魔法指南
厳密には、私は魔術士だ。
魔法と魔術は違う。魔法というのは、魔術と法術を合わせて指す言葉で、魔術は逸脱、法術は合一を体現する。
『魔』とは、こことは違う世界の法則のことだ。この世界にはない法則を、異世界から魔法陣を使って呼び寄せ、この世界に一時的に適用する。それが魔術だ。
『法』とは、この世界の法則のこと。この世界の法則を自分の想う形に変化させる。世界と融和し、世界の法則と一つになる。それが法術。
最初の段階、基礎のあたりは魔術も法術も同じものだ。だから、一括りに魔法と呼ばれることが多い。魔法陣を扱い始めた後で、異界への扉を開き、異界の法則を用いる技術を身に着けた者が魔術士と、この世界の法則を重視し、その法則を己の身に刻む修行を始めると法術士と呼ばれる。
私は魔術士だ。魔術は、この世界を逸脱するもの。ならば、この世界を突破した先こそ、目指すべきところなのではないか。そう考え、世界の『外側』を目指した。
結果は――私個人としては、敗北だったと思っている。寿命という壁に阻まれ、研究が完成しなかった。神々は認めてくれたが、全く実感がない。
この世界でなら、あの研究が完成するかもしれない。これだけのマナと、歪みのない属性。あの研究結果をそのまま使うのは、この世界では効率が悪い。ここに合った、新たな魔法陣を作り出す必要があるだろう。そう考えるだけでも心が躍る。
やはり、研究こそ私の生きる道だ。先の研究は完成しなかったが、今の生に繋がっている。研究に失敗などない。あるのは、上手くいかなかったという事実だけだ。その理由も分かっている。ならば、それを糧に次に進めばいい。
この世界では、どのような発見ができるだろうか。大きな期待で胸を膨らませ、私は新たな世界を歩いていく――
「え、魔法、使えるようになったの?」
レオナが夕飯の準備の手を止め、目を丸くしてこちらを振り返る。
「本当に、何かをやろうとする時は凄いわね、ミオ。今回のことで、文字も覚えちゃったんでしょう? こういうの、天才っていうのかしら……」
いや、前世あってのものだから言い過ぎだ。しかし、これは言えないからな。
「言い過ぎだよ。文字だって、最近少しずつ勉強してたじゃない。魔法っていっても、基礎の部分だけだよ」
基礎だけでも、使える人が少ないことは知っている。だが、それは学ぶ環境がないからだ。これだけマナが多ければ、誰にでもある程度のオドはあるだろう。その量の違いはあっても、基礎魔法くらいは可能だと思う。マナの希薄な前世でも、民間人の半数は魔法を使えたのだから。
「それでね、覚えた魔法を誰かに教えてもいいのかなって。森でヴィムに会ったんだけど、魔法に興味あるみたいだったんだよね」
「魔法を教えるとなると……テオに聞いてみるか? 俺は親戚に使えるやつがいないから、そういうのはわからんな」
「私もそうね。いたら教わりたかったわ……お金、すっごくかかるらしいけど」
やはり、テオに聞いてみるのがいいみたいだ。身近にいれば良かったんだが、いないんだから仕方ない。教えてくれるかな。
「魔法を教えて欲しいわけじゃないから、大丈夫かな。教える時の作法というか、決まりごとみたいなものが分かればいいんだけど」
「そういえば、ミオ。あなたお金はどうしたの? 魔法教わるのって、お高いんでしょう?」
レオナが心配そうに聞いてくる。一般的な認識は、魔法を教わるのはすごくお金がかかる、というものだ。だから、皆、あまり教わろうとは思わない。無くたって普通に生活していけるし、使えたら使えたで、テオみたいに便利屋のようになってしまう。
「私は払ってないよ。誰かに教わったわけじゃないし。神殿にある、誰でも読める本を読ませてもらって、それで使えるようになったから」
両親が唖然としている。やっぱりこの説明だと理解が追い付かないよな。自分でもそう思う。
「本って、それで使えるならもっと多くの人が使えるようにならないか?」
アベルの疑問はごもっとも。しかし。
「そうなんだけど、多分、普通は読んだだけだと無理だと思うよ。感覚的な話になるんだけど、自分の中にある魔力を動かせないと魔法にならないんだよ。そこができれば、本を読めば使えると思う」
完全に一からだと、あの本だけでは難しいかもしれないけどな。無理ではない。
「ミオはできたの?」
「うん。遊んでる時に、偶然、自分の中に何かがあるって分かったんだ。それが何なのか、よく分からなかったんだけど、魔力なんじゃないかって思って。それで、神殿に行ったりしてたんだよ」
