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天上の桜   作者: 乃平 悠鼓
第二章
203/203

第十一部 泥中蓮花《十一》

 それが修羅界(しゅらかい)(ただよ)い始めた時、いち早く気づいたのはほんの(わず)かな邪神達だけだった。


「何事?」


 何処(どこ)からか感じる冷氣。冷たい風が部屋の隅から入り込み、華風丹(かふに)の足元を流れて行く。此処(ここ)は修羅界の奥にある、禍々(まがまが)しいまでの氣を放つ邪神の王が住まう宮殿だ。そこに邪神のモノではない全く違う氣が入り込み、我が物顔で宮殿の中を通り過ぎている。


「何が入り込んだの!」


 華風丹の声に答えたのは、友禅(ゆうぜん)だった。


「わかりません華風丹(かふに)様、今苧環(おだまき)が調べに行っております」

「華風丹様はひとまず奥の部屋へ避難(ひなん)を」


 護衛の千寿(せんじゅ)が、華風丹を奥へと先導する。


「この氣、どこかで…」


 振り返った華風丹は、どこか覚えのある氣に首を傾けた。




「何に入り込まれた! 此処は王の宮殿だぞ!」


 連翹(れんぎょう)の声がして、部下を引き連れ部屋を出ようとする。だがそれを止めたのは蜃景(しんき)だ。


「待て。この氣、覚えがある。これは鬼神の氣だ、そう…あの化け物の氣だ」

「まさか、此処(ここ)に入り込まれたのか!」

「違うわ望月(ぼうげつ)、私の力には何の変化もない。いたとしても此処じゃない、何処(どこ)か遠くよ」


 紫苑(しおん)が、宮殿の窓から遠くを見つめ(つぶや)いた。




「原因がわかりました。泉からです、泉から冷氣が立ち昇っています」

「泉から、だと」

「そうだ。どうしたわけだか、今まで黄泉(よみ)(つな)がっていた泉が駄目になってる。その泉の周りには亡骸(なきがら)らしき残骸(ざんがい)があって、中を(のぞ)いて見たが黄泉には霧がかかったようになっていてよく見えなかった。そしてそこからかなり離れた場所にある別の泉から、辺りを凍らせる(ほど)の冷氣が(あふ)れ出しているんだ」


 苧環(おだまき)千寿(せんじゅ)の会話を聞いた友禅(ゆうぜん)が、何か言いたげに華風丹(かふに)を見つめる。


「華風丹様…。確かあの黄泉(よみ)と繋がる(いずみ)は、先日から若様が…」

「何かやらかしたのね兄上が、そしてあの化け物を怒らせた」

「化け物、でございますか?」

「そうよ、気づかない(じい)や。これはあの化け物、沙麼蘿(さばら)公女(こうじょ)の氣よ。おそらく兄上が、黄泉に手を出したんじゃないかしら。今黄泉にいるのは現天帝、鶯光帝(おうこうてい)の妹だもの。兄上が余程(よほど)のことをしない限りは人間界にいる公女を怒らせるようなことはないだろうけど、黄泉で聖宮(せいぐう)(たて)に取り何かしたのかも知れないわ」

「それで怒りをかってこのザマとは」

「やりかねないな、あの若様なら」


 華風丹と友禅の話を聞いていた苧環(おだまき)千寿(せんじゅ)は、あり()そうな話に(うなず)くしかない。




「修羅界にまで入り込まれたんだ、何らかのお(とが)めがあってもいいんじゃないか」

「これがあの一ノ(いちの)若様じゃなきゃ廃嫡(はいちゃく)もんだろう」

「今回は王も、何かおっしゃるかもね」


 部屋を出ることなく連翹(れんぎょう)を囲み、望月(ぼうげつ)蜃景(しんき)紫苑(しおん)が会話を交わす。

 いつかはやらかすと、誰もが思っていた。もしそうなれば、修羅界の勢力図が変わるかも知れない。その引き金を引いたのは一ノ若様本人であり、黄泉からわざわざ冷氣を修羅界にまで送り込んできた沙麼蘿だ。








 辺りを、ヒリヒリと痛みを伴うような冷たい冷氣が(ただよ)い凍りついて行く。“()らい()くせ” そう氷龍に命じた沙麼蘿(さばら)は、妖魔や邪神達が冷たい炎の海から逃げることを許さなかった。

