忘れていた男
朝。その日の大広間はいつもの朝食よりずっと騒がしかった。緊張のせいでみんなじょうぜつになってるんだ。
今日は討伐会当日。みんな、今まで授業で習ったことを復習している。おれはどうせできないから意味ない。
二人余ったおれとジャックは、話し合った結果、適当に森を散歩して時間を潰そうってことになった。
ふと、前を見ると、いつもはいるはずのデルマートがいないことに気がついた。
「ショート様」
パンを口に詰めながら振り返ると、リゼフがいた。
「あまり無理をなさらず」
リゼフはなんて言うか、複雑な顔だ。期待してますって顔と心配してますって顔。
「特別です。ゲログンさんにもらってきました」
リゼフはおれにドラゴンシャドーを一つくれた。
「疲れたときはそれを。ジャック君。君はパートナーでしたね。致し方なく、ですが」
「おっ、あざっす」
ジャックにも渋々って感じで渡した。
おれはリゼフに聞いた。
「そういえばデルマートは?」
「あの人は、昨日の晩に呼び出されたのです」
「呼び出された?」
「天界の偉い方にね。日本メタトロンです」
「メタトロン?」
「簡単に言えば総理大臣みたいなものですよ。人間界のね」
「なるほど。ありがとう」
「いえ。では私は」
リゼフが去って、ジャックは言った。
「デルマートになにか用事?」
「いや。いつもいるのになんでだろうって思っただけ。まぁ用事って言うなら──」
──変な胸騒ぎがするだけ。って言おうとしてやめた。こんなこと話しても仕方ない。
「ん?」
「いや、なんでもない」
おれは笑ってみせて、ウインナーを頬張った。
おれがただ自信がなくて不安になってるだけかもしれない。ただ、あのとき、森って聞いたときから、少しだけ、一瞬なにか嫌なものが見えた気がしただけだ。
そうして、ついに討伐会の時間が来た。
森の前に、全一年生が集まった。おれたちの他にもあまりがでるクラフトたちは、無理を言って四人組にしてもらったらしい。
立会人はグアルディー。
「なにか問題が起きたら、速やかに帰り、私に報告すること」
グアルディーは注意事項をいくつか述べた。
おれは剣をギュッと握った。授業用の剣で、一番おれに合ったものを選んだ。レーナみたいに自分の剣を持ってるやつはけっこう多いから、よりどりみどりなんだ。お母さんにもらったやつと同じロングソードの剣。刃渡りは一メートルより少し短いぐらい。おれは剣を軽く振り回して、元の指輪に戻した。人差し指にすっぽり収まる。
剣は苦手じゃない。というか得意だ。天術が使えなくても多少は戦えるはずだ。
グアルディーが叫んだ。
「それから、もしものために、一組に一人、上級生を用意しました。四年生以上の生徒で立候補制で」
別に必要ないけど。
おれたちには五年生の女子生徒。黒縁眼鏡かけた茶髪のポニーテール。目は鋭い。ソニアって言うらしい。
「討伐大会、開始!」
先生の叫び声を合図に、雄叫びを上げながらみんな走って行った。おれとジャックも顔を合わせて、ゆっくり森の中へ入って行った。
森の中は迷路みたいだ。数分歩いて、もう来た道がわからなくなった。奥に進むほど影が多くなる。
「君さ」
ソニアが言った。
「大広間でのあれ、どうやったの?」
「はい?」
「いや、すごい力だし。あんな才能。落ちこぼれって聞いたけど?」
「その通りですよ」
「でも、あれは自分の力でしょ?」
「おれの意思でもないですけどね」
「それでもすごいじゃない。どうやったの?」
おれはため息をこぼして言った。
「意外ですね」
「なにが?」