「魔力か……」
アベルが難しい顔をしている。魔法に関わらなければ聞かない言葉だろうしな。
「それって、あたしも教えて貰っちゃダメ?」
マリーが興味津々に聞いてくる。
「マリーもやってみる? 親戚同士で教えてるんだから、家族は大丈夫じゃない?」
多分、テオの家族が皆使えるわけじゃないのは、何か条件や制約があると思うのだが……民間伝承の際に、金銭以外にも何らかの約束事があるのではないかと思う。その上で、何らかの制約を課してテオが教えるのを制限している。そんなところだろう。
ヴィムとは約束してしまったから、教えてもいいなら教えるつもりだ。私は約束は守るのだ。ヴィムが頭脳労働系だと気づいたから、魔法を教えればイイ助手にできるんじゃないかという思惑も無いわけではない。助手としてテオを雇うわけにはいかないし、ヨアキムは論外だ。ならば、自分で育てればいい。興味のあるヤツを引き込むのが一番効率がいい。勝手に覚えようとするからな。
ちょっと、マリーにきっかけだけ教えるかな。テオには後日確かめてみよう。
「それじゃあ、魔法の前に、その準備だけ教えるね。これができないと魔法に進めないの。それだけなら、魔法を教えたことにはならないと思うから」
「そういうのがあるの? 私にも教えてくれる? ほら、アベルもやりましょう」
一家総出でやる流れだな。まあ、いいけど。
「夕食が終わったらね。鍋、焦げるよ」
レオナが慌てて鍋に向き直る。今日の夕飯は、お焦げマシマシのようだ。
「それじゃあ、まずマリーからやってみる?」
「うんっ」
元気のいい返事だ。生徒とは、かくあるべきだな。
「手を出して。いや、こう、立てて。壁とかを押すみたいな感じで。そうそう」
マリーが出した手に、自分の手を重ねる。
「ちょっと押されるような、変な感じがすると思うから。やるね」
自分の手から、マリーの手へ魔力を押し出す。
「うわっ。変な感じ」
「ああ、手を離さないで。その感じが大事なの」
改めて手を重ねる。手を押すのではなく、魔力を押す。
初心者が躓くのは、自分の中にあるオドを感じ取れるようになるかどうかというところだ。それまで全く意識したことのないモノを、感覚的に理解するのは難しい。まして、それが自分の中にあるのだ。腕や足を動かすのと違って、内臓を動かせと言われても、できる人などいないだろう。それを、意図的に動かせるようにならないと魔法は使えない。
「うあ~。手が変な感じだよ。押されてないのに押されてる」
「その押してるのが、私の魔力よ。押すのをやめるね」
「うわっ。今度は引っ張られた!?」
オドは、他者のオドと混ざることを拒み、反発する性質がある。押している間圧迫されていたマリーの手にあったオドが、私が押すのをやめて圧迫がなくなったところで膨張したのだ。勢いでそのまま私の手のオドを少し押す形になった。
「引いたというより、マリーの魔力で私の手を押したの。今の感じが、マリーの魔力よ。私が押すことで、無理やり動かしたの」
「はー。今のが……もう一回やって!」
「はいはい。どのみち、感覚を掴むまでやらないとダメだけどね」
何回か押していると、魔力の動く感じが分かってきたみたいだ。手を開いたり閉じたりしながら見つめている。
「どう? さっきの押す感じ、自分でできそう?」
「うん……ミオ、やってみていい?」
「もちろん」
手を重ねる。マリーが手に集中している。お、ちょっと押された。筋がいいな。
「できてるね。それで合ってるよ」
「本当に? やった!」
「それを、もっと強く、もっと簡単にやれるように練習してみて。繰り返し練習するしかないから」
「うん。練習する」
マリーは自習に入った。次は両親だ。
「こうでいい?」
レオナがやる気だ。マリーがやっているのをずっと凝視していた。もう手を出して待機している。
「うん。じゃ、やるね」
「ん。ひゃっ」
なんか色っぽい声が……それでも手は離していない。マリーの時と同じ、押して、放す。
「ええ、あ、あ、引かれる……」
「何となく分かった?」
そのまま何回か押していると、マリーと同じように、自分の手をニギニギして見つめ始めた。動作が似ている。親子だな。
「ミオ」
「ん」
手を出すと、レオナが重ねてくる。お、すぐ押してきた。掴むのが早いな。やる気がいい方に回っているようだ。
「うん。それでいいよ。母さんも、練習してみて」
自分の手を見つめて、またニギニギしている。すごく集中してないか?
