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第十二夜 百年の狐独

「闇を解放しろ。生き抜く力が欲しいならな」


「俺は、力を手にした。闇に頼る必要なんかない」


「彼の月にかかった闇を払えば、あるいは」


「お待たせしました」


妖怪、それは人の世に潜む異形の者。

そして人に仇なす妖怪を人知れず始末する彼らもまた、

怪物と呼ばれた──


※来週の「怪物たちは夜を駆ける」はお休みです。

次回の放送は10/6(日)となります。

稲の刈られた田の上を、秋風が吹き抜けてゆく午後。巧と瑠璃は陰陽堂へと向かっていた。憂介がご馳走を振る舞ってくれるというのだ。軒先に憂介と典子を見つける。そこでは豚が棒にくくりつけられ、焼かれていた。


「何ですか、それ」

「豚の丸焼きだ。ちゃんと火は通るようにするし、内蔵も抜いてあるから安心しろ」


ぐるぐると肉を回しながら答えた。典子はそれを微笑んで見ている。瑠璃の腹の虫が鳴く。


「そろそろ焼けたかな。食事にしようか」


そう言うと彼は、長い包丁で解体していく。それを見ていた巧が訊く。


「怖く、ないんですか」

「包丁さばきには慣れてるんでな」

「そうじゃなく、さっきまで生きてたんですよね」

「生きるとはそういうことだろ」


皿に取り分け、皆に配った。


「いただきます」


典子が肉を食らう。


「おいしい」

「それは良かった」


瑠璃は肉を口に入れるが、あまりの熱さに涙目になる。巧がそれを見て笑う。憂介は肉を眺め、嗅ぎ、五感で楽しんでいる。四人それぞれに食事をする様は、嵐の前のように穏やかだった。