 それだけではない。どこか此処(ここ)とは違う、別の黄泉と修羅界の泉が繋がったらしい場所から此方(こち)に向かって来ている妖魔達の全てにですら、逃げることを許さず氷漬けにし閉じ込めた。その冷氣はこの辺り一帯だけにとどまらず、離れた場所にある空の上の修羅界と繋がる場所にまで及び、冷氣はその空を突き破り修羅界の泉にまで届いていた。

 それでも止むことのない冷氣は修羅界の奥、王の宮殿にまで漂う。それはまるで、誰であろうと黄泉に手を出す者は許さないとでも言っているようだ。

 通常なら(すめらぎ)が風龍を使い、氷龍を制御し氷や冷氣が漂う場所を決める。だが今回皇が風龍に命じたのは “母のいる結界と、行き場のない魂達がいる場所、そして冥府(めいふ)(つな)がっている場所には近づけるな” ただそれだけだった。それはすなわち、あとは氷龍の好きに喰らわせろと言うことだ。

 皇にとってこの黄泉は、母の魂が留まる大切な場所。出来ることなら此処(ここ)は、他の何処(どこ)よりも安全な場所であって欲しい。いつか輪廻の輪に戻れる日まで、母の魂が傷つくようなことはあってはならない。

 それには、黄泉と繋がる修羅界の泉は邪魔(じゃま)でしかなかった。全て凍りつき、粉々になってしまえばいい。二度と再びこの黄泉には手出しができないように。

 氷でできた雲と薄い薄い黄緑色の雲から現れた二頭の龍は、辺り一面を氷の世界に変えても尚飛ぶことをやめず、空に向かって咆哮(ほうこう)をあげる。





「ぴゅ、ぴゅぴゅ〜」


 “今日の氷は、何時(いつ)にもまして綺麗(きれい)だね〜” と金角の肩に乗った玉龍が、その場に不釣り合いな少し間延びした()き声を上げる。細氷(さいひょう)のようにキラキラと輝くそれは、まるで結界に降り注ぐ粉雪のようだ。

 少し前まで冷たい炎の海が波打っていたその場所は、今は氷でできた妖魔や邪神の標本のような場所になっている。その中央に立ち沙麼蘿(さばら)は、ニヤリと笑って(にぎ)りしめていた(ジエン)(つか)(てのひら)から離す。

 “耳を(ふさ)げ!!” 結界の中に妾季(しょうき)達の声が響き渡り、沙麼蘿の手を離れた氷龍神剣(ひょうりゅうしんけん)はまっすぐに氷でできた地面に突き刺さる。途端(とたん)、氷にヒビが入って行くのと同じ様にその場に閉じ込められていた妖魔や邪神達の魂がヒビ割れ、苦痛にも絶望にも近い数多の悲鳴(ひめい)が響き渡った。

 そしてその悲鳴が、修羅界の奥にある邪神達の宮殿にまで届いたことを知る者は、笑って空を見つめている沙麼蘿しかいない。魂を喰らい()くした氷龍が細かな粒子(りゅうし)の粒となって風龍と消え、後にはそれまでの光景が嘘だったように何もない黄泉の世界だけが広がっていた。






「母上」


 結界の中で全ての人々が耳を(ふさ)ぐ中、聖宮(せいぐう)だけが(すめらぎ)と同じ様に眉間(みけん)にシワを寄せその声を聞いていた。これが、心がないと言われる沙麼蘿(さばら)の声なき声。

 その後、近づいて来た双子のような子供達は、聖宮が知る(かつ)ての幼子達ではなかった。立派に成長した、もう()えないと思っていた何よりも大切な息子。


「皇、こんなに大きくなって。さぁ、顔を見せて」


 聖宮の手が優しく皇の頬を()でる。幼いあの日、聖宮は確かに命の火を燃やし尽くし幽冥界(ゆうめいかい)へと旅立ったはずだった。それが冥府(めいふ)の外れにある黄泉に流れ着いたことにより、長い時の果てにまた息子達と再会できた。


