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融合 前編

 オリュンポス山脈の南に開けるゼルビット地方。そのさらに南端部に巨大半島がある。

 その地の殆どを魔の森が占めていた。

 人々は恐れと畏怖を込め、白紙委任の森と呼んでいる。


 申し遅れました。ワタシはその地そのものである触手の王と呼ばれる存在なのです。



 そして、この魔王城……もとい、神殿こそがワが身を神格化させる――。

「ね、寝坊いたしましたですよぅ! 申し訳ございませんですよぅ!」

 シャミィが扉を勢いよく開けて現れた。ピンクの水玉模様のパジャマ姿だ。

 話の腰を折ること甚だしい!


 いつもは綺麗な金の頭髪だが、寝癖が酷い。右頬に筋が一本。どんな寝癖なんだ?


「シャミィ君おはよう。いつもより一時間早いけどどうした?」

「はっ?」

 その時、壁に掛けたゼンマイ式鳩時計が朝五時を告げた。

「ま、間違えたですよぉー!」

 シャミィの労働時間は朝六時から夜の十時までだ。どうやら時間を間違えたらしい。


「まあいいから、とりあえず着替えて、枕も元に戻して、顔洗ってから食事にしたまえ」

 シャミィは、枕を小脇に抱えたまま、顔を真っ赤に染め上げ自室へと逃げ込んだ。




「いただきますですよ」

 シャミィの朝食はボリューム感に欠けている。サラダと果物、チーズにパン、そして水。


 エルフである彼女は肉類を一切とらない。牛やヤギの乳も飲まない。チーズやヨーグルトは別物らしい。そこんところ突っ込んで論破してみたいものだが、貴重なタンパク源摂取の機会を壊すのもなんだし、黙っておく事にしている。


 彼女の最近のマイブームは、サラダに軽く塩をかけて食す事。

 いつもの様に塩をパラパラとふりかけている。


 シャミィはその塩が入ったクリスタルの入れ物をじっと見つめている。 

「そういえば、いつも使っているこのお塩、真っ白ですよね?」


 うむ、毎日食べているくせに今頃気づいたか。

 つーか、この世界に無いガラス容器にも関心を示せよな。


「そして、まろやかなお味ですよぅ!」

 それは不純物がないという事。


 そう、この世界の文明レベルで、混じりけの無い真っ白な塩を作る事は非常に手間がかかる高価な一品。王侯貴族でない限り目にする事は叶わない。


「うむ、よくぞ気がついた。それはイオン交換膜式製塩法で作られたものだ。白紙委任の森の東は、一部が海に接している。そこに触手を突っ込んで海水をくみ上げ、触手の特殊皮膜を改良したイオン交換膜で仕切られた海水に電荷でアレする事により、高濃度の塩水を生成。強靱な触手内部で加熱。触手ごと海水に漬けて冷却すれば気圧が下がって――」

「ごちそうさまでした。お布団乾してくるですよぅ」

 真っ白なシーツを手にしてパタパタと駆けていく。


 うむ、シャミィは理科系でない、という事がはっきりした。


 うーん、調子乗って塩を三万トソ作っちまったんだが……販売ルートがない限り宝の持ち腐りだな。……塩は腐らないけど。


 綿のシーツに綿入りの布団上下。シャミィの寝具一式だって綿で揃えてるのに!


 効率的な綿畑運営と、木綿の大量紡績技術を開発したのだが、これも売り先がない。てか、販売ルートが無い故、内政チート路線未消化である。


「警戒警報発令。白紙委任の森、北西分に大量の人間集結中。進入を図る気配あり」

「きゃー!」

 がっしゃんばりりん!


 台所から陶磁器の砕け散る音が聞こえてきた。

 またシャミィである。

 そろそろ焼き物の器が底をつく頃ではではなかろうか? 金属製導入を真剣に考えねばならない時期が来たのであろうか?


 廊下に飾ってある壺だとか、大理石製の彫像品なんかはすでに全滅している。お陰で玄関ポーチは閑散としていた。飾りっ気が無くて寂しいものである。


 

