第九説 苦悩
聖塔【レイルーン】、その中枢に位置される都市【アルビレラ】
内部には数多くの貴族、王族が集まっている。差し詰めそういった輩の集まる場所というのは決まって大義名分、色欲や金銭を目的とした話ばかりの有象無象の集団。
それは『ドグル・バラニオス』にとってもっとも愛おしい場所であり、忌み嫌う場所であった。
「ようこそお越しくださいました、ドグル様」
城内に侵入する前に阻まれるのではと懸念してはいたが、警備の兵士らには事が伝えられていたのだろうか…。
身分を明かさずに何事もなく門が開けられる。名乗ってもいないのに名前を知られていた時点で、大方の特徴か何かでも聞いていなのだろう。
城内を一望し、驚嘆に溜息を漏らす。
「やはり何度見ても圧巻だな」
立ちはだかるは天にも届くような高き城。外壁を優に超えたその姿は、遥か遠くにいようとも拝見する事ができる。流石というべきか、立派だと褒めるべきか。
町の中に住んでいるのでは尚の事、住まう者の日常背景として溶け込んではいるが、こうして間近で見ると印象は違ってくるものだ。
「威圧というか押しつぶされそうになる、今にも動き出しそうだ」
動く訳はないと分かりきってはいるものの、たまには無邪気な子供のように感想を述べたくなる事だってある。
しかし何時までも呆けていては、光栄にも直属で呼ばれた身として少々無礼というものだ。
とはいえ染みついた生活に対して、目にする世界は規模が違う。使われているであろう桁が違う。
目にするもの全てが異界の物であり、嬉し悲しく内に眠っていた好奇心が邪魔をしてしまう。
いやはや今なら盗賊の気持ちが分からないでもない。つい出来心で通路に置かれた壺などを拝借したくなるが……ここは国を統べた者達が集まる中枢。
どうせなら魔力探知をしてみたいところでもあるが、逆探知されて騒ぎになっても仕方がない。そもそも仕掛けられた魔法の数は計り知れない間違いはないしな。
僅かな気配でも死を招くやもしれないとあらば、イタズラで少しでも金品を動かせば一瞬で捕縛されるやもしれない。
その後どうなるかなんて想像しなくても分かる事。おお…怖い怖い。
身震いを起こし少しばかり品々の傍から距離を置いて歩く。
そのまま気持ちのいい風に吹かれながらドグルは歩を進めていると、何やら遠くで三人の女性が言い争っているのを発見した。
「私、この指輪をナグラード様から頂いたのよー!」
「それをいったらわたくしなんて、かの有名な御氏族であるブグラ様からドレスを頂きましてよ」
「何を言いますの、それよりももっと凄い物をかの御方から……」
耳を澄ませば聞こえてくるのはあーだのこーだの言い争う雑音ばかり。
人がいい気分でいればすぐこれだ。お偉い様方は醜い姿を晒すのが特技の一つらしい。
「何だ、どれも見覚えのあるお嬢様方じゃないか。何してんだあんなところで」
最初に目に入った人物は『キライア・マニア』、白いドレスに金縫いの模様と派手だ。
本心では冒険者なんてものを野蛮人だと嫌煙しておきながらも、付き合い相手が元々冒険者だったこともあってカッコイイなど口から出まかせが上手い奴。まあ内心女なんて皆こんな奴ばかりだろうから、欲の見せ方が素直だとも言える。
その次に隣で笑っている赤いドレスの女は『レイベル・ナーニア』、大層裕福な暮らしをしているのだろう、髪留めに耳飾り、指輪にネックレスに大きなダイヤ。いったいいくらするのやら……。
何より特徴的なのが瞼の下のホクロが二つ、一度出会ったら中々忘れやしないだろう。さしずめその一人に含まれるが。
裏で暗躍している幹部にナーニアが疑わしいと目を光らせてはいるが、未だに尻尾が掴めていない。権力者あっての事か、恐らく裏で揉み消している可能性が高いが…さて。
そしてもう一人が『ナーバレット・ニーナ』、小柄な体型で顔立ちも見るにまだ若い。
彼女のみならずナーバレット家自体、それほど目立つような悪い噂を耳にした事は無かったが、しかし両隣にいる二人に引けを取らない装飾品を見た限り黒として見ておくべきだろう。
「しかしよくもまああんな目立つところで…もう少し人気の無いところで自慢を披露したらどうだ…」
