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第6話「ヘンゼルとグレーテル作戦」

 

 ――ヘンゼルとグレーテル。

 

 森に捨てられた兄妹が、帰り道を忘れないようパンくずを落としながら進み、やがてお菓子の家へ辿り着く童話。

 まあ、その家には老婆の魔女が住んでいて、散々な目に遭うわけだけど。


 つまり、ババアの言う『ヘンゼルとグレーテル作戦』ってのは、ビスケット硬貨をパンくず代わりにして、自称神様を追跡するってことなんだろう。


 僕がヘンゼルなら、お前はグレーテル役ってことなのか?

 ……いや、ババアなんだから、どう考えても魔女役だろ。


「おや、分かれ道だね」

「あれ? ビスケット硬貨がどっちにも落ちてる」


 妙だ。


 自称神様の身体からビスケット硬貨が零れているなら、道しるべは一本しかできないはずだ。


 まさか、僕たちを撒くためにわざと両方の道を通ったのか?

 ……いや、あいつにそんな頭が回るなら、煙玉を地面に叩きつけたりしないか。


「ここは二手に分かれよう」


 僕は、前々から言ってみたかった台詞を口にした。

 昔見たアニメや漫画で、こういうシチュエーションにワクワクしていた記憶がよみがえる。

 大人になるにつれて、そんな展開もお約束として見るようになってしまったけど。

 それでも、男なら一度くらい言ってみたい台詞ってある。


 ……今は女の子だけど。


「なに言ってるんだい。ここは左一択だよ」


 ババアの一言で、僕のささやかなロマンは粉々に砕け散った。


 というか、なんで左なんだよ。


「坊やもあのチビ助も観察力不足だねぇ。ババアの目は誤魔化せないよ」


 ババアの言葉が気になり、もう一度左右のビスケット硬貨を見比べる。

 ……よく見ると、わずかにデザインが違った。

 左側に落ちているのは、いつもの見慣れたビスケット硬貨。

 けれど、右側のものにも見覚えがある。


「あれ……?」


 思い出した。

 ベイクドタッチを初めてインストールした頃、画面に表示されていたビスケットにそっくりなんだ。

 確か、一度だけアップデートが入って、デザインが一新されたんだっけ。


 ……やっぱり、あの画面に出ていたのもビスケット硬貨だったのか。

 タップすると増殖する理由は、未だによく分からないけど。


「旧デザインのビスケット硬貨ってことか」

「当たりだよ。あのチビ助は時代に取り残されちまってるのさ」


 神様なのにアップデートできてないのか……。


「流行ってのは追いかけないと、あっという間に置いていかれるもんさ。アタシなんて最新モデルのババアだからねぇ」


 最新モデルのババアってなんだよ。

 そもそも、ババアに旧式とか新型とかあるのか?


 その後も何度か分かれ道に遭遇したが、ビスケット硬貨のデザイン差で正解は一目瞭然だった。

 しかも、偽物の方は回を重ねるごとに絵柄が雑になっていく。

 最初はそれっぽく真似していたのに、途中からビスケットっぽい何かになっていた。


 ……絶対、途中で面倒くさくなっただろ、あいつ。


 やがて、こぢんまりとした神社の鳥居に辿り着いた。

 風に乗って、微かに甘い香りが漂ってくる。

 

 ……ここも焼き菓子で作られてるとか言わないよな。

 もしそうなら、ヘンゼルとグレーテルの話そのままだ。

 本当にお菓子の家じゃないか。


 鳥居をくぐった途端、僕は思わず足を止めた。


「……うわぁ」


 境内いっぱいに、焼き菓子の山が築かれていた。


 クッキー、ビスケット、マフィン、パウンドケーキ。

 所狭しと積み上げられている。


 そこはまるで、焼き菓子の宝物庫だった。


「ひ、ひぃ! な、何故、ここが分かったのじゃ!?


 煌びやかな焼き菓子の山とは対照的に、そこにいた神様はすっかり威厳を失っていた。

 クッキーの山の陰に身を隠しながら、尻尾をぶわっと逆立てて震えている。

 

 ……いや、神様ってもっと堂々としてるもんじゃないのか?


