第14話 対ロシア威力偵察
地下30階、銀次とSirが最初に対話した尋問室。ここはSirが能力者管理担当に任命された時から政府から貸し与えられている彼の私室でもある。米国最重要の要塞の一室。銀次はその部屋のドアをノックする。返事はない。まだSirは寝ているのかと勘繰り、彼の指輪で室内を俯瞰する。もう彼は起きて、せっせと資料の整理をしていた。膨大な業務が彼一人に押し付けられているのに不憫ささえ感じる銀次だったが、時間を指定したのはSirのほうである。指輪越しに彼に連絡を送る。
「ノックの音が聞こえないんですか?」
「ん? ああ、すまない。この部屋は完全防音だというのを伝えるのを忘れていた。鍵はかかっていないから入ってきてくれて構わないよ」
「では失礼します」
部屋に入るとSirは数時間ほど眠ったのか、血色も幾分かましになっていた。凛とした表情で銀次を見据える。
「待たせてしまって申し訳ない。正式な挨拶を、しなければならないね」
「Mr.銀次。本日付で君は正式な軍人の一人となる。合衆国随一の矛だ」
「悉く、悉くだ。アメリカ合衆国の敵を滅殺しろ、鏖殺しろ、抹殺しろ。君の役目はその単純な仕事一つだ」
「Yes。Sir。なんなりとご命令を」
膝を床につけ傅く銀次。王に謁見する騎士のように、大袈裟なまでに『忠誠』を形にしてみせた。
「早速だが、君には重要な任務を任せたい。ブリーフィングは明日。決行は一週間後になる。それまで能力を鍛えるもよし、28階層以下を探索するもよしだ」
「探索? ほかの人員はどうしているのですか?」
「人払いは済んでいる。君の私室の28階層以下は私と君しかいない。監視カメラも虚偽の映像にすり替えられている」
「セキリュティの面で大丈夫でしょうか?」
「君が私を守るんだ。どのみち君に牙を向けられたら太刀打ちができない。だからもう護衛など無意味なんだよ」
「合点がいきましたよ。最重要区画なのに不気味なまでに人っ子一人いないのに。では明日まで散策でもしましょうかね」
「食料等の補給物資は専用のエレベーターで地下30階に定期的に届けられる。自分で必要な分だけ取りに来てくれるか」
「承知いたしました。ではまた明日」
踵を返し、当てもなく散歩に繰り出す。その足取りは軽かった。この短い期間に銀次は切羅とSir。二人もの人間に必要とされた。
(31の尊い犠牲の上に僕のアイデンティティは証明された。殺した価値はあった。命の対価としては十分すぎる。十分すぎる)
そういう言い訳が必要な程には、銀次の正気は保たれていた。
■■■ 存在しない階層 地下29階 ブリーフィングルーム
薄暗いその部屋にはスクリーンとプロジェクター。20人は座れるだろうU字型のテーブルが置かれている。その部屋にいるのは銀次とSirの二人だけ。作戦書に目を通した銀次は手に顎を乗せる。
「ロシア領威力偵察、ですか。なぜこんな作戦を?」
「とてつもなく幼稚な言い方になるんだが、米国とロシアは仲がよろしくない。冷戦なんて過去の遺物だと思う人間が大多数だが、確執なんてそう簡単になくなるものではない」
「極めつけは、君たち能力者の出現。今までは核兵器を持って牽制しあってきたが新たなる兵器の登場で揺らいでしまっている」
「パワーバランスが崩れたというべきか、優秀な能力者相手には核さえ効くか不明瞭だ」
パラパラと手元の資料を読み込んでいく銀次。
「でもそれは決め手にはなりませんよね?」
「……発端はロシアの能力者が米国領内でCIA職員14名を殺害し、逃亡を図ったことだ」
「何故、ロシアだと?」
「言葉足らずだった。恐らく、なんだよ。ロシアのスパイを拘束していたCIAの部隊が何者かの襲撃によって半壊。残った人員によって報告された」