「俺もやってもらうかな」
「あ、うん。どうぞ」
アベルとも同じことをやる。押しても色っぽい声は出なかった。残念。
「おお、これが……確かに変な感じだ」
「うん。父さんも練習しててね。あ、それと、皆に一応話しておきたいんだけど」
はい注目~と、家族の視線を集める。
「近いうちに、テオさんのとこと、神殿に行ってくる。それで皆に魔法を教えて問題なさそうなら教えるんだけど……魔法って、大きな力だから、それを理解しておいて」
「そうだな。身近にないから何となくしかわからんが、注意して使わなければ駄目なものだろう」
レオナもアベルの言ったことに頷いている。マリーは、ちょっと難しいかな。
「マリー。魔法を使える友達っていないよね。少なくとも遊んでる時に使ってる人はいないでしょ?」
「うん」
「遊んでる時に、たまに喧嘩になる時があるじゃない? そういう時に、いきなり相手が魔法使ったらどう思う?」
「……怖い、と思う」
「そうだよね。よくわからないことをされて、痛い思いをする。それは、嫌だよね。だから、魔法を覚えても、マリーはそういう使い方をしちゃダメってこと」
「うん。わかった」
神妙な顔をして頷いている。分かってくれた、かな。ま、しばらくは私が見ていればいいか。
「それじゃ、私は寝るよ。色々動き回って疲れちゃったし」
「ミオ、寝る前に」
アベルが真剣な顔で私を見ている。
「お前、今日魔法を使えるようになったんだよな? 誰かに教えるようなことも初めてじゃないのか? だが、妙に手馴れている。どうしてだ?」
アベルが私の教師姿に疑問を持ったようだ。ちょっとやりすぎたか。
前世ではこういった講義をしたことがあった。初心者に教える時に、どうすれば効率がいいか考えた結果のやり方なのだが……
「うん。初めてだよ。魔法も今日使えるようになった。でも、さっきも言ったけど、魔力を動かすのは前からできたからね」
「そういえば、そんなこと言ってたわね」
「どのくらい前だったかな……遊んでる時に、ね。ヴィムを押した時だったんだけど、魔力で押しちゃったんだよね。それで、自分で思ってた以上にヴィムを突き飛ばしちゃって……すぐ謝ったよ。もちろん」
前世の記憶が覚醒する前にそういうことがあったのだ。恐らく、これも私の影響だろう。『ミオ』は、自覚しないままオドを操作できていた。オドは感情の影響を受けやすい。ヴィムと軽い喧嘩のようになったとき、オドが動いてしまったのだ。
「それがきっかけで、魔力を動かす方法が分かったんだ。それで、今皆がやっている魔力を押す感じ、それを自分で何となくやってたんだけど、最初はそれが何か分からなかったんだよね」
『ミオ』は、それが自分の魔力だとは知らず、オドを巧みに操作していた。素因への変換まではできなかったが。
「そうやっている内に、これができたんだよ」
そう言って、私は手の上に純粋な魔力の塊を出す。何かの属性にするのではなく、純粋に自分のオドを素因のように扱う技術。意外とできる人は少ない。できなくてもいい事だけど。
「これって魔力なんじゃないかって思って。テオさんが魔法使うところは見たことがあったから、同じものじゃないかなって。教え方は、まあ、自分がやってたことだってだけだよ」
私の説明に、アベルも少し安堵の表情を浮かべる。
「そうか。ミオ、お前が自分で言っていたとおり、魔法は大きな力だ。よく分からなかったのもあるだろうが、俺たちにも相談して欲しかったな」
「魔法の事は私たちには分からないから頼りないかもしれないけど、不安なことがあったなら遠慮なく言いなさい」
両親が、心配そうな顔で私を叱る。
「うん……ありがとう。次はそうするよ。……おやすみ」
正直、嬉しかった。私は、前世では天涯孤独だった。ミオとしての七年、普通の家族というものの記憶が、私にはある。それは、とても暖かなものに感じられた。それは、研究と引き換えにしてはならないものだったのではないか。そんな、感傷のような感情が、胸につかえる。
私は、七年の記憶と、初めて覚える感情を胸に同居させ、ベッドに潜り込んだ。
とはいえ、私は研究に生きると決めた。自分で決めたのだから、その責は自分にある。そして、この研究への情熱は、誰にも止めることはできないのだ。
と、いうことで。
「それじゃ、テオさんに会ってくるよ」
数日後、朝食を終えた私は、道具屋が開く頃合いを見計らって家を出る。テオは、いつもなら道具屋で店番をしているはずだ。客がいなければ話くらいはできるだろう。雑用に駆り出されていなければいいのだが……
「邪魔にならないようにね。がんばって!」
どっちだ……
レオナが小言と檄を飛ばしてくる。器用な真似を。
あの後数日、皆がオドの操作に慣れるまで練習に付き合った。その間、自分の研究を進めることも忘れない。属性の法則性については、大分形になってきた。
皆が慣れてきたので、今日はテオに魔法を教わる際の約束事について聞きに行こうと思っている。
テオの両親が営む道具屋は、南東区画の街道沿い、東西に延びる街道の南側にある。いつものように橋を渡り、中央広場を通り過ぎて東へ。時計は八時を少し過ぎたところを指している。テオの道具屋は、職人街の何件かの工房から販売を委託されているが、同時に職人たちが道具を買いに来る場でもある。職人が本格的な仕事を始める前に立ち寄ることもあるので、比較的店を開けるのが早い。
「こんにちは」
慣れた感じで道具屋に入る。実際、『ミオ』は何度もここへ来ている。料理や掃除の道具、生活に必要な細々とした物を売っているので、この町の人は大抵ここで買い物をしたことがあるはずだ。そういえば、インクや紙を置いていたな。買い込みたいが……小遣い足りるか?
