融合 後編
「え? ジレル君?」
「お久しぶりでございます」
ジレルが跪く。右手を左胸に当て頭を垂れた。これが噂の隷属の構えか?
「あの時、我が命と我が一族の誇りをお救い下されたご恩は片時とも忘れた事はございませぬ」
カムイ様ですと! って言葉が後ろの有象無象から聞こえる。男達がジレルに習い、隷属のポーズをとった。
「カムイ様におかれましては、お変わりのないご様子。恐悦至極に存じます」
前から判っていたが、ジレル君は見所のあるヤツ。ここまで媚び諂われて悪い気がする生物がいようか、いやいまい!
「うむ、くるしゅうない、面を上げい!」
ジレルは顔を上げた。
右目は黒い瞳。左目は黒いアイパッチ。すっと通った鼻筋。ほっそりとした顎。
清楚な美人っていうの? 黒髪に白い肌がよく映える。
なんにしても十年か……十年ひと昔というが、人間の成長は……いや、ジレル君の成長は早いな。
あの時は十才だったっけ? 今じゃ花も恥じらう二十才。行き遅れか否かのボーダーライン上じゃないか。
背も伸びてるし、出るとこ出てるし、引き締まってる所引き締まってるし、張ってる所張ってるし、……いやー……。
最も優れている所は、あれだよ、ミニスカートだな。脚絆がハイソックスみたいでさ。手甲が長手袋みたいでさ。二の腕出してるし、太股出してるし……。
合格!
「ちなみにカムイ様、これは一体何でございますか?」
ジレルは手に擬装用の枝を持っている。
「枝の間からお体が丸見えでしたよ」
え? 丸見え? え? スネーク?
「遠くから見えてました。近づくために動かれたので、より鮮明に見えておりましたが、なにか深い意味でもあるのでしょうか?」
くっ! やるなジレル。ここまでオレの退路を断つとは。恐るべし天然真面目人間!
「もしよろしければ、ふがいない我らゼフ一族にご教授お願いいたします」
いや、 ちょっと困った。まさか人間様嘗めてたとか言えないし。
「こ、これジレル。カムイ様には我らに秘匿しておかねばならぬ深いお考えがおありなのだ。そこは察せねばならぬぞ!」
禿げ茶瓶で白い顎髭を生やしたの爺さんがジレルの行き過ぎた行為をたしなめる。さすが亀の甲より年の功。べっ甲は取れるがオシメは取れぬ!
よし、この勢いで話題をすり替えるぞ!
「こほん、こほん! 久しぶりだなジレル。左目の調子はどうだ? 耳は正常か?」
ジレルが左目に装着された眼帯を触る。
噂には聞いているが、彼女の左目は機能している。それも特殊能力を得て。
「無くした視力は再び手に入れる事が叶いました」
にっこりと笑うジレル。その笑顔は美しい作り笑い。彼女の生きた年月が、彼女にその武装を教えたのだろう。十年ひと昔か……。
ジレルは、左目の眼帯を外した。左目は閉じられたまま。
ゆっくりと目を開けた。
深紅の瞳がオレを見つめている。
「カムイ様よりいただいたこの目。人より十倍の遠くを見る事ができ、夜でも昼がごとく。また、曲者が隠れていても、体温を見る事ができます」
ぬ! なんと! 人間の体で部位進化したか! 危ねぇ薬だ。よく生きていたな。
「あまりにも高性能なので、普段使いしますと目眩に襲われます故、この様にして……」
ジレルは黒いアイパッチを装着して左目を隠す。
「通常は隠しております。長年の経験による対処法でございます」
いわゆる生活の知恵ですな!
「で? 何しに来た? チミ達見てると、どうも恩返しに来た様に見えないんだけど?」「うぐっ!」
ジレルが作り笑顔のまま言葉を詰まらせた。大人達も渋い顔をして俯いている。
「カムイ様」
突然、白髭禿げ茶瓶の爺様が、額を地面にくっつけた。
「ご無礼を承知で申し上げます。我らがこの地に住まいします事をお許しください!」
この地に? 住まいする?
オレの本体に浸食されて滅びるのを待つだけの古都にか?
魔物の森の王たるカムイが? 魔族の中の魔族であるオレの領土に人族を住まわすって? 無礼にも程があるんじゃない?
ちょっと頭に来ちゃいましたね!