読み進めていくと、今Sirが口に出したであろう現場の写真を発見する。底の見えないほどの大穴が建物の半分ほどを巻き込み、綺麗に地面がえぐり取られている。
「地中貫通爆弾でもこうはなりませんね」
「ああ、だから能力者の仕業だとあたりをつけている」
作戦書を机に投げ、手を頭の後ろで組みながら背を大きく後ろに反らす銀次。
「米露戦争なんて想像さえもしたくありませんね」
「そこで君たち能力者の出番というわけだ。軍属ではあるが、正式にはアメリカ合衆国の兵士と公表されていない。いわば無国籍軍。当然茶番だが、そういった建前というものが外交には必要だからね。要は報復と牽制を兼ねた軍事行動となる」
「そのために、私たち“幽霊”が武力をもって相手の保有能力者を炙り出す、というわけですね」
「ああ、各国の能力者保有数。これはどの国も血眼になって探し出したいブラックボックス。この情報で世界情勢は大きく変わる。なにせ君たちは、戦術級、戦略級、扱いようによってはそれ以上の兵器だからな」
Sirがプロジェクターのスイッチを入れ、スクリーンに世界地図が映し出される。
「今回君は、『武器錬成』という能力者として行動してもらう。階級は軍曹だ。このアメリカ西海岸地点から、ステルス航空機を飛ばす。君の『液化金属』で作ったものだね。ロシア領の作戦開始地点で着陸したら、戦車を創造してくれ。それでロシアの前線基地まで進軍する。敵の能力がわかったら、通信機で連絡してくれ」
「戦闘になった場合は?」
「君の戦車には随伴歩兵をつける。4人。全員が能力者だ。最善で敵能力者の捕縛、次善で殺害、最悪逃げ帰ってきてくれ」
「今さらなんですけど、他の能力者の面々はブリーフィングに参加しないのですね」
「君の『液化金属』を隠すためだよ。明日また全員集めて同じことを説明する。そこで他の者の能力も分かるだろう。面倒だろうがそれにも参加してくれ。聞いているふりをしてくれよ」
「はい、後は細かいところを詰めていきましょう」
銀次はふと疑問に思った事をSirに聞く。
「そういえば前に私が言っていた、能力者誕生のスレ。過去ログ等は見つかりましたか?」
「いや、君の他にもその話は聞いているんだが、痕跡さえ存在しない。サイバーチームを全力で動員したが」
「ふむ」と顎に手を当て瞑目したのち、現在の問題に目を向けることにした銀次。
その後二時間弱、情報の不足がないよう慎重に議論を交わす二人。「ここをこうするべきだ」「いやそれだとこの場合の対応に遅れる」「折衷案はこんなところか」様々な意見が飛び交い、煮詰まったところでブリーフィングが終了する。
その翌日、銀次の本当の能力を伏せた二度目のブリーフィングが行われるが、彼らの能力を聞く以外は、同じことの焼き直し。銀次があくびを我慢するのに要した努力は相当なものだった。
「私の能力は『武器錬成』とてもとても前線で戦えるような能力じゃありません。しっかり守ってくださいよ。お兄さんたち」
へらへらと笑いながら自己紹介するが、聞こえてきたのは舌打ち一つ。歓迎されていないのは鈍感な銀次でもわかった。
■■■ 太平洋上 高度一万メートル ステルス航空機内
一週間後。西海岸から航空機が出立し、威力偵察に向かうメンバー。航空機内にいたのは協調性のかけらもない人格破綻者の集まりだった。小説を読んでいる者。スマホをいじっている者。これから威力偵察に行く面々とはとても思えない。
(Sirが私に護衛を命じたのは、これが原因か。確かに能力の面でも格下だが、それ以上に忠誠心がかけらほどもない)
その中で最も人間らしく映るのは水瀬銀次。場を和ませようと奮闘するが、後方支援の軍曹ごときと一蹴し、誰も聞く耳を持たない。
「うるせぇぞ東洋人! てめぇの訛りのはいった汚ねぇ英語、聞いてて気持ち悪ぃんだよ!」
「あらあら、手厳しいなあ、お兄さんは」