 話し戻して……。


 森中に張り巡らしてある超感覚組織体が、嵐の前兆を掴んだ。

 ちなみに超感覚組織体とは、ワタシの皮膚や目といった五感に代わる体組織です。


 もっかい話し戻して、あの場所は昔、コア帝国の都があった土地。今は古都と呼ばれている無法地帯。

 ワタシの浸食に耐えきれず、都は北方へ遷都いたしました。


 上空よりワタシの全景を見下ろすと、三本角のカブトムシが身を捩っている風に見えると思います。

 北に延びた三本角が浸食の先端部。この角が年々少しずつ北方向へ伸び、土地が隆起し、魔の山と森を成して人間の世界を浸食しているのです。


 角部分の長さは、真ん中で全長約百キロメットル。右の角は約百三十キロメットルの長さがあります。

 三本角の真ん中と右角に挟まれた高台の土地が今回、問題となっている場所です


 三方向を触手の森に囲われ、言わば逃げ道の無い袋小路。面積二千平方キロメットルほどの盆地と思っていただければ、イメージ的に間違いは無いでしょう。


 その袋小路の底部分に異常が発生した。

 どうやらそこに人間の集団が現れた、もしくは集結している。そんな具合の様です。

 巨大な体とそれに見合うパワーを誇り、白紙委任の森の中では魔王すら凌ぐ力を誇るワタシですが、テリトリー以外の土地ではほぼ無力。


 情報収集すらままなりません。なんとかしたいと八方手を尽くしているのですが、いまだ手応えを感じられません。


 ですが、ここなら二つの角から出す感応派の干渉により、およその動きが掴めます。

 毎日少しずつ頭数が増えているようです。武装しているかどうか解りません。

 もう少し詳しく知りたい所です。


 こんな場合、私の代理の者を向かわせるのですが、機動力に難のあるスライム向きではありません。

 ここは一つ、ワが森の住人にして一番の機動力を誇る魔獣に、詳しい探査を命じましょう。


 えーと……Aクラス魔獣のガルム犬。君に決めた!


 頭のてっぺんまで三メットルの巨躯を誇る狼が風の様に走る。茶色い毛並みから茶色い閃光とご近所の魔獣の方々から呼ばれているのも伊達じゃない!

 あっという間に集団に接近して、周囲を三周して帰って来た。

 よーしよしよし! さあ報告したまえ。


 ……人間がたくさん……。


 よしっ! ご苦労! 帰って良し!


 尻尾を振り振り、元気に走り去るガルム犬である。

 キサマは、もう二度と使わぬっ!


 さて次は誰を使おうか? ……そこでハタと気づいた。


 コボルドに数の概念無いし、ゴブリンは3つまでしか数えられなし、ホブゴブリンは5つ以上の数字は全部「沢山」だし……。


 くそー、人材が決定的に不足しているッ!

 ワが分身であるスライムを向かわせるしかあるまい!


 問題地点の近辺で一本の触手がその身を震わす。

 ポワンと音を立て、全長一メットルのスライムが躍り出た。

 半透明の青いジェル状。内部にはチャームポイントの、縦に歪んだ空気の泡が二つ。

 さすが、白紙委任の森一番人気を誇るキャラである。実に愛らしい。

 さて、意識の一部をこのスライムに委譲させて……。



 スライムであるオレは、スライムにあるまじき速度で走った。足無いけど。

 スライムになることにより、機動力が増し、森の外へと出ることが、限定的であるが可能となる。


 行動範囲を狭める理由は2つある。


 1つ目は、その性質上、体を長時間日光に曝すことができない事。対処方法はいくらでもあるが、人間からロマンを奪ってはいけない。


 2つ目は、仮にもスライムである以上、戦闘力を持った人間に遭遇するとやられ役を演じなければならないという事。人間からロマンを奪ってはいけないのだ!


 特に2番目の規制が辛い。この世界におけるスライムの死亡原因の九割九分は、この規制によるものだ。  


 そんな理由で、人間に見つからぬよう、なるべく気配を消しつつ、森を出て平野部をカサカサコソコソ移動する。


 ボディの前面に葉っぱのついた枝を二本掲げ、それに隠れるようにして移動する。どこからどう見ても完全な草むらの擬態である。


 腐っても元都。あちらこちらに巨大建造物の遺跡が転がっている。……ってことは腐ってるのか。まあいか。

 探っていてこの集団の異様さに気づいた。


 ざっと三百人はいる。

 女と子供、そして老人ばかりの集団で三百人だ。


 若い男がいるにはいるが、僅かばかり。武装しているのと馬を引いている者の二種類だ。

 みんな生活用具を持っているが、なんの集団だ? 戦争難民か? 近所で戦争なんかあったっけ?


 奇妙な集団だ。


 鍋底部分周辺をくまなく調査していった結果、集団の先端部を見つけた。

 何をやってるのか? 年を取った男が五名。若い女が一名。なにやらごそごそやっている。


 何とか視認したい。もう少し近づいてもバレないはずだ。


 ここまで来ればはっきり見える。

 彼らは、幾ばくかの食べ物とお金、そして生活用品を穴に埋めているのだ。

 これは人間の間ではやっている、白紙委任の森へ足を踏み入れるための儀式。


 なんだこいつら? 大人数で森へ入るってか?

 本格的な侵攻か?


 それにしては装備がユルイ。

 刃物は持っているが、藪切り用みたいだし、防具らしい防具は身に着けていない。

 ちょいとばかり危険な地へ赴く一般人。そんな印象を受けた。


 そうこうしている内に、儀式は終了した。

 各々が立ち上がり、談話が始まる。声が聞こえる距離である。


 かなり接近しているが、完全なステルス状態へ移行している。見つかるはずがない!

 のだが、目が合った。


 若い女だ。なかなか野手溢れる美人さんである。

 その美人さんが近づいてきた。

 素早く手が動く。


「あっ!」

 偽装である二本の枝をオレから取り上げた。


「あ、じゃないです。カムイ様じゃないですか!」

 その女、左目をアイパッチで覆っている。


「え? ひょっとしてジレル君?」


 まさに十年ぶりの再会であった。 



次話「融合 後編」に続く。


土日はお休みいたします。

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