「こうして貴方(あなた)達に逢うことができた幸運に、感謝しなければならないわね。でももう時間がないわ、焔摩天(えんまてん)がお怒りよ。早く地上へ戻らなければ」


 そう、此処(ここ)は焔摩天の管轄(かんかつ)である冥府(めいふ)へ向かう途中にある。冥府に害は及ばない様にしたつもりだが、自分の管轄にも等しい黄泉でこれだけの騒動を起こされたのだ、怒りもするだろう。


「修羅界の泉に繋がる道は全て(つぶ)した。私がいつか必ず、此処(ここ)にいる全員を輪廻の輪の中に戻す。それまで、待っていて欲しい」


 邪神達が玄奘三蔵を黄泉に引きずり込んでまで欲した聖宮の魂は、まだ此処(ここ)にあり続けなければならない。沙麼蘿がその力を取り戻すまでは。そして、聖宮はこの場所にいる誰一人を見捨てることはできない。だから聖宮を輪廻の輪に戻すためには、同じ様に全員を戻さなければならいのだ。


「私の可愛い子供達、待っているわ。でも無理はしないで、貴方達が幸せであること、それが私には何よりも大切なことなのよ」


 聖宮はそう言うと二人を抱きしめ、玄奘一行を見つめた。まだ小さな子供までいる玄奘一行を、この黄泉に呼び寄せた原因は自分にある。例えそれが、邪神達の一方的な行動だったとしても。


「玄奘三蔵法師、そして皆さん、この度は大変なご迷惑をおかけしました。どうかお許しを。此処(ここ)にいるのはこの魂だけ、食べることも寝ることも必要もない者達です。こんな私達では、なんのお返しもおもてなしもできません。焔摩天(えんまてん)が怒りを表す前に地上へ」

「だが、どうやって」


 確かに玄奘三蔵と言う高僧が、この黄泉への道を開く一つであったことは間違いない。だがその方法を玄奘三蔵本人ですら知らないのだ。


「皇」

「わかっています母上。我が母を助けるため力を借りた、借りは返す」


 この場にいる玄奘一行の誰もが、結界の中にいた聖宮達を守るために戦った。皇の言葉に、その横にいた沙麼蘿は玉龍を見つめる。


「玉龍、時間だ。根性を見せろ」


 この黄泉に来た時とは違い、今度は(かばん)の中に手を入れる(ひま)がある。玉龍は(なな)め掛けしている鞄の中から力の源にもなる黄仙桃(こうせんとう)を取り出すと、それをパクリと食べた。


「キュウゥゥゥー!」


 真っ白な龍神に姿を変えた玉龍に、来た時と同じ様に玄奘一行が乗り、金角と銀角は須格泉(すうの)琉格泉(るうの)の背に乗った。皇は聖宮の後ろに控えるようにしていた二人に声をかける。


花薔(かしょう)百花羞(ひゃっかしゅう)、母上を頼む」

「お任せくださいませ」

「もちろんでございます」


 皇と蒼宮軍(そうきゅうぐん)に囲まれ、玉龍と須格泉(すうの)琉格泉(るうの)、そして皇と沙麼蘿の身体が浮上する。次に会うのはいつか、今世かそれとも来世か。今はまだ誰も知る(よし)もない。

 そして玄奘一行は地上に辿(たど)り着く。辿り着いた大地は最初にいた場所ではなかった。遠くに街の光が見える、そんな場所だった。




廃嫡→嫡流を継ぐ相続権を廃する。または廃されること

咆哮→ほえさけぶこと

細氷→大気中の水蒸気が昇華してできた、ごく小さな氷晶が降ること。ダイヤモンドダスト

幽冥界→あの世

知る由もない→物事の真相を知るための手がかりや方法が全くないことを意味する表現



これが今年最後の投稿となります。今年も一年、お付き合いくださった皆様ありがとうございましたm(_ _)m


近年の恒例ではございますが、ここで少し長いお休みをいただきます。来年の投稿は2月下旬か3月上旬を予定しておりますが、日にちがまだ決まっておりません。1月末までにはこちらの方に記入させていただきますので、その後ちらりと見て頂けますと幸いです。


今年も一年、拙い文章にお付き合いいただきありがとうございました。来年が皆様にとって素晴らしい年となりますよう、心からお祈り申し上げます。

それでは皆様、良いお年をお迎えくださいませ。



次回投稿は2月26日か27日が目標です。


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