 それにしても、この焼き菓子のオリジナルシードを持ち主へ返すのに、どれだけ手間がかかるんだろう。

 僕としては、もうさっさと片付けて帰りたい気分でいっぱいだった。


「さあ、年貢の納め時だよ。盗んだ生地種を作り手に返してやんな」

「ち、違うのじゃ! これは神たるわらわへのお供え物なのじゃ!」


 往生際の悪い神様だ。

 その抗議の最中も、サクッ、サクッと軽快な音が鳴り続けていた。


 ……やっぱり。


 焼き菓子の山の隣には、ビスケット硬貨の小山ができあがっている。

 神様の周囲から、毎秒のようにビスケット硬貨が排出されていた。


 サクットは、まだあいつのお腹の中にいるのだろうか。

 今更だが、追跡する方法としては、あまりにも力技すぎやしないか?


「それより、これをなんとかして欲しいのじゃ! おぬしらのせいなんじゃろ!?」


 神様が、零れ落ちたビスケット硬貨を一枚つまみ上げ、こちらへ突きつけてきた。


「自分でなんとかしな」


 ババアが、情け容赦なく突き放す。

 自分の力でどうにかできるなら、とっくにしているだろう。

 最近、ババアの意地の悪さにますます磨きがかかっている気がする。


「後生なのじゃ……」

「そこにある生地種、全部持ち主に返すってんなら、考えてやってもいいね」

「う、わらわのお菓子……でも……」


 元々なかった威厳が、更に薄れていく。

 そこにいたのは、涙目で焼き菓子の山を見つめる、ただの狐耳少女だった。


 ……ちょっとだけ、可哀想になってきたかもしれない。


「早く決めな。それとも、このまま封印されたいかい?」

「わ、わかったのじゃ! 返すっ、全部返すからっ!! 封印だけは堪忍なのじゃー!!!」


 神様は、なりふり構わずババアに懇願した。


 ……昔、封印された時も、こんな感じだったんだろうか。


「……サクット」


 ババアが静かにその名を呼ぶと、どこからともなくサクットが現れ、ビスケット硬貨の排出がぴたりと止まった。


「ふっふっふ、やったのじゃ。これでわらわは自由の身じゃー」


 先ほどまでの情けない姿はどこへやら……すっかり元気を取り戻した焼き菓子の神様は、腰に手を当てて尊大なポーズを取っている。


 ……いや、カッコつけたって、もう遅いだろ。


「サクット」


 再びババアがその名を呼んだ瞬間、サクットの身体がみるみるうちに巨大化していく。

 大口を開けたサクットは、そのまま神様を丸呑みにしようとしていた。


 なにやってんだ、こいつ!


「サクット!」


 だが、ババアの一声でサクットはぴたりと動きを止めた。


 ……君、本当はババアのペットなんじゃないのか?


 一方、神様はその場にへたり込み、ガクガクと震えている。

 リアクションだけは、一級品だった。


「ひぃぃ……! やっぱり封印する気満々ではないか……」

「言うことを聞かない子には、お仕置きが必要だからねぇ」

「いやじゃー! 暗くて狭くて何十年も誰とも話せぬ場所など、もう二度とごめんなのじゃ!」


 ……何十年?

 思ったより重たい話が出てきたぞ。


「だったら、盗んだもんを返しな」


 神様は、山積みになった焼き菓子を名残惜しそうに見つめる。


「……全部、返したら」

「ん?」

「全部返したら、またあのお菓子を食べさせてくれるのじゃ?」


 呆れてしまった。

 ただの食い意地のはった子供じゃないか。


「そいつは、坊や次第さ」


 散々、引っ掻き回しておいて、肝心なところは僕に丸投げする。

 ババアの悪い癖だ。


「……なんでこんなバカなことをしたんだ?」


 僕は率直に疑問をぶつけた。


 お菓子を食べたいだけなら、オリジナルシードを盗む必要がない。

 むしろ、量産できなくなって、食べられる量が減ってしまう。


「……」


 おい、はぐらかすなよ?


