う気はない。存分に情熱を注ぎ、尚子の甘い唇を堪能した後、将門は顔を上げた。


「尚子」


 囁く声に反応して、尚子が瞼を開ける。


「お前が欲しい。俺が望むのはお前だ」


 暗闇のなかでも尚子の全身に緊張が走ったのがわかった。将門が何を望んでいるのかわかったらしい。

 不思議なことに、将門自身もどこか緊張していた。まるで、初めて女性と夜を共にする日のように、胸が高鳴っていた。


「お前の心が欲しい。お前の体も、心も、全部、俺のものにしたい」


 それだけ、低い、若い娘がぞくぞくするような声を尚子の耳元に浴びせると、そのまま唇に吸いついた。

 長い、長い、官能的な口づけ――。


「……っ」


 ついに、悩ましい吐息が濡れた小さな唇から零れた。少しだけ唇を離し、くすりと将門が笑う。


「感じたか?」

「ちがっ」

「言ったろう? 俺は、お前が望まないことはしない――だから、お前が俺を欲しがれ」

「―――っ!!」


 何か言おうとして唇を開いた尚子の唇をそのまま奪い、舌で口内を犯す。


 激しく。

 息もつけないほど。

 官能的に――。


 絡み合うお互いの舌から伝わる、溺れそうなほど熱い感情に。

 尚子の息が上がって。

 頬に赤みがさして。 


 ついに、尚子が降参した。


「……んっ……もうやめっ……!」


 息苦しさからか、やっと将門の唇から逃れた尚子が、肩で息をしながら、恨めしそうに将門を睨んだ。

 月明かりの中、浮かび上がる尚子の潤んだ瞳、上気した頬、艶やかに光る唇に将門は声を失った。


 ――綺麗だ……。


 そこに居たのは、男を知らない少女ではなく、誰もが惑わされる妖艶な色香を纏う女性だった。


 どくん。

 どくん。


 鼓動が大きくなるのが自分でもわかった。

 計算された動きではないからこその、尚子の色香にくらくらした。

 いったい、この娘はこれからどう化けるのだろう。


(まだ幼いと思っていたのに、こんなにあっと言う間に色っぽくなられたら、こっちの身が持たないじゃないか)


 少しでも冷静になろうと、心の中で呟いてみても、尚子からまったく目が離せない。

 ごくりと将門の喉が鳴った。再び、尚子の唇の引力に逆らうことなく、激しく唇を重ねようとした時だった。


 ――がったーん!!


「!?」


 部屋の木戸が、吹っ飛んだかと思うほど、勢いよく開いた。


「小次郎さまーーーーーっ!!」


 弾丸のように、何かが自分にむかって突っ込んでくる。


「え!? うわあああああーっ!?」


 呆然としている間に、それが体当たりしてきて、勢いにのまれた将門は見事に押し倒された。


「お会いしとうございましたぁ~!」


 何かが、将門の上でもぞもぞしている。


「もう、小次郎さまったらぁ、迎えにきてくださるって言ってたのにぃ、ひどいですわっ!」

「え? え? え?」


 月明かりに照らされて、それが女だとやっと把握したその時。開け放たれた部屋の入り口に、人影が現れた。


「……まあ、なんてことを!!」


 どこかで聞いたような声だなあと思っていたら、その人物は、よほど驚いたのか、そのままその場にへたれこんでしまった。息を切らして駆けこんできた様子から、この女を追いかけてきたようだだった。

 それを皮切りにして、部屋の周りが一瞬にして、賑やかになった。松明を持った門番と、見たことのない女官、それから、好立やあやめの姿もあった。


(ま、さ、か……)


 嫌な予感が、たっぷりする……。

 将門は藁をもすがる思いで、好立を呼んだ。


「よ、好立……!」

「殿。申し訳ありませぬ。お止したのですが……」

「ど、うなってる!」

「殿のお察しの通りです。平真樹殿の三姫さまが嫁いでこられました」


 やられた。

 そう思った。

 好立の仕業に違いない。

 おそるおそる尚子を振り返った将門の目に映ったのは、呆然とする尚子の真っ青な顔だった。







 ― 災厄の姫君  完  ―

  シリーズは続きます。

応援ありがとうございました。

ひとまず、尚子と小次郎の心が結ばれたということで、完結です。(体はまだですが笑)


今後も、のんびり、ゆっくり、気ままに将門記シリーズは続けていきたいと思います。どうぞ、気長にお待ちいただければと思います。


ご意見、ご要望、ご感想、読了報告などなど、(一言でもかまいません!激辛、中辛、甘口どれも好物!)コメントいただければ小躍りして喜びます。どしどしお待ちしてます。 


2012.12.23 日向あおい

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