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第5話「焼き菓子の神様」

 

「アンタんとこの会社で、こいつの試食会を開いてもらいたい」

「これは一体なんですの?」

「まだ誰も食べたことのない、坊やの作った第三のスコーンさ。アタシは一足先に味見したけどね」

「まあ……! 流石は伝説の焼き菓子職人様ですわ!」


 事情を知ったアヤレーヌは二つ返事で了承した。


「すぐに街中へ知らせてきますわ!」

「待て待て待て! なんでそんな大事になるんだよ!」

「伝説の焼き菓子職人様の作品ですのよ!? レンブン中がお祭り騒ぎになりますわ!」

「そんなの泥棒に宣伝してるようなもんじゃないか!」

「そいつぁいい」


 ババアがいつもの調子でニヤリと笑った。


「大物を釣るなら、餌は派手な方がいいのさ」

「だいたい、どうやって泥棒を捕まえる気だよ」

「……坊や、アンタの力の見せ所だよ」

「は?」


 何を言っているんだこのババアは。

 まさかとは思うが、策なんて最初からなくて丸投げされてるんじゃないか?


「サクット、生地種を出しとくれ」


 返事代わりにサクッと音が鳴り、サクットは第三のスコーンのオリジナルシードを排出した。


 なんでこいつはババアには素直に従うんだよ。


「出番だよ、坊や?」

「いきなり言われても分かんないよ!」

「ほら、アレだよ。忘れちまったのかい? ビスケット硬貨を出すあの技さ!」


 あの迷惑な能力で何をするつもりなのだろうか。

 こっちをじっと見ているサクットの視線が刺さる。

 まるで期待でもされているかのようで、何か変な気分だった。


「ほら、生地種に向かって使ってみな」

「そんなことしちゃっていいのかよ!?」

「いいって、ほら早くしな!」


 どうなっても知らんぞ、本当に。


 僕は半ばヤケになりながら、人差し指でオリジナルシードの手前の空間をつついた。


 見慣れたビスケット硬貨がぽろりと零れ落ちた。

 だが、それを拾い上げるより早く、ババアはオリジナルシードをサクットの口に押し込んでしまう。

 しばらく様子を見て、何も起こらないことを確認するとババアは満足そうに頷いた。


「よし、これでいい」


 ババアが何を考えているのか本当にわからない。


「これで下準備は完了だ。さあ坊や、客を迎える準備をするよ!」

「おい、ちょっとは説明してくれよ!」


 僕の叫びが空しく響く。

 結局、ババアが何を企んでいるのか分からないまま、第三のスコーン試食会の日を迎えることになった。



    ◇ ◇ ◇



 レンブンの街は、人だかりで誰も通れないほどに賑わっていた。

 中央広場には大きな展示台と試食品がずらりと並び、その周囲を人々が取り囲んでいた。


 僕とババア、アヤレーヌとその従者たちは、その奥で待機している。


 こんな大事になるとは……。

 というか、たかがスコーンでみんな騒ぎすぎだろ!


「流石は伝説の焼き菓子職人様ですわ!」

「いや、ほとんど君が宣伝したせいだろ!」

「またまたご謙遜を……」


 アヤレーヌが扇子で口元を隠しながら微笑んだ。


 やっぱり僕の話聞いてないな、こいつ。


「皆様! まもなく伝説の焼き菓子職人様による新作発表ですわー!」


 アヤレーヌが仰々しく手を広げ、民衆にアピールする。


 もう好きにやってくれ。


「伝説の職人様だって!」

「誰だよ。でも焼き菓子をタダで食べられるのはいいな」

「新作の焼き菓子!?」

「た、ただのや、焼き菓子だろ……?」

「あれはなんだ。見たことない焼き菓子だ!」


 広場から歓声が次々と上がった。


 期待しているところ悪いんだけど、それスナック菓子なんだ。

 ごめんよ、みんな。


「それでは試食会開始ですわー!」


 アヤレーヌの声と同時に、雪崩が起きた。

 街の人たちは我先にと試食品を手に取り、第三のスコーンに食らいついた。


「おおっ、なんだこれ!」

「カリカリしてる!」

「焼きトウモロコシの香りだ!」

「凄ェ、止まらねェ!」

「もう一袋くれ!」

「おい、独り占めするな!」

「こっちにも回せー!」


 試食品は飛ぶように売れていった。

 いや、試食だから売ってないけど。


「おーほっほっほ! 皆様、慌てなくてもまだまだありますわー!」


 アヤレーヌの指示を受けた従業員たちが次々と皿を運び出す。


 サクットの中には山ほど在庫がある。

 食べ尽くされる心配はない。

 ……問題があるとすれば。


「ババア、本当に来るのか?」

「焦るんじゃないよ」


 ババアは腕を組みながら、群衆の向こうをじっと見つめていた。


「大物ってのはねぇ。祭りの匂いを嗅ぎつけると、自分から顔を出すもんさ」


 いつもの意地悪なニヤケ顔とはまったく違う、獲物を待つ猟師の顔だった。


「ちょうど、あんな風にね」


 ババアが指差す方向で、小さな女の子が無言で第三のスコーンを食べていた。


 見た目は十歳くらい。

 金色の髪にぴょこんと飛び出た狐耳……コスプレか何かだろうか。巫女服のような格好をしているが、口いっぱいにスコーンを詰め込んでいるせいで神聖さの欠片もない。


「……むぐむぐ」

「おい、嬢ちゃん。そんなに慌てなくても逃げやしないぞ」


 アヤレーヌの従者らしき黒服の男が心配そうに声をかけると、少女はぴたりと動きを止めた。


「お、おい、大丈夫か!?」

「う、うまいのじゃー!」


 大声と共に、皿に積まれていたスコーンが一瞬で消えた。


「なっ!?」

「追加じゃ! 追加を持ってこい! 早くするのじゃ!」


 なんだこいつ!?