「ん、ミオか。こんにちは。お使いか?」
私は町の子供たちのまとめ役みたいなものなので、顔がそれなりに知られている。集まって遊んでいるだけだが、それも大事なことだろう。テオにも、しっかり名前まで覚えられている。
テオは品出しでもしていたのか、大きな木箱を持って棚の間にしゃがみ込んでいた。
「テオさん、今時間ある?」
「お、なんだ、お誘いか? ミオもそういう年齢になったか。お兄さん、感慨深いなぁ」
「違うって」
お兄さんって歳か。確か三十近いはず。売れ残りが何を言っているのか。
「ちょっと教えて欲しいことがあって」
今なら他の客はいない。絶好の機会だ。
「うん? 何を教えて欲しいって?」
「魔法の事なんだけど……」
瞬間、テオの表情が真面目なものになる。やはり、魔法に関する話題は慎重に扱っているようだ。
「教えることはできないぞ」
「うん。だと思った。そうじゃなくて、テオさんが教わった時に、何か約束みたいな、決まり事みたいなものってあったのかなって。それが知りたいの」
私の問いかけに、首をひねって不思議そうな顔をしている。
「教わった時の? いくつか約束させられたことはあるが」
おお、それそれ。そういうのを知りたいのだ。
「どんな約束だったの?」
「変なことを聞くな。魔法はいいのか?」
「使えるからいいんだよ。それよりも、他の人に教える時の約束事を知りたいの」
「使える!? お前、誰に習ったんだ? お前の両親、使えないよな?」
テオが驚いている。まあ、そうだろうな。これまで私は全くそんな素振りを見せていない。実際使えなかったんだから、当たり前だが。テオが私の言葉を素直に信じたのも、これが嘘ならテオにはすぐバレることだからだ。魔法が使えるヤツ相手に、使えると嘘をついても意味が無い。
「うーん。どうやって覚えたかって、教えて良いことなの?」
「……いや、ちょっと待て。俺も誰に教わったか教えてはいけないと言われている。でも、約束事を知りたいっていうことは、普通の方法で、例えば誰かに教えてもらった、とかじゃないってことだな?」
「そうだね。誰かに教わったわけじゃないよ」
うん。やはり約束事を把握してからじゃないと、色々まずそうだ。こういった決まり事って結構大事だったりするからな。
「……まあ、魔法自体を教えるのでなければ、大丈夫だろう。だが、タダで、というのもな……」
テオが何か考えている。……こんな子供相手に何を考えているのやら。
「そうだな。約束事を教える代わりに、ミオがどうやって魔法を覚えたか教えてくれ。普通の手段じゃなかったなら、特に禁止されたこともないんだろう? それが使える方法なら、ウチの両親にも教えてやれるかもしれん」
意外と親孝行だった! ごめんテオ。不埒なことを考えてると思ってた。
「いいよ、それくらい。でも参考にはならないと思うよ」
「それでもいい。今の魔法の教え方じゃ、俺たちみたいな一般市民が魔法を覚えるのは難し過ぎる。もうちょっと広まってもいいんじゃないかと俺は思っているんだ。だから、他の方法があるなら知っておきたい」
しかも世間のことまで考えてた! 私の方が自分のことしか考えていない。反省しないとな……
「決して、色んなことを頼まれて辟易しているわけではないからな」
格好良さが一気に暴落する。言わなきゃいいのに……はっ! これか! テオの売れ残りの理由が明らかになった気がする。
「分かった。私の方から教える?」
「いいか?」
もちろんだ。私の方から情報を欲したのだから。
「うん。私はね、神殿の資料室にある『魔法の基礎~属性について』って本を読んだんだよ。その内容を試してみたら使えたの」
テオが明らかに落胆している。
「それは、本が読めればってことだな? しかも魔法について書かれてるやつ」
「そうだね。図解してあったから、読みやすかったよ?」
はあ、とため息をついて、テオが顔を上げる。
「お前、本当にそれだけで魔法使えたのか? 魔力動かすの、どうやった?」
ああ、そこで苦労したのか。
「魔力は、自然と動かせるようになったんだよ」
「自然と!? 嘘だろ……」
「いや、本当に。遊んでる時に、たまたま魔力で友達を吹き飛ばしちゃったんだよ」
「……全く参考にならなかったな……まあ、