千一夜 運命の映写機
ここまでの総集編です。飛ばしても問題ないです
布団の上、少年とその母が横たわっている。
「お母さん、眠れないよ。なんか話して」
「昔話でもしよっか」
「もう飽きたよ」
「じゃあ、昔の話とか」
「どう違うの」
「私の、昔の話」
「どんな話」
「昔好きだった、というより応援、尊敬、違うな、崇拝でもないしなぁ。とにかく、その人の話をしよっか」
語り始める。
私が彼を見つけたのは、いつだったかな。あの時は恋心ってほどでもなく、ただ少し気になってた。それで、若気の至りっていうかさ、こっそり後ろを尾けていったりとかさ。ああ、真似しちゃダメだよ。普通に犯罪だからね。それで、あるとき見ちゃったんだ。満月を見た彼が狼になって、人を食べちゃうとこ。作り話じゃないよ。そりゃ今にしてみると馬鹿な話なんだけど、その時は確かにそうだったの。大丈夫、そのうち分かる。それでね、彼は人を殺したのに、普通に暮らしてた。それで自分だけが知ってたら、悪戯したくなっちゃうじゃん。それでちょっかいを出してみたんだけど、別にどうでもいいみたいな反応されてさ。ちょっとガッカリしちゃったんだ。つまんないなぁって。一緒に心霊スポット行こうって言ったのも断られちゃって、結局一人で行ったんだよね。そしたら車が突っ込んできてさ、死ぬかと思った。その時、彼が助けに来てくれたんだ。車を押して止めてさ、すごかったよ。夜中だったのに来てくれてさ、なんだ、意外と気にしてくれてたんだなって。不思議と嬉しくなった。
ああ、あれだよ。パパには言っちゃ駄目だからね。あの人きっと妬いちゃうから。それでさ、彼は妖怪を倒す仕事をしててさ。そこで彼は失敗した。はじめて自覚的に、良かれと思ってしたことで、人を死なせてしまったの。吸血鬼の女の子を封印したら、彼氏さんが後を追って自殺しちゃってさ。どうせ人殺しなんだから、一人でも二人でも変わんないじゃん。少なくとも傍から見てた私にはそう思えた。なのにショックで寝込んじゃって、ああ、人間だなぁって。すごく近くなったというか、壁が壊れたんだ。
その後は一緒に誕生日を祝ったり、豚の丸焼きを食べたりした。それから、どうなったんだったかな。たしか彼の仲間が実は妖怪で、駆除しなきゃいけなくなってさ。私が思うに、彼は最も残酷な選択をした。あれ、もう寝ちゃったか。まあいいや、おやすみ。
天井を眺め、彼女は考える。彼は今どうしているのだろう。いつからか行かなくなったあの事務所は、まだあるのだろうか。それはひどく懐かしく、遠い思い出のように感じられた。
「久しぶりに、会いたいなぁ」
眠りに落ちていく。
翌日、二人は街を歩いていた。行き交う人々はお互いを気にかけることをせず、自分の目の前だけを見ている。灰色のビルが立ち並ぶ、冷たい街。ふと、遠くから悲鳴が上がる。
「ママ、怖い」
「大丈夫。きっと」
そう言って息子を抱きしめる彼女の横を、何者かがすり抜けていった。
「だって、この街には正義の味方がいるから。ですよね、巧くん」
駆け抜ける風は、懐かしい匂いがした。