 従業員たちが慌てて皿を運ぶ。


「遅すぎなのじゃ」


 またとしても瞬時にスコーンが消えていく。

 周囲が悲鳴に包まれる中、少女は幸せそうに頬を緩めて、尻尾をぱたぱた揺らしていた。


「あいつ、何者なんだ……」

「坊や、あれがアンタの追ってる泥棒さ」

「……は?」

「盗まれた生地種を片っ端から食い散らかした、焼き菓子の神だよ」

「な、なんだってぇぇぇ!?」


 狐耳の少女が僕たちに気付き、偉そうに胸を張った。


「そうじゃ。わらわこそ、全ての焼き菓子を司る神である!」


 お菓子の神じゃなくて焼き菓子限定なんかい!

 この世界らしいと言えば、そうなのだけれど。


「神様が泥棒してんじゃねぇよ」

「無礼な奴め! 全ての焼き菓子は神であるわらわに対する貢物なのじゃ……から……?」


 少女の口からぽろっとスコーンが落ちる。

 さきほどまでの尊大な態度は、僕たちの方を見た途端に陰りを見せていた。


「お、おぬし……」

「なんだよ」


 少女が指を震わせながら僕を指差す。


「な、なにゆえそんな恰好をしておるのじゃ?」

「は?」

「その姿……その顔……まさか……!」


 少女は目を白黒させながら、何度も僕の顔を確かめている。


「い、いや、そんなはずはないのじゃ……」

「なんの話だよ!」


 さっきまで偉そうだった自称神様は、急に怯えたように身を縮こませた。


「いやじゃ……封印だけは……」


 そのままじりじりと後ずさる。


 こいつ、逃げるつもりか?


 そう思った時。


「どこへ行くんだい?」


 いつの間に回り込んでいたのか、ババアがニヤニヤしながら立っていた。


 ナイス、ババア!


「ひっ!? お、おぬし……!」


 自称神様の尻尾がぶわっと逆立つ。

 少女は顔を真っ青にして叫んだ。


「なんで二人に増えておるのじゃーーーっ!?」


 お前は何を言ってるんだ。


「片方は若返っておるし、片方はシワシワになっておるし、意味が分からぬのじゃ!」

「誰がシワシワだって?」


 ババアのこめかみに青筋が浮かぶ。


「ひぃっ!」

「アタシはアンタみたいなチビ助、見たこともないんだけどねぇ?」

「う、嘘をつくな! わらわの神としての勘が告げておるのじゃ! お前たち、またわらわを封印するつもりじゃろう……!」


 狐耳の少女は涙目になりながら叫ぶ。


 いや、さっきババアが「焼き菓子の神」って紹介してたよな?

 絶対知ってるだろ。

 誰に対しても意地の悪いババアだ。


「わらわを封印した恐ろしい小娘! その顔だけは忘れたことなどないのじゃ!」

「確かに坊やの顔立ちは、若い頃のアタシにそっくりだけどねぇ」

「は?」


 初耳なんだけど。


「え?」


 自称神様の方を見ると、僕と同じく固まっていた。


「……若い頃?」


 狐耳の少女はババアと僕を交互に見比べる。


「し、シワシワの方がわらわを封印した小娘……?」

「おや、シワシワって言葉がまた聞こえたねぇ?」

「ひっ……!」


 いつもは僕に向けられている減らず口が、今は全部あの少女に向いている。


 怖い。


 ババアの威圧感をより濃く感じる。

 傍から見ると、完全にババアが子供を脅している図だった。


「い、今のわらわはあの頃とはち、違うのじゃ……!」


 滅茶苦茶、動揺してる……。


 しかし、目の前の少女は手練れの盗人だ。

 決して油断してはならない。


「これでも喰らうがいい!」


 どすっ。


 ものすごく下手くそなフォームで、自称神様は金色の巾着袋を地面に叩きつけた。


 素人でもやらないぞ、そんな投げ方!


 袋から煙が雲散し、視界が金一色に包まれた。


「おいババア、大丈夫なんだろうな!?」

「それは、坊やの力次第さ」


 サクッ……と、ビスケット硬貨が地に転がってきた。


 なんでだよ。


 前を見ると、ビスケット硬貨で一本の道が出来ていた。


「上手くいったみたいだねぇ」

「どういうことだよ?」

「簡単なことさ。試食品に紛れ込ませて、サクットを一匹食わせておいたのさ」


 なんてことしやがるんだ、このババアは。

 一般の人がサクットを食べちゃったら、どうするつもりだったんだよ!


 サクットはともかく、神様にそんなことしていいのか。


 ……いや、泥棒なんだしいいか。


「名付けて、ヘンゼルとグレーテル作戦!」


 じゃあ、お前はお菓子の家に住んでる魔女だよ。

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