魔窟の魔王、アンラ・マンユとこのオレ山地の触手、カムイをツートップに、深海の超獣さん、毒竜さん、青い犬さんが順不同で並ぶ。
六つの魔族、人間の言うところの魔獣を総して六つの災害魔獣もしくは六大マップ兵器と呼ばれている。
以下、地味な活動を続ける雷獣さん。最近売り出し中の不滅の巨神君、白面鬼という将来有望な若手が続く。
異世界の魔族、イナゴの王ミカドーンや、破壊神メラシーナと比べ何ら遜色ない人材……もとい、魔材揃いである。
紳士を地でいく魔族と、野蛮で未開の人間を並べちゃっていいの? 魔王さんと互角の戦闘能力を誇るカムイさんと並べて良いの? って話ですよ!
「すんません、何言ってるかちょっとわかんないっすね!」
オレは乾燥ナス科多年草を燻らせるポーズを取って、不満をアピールする。
突き放された言葉に、ジレルが反応した。作り笑顔を親しい物に作り直した。
「一度だけなら遊びに来ても良いと――」
「トンチは聞かない」
ジレルは、返す事ができず黙り込んだ。ずいぶんとスレた大人になっちゃったね?
人と馴れ合うつもりは無い。
今の人類はバカだ。放っておくと、自らを含むこの世界を破滅へと導いてしまう。
同種同士の戦いはダメなんだと理性で理解できる高見にまで登るまで、主導権は渡せない。
言っておくが……言っちゃダメだが、この世界の支配階級は魔族である。人類はその繁栄を魔族忘年会……もとい、魔族定例評議会によりコントロールされているのだ。
「お怒りごもっとも。なれど、ここはどうか、この皺首一つに免じて、どうか、どうか」
お願いしつつ、その爺さんは腰から刀を抜き取り自らの頸動脈に『プスリ』刃を当てた。
クラゲを模倣した、目に見えぬ細い触手を発射。刀より先に、爺さんの頸動脈へ毒針を打ち込んだ。
ぼとりと倒れ込む爺さん。自殺はできなかったな、ハッハッハッ!。
「頭目様!」
ジレルが爺様の体を受け止めた。
「おいおいおい、主要キャラが死ねば感動を与えられるとか勘違いしてないだろうね? オレは逆に白けるタイプなんだ。ジレル君!」
「はい」
ジレルはお小言をもらう前の小犬みたいに項垂れている。素直な所が僅かに残っているようだな。昔のジレルにあったみたいで、ちょっと嬉しかった。
「チミとオレの浅からぬ関係だ。なんでここへ来たのかだけ聞いておこうか」
触手を組んでジレル達を睨み付ける。
目に見えないほどの細い触手だし、目もただの泡だしで、こっぽっちも威圧感無いが、ジレルの怯え具合は伝わってきたから結果オーライ!
「ゼフ一族は、……我々は住む所を無くしてしまいました」
ジレルは、訥々(とつとつ)と身の上話を語り出した。
「根無し草のゼフ一族は、行商や請負運送などで生活の糧を得ております……」
ジレルが話しに詰まったり、横道に逸れそうになると、幹部達が修正する。よって話は大変分かりやすいものとなった。
その話とは――。
十年前、ゼフ一族は、とある裏切りに合い、半島西岸部への足がかりを無くしてしまった。
よって半島東岸部へ拠点を移す事となった。
東岸部では、異国の海賊共に荒らされる事件が多発していた。
独自の情報網を持つゼフ一族は、そのネットワークを利用して海岸部の村々防衛の危険な仕事に就いていた。
それは、ジレルの活躍に負う所が大きい。
彼女らの努力の甲斐あって、ゼフ一族は海賊共より天敵とまで言われる様になった。
そこに目を付けたのが、東海岸一帯を領土とするオトリッチ王国だ。
ゼフ一族を臨時雇いする話になった。
その話を受け入れたゼフ一族は、大張り切りで海賊対策へ乗り出した。この辺りから、ゼフ一族が武力介入することになる。
ところがタイミング悪く、その頃より海賊が強くなり出した。船が大型化した。複数のマストを持つ大型船になった。それに呼応し、ジレルとゼフ一族はますます右翼化していった。
