白夜 夢のゴルフ大会
憂介は未だ夢の中にいた。
「だから、ゴルフだってば。楽しいよ」
ゴルフ。クラブでボールを打ち、いかに少ない打数でホールに入れられるかを競うスポーツ。
「悪いが、帰らなきゃならないんだ」
典子が指を鳴らすと、景色が変わる。そこは一面の緑、ゴルフ場だった。彼女はどこからかゴルフバッグを取り出す。
「出口の場所も分かんないのに、どうやって帰るのさ。遊んでくれたら、帰り道を教えるかもしれないけど」
「分かった。さっさと終わらせようか」
そう言って彼はゴルフバッグに手を入れた。
「これがクラブか。いっぱい入ってるが、全部同じなのか」
「ううん、当たりと外れがある」
憂介はスポーツに明るい方ではなかった。ゴルフというスポーツに関しても例外ではなく、球を打って穴に入れたりファーと叫んだりするという程度の知識しかなかったのだ。種類の違うクラブを使い分けて進むということに彼は気づかず、また典子は隠している。ズレたままでゲームが始まろうとしていた。
「よし、これだ」
引き抜いたのは最も重いもの。ドライバーと呼ばれる、長打に強く微調整の難しいクラブだった。
「これは当たりか」
「まあまあだね」
何度か振ってみる。
「試し打ちしていいか」
「駄目」
「あと、ルールに関していくつか質問」
「それくらいなら良いよ」
「あの水溜りに落としたら、どうするんだ」
ルールを知らないながらも、彼はコースを観察していた。しかし彼女がまともな答えを返すはずもない。
「あれはプール。涼みたい時に、あそこにボールを入れるんだよ。そしたら、一ターンあの中で休めるから」
水に落ちた場合、プラス一打のペナルティが課せられ元の場所から打ち直しである。
「じゃあ、あの砂場は」
「飽きたら砂山とか作って遊べるよ」
バンカーと呼ばれる砂地はボールが打ちにくいので、極力避けるのが定石である。
「あの森の方に入っちまったらどうなる。見たところ整備されたコースじゃないようだが」
「マイナスイオンを浴びられるよ」
決められたコースからボールが外れると、プラス一打で打ち直しである。
「じゃあ、始めよっか」
典子もまた、バッグから一本のクラブを引き抜く。憂介が言った。
「何打で入れればいいんだ。あれだ、パーって言ったか」
パーとは基準となる打数である。パーが四なら四打で入れられればまあ普通。
「誰の頭がパーだって」
「またはぐらかす気か。そうはさせんぞ」
「いや、私の勝ちだね。チョキだから」
彼女は両手でVサインを作る。
「チョキチョキ、ってね」
「ゲンコツで黙らせればいいか」
「暴力反対。ゴルフで決着つけようよ」
典子がボールを取り出し、打ち上げる。ボールは遥か向こう、穴へと吸い込まれていく。
「ホールインワン。終わりだよ」
「終わったら俺は帰れるのか」
「いいや。ずっとこのまま、夢の中で遊ぶんだ」
「そりゃあ困るな」
憂介はベルトに蟷螂の円錐を差し、回す。モンスター・サプライズド・ユー。ベルトが告げる。
「葬着」
鎧に飛び込む。左手の鎌から真空波を飛ばし、穴へと向かうボールを弾いた。それを見て、典子はニヤニヤと笑っている。
「そんなこと言っちゃって、本当は帰りたくないんでしょ」
「まさか」
「ここは憂介の夢だよ。憂介の願ったことが現実になる世界」
「なら、早く帰してくれよ」
「の割には、ゲームを終わらせたがらないみたいだけど」
「終わらせたくないんじゃない。きっちり決着をつけてから、ここを去りたかったのさ」
憂介は円錐を差し替える。それは真っ黒な円錐。彼の両親と師匠を殺した、忌まわしい牛鬼の力。
「こいつの力なら、届いてくれるはずだ」
「不安定な力は好かないんじゃなかったっけ。届きはしても、入らないと思うけど」
憂介はベルトに車輪の円錐を、腕輪に氷の円錐を差し込む。左手を腰の前で構え、回転させる。モンスター・サプライズド・ユー。
「重葬」
鎧に飛び込む。一秒、足の車輪で加速する。二秒、穴の周りを凍らせる。三秒、ボールの通る道を作る。四秒、ホールインワン大勝利。
「終わりだ。楽しかったぜ、じゃあな」
「なんで、なんで行っちゃうの」
「まだ守るものがあるんだ。まだ帰る場所があるんだ」
「私のことは、守ってくれなかったくせに」
「だから、繰り返したくないんだよ」
典子は小さくため息をつくと、それ以上何も言わない。
「じゃあな」
「じゃあね」
憂介が目を閉じると、幻が消えていく。そのまま、再び意識が落ちていった。