「怖がらないんですか? またおれが怒って暴走しちゃうかも。あなたを殺すかもしれないって」
「まさか。怖くないよ。それに私、けっこう優秀だし。一年生に負けたりしないけど?」
「そうですか」
おれは適当に話を終わらせる。
「もしかして疑ってる? その言い方」
「まぁ、止めれるとは思ってませんよ。先輩程度じゃ」
ソニアの眉がピクリと動いた。
「そんな自信過剰な」
「見てなかったんですか? ていうか、上級生が一人で簡単に止めれる程度のレベルなら、おれは誰にもにらまれませんよ」
「え?」
「好きで手に入れた力じゃない。おれはただ、普通に学校生活を送りたかった。けど、結局はみんなに嫌われて終わり。友だちはジャックだけ。それをあなたが止めてくれるんですか?」
「あ、いや……。そういうわけじゃなくて──ごめんなさい」
「いえ、別に」
「けど、本当に止まらないとも怖いとも思ってないけど?」
「へぇ、なんで?」
ソニアはおれの横を歩いた。
「だって君、怖くない」
「は?」
「まぁ、怒ることは誰でもあるし。それにあのとき悲鳴をあげてたから。本心からってわけじゃないでしょ? 私の父親がね、アルエル街にいたの。君は知らないだろうけど、イフリートとエムプーサに立ち向かって負けた」
「あの中にいたんですか?」
「うん。だから言ってた。命の恩人だって。それに聞いてみれば、あのときはまだ天界にきて二日目でしょう? そんな子供がみんなを守るために立ち上がった。すごく勇敢で優しいじゃない」
「けど……」
「そんな人を怖いなんて思わないし、止めれないとも思わない。だから気になったの。あれってほんとにすごい力だったから。どうやったのかなぁって。けど、気に障ったならごめん」
意外といい人かもしれない。ソニアはおれの背中をバンッと叩いて微笑んだ。
「色々大変かもしれないけど、頑張れよ。少年!」
「あ、はい。ありがとうございます」
「ところでさぁ」
ソニアはジャックとおれを交互に見た。
「急がないの?」
「なにを?」
「だってほら、優勝目指さないのかなぁて」
「まぁ、二人だけだし。それにほら、知ってるでしょ? おれは天術が使えないから」
「そっか、でも──」
そのとき、ガサゴソッとなにかが動く音がした。
「どこから?」
「草むらの方よ!」
ソニアが言った。
ガサッ
草むらからまた音が聞こえた。次は姿も一瞬だけど見えた。黒くて大きなものが動いていた。
おれは指輪に剣になれと命じて、剣を握った。刃から反射した銀色の光で草むらを照らす。
ビンゴ。こいつは光に反応して、草むらから姿を見せた。
おれもジャックも、ビックリして腰が抜けるかと思った。
全長一メートルの黒光の昆虫。でかい触覚。赤い複眼。尻には十センチくらいの針が生えている。顎と足は鎌みたいに鋭い。つまり、巨大な蟻だ。
「気をつけて、速いわよ!」
ソニアが言った。けど、そんな忠告あんまり意味がない。だって、速いのは見てわかったから。蟻はジャックに飛びかかった。ジャックは横に飛んで避けた。そのまま手のひらを向けて唱える。
「レクシィ!」
蟻の右前足が燃えた。
「ナイス!」
「まぁな」
ジャックが頭をかいた。けどすぐにソニアが叫ぶ。
「甘いよ!」
蟻はなんのちゅうちょもなく燃えた足を自分で切って、ジャックをにらんだ。ていうか、蟻の目は変わらないけど、そう感じた。そして多分正解。
蟻はジャックにもう一回飛びかかった。ジャックは一瞬ギョッとして、反応が遅れた。蟻の頭突きがお腹に激突して、後ろにふっ飛んだ。
次の標的はおれ。瞬時に飛びかかった。たしかに速いけど、エムプーサほどじゃない。あの剣じゃなくても反応できる。剣の腹で受け止めた。