そうやって呟くも、よくよく考えればこの城内では何処にいようと他貴族と出会うのが珍しくない。その証拠に視線を別方向に向ければすぐに他人の自慢が聞こえてくる。
一見無防備だとも思うにも、こんな場所で盗みが働かれる可能性は皆無。例えその辺にほっぽっても数分後には帰って来るだろうからして、イチイチ驚いていても仕方がない。
馬鹿らしいとドグルはその場を後にする。
見事に美しく模られた廊下であっても見向きもしない。変わりにあるのは行き違う度に身分についての愚痴を吐き、不満と妬み、そして一部の一族に対しての猫かぶり。
何度見ても彼ら、彼女らの浮かべる表情の薄っぺらさには感嘆せざるを得ない。笑みなどハリボテ、心の奥そこから笑った事など一度だってないのではと疑ってしまう。
(幾度思ってきた事か、全く持って嘆かわしい。これだから高貴の貴族様方が御集りになるところは嫌いなのだ)
どれだけ好意を示そうとも、貴族にあるのは金か名誉かそれだけ。気持ちなど一銭の特にもならないというのが本音である。
金がなければ無価値、価値がなければ利用もできない。それらを貴族は低俗、愚民と呼び捨てるのが当たり前。人間扱いなど持っての他。
彼らにとっては情を移さぬ雑種を見るように、身分の低い物には通る度に見下した視線を向ける。
「ッチ、…愚民が何故この場に…」
「身分をわきまえぬボンクラが、何を堂々と真ん中を歩いているのかしら…これだから低俗は…」
「もっと端を歩いて欲しいものだわ、貧乏性が移ってしまうもの」
全ての会話が筒抜けなほどに聞こえているが、元より隠す気など毛頭ない。初めから聞こえるように嫌味を言う。今となっては当然の事過ぎて飽きてしまったものだ。
時より殺意だって向けられる、低俗が傍に居るだけで不愉快だと思う輩も出てくる。
誤解も甚だしい、何もしていないのに恨まれたとなれば逆恨みも良いところだろう。
「…ったく、身分が違うからって何だというんだ」
とは言うものの口を慎むべきなのが現実。相手が何をいってこようとも手を出す事はおろか喋る権限すら与えられない。
文句を言う捌け口など何処にも存在しない、もしも他人に聞かれたりでもすれば重罪、即座に問答無用で極刑となる故にだ。
本当にこの場は息が詰まる。己の無力さを思い知らされているようで。
赤色の扉の傍まで寄ると、その傍に立っていた小柄のメイドが軽くノックを掛ける。
「ラグルニー・グレニード様、ドグル様が起こしになられました」
「通せ」
「っは、ではドグル様、どうぞ此方へ」
「失礼致します」
ギィイ…重い扉が開かれ全貌が明らかとなる。絵画も壺も金も無い、金目の物として呼べるようなものは一つもないと表現した方がいいか。王室にしてはとても素朴な部屋だ。
「それで…どのような事でお呼びでしょうか、国王様」
レイルーンを統べる一国の王『ラグルニー・グレニード』
ラグルニー家代々より受け継がれし名声を知らぬ者は少なくない。
それはある民によって切っ掛けが生まれた。長く民を苦しめてきた魔物への対抗策を名案し、不可能だと退けられながらも実行を強行。
幾度となる魔物への襲撃に耐えながらも民の為にと率先して行動したグレニードの姿に、大きく心を打たれた者達が次々と集まり、前国王の命を国に住む大半の民が拒絶したという、まさに国を巻き込んだ大騒動を起こした。
さらにはグレニード家による人脈によりさらに協力者は拡大。実行に移してから僅か半年で国一つを覆う壁の形成に成功を果たす。
初めは壁際に住む者達の反発もあったが、魔物による被害の激減、さらには数年の時を経てもビクともしない強固な壁に異議を申し立てる者はいなくなる。
その業績が大きく称えられ、遥か遠い昔から今に至るまでグレニード家は王の血を受け継いできた。
ドグルは主を目にした途端に敬意を払うべく、すぐさま胸に右手を置き、床に跪き頭を垂れる事で一国の国王に向けて敬意を示す。
しかし国王であるグレニードはドグルの態度に対して不満そうに溜息を漏らし、片手を持ち上げてパタパタと振るった。
「よいよい、ワシの前では気を払わなくともよいと何度もいっておろうが」
「ですが国王様…!」
