都市伝説
境界を越えて彼らの領域を侵す私に対して強い怒りに満ち、排除するという強い視線。
その視線だけで従人や抗う霊力がない鬼斬りならば呪い殺せるだろうが、生憎私にはその手の邪視、邪眼、魔眼、呪眼、は効かない。
――こんな視線と人気の中をよく探索、研究、小説の舞台取材にしようなどと考えれたわね。海石島に着く前に従人は体調を崩すのだけれど……。好奇心に勝るものはないか。
そもそもホラーやミステリーを書くのにこのような場所を選ばずとも、都会の病院をモデルにして小説を書けば良かったのだ。
――それでも『消えた村』や『捨てられた孤島』という魅力に勝るものはない……か。
それでも抗って欲しいものだ。
都市伝説という類いの多くは『一人の村人、もしくは旅人が多くの村人や島民を惨殺したために滅びた』という実在した事件が基礎構造となっている。
たとえ、それが人間以外の原因であっても、惨殺、または自然災害で『村が滅びた』『人が消えた』という事実があれば良い。後は各地に伝わる伝承、伝説を集合させれば新たな都市伝説が出来上がる。
『隔絶された村』『島』という舞台設定に、排他的な集落の『夜這い』『儀式』といった過去の仕来たりが引用され、都市伝説、もしくはミステリー小説などの物語の引き金になるというのも共通している。
――こういう物語が好まれるのは『都市部』に住むからこそ生じる『地方観』からなのかも知れないけれど……。結局は近代から見た全世代的なものへの偏見と閉鎖的なものからすると変化する時間の流れへの恐れが根底にあるからかしらね。
神秘なものは科学によって駆逐されていく。都会では夜闇への畏れが失くなった。何時だって明るい。
最新が溢れかえる都会に住む者からすれば『村』は未開の地であり、そこに住む者たちは『異人』だ。
最新が溢れかえっていれば、程度差はあれど驚かなくなる。逆に『田舎』で使われていたり、使われていた前時代的な物に衝撃を受ける。
「こんな物が本当に使えていたのか」――と。
故に都市伝説、ミステリーの舞台は『山奥の村』『隔絶された島』とアクセス困難な土地でなくてはならない。そうでなければ『魅惑的な過去の仕来たり』を引き金に出来ないのだ。
『魅惑的な過去の仕来たり』がさらなる謎と恐怖になる。
――などと考察してみたは良いのだけれど、海石島も『隔絶された島』と『村』があり、学者とミステリー小説家が興味を持つ程の仕来たりがこの杜と山で行われていた……のよね。
――本当に都会の病院辺りを舞台にしたゾンビ小説でも書いていれば良いものを……。人が関わらなければ、ただ通りすぎて行くだけの事柄なのに面白半分で関わる者がいるからいけないのよ。ただ、そういった愚かな者が存在するから私たち鬼斬りが仕事を失わずにいられるのだけれど……複雑なものね。
得てして、常に人材不足の『鬼部』の鬼斬りは、義務教育の学生ですらこの様な孤島にすら派遣せざるを得ない。
――……出席日数、ギリギリなのだけれど……大丈夫かしら?
大丈夫な訳がない。
今回は自分で志願したことではある。それに加えて大丈夫な計算だったから、余裕があったからだ。
――他の欠席は上司が私を指名するのが悪いのよ。重用すると言えば聞こえは良いけれど、過労になるのではないかしら?
上司は「卒業出来なかったら私が一生面倒みてあげるわよ。だから貴女は私付きの鬼斬りになりなさい」という始末。
――役付きになれば大出世ではあるけれどね。
私はサナトリウムに近付く。また一つ体感温度が下がり、霧雨が降りだした。