けど、蟻の方が一枚上手だ。その足で剣に捕まって、尻の針を向けた。おれはとっさに剣ごと蟻を蹴り飛ばした。
一か八か、手のひらを出して唱える。
「リフュムーロ!」
ダメだ。なにも出ない。
「ソニア! 剣持ってない?」
「呼び捨て! ──どうぞ!」
ソニアが剣を投げた。よかった。ロングソードの剣だ。おれはそれを掴んで、蟻に突進した。蟻はおれの顔めがけて飛び上がった。おれは走った勢いを利用して、飛び上がった蟻の下にスライディング。剣を上に伸ばして、下から蟻を真っ二つに切った。蟻はモヤになって消えた。ソニアが言った。
「カウント一」
おれは自分の剣を拾って指輪を戻す。ジャックはもう立ち上がっていた。
「大丈夫か?」
「かすり傷さ」
おれたちはニヤリと笑って拳を合わせた。
ソニアに剣を返す。
「ありがとう。助かったよ」
「どうかな?」
ソニアが肩をすくめて言った。
「あの蟻、攻撃力は大したことないでしょう?」
ジャックはうなずいた。
「けど、速さと鋭さは確かだから。一匹目で脱力って人、けっこう多いんだよね。コツさえ掴めば簡単なんだけど。……でも、二人とも最初から物怖じしてなかったし。特にショート。天啓をまとわないであの反応速度……。それに、剣さばきはもちろん、蟻の行動を瞬時に見切って攻撃を仕掛けるその頭のキレ。やっぱりすごいよ、君。剣を貸さなくても倒せてたと思うけどね」
「別に。経験値ですよ、ただの」
「それだけじゃないと思うけど」
ソニアは笑って呟いた。この人相手だと、なんかやりにくい。
ブゥーン!
先に進もうとしたとき、周りで何か低い音がした。その音は、虫が羽ばたく音に似ている。
「火だ!」
ソニアが叫んだ。忘れていた。蟻の足が燃えたままだった。ジャックが慌てて消火する。けど遅かった。おれたちはあっという間に囲まれていた。空中には巨大な蜂が四匹。陸には巨大な蟻が六匹と巨大なバッタが三匹。
チラリとジャックを見ると、嬉しそうに笑っていた。
「よぉーし、こいつらの強さは大体わかった。次はおれが活躍する番だ」
ジャックがポケットからスマホを取り出した。こんなときになにをするんだ? フラッシュじゃ虫は怯まないと思うけど……って考えてたら、ジャックは突然スマホを真っ二つに割った。
「えっ……」
思わず声が漏れた。すると、割れた二つのスマホが光をまとって変形した。金色のグラディウスの剣。二刀流。
ジャックは声を上げて飛び出した。右の剣で蜂の針を受けて、左の剣で体を切り落とす。
「ディフェクト!」
青色の壁でバッタと突撃を防ぐ。
「炸裂せよ!」
青いテニスボールくらいの球が、蟻の顔右側に当たって弾ける。血が吹き出した。
どっちの天術も『戦闘天術学』で習ったものだ。他にも、火をつけたり天啓をまとって戦ったりしている。やっぱりジャックはすごい。サボってばかりなのに、授業で習ったことを総動員して戦ってる。二本の剣が舞ってるみたいだ。
おれも剣を構えた。蜂が針を向けて突進してきた。おれは横に転がって避ける。次は蟻が来る。上から剣を振り下ろした。蟻は顎で受け止める。すぐに剣を上げて、蟻を蹴り飛ばした。横でバッタが構えた。足のバネを使って、高速で跳んできた。横腹に直撃してふっ飛ばされた。けっこう痛い。
残念だけど、休んでる暇はない。すぐに立ち上がった。
蟻の突進。おれは上から踏みつけた。これも顎で掴まれる。かかった。剣を逆手に持ち替えて、節を突き刺した。やっと一匹。
もう一回バッタが跳んだきた。剣を真っ直ぐ構える。バッタは自分から剣に突き刺さって消えた。蜂が突進する。しゃがんで避けて、体を横に真っ二つに切った。