「……知らなかったのじゃ」

「は?」

「今の焼き菓子職人たちが、菓子を増やして作っておるなど、わらわは知らなかったのじゃ」

「……昔は違ったのか?」

「昔の職人は、一つ一つ手作りしておった。故に、味のばらつきなど当たり前の一期一会。じゃが、それがわらわにとっての甘美でもあった」


 俯いた神様が言葉を紡ぐたび、狐耳がしょんぼりと垂れていく。


「……封印から目覚めたら、何もかも変わっておったのじゃ」


 神様は焼き菓子の山へ視線を向ける。


「見たこともない菓子、知らぬ作り方、見慣れぬ道具……。なのに、どれもこれも美味そうで、気付けば集めてしまっておったのじゃ」


 思っていた以上に、しょうもない理由だった。


「それに……」


 狐耳がさらにしゅんと垂れる。


「封印されておる間、誰も供物を持ってきてくれなかったのじゃ」


 悪神に嬉々として供えようとする人なんて、いないだろ。

 せいぜい、祟りを恐れた人が捧げるくらいで。


「神社もボロボロ。目覚めても、誰もわらわのことなど覚えておらぬ。じゃから、好きなだけ焼き菓子を集めても、罰は当たらぬと思ったのじゃ」


 ……ただの寂しがり屋じゃないか。


 気持ちは分からなくもない。

 けれど、時代遅れの考え方は淘汰されていく。

 現実世界でも、きっと、この世界でも。


「決めるのは、坊やだよ」


 やはり、肝心な場面で僕に選択権を委ねてくる。

 ババアが何を考えているか、正直よくわからない。


 問答無用で封印するくらい、ババアなら朝飯前なのだろう。

 でも、僕はオリスだ。

 ババアじゃない。

 封印するにしたって、おやつの時間くらいまでかかるだろう。


 だから、僕は――


「いいよ。また、あのお菓子を作ってあげる」

「ほ、本当か!?」

「うん。ただし、二度とこんなことしないって、約束して」

「約束するのじゃ!」


 ババアとは、違う道を行く。

 僕が答えを出すと、ババアは満足そうに口元を歪めた。


「いい答えだ。及第点をくれてやってもいいねぇ」


 ババアに褒められると、なんだかむず痒い。

 できれば、もう少し素直に褒めてほしいものだ。


「でもね……」


 ババアは何故かサクットに目配せをする。


 ……おい。

 嫌な予感しかしないんだけど?


「アタシの弟子を傷付けた落とし前は、きっちりつけてもらうよ!」

「うぎゃーっ! なにをするのじゃあ!!」


 サクットが大口を開き、神様だけでなく境内ごと丸呑みにした。


 なにやってんだよぉぉぉぉおおお!!!


「安心しな。盗んだ生地種を全部返して、持ち主に謝ったら出してやるさ」

「横暴じゃー! これでは封印と変わらぬではないか!」


 ……せっかく、ちょっといい話で終われそうだったのに。

 全部、ババアが台無しにしてしまった。


「おお! あの菓子がこんなところでたくさん作られておる!」


 そういえば、第三のスコーンはサクットが量産してたんだっけ。

 サクットの口の中って、一体どうなっているんだ。


「やはり、うまいのじゃー」


 吞気に食べてる……。


 サクットの中から聞こえてくる幸せそうな声に、僕はすっかり毒気を抜かれていた。


「ところで、このうまい菓子の名は何というのじゃ?」

「第三のスコーンだけど」

「ス、スコーンじゃと!?」


 神様の悲鳴が響く。


「こ、これが……スコーン……?」


 しばらく声が聞こえなかった。


「わ、わらわの知っておるスコーンは、もっとこう……ぽそぽそしておって……紅茶と共に食す高貴な菓子じゃったのに……」


 いや、それはそれで正しいと思う。


「時の流れとは、残酷なものじゃな……」


 勝手に落ち込んでいるけど、僕だって、これをスコーンと言い張っていいのか、正直よく分からない。


 それでも、僕が初めて作ったオリジナルシードだ。

 少しくらい愛着が湧くのも、仕方ないのかもしれない。


 焼き菓子の神様が美味しそうに食べる声をBGMにしながら、僕たちは広場へと戻るのだった。

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