「ワシがよいといっておるのだからよいのだ、不満と申すのであれば命令するぞい」
「わ、わかりました…ラグルニー・グレニード様」
「敬語もよせ、そしてグレニードだ、グレニードだけでいい」
「わ、わか…った…グレニードさー…」
さん…と言いかけたところでグレニードの眉間が急に険しくなり、慌てて言い直す。
「ご、ごほん! …グ、グレニード」
「それでよい」
「それで…何用だ?」
「…うむ、実は久しぶりにお主の顔が見たくなってな」
先ほどまで険しかったグレニードの表情がふっと和らぎ、孫を見る優しい顔になる。
嘘か誠かと言えば後者であるに違いない、しかしそれだけの為に呼び寄せるにしても周りの目がある。冗談を言うだけの為にわざわざ王室まで呼び寄せるとは到底思えない。
「…グレニードさ…グレニード…そんな冗談を言うだけの為に、わざわざ隠密に伝令を寄越した訳ではあるまい…」
「そう言うなドグルよ、数年ぶりの再会だ…息子の顔を見て喜ばぬ親が何処にいる」
グレニードの息子という言葉にいつも引っかかりを覚えてしまい、ドグルは向けられた視線から逃れるように顔を反らす。
最高位である国王の息子。それは身分の低いドグルにとってはとても喜ばしい事でありながら、同時に耐えがたい苦痛でもある。
「よしてくれ…私は貴方に拾われた身だ、血など繋がっていない」
「何を言う、血など関係なかろう。ワシはなドグル、お主を本当の息子だと思っているのだぞ」
身分も何もない孤児だったドグルを、路肩で行き倒れていたところ偶然通りかかったグレニードが馬車を止めて介抱したのが出会い。
高価な着物が汚れても気にもしない振る舞い。金銀財宝の全ては国の為にと分け与え、常に民を思うその姿勢や志しに強い衝撃を受けた。
それから常に王の傍に仕え、雑用でも何でもこなす日々。ドグルにとってはとても幸せな日々であった。
しかし何処から来たかも分からない輩が城の周りをうろつけば、その噂は次第に広まりを見せていく。遂には噂による噂が、何処ぞの輩が身分の低かった事を嗅ぎつけた。
権力争いの激しい貴族の闘争場に、下民と見下した相手が国王の傍に仕える。その行為が身分の高い者達にとってどれだけ面白くない事か。反感を買うのは言わずとも当然だった。
それがどれだけ国王として生きる者への重みとなることか。
若き身でありながら重々承知していたが故に、国王に内密で人気の無い夜分に抜け出した。
「お主が居なくなってもう八年は経ったか…本当に…大きくなったな、ドグルよ。お主が急に姿を消してからというものの、今まで心配しておったのだぞ」
「…命を救っていただいた身でありながらのご無礼…誠に申し分がありません…」
「よい、お主に悪気のなかった事は承知している。それよりも謝らなければならないのはワシの方じゃ…すまなかったな、ドグルよ。辛い思いをさせてしもうた」
「…ッ!? お、お止め下さい! 一国の王である貴方が低俗である私などに頭を下げるなど…ッ!」
この国の王が身分の低い者に頭を下げるなど、あってはならない事態。もしも他人の目に触れたら一大事となってしまう。
慌てて周囲を見回すも、幸い二人を除く他は誰もいない。
「しかし…これではワシの気持ちが収まらぬ!」
頭を上げてもらおうにも頑なに拒否られてしまう。
久しぶりの感動の再会から一転、今度は頭を下げられるとは思いもよらない展開だ。
「ゆ…許します、許しますから頭を上げてください!」
「ダメだ! そんな生半端な気持ちではない!」
許すといっているにも関わらずなんて頑固な国王だ。此方がいいといっているのだから素直に受け取ってくれないか。
「で、ではこの件については後程…一つ私の願いを聞き入れて頂けるという事ではどうでしょうか」
「…それならば…」
条件付きという事で納得してもらえたようだ。とはいえその場凌ぎに口走ってしまった…後日にでも要件を考えておこう。
ほっと胸を撫で下ろしていると、パタンと扉のしまる音が聞こえて振り返る。今は扉が閉じてはいるが、今の音は確かに扉のしまる音だった。
あれ、もしかして騒ぎを聞きつけたメイドが何事かと覗いていた…? もしかして見られたか…?