気は抜かない。とにかく必死に戦って、気づいたときにはもう虫は全部消えていた。
「カウント十四」
おれもジャックも倒れて息をきらした。
ジャックは二つの柄頭を合わせた。すると、光をまとってスマホに戻った。
ソニアが言った。
「さっ、行こう? ほら立って!」
「えぇー」
おれとジャックは同時に答える。
「奥へ行くほど敵は多くなるわ。どんどん倒しましょう」
「おれたち別に優勝は狙ってないし、適当でいいんですけど」
「ダメだ。これは決定事項。でなきゃ先生に報告しちゃうよ?」
「どうぞ勝手に──いや、なんでもないです」
忘れてたけど、ソニアの目はめちゃくちゃ鋭い。
おれたちは渋々奥に進んだ。
奥に進むほど影は濃くなる。まただ。言いようのない不安がおれを襲う。けど、それを一々考えてる暇はない。たしかに奥に進むほど虫は多くなっていった。
三匹のサソリに囲まれた。サソリは一番強い。全長は一メートル半くらいあるし、体も硬い。何より尻尾の針だ。まともに刺さったら細い木なら貫通する。
「毒はないから安心してー」
ってソニアが言ってたけど、正直あんまり関係ない。ジャックが二匹、おれが一匹引き受けた。
サソリは尻尾を振って攻撃する。おれは剣を針で防いで、隙を見て体を切りつけた。けど、サソリの外骨格は硬い。剣は音を立てただけだった。一瞬怯んだ隙に針が来る。おれは横に飛んだ。
「うおっ!」
後ろでジャックの声が聞こえた。ジャックは防御に失敗して、剣を一本弾かれたらしい。横に転がっている。まずい。拾う暇なんてないし、剣一本じゃ二匹同時に戦えない。
おれは自分のサソリに走った。針を伸ばしておれを刺しに来る。できるだけ小さな動きで避けて、尻尾を掴んだ。頭を足で踏んで動きを止めて、片側の足を全部切り落とした。これでまともに動けない。サソリを蹴り飛ばして、おれはすぐに後ろへ走った。
「ジャック!」
おれはジャックの剣を蹴った。ジャックは振り返って剣を掴む。その隙に二匹のサソリが襲いかかった。おれはジャックを越して防ぐ。一匹は剣で弾いて、もう一匹は蹴った。
おれは二匹の猛攻をとにかく受け止めた。その隙にジャックは後ろに回って、節を切った。一匹は消えた。
けど、もう一匹はおれへの攻撃をやめてジャックを襲った。針がジャックに刺さって、後ろへ飛んだ。
「よくも!」
おれは叫び声を上げてサソリに飛びかかった。切る、殴る、蹴る。とにかくなんでもやった。サソリはズタズタに切れて消えた。
「ショート後ろ!」
ジャックの声につられて後ろを振り返る。さっきおれが足を切った奴だ。針が伸びてきた。おれはギリギリで剣の腹で受け止めたけど、踏ん張りが効かないでふっ飛ばされた。
「レクシィ!」
ジャックが叫んだ。サソリの体に火がついた。
サソリは炎を消そうと、自分の尻尾で体を刺した。おれは立ち上がった。雄叫びを上げてサソリを切る。縦に真っ二つ。サソリは黒いモヤになって消えた。
「ジャック!」
おれとソニアは急いでジャックに駆けよった。
「大丈夫。かすり傷さ」
「悪い。おれが弱かったせいで」
「弱い? 一人でサソリをあんなにボコボコにしたのに? 嫌味か?」
ジャックは笑って言った。
「毒はないし、この程度なら大丈夫そう。けっこう軽いよ」
ソニアが手際良く治療してくれた。
ジャックはポケットからドラゴンシャドーを出してかじった。
「これで大丈夫。ところでソニア」
「呼び捨て! ……なに?」
「今何匹?」
「もう四十一。これって、すごい早さよ。かなり上位だし、優勝も十分狙える」