それに対抗すべく、海賊共は艦隊を組む様になった。様相はパワーゲーム。インフレスパイラルへと突入していった。
肥えていくのは王国に雇われたゼフ一族と海賊達。疲弊していくのはオトリッチ王国。
そこを突いたのが海賊の上層部。連中は艦隊の力を背景に、オトリッチ王国へ政治的圧力を掛けた。
正式な海賊の使者が、正式にオトリッチ王国へ、正式な交渉を申し込んだ。
ゼフ一族の排除と引き替えに、海賊行為の「段階的撤退」という旨の、馬鹿げた内容だった。
国土が疲弊しまくっていたオトリッチ王国は、その提案に飛びついてしまった。
お馬鹿である。実に近視的物の見方、考え方をする指導者達。
結果、ゼフ一族はオトリッチ王国より排除された。
よって、せっかく根を張りだした土地を追われる事となり、今日に至るという訳だ。
ジレルの長い話が終わろうとしていた。
「……そして大方の予想通り、海賊共は条約を守りませんでした。戦力を大幅に落としたオトリッチ王国は、組織だった海賊艦隊に良い様に荒らされ続けております。我らもオトリッチ王国を見限りました。と言えば聞こえは良いのですが、いる場所が無くなってしまったというのがその実体です」
ジレルの長い話は終わった。
なるほど。やっぱ、人間はまだまだ魔族の保護観察が必要だ。そういう幼い種族なのだ。
オレは本体と、ある事柄についての確認と相談を行った。
本体から返って来た答えはオレが予想した通りのものだった。
「一つ聞きたい。ゼフ一族は、もともと行商と運送業で生計を立てていたのだな?」
「はい、その通りです。今でもその二つが主な収入源です。それが何か?」
ジレルが疑問を挟んだ。だけど、オレに即答する義務は無い。
だが、一番大事な確認は取れた。
「いいだろう。一時的で良ければ受け入れてやろう。いいか? 一時的な避難処置だぞ。オレは人間を殺す事を厭わない。森に住む魔物をいつまでも押さえつけておく事もできない」
ジレルを始め、その場にいた者共は額を地面にこすりつけた。
「かまいません! よろしくお願いいたします!」
刹那的というか、後が無いので追い詰められたというか……。存分に足下をすくってやろう。なにせオレは悪名高き魔族なんだからな。いっひっひ!
「いだろう。付いてこい。あ、馬はダメだぞ。馬関係の仕事に従事してるものはここにいろ。ここなら安全だ。魔獣に襲われる事は無い」
オレが先頭に立って、白紙委任の森へと入っていった。
「この辺で良いだろう」
蛇行しまくった谷間の道を踏破した三百人のゼフ一族が、腰を下ろして一休みしている。
女子供と老人だけで構成された三百人の集団だが、一人の脱落者もいない。なんつー脚力だ。
目的地は白紙委任の森では珍しい草原大地。ちょっとした盆地になっているここは、三百人どころか万人規模で生活ができる。
「さて、白紙委任の森の王たるカムイの名で、チミ達に取引の話しがあると伝えよう」
ジレルと、ゼフの幹部達は、なにごとかと居住まいを正した。眠りから覚めた頭目も加わっている。
「お前達、ここだ!」
オレは森に向かって手を振った。
木々の間から出てきたのは直立した犬。テディベアカットのコボルトが二匹。手に荷物を持っている。
「ジレル、これを見たまえ」
コボルトが手にした品をゼフ一族に披露する。
「こ、これは!」「なんと!」「どうやってこれを!」
ゼフの者達が口々に驚きの声を上げる。
彼らが見たのは、真っ白な塩と、色とりどりに染め上げた木綿の糸。
「白紙委任の森名産「まったり旨塩」と「高地特級木綿」だ。手にとるがいい。品定めをすることを許す」
何本もの腕が二つの品に伸びた。
「すごい! この塩、真っ白だぞ。それにこの味、えぐみが無い上、まろやかで甘みさえ感じる!」
「この木綿の品質は! 最高級とされるオリンポス綿が雑巾に見えるぞ!」
口々に名産品を褒め称えている。ふふふ、もっと褒めてくれ!