それから四人は駅に向かった。行き交う人々の肩がぶつかる。喧騒の中、口を開いたのは典子だった。


「一つお願いしていいかな」

「なんだ、急に」

「私のこと殺してよ」

「断る」

「なんで」

「理由がないからだ」

「じゃあ、こうすれば」


彼女の背中から伸びた尻尾が、通行人を貫いた。鮮血が飛び散り悲鳴が上がる。


「人を傷つける悪い妖怪は、退治しなきゃいけないんだよね」


ニヤリと笑う彼女に対し、二人は円錐を取り出す。ベルトに差し込み回転させる。ベルトから音声が流れる。


「重葬」

「返身」


鎧を纏った。黒い狼となった巧が駆け出し、典子を仕留めようとする。が、憂介は典子を抱き寄せ、走り出す。


「憂介さん、何を」

「ここで戦う気か。被害者を増やすだけだぞ」


巧が動揺し止まった隙に、憂介は走り去る。惨劇の現場に残され、瑠璃と二人立ち尽くした。



「御影さんのところの子が。なるほど」


巧と瑠璃は事情聴取を受けていた。二人が解放された時、空はすでに暗くなっていた。巧は俯いたまま言う。


「ごめん、ついてこないで」

「嫌です」

「なんで」

「ちゃんと見届けたいからです」

「死ぬかもしれないんだ」

「大丈夫です。巧くんが守ってくれますから」

「でも、守れなかったら」

「面白いこと言いますね。そんなの考えもしませんでした」

「ふざけてるよ、本当に」


二人は歩き出す。



明かりのない田園の上には、満天の星が輝いている。陰陽堂の二階、暗い部屋の中、小さな明かりで手元を照らし憂介は洗い物をしている。ソファに寝転んだ典子が、彼に言う。


「なんで、匿うような真似するの」

「殺せなかったから」

「罪のない人を殺めたのに」

「何か理由があるんだろ。俺はそう信じてる」

「何もないんだ。殺してほしかったって、最初から言ってたじゃん」

「いつだって本当のことは言ってくれなかったよな。今度もそうなんだろ。そう言ってくれよ」


彼女は何も答えない。と、扉が開く。そこには巧と瑠璃がいた。そちらを睨み、憂介は吐き捨てる。


「来たか」

「やはり、ここにいたんですね」


二人は円錐を差し込み、回す。


「返身」

「重葬」


鎧を纏った。一秒、氷の鎖で足をとる。二秒、足の車輪で加速する。三秒、彼の背後に回り込む。四秒、反撃を受け飛ばされる。腕輪が外れ、重葬が解かれた。


「やはり効かないか。だが、これならどうだ」


憂介は真っ黒な円錐を取り出し、ベルトに差して回転させる。それは彼の師を殺した、あまりに危険な牛鬼の力。モンスター・サプライズド・ユー。ベルトが告げる。


「葬着」


鎧が体に纏わりつく。白も黒も混ざり合った姿。彼の身体に痛みが走り、黒いオーラが流れ出す。鎧の目が光り、喋り始めた。


「馬鹿め、これで貴様の魂を食えるというもの。お前の師匠と同じようにな」


しかし黒いオーラは消え、彼は自分の意思で歩き出す。


「なぜだ。なぜこやつの魂を食えない」

「お前なんぞに食われるほど、ヤワな魂してないんでな」


そう答えると巧の方を向く。彼は足元の氷を砕き、すでに脱出していた。足から血が流れている。二匹の黒い獣たちはお互いに近づき、殴り合いを始める。


「わかってるんですか、彼女のしたことが」

「わかってるさ、だが疑いきれない」

「あなたがどれほど知ってるんですか」

「わからない。だから信じるしかないんだ」


勝負はまったくの互角。


「信じたいだけでしょう。そんなの都合いい夢だ」

「俺が信じるものは俺が決める。邪魔するなら消えてくれ」

「消えません。見てられないから」

「見てられないなら、見なきゃいいだろ。ヒーロー気取りか」

「これ以上、誰かに傷ついてほしくないだけです」

「なら勝手にしろ。俺も勝手にする」


拳が交差する。それはお互いの顔面に命中した。憂介の仮面が割れ、意志を湛えた眼が露わになる。と同時に、巧が口から血を吐く。両者、倒れこむ。再び立ち上がったのは巧だった。足に縋りつき制止しようとする憂介から、ベルトを剥ぎ取り無力化する。そのまま典子の方へと歩いてゆく。典子が微笑を浮かべた。


「殺してくれるんだね」

「ああ、お望み通りな」


鋭い爪を立て、振りかぶる。震える声で彼は訊いた。


「なんで、こんなことしたんだ」

「殺してほしかった。ただそれだけだよ」

「そんなことのために、無関係な人を殺したのか」


典子が頷くと、爪が振り下ろされる。しかしそれは鼻先を掠め、小さな傷をつけただけだった。恐怖に彼女の表情が歪み、震えて崩れ落ちる。


「なんで」

「これが死ぬってことだ。怖いだろ、なぁ。人一人の命を奪うってのは、こういうことなんだよ。これだけのことをしたんだよ」

「だから、殺してよ」

「殺さない。だから、生きて償え。その長い命で、自分の罪を埋め合わせろよ。また罪を犯しそうになったら、いつでも僕が殺せるんだからさ」



冬の近づく夕暮れの道を、巧と瑠璃は歩く。


「だから、どういうことですか。いなかったって」

「いなかったんだよ。最初から」

「いたじゃないですか、部屋にお邪魔した時も、誕生日を祝ったことだって」

「とどのつまり、僕らは化かされてたってことなんだよ」

「全然わかりません。誰が、なんでそんなこと」

「おかしなことは前からあった。都合いいタイミングで腕輪が現れたりとかさ。でもそれがなかったら、僕たちはここにいなかった」

「よくわかんないですが、これ以上聞いてもわかんなそうです」


木枯らしが吹き抜けた。

守り抜いたものさえも、この手から零れ落ちていく。


次回「步く屍」


君のいない夜を駆ける。


※来週の「怪物たちは夜を駆ける」はお休みです。

次回の放送は10/6(日)となります。

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