ソニアはおれたちを見て、ふふっ笑った。
「なに?」
「いやぁ。やっぱり実戦だと差が出るなぁと思って」
「どういうこと?」
「二人とも不良とか、落ちこぼれコンビなんて呼ばれてるけど、戦場に出たら生き残るのは君たちの方でしょ? 授業だけじゃわからない差があるなって思ったの」
おれたちは照れ臭くなって頭をかいた。
「よし、まだまだ進むよ!」
おれたちはさらに先へ進んだ。
虫を倒しながらどんどん進むと、別のグループと鉢合わせた。
リチャード・コックス率いる男子三人組だ。引率の上級生は──メア・ディクソンだ。
「ジャック……」
「げぇっ、姉貴」
二人は互いに顔を歪めた。
リチャードたちはおれを見て、ビクッとした。おれに対してかなりビビってる。おかしいな。今回は生徒を狩ってもポイントにはならないのに。
というか、変だ。リチャードたちはめちゃめちゃ傷だらけだ。こいつらは三人だし、そんなに傷を負うほどじゃないはずなのに。
「ゴブリンに襲われたんだ。小さかったけど、虫とは比べ物にならないくらい強い。三人で協力しなきゃ勝てない」
おれの疑問に答えるようにリチャードは言った。
「ゴブリン?」
ソニアが首を傾げた。
「去年まではいなかったのに」
「そうなんですよ。今年から増えたんですかね?」
メアはソニアに言った。
「でも、よかったの? 弟の引率じゃなくて」
「いやですよ。こんな不良なんて。恥ずかしい」
おれは二人が話してる横で、なにか変なとっかかりを感じていた。
ゴブリン……嫌な響きだ。けどなんで?
「きゃあぁぁぁ!」
そのとき、どこかで女の悲鳴が上がった。おれは無意識のうちに走り出していた。後ろでジャックがおれの名前を呼んで止めたけど、おれの足は止まらなかった。
なぜなら、さっきの声は聞き覚えがあった。レーナだ。
しばらく走ると、木々の先の少し開けたところに四人組が見えた。一人だけ背がずば抜けて高い。引率生だ。四人の前に緑の怪物がいた。ゴブリンだ。
引率生がゴブリンに青い雷撃を放った。ゴブリンは焦げて倒れると、消えた。引率生がレーナに駆けよって、手を握った。
「大丈夫?」
レーナは顔を真っ赤にして立ち上がった。あの反応。それに金髪イケメン。間違いない。ポールだ。レーナの横の茶髪で小さくてちょっと太った男はノーマン。少し離れたところで、ポールに目を輝かせてるの女子生徒。茶髪セミロングで可愛い。レイチェルだ。
ちょっと待て。てことは、レーナとノーマンはレイチェルと三人組を組んで、引率生はポール? 複雑な気分だ。
「おい!」
四人がおれに気づいた。
「やあ!」
皮肉なことに、ポールだけが笑っておれを受け入れた。レーナとノーマンは目をそらした。
「おーい!」
後ろからジャックとソニア、メアやリチャードたちも来た。
メアはポールに気づくと駆けよった。
レーナやノーマンとは喧嘩中。ポールは論外。だから消去法でレイチェルに話しかけた。まぁ、下心は多少あったかもしれない。
「一体なにがあったんだ?」
レイチェルは目を見開いておれを見た。急に話しかけられてびっくりしたんだ。それも殺人鬼に。殺人鬼に急に話しかけられたら、おれもびっくりする。
ふと視線を感じて前を見ると、レーナがおれのことをジッとにらんでいた。目が合うとそらす。なんだあの態度。あんまりだ。おれはもう一回レイチェルに聞いた。
「で? なにが?」
「え、えっと……。ゴブリンが出て、戦ったんだけど、レーナが危なくなって……。それで悲鳴を上げて、ポールが助けてくれた、だけです……」
敬語で基本弱々しく言うくせに、ポールが助けてくれたの部分だけやけに力強かった。