「お兄さん、じゃなくて中尉様、だろ? 軍曹ごときが気安く話しかけんな」
これでもかとワックスでガチガチに固めた毬栗のような赤毛の“中尉様”は動物を追い払うかのように手を払う仕草をした。そのまま彼は手元の小説に没入する。銀次はすごすごと退散して一番後部の座席に腰掛ける。そこに話しかけてきたのは、金髪碧眼の麗人。少女のあどけなさがまだ残る低身長な彼女。
「君の『武器錬成』って思いっきり外れ能力だね。後方支援なのに前線に駆り出される補給兵。カワイソー。その点私のバリア能力は完全無敵。高射砲でもミサイルでもなんでも来いってもんですよ」
「ラピス少尉。本作戦の要は私だと思うのですが……」
銀次は言葉を返すがそれに答えたのは少尉ではなかった。小説を読んでいた、“中尉様”が本を閉じ、鼻を鳴らす。
「ハッ! 下らねえ。揚陸艦でもおんなじことができる能力に何の価値があるってんだ。イキってんじゃねぇぞ!」
「赤毛君……うるさい……。いまゲームのいいところなの。僕の邪魔しないでくれる……?」
そこに割って入ったのは長い前髪で目が隠れている内向的な男性。暇つぶしにスマホゲームをしていた彼は蚊の鳴くような声で不満をぶつける。
「あ? なんか文句あんのか?」
「あるから……。言って、いるんだよ。後中尉中尉と言ってるけど、僕も中尉だからね……?」
「まあまあ、落ち着きなよ。この航空機に乗るものは一心同体。運命共同体だ」
その一触即発の空気をいさめたのは部隊長である大尉。米国正規軍ではない軍服に大尉の胸章をつけた筋肉質の中年男性が一番前の席から振り返って柔和な笑みを浮かべる。それに対してまたしても鼻を鳴らす中尉様。
「ハッ! いい子ちゃんぶってよォ。まあ階級はあんたのほうが上だから従うけどね、大尉様」
「もうロシアの前線基地はわかっているんだ。優秀なCIAのおかげでね。あとは全員でそこを叩くだけ。無用な仲違いはしないほうがいいよ。部隊長命令だ」
「はいはい、わかりましたよーっと」
「もうしばらく……暇。ですよね? その間に、ゲームのボスを倒しちゃってもいいですか……?」
「聞いて聞いて! 私のバリア凄いんだよ!」
ゲームに戻る目隠れに自分の能力を吹聴して回る少尉。ご機嫌斜めの赤毛に、嘆息する大尉。まるで統率の取れていない能力者集団。だが忘れてはならない。このメンバーの中で最も破綻している人間は銀次だということに。
□□□
「あ、そうだ」
航空機がロシア領内に侵入してから10分後。ミネラルウォーターで喉を潤し、大尉が何かを話そうと、首を後ろに向ける。その時だった。
ジッ……
発砲音も爆発音もなかった。ただ聞こえたのは人間が気化する音。それも圧倒的高出力で。他の隊員が見たのは光の柱。極太の光線が航空機の一部を抉りぬく。大尉の最期の言葉が何だったのか。それに思いをはせる余裕など誰一人持っていなかった。
銀次が選んだ選択は、即座に全員を見捨てること。自身の防御にすべてのリソースを回す。それと同じことを考えている人間が機内にもう一人存在した。さんざん自分のバリアが無敵だと言い張っていたラピス少尉であった。
そもそも銀次はこの航空機を現存しうる最強の航空機“程度”の性能にしかしていなかった。そのためラピス少尉がバリアで航空機全体を覆っていたのだが、それをやすやすと突破する『光線』能力者の存在。それに気づいた彼女が次にとった行動はこれから来るであろう第二撃のために航空機にバリアをかけ直す、ことではなかった。自身だけにバリアをかけ蹲る。
続く光線、第二撃目がコックピットを貫通。非戦闘員である機長と副機長が死亡。制御を失った航空機は旋転しながら高度を落としていく。指揮官と操縦士を失った空飛ぶ棺桶内は焦燥と混乱、罵声と怒号が支配していた。
そのまま航空機は地面に激突、爆発し飛散する。