バクバク心臓の音が高鳴る。一応は王の側近であるし下手な言動は控えるとは思うが。
「それはそうと、私を呼んだ本当の理由をそろそろ述べてはいただけないかと。身を潜めて暮らしていた私を探して呼び寄せたのには、何かもう一つ大きな理由があるのでしょう」
「うむ、そうじゃな…本題に移るとしよう。実は折り入って話があるのだが…ドグルよ、命ではなく願いとして聞いてほしい。ワシの正式な跡取りとなってはくれまいか」
「なっ! …私に血縁を結べと!?」
「うむ、覚えておるか。小さき頃から時折遊んでいた彼女の事を」
王の傍に一年程仕えていた時期だとすれば、大よそ九年前からか。覚えているとも…可憐な姿が可愛らしく、同い年でありながら涙を見せぬ優しいお方だった。実を言えば願わぬ最初で最後の初恋の相手でもあったな。
しかし何故そんな事を今この場で…いや待て、その彼女の事を口に出したということは…。
「ま、まさか…ニーナ様を!?」
グレニードはコクリと頷く。
「その通りじゃ」
「ま、待ってください! あまりに突然過ぎます! 跡取りを継がせようという気持ちは分かります…ですがニーナ様には私よりも相応しい御方が居るのではないでしょうか!!」
「居らんよ、ドグル以上に良き男など」
「買いかぶり過ぎです! 私は国王様に一目置かれるほどに優れた才は持ち合わせておりません! それに財もなければ身分も違う!!」
「買いかぶりではない、心からお主が適任だと思っておる。それになドグルよ、ワシは才能だの財力だの、身分が違うなどと下らぬ理由で諦めると思うか?」
身分の高い者であればもっとも優先すべき事を下らないなどと、そう吐き捨てられるのは王たる器による所以か。
何年の時が経とうとも人の意識は変わらないという事か。私も、そして国王様も。
反対されるのが分かっていて、あえて命令ではなく願いとして申し出たのは、国王としてではなくイグニード個人としての頼み。そしてドグルとしての本当の気持ちを素直に答えて欲しいと。
考えずとも初めから分かっていた事だ。反対したところで王の意思は揺るがない。
「それにドグルよ、これはワシからの願いでもあるが、ニーナの願いでもあるんじゃ」
「ニーナ…様が…?」
グレニードが手を叩き、扉の向こうに向けてニーナを呼んだ。
すると扉が開き、昔と変わらぬ赤と白のドレスを着こなしたニーナがグレニードの傍まで近寄る。
ドグルの視線に気がついたニーナは少し恥ずかしそうに頬を赤らめて下を向く。
「ニーナはな、昔からお主の事を好いておったんじゃよ」
「そ、そんなまさか…」
ニーナに顔を向ける。すると視線が合って恥かしそうにそっぷを向く。その姿勢のまま、もじもじと人差し指と人差し指を合わせながら喋った。
「本当で…ございます…ドグル…様…」
恥ずかしさで潤んだ瞳が向けられ、その健気さに胸が締め付けられる。
率先して一国の王に娘を妻にと進められ、さらには昔の想い人であった彼女に好意を抱かれているとは。
これ程感極まる事はこの先あるのか。いや、無い…これ以上の喜びはない。
「……申し訳ありません。少しばかりお時間をいただけますか」
「よい、まだ時間はある。気持ちが落ち着き次第また来るがよい」
その言葉を最後に王室を出る。城内を出るまで気持ちは晴れず、好奇心などは行方知れず。
周りの視線には気にも留めない、自慢の話は聞こえやしない。無言で歩む中、細い路地裏へと入り壁に背もたれを掛ける。
謙虚な気持ちが問題を後回しにしたといえば、それは本音でありながらも嘘になる。
グレニードが、ニーナがどれだけ善良であるかは知っている。問題が生じれば間違いなく力となってくれるだろう。
「すまない…国王様…ニーナ様…。私は次期国王の座を告げる程、ニーナ様を愛してやれる程の大層な男ではない…」
グレニードの気持ちを、ニーナの思いを踏みにじるつもりはない。勿論己に対しての思いも偽るつもりは毛頭ない。
それでも全ての結果を踏まえても、首を縦に触れない。それが分かっていながら、未練がましくも微かな可能性を求めて逃げ出してしまった。
「この手はもう…血で汚れきってしまっているのにな…」
呟いて瞳を細める。これまで過ごしてきた八年間を思い出したせいか、気分が悪くなってきた。
「……そういえば、丁度近くに行きつけの飲み屋があったな…こういう嫌な気分の時は、一杯飲んで気持ちを切り替えるとしよう」