おれはソニアに言った。
「去年までずっと、ゴブリンは出てなかったんだよな?」
「タメ口! ……そうよ」
レーナがまたおれをにらんだ。いい加減イライラする。
「なんだよ」
レーナは嫌味っぽく答える。
「……仲良いんだね」
「は?」
「もう新しいお友だち? すぐ捨てるくせに」
「はいはい」
もうレーナは無視だ。
「でもなんで今年から?」
「さあ? 私たちも聞かされてないし。まぁでもいいんじゃない? けっこう小型って言ったよね?」
ソニアがポールに聞いた。ポールが答える。
「はい。かなり下級のゴブリンですね」
「だってさ」
とソニア。
「小さいのなら、二人で協力すれば十分勝てるよ。君とジャックなら。それに、ただの魔界生物より悪魔の方がよっぽど経験をつけられるし」
メアがうなずいた。
「そこまで強すぎるわけじゃないしね。……ジャックたちが勝てるかどうかは疑問だけど」
本当にそうか? 本当に、学校が企画したことなのか。おれの不安はどんどん大きくなる。どんなに拭っても拭えない。なにか重大なことを忘れている気がする。
おれはふと、空を見上げて、それから元来た道の方へ頭を下ろした。小さくなって時間はわからないけど、時計が見える。
「時計台だ……」
ジャックがそれに反応して言った。
「高いからなぁ。こういう開けた場所なら、よほど奥じゃない限り森の中でも見えるんだよ。うちの時計台」
そのとき、気分的には頭に電撃が走った。森。森の中から見える時計台。森の中にいるゴブリン。色んな映像がフラッシュバックする。
──思い出した……。というか、なんで今まで忘れてたんだ? こんなに重大なことなのに。
草むらから物音がした。一瞬緑色の肌が見えた。
おれは叫んだ。
「伏せろ!」
おれは近くにいたレイチェルの体を押し倒した。みんなもおれの声に反応していっせいに伏せる。一番遅かったのはノーマン。本当にギリギリだった。波紋のように広がる炎が、おれたちの頭上を通過した。
おれは剣を握って、草むらへ走る。ゴブリンの姿が見えた。緑色の肌。尖った鼻、耳。目はテニスボールくらい大きい。さっきポールが戦ってたゴブリンより、一回り──いや二回りは大きい。
おれはゴブリンに飛びかかって、剣を振り下ろした。器用にも長く伸びた爪で防がれる。おれは腹を蹴り飛ばして、ジャックたちの方に振り返って叫んだ。
「逃げろ! 急いで!」
当然みんな、はぁ? みたいな顔をする。
ジャック、レーナや上級生組は剣を構えた。おれはもう一度叫ぶ。
「いいから逃げろ! 早く!」
ゴブリンの反撃。おれは横に転がったり剣で防いだりしながら、なんとか爪を避けている。
「逃げろって一体──」
ポールが走り出す。おれはさっきよりもずっと大きな声を出した。
「バカが! わからないのか? 今年も去年までと一緒だ」
隙をついてゴブリンをまた蹴り飛ばす。
「今年からゴブリンを追加したわけじゃない!」
「どういう──」
「敵襲だ! ゴブリンたちが襲いに来たんだ! だから逃げろ! こいつはおれが引き受ける!」
ようやく事態が飲み込めてきたらしい。
「みんなを連れて逃げるんだ! 森を抜けて、グアルディーを──」
夢の映像が頭の中を回る。
グアルディーは死ぬ。ゴブリンの将軍に殺されて。
「ダメだ! できるだけ多くの先生を、できるだけ強い先生を呼んで! とにかく、グアルディーに一人で行かせたらダメだ! ここはおれが守るから! 早く!」
ゴブリンが襲いかかった。剣の腹で受け止める。攻撃はだんだん激化していく。雷撃や火、衝撃波。遠距離も近距離も強い。気を抜けない。おれは避けるのに精一杯で攻撃できない。防戦一方ってやつだ。