オレはさらに増長した。
「ならばこれを見よ! これも綿糸だぞ!」
オレが取り出したのは、光沢を持った綿糸だ。
「こ、これは絹では?」
ゼフの人が間違うのも仕方なかろう。絹と見まごうばかりの光沢を持つ綿糸。滑り感すらある。
「私はゼフ一族の中で生地を専門に取り扱っている者共の長をやっておりますが、この様な綿糸を目にしたのは初めてです!」
光沢を持った綿糸。
仕組みは簡単だ。
綿糸には毛羽が沢山生えている。その毛羽が綿糸独特の柔らかい風合いを出している。綿糸の特徴と言えよう。
だが、それは木綿にもっさり感を与えている。
ところがだ。強アルカリの液に糸をくぐらせ、毛羽を取り払うと、絹の様な光沢が現れる。
私はこれをシルクケトル加工糸と呼んでいる。
強アルカリの液自体、放っといてもオレの触手から滲み出る。かの有名な、女の子の服だけ溶かすステキ液のことだ。
よって、原料費ゼロだ。加工方法も液にくぐらせるだけで、わりと簡単なもの。
要はそこに気づくか否か。オレは気づいた。それだけのこと。
「チミ達、これを売り歩いてみたいと思わないか?」
オレの提案に、みんなが「え?」って顔をして、こっちを見てる。
これらの商品は、努力をしなくても勝手に売れるだろう。そして、現在ある商品を市場から駆逐する力を持っている。
だれだって売ってみたいだろう。オレだってそうだ。
「ビジネスの話をしよう」
ザシュって足音を立て、皆が一斉に体をこっちに向けた。
「塩はオレが作るが、綿の方はゼフの者共が作れ、作り方は教えてやる。資材も提供しよう。お前達のルートで売り歩け。どうだ? 良い話だろ?」
「……引き替えに我らが差し出すのはなんでしょうか?」
上目遣いで頭目が訪ねてきた。そりゃそうだろう。こんな良い話、ただで聞けるわけがない。
「なーに、チミ達から世間の噂話を聞きたいだけだよ」
オレは軽く応えた。
「……なるほど。よくわかりました。我らはカムイ様の目と耳になって、人間界のありとあらゆる情報を持ち帰ればよろしいのですな? この話、謹んでお受けいたします」
うん。なかなか頭良いぞ。さっき毒針と間違えて麻酔針打っておいてよかった。……ホントよかった。
「なら、契約は成立だ。チミ達はこの森のこの盆地で暮らすことを許す」
ゼフ一族より、飛び上がらんばかりの歓喜の声が上がる。ジレルに至ってはオレ様に飛びついて柔らかいほっぺたを擦りつけてくる始末。コイツのほっぺた、スライムのジェルボディより柔らかいのな。
「馴れ馴れしくくっつくな!」
オレは触手を動員してジレルを引きはがす。
その夜、三々五々野営の準備を始めたゼフの者共。
あちらこちらで火が起こされ、お祭り状態で騒いでいる。
オレは長老階級に者共に歓待を受けうつつ、ジレルのほっぺたを伸ばしたり縮めたりして遊んでいる。
空には、丸い月が浮かんでいた。
十年前のあの夜の様な月だ。
「十年前のあの夜のようですね」
ジレルがそんなことを呟いた。
「さて、オレはこの辺で下がらせてもらう」
まだよろしいのにと、長老達が引き留めてくる。
「チミ達は明日より忙しくなる身だろう? 明日からの仕事は村の建設だけではないぞ」
何が残されているのかと、ものを尋ねる顔だ。
「明日早朝より、塩1トソと、綿糸1トソが届けられる。早速捌け。ノルマは追って伝えるが、不履行の場合、首もあり得る。ちなみに塩の繰り越し在庫は3万トソだ。女子供も寝てる暇なんかないぞ。そうそう! 店の名前も考えないとな。行商なんざ、ぶらっと歩いて売りつける商売だから『ぶらつく商会』でどうだ? なに嫌か? じゃ名前は任せるわ」
オレは親切で彼らを懐に抱いたワケではない。ギブアンドテイクだ。よって、数値目標は大切である。
なぜか固まる長老達を尻目に、オレは悠然と踵を返した(踵なんて無いけど)。
少し進んでオレは振り向いた。
ジレルがオレのすぐ後ろにいた。
オレは再び満月を見上げてこう言った。
「十年前より賑やかだな」
ジレルは、ゆっくりとその顔に表情を浮かべていった。
「はい!」
なんだ、ジレル。ちゃんと笑えるんじゃないか。
次話「勇者襲撃 その3」
ジレルという駒を手に入れたカムイは、どう動くか!
お楽しみに!