「でも!」
レーナが言った。
「ショートは天術が……」
「そんなの知るか! いいから行け!」
なにをぐじぐじしてるんだこいつらは。おれはソニアを見た。
「みんなを連れて行って! お願い!」
ポールが剣を構えた。
「だったらぼくが残る。その方が──」
「狙いの一つはおれだ! それにゴブリンは他にもたくさんいる。早く行かなきゃもっと大勢来る。みんなを守るんだ! 上級生は一人も欠かせない。だから言ってくれ! 早く!」
「…………わかった。けど、必ず無事でいてくれ!」
「当たり前!」
ようやく思いが伝わったのか、上級生組はうなずいてみんなの手を引っ張った。
ジャックが叫ぶ。
「おいショート!」
「ジャック!」
戦いの間、一瞬だけど目があった。
「おれを信じろ!」
ジャックは静かにうなずいた。声を張り上げて逃げるように誘導する。さすがだ。
レーナだけがまだおれの名前を呼んでいる。
「ショートだめよ! 負けちゃう!」
「負けないって!」
なんて言ってるそばから木まで飛ばされた。ずるずると座り込んだけど、ゴブリンはすぐに飛びかかる。おれは横に転がって避けた。レーナが剣を出して走り出す。それをジャックが慌てて止めた。
「離して! ショ、ショートが!」
「相棒が信じろっつったから信じるしかねぇだろ」
「そんなの」
「友だちのおれが言うんだから間違いねぇよ」
ジャックがレーナを引きずった。
「ありがとう!」
ジャックはただ笑っただけ。「気にすんな」って意味だといいんだけど。今は、「後でジュースおごれよ」じゃないことを祈るしかない。
おれは反対側に走った。
「こっちだ!」
やっぱり。狙いはおれだ。ゴブリンはおれを追ってくる。
おれは天術は使えない。遠距離戦になれば確実に負ける。ある程度走って止まり、おれはゴブリンとの距離を一気につめた。
ゴブリンはおれの攻撃を全部爪で防ぐし、その後の不意打ちの蹴りも避ける。近くからでも雷撃や炎を飛ばして、おれはそれに当たらないようにとにかく必死だ。剣で弾いたり体を動かしたり。
戦いは激しい。おれは三分も経たないうちに息を切らしていた。ゴブリンの足が腹に直撃する。おれは無様にふっ飛んだ。ゴブリンが甲高い声でせせら笑った。
「仲間を逃して一人で残ったくせに。時間稼ぎもまともにできない」
「はぁ、はぁ……、時間稼ぎじゃない。はぁ──お前を──はぁ、はぁ──倒すためだ。はぁ、はぁ──そのために──はぉ──残った!」
「どうやって?」
ゴブリンが雷撃を放った。おれはマヌケだ。こんなときに足を滑らせた。雷撃が直撃する。全身が痛い。服から焦げた臭いがするり
おれはそのまま倒れ込んだ。
「フェニーチャー!」
名前を呼んだけど応答がない。実は、フェニーチャーはおれが目を覚ましたときから二週間、ずっと眠り続けてる。
これで頼れるのは自分だけ。
試しに指を動かした。問題なく動く。全身痛くて辛いけど、動けないほどじゃない。
おれは叫び声を上げながら立ち上がった。倒れそうな体を剣を杖代わりにして支える。
おれは目をつぶって、意識を力に集中させた。呼吸と鼓動を感じる。自分の中で怒りに思いを集中させる。ふつふつ湧き上がる不満。例えば今の状況なら、「早く帰ってゲームしたいのに!」だ。自分の身を怒りに任せた。
体は宙に浮いて、透明な膜のような丸い壁がおれを覆う。ゴブリンがなにを攻撃しても全て弾け散る。
おれは雄叫びを上げながら、腕を広げて上にゆっくりあげる。
鼓膜を破るような轟音と共に、空間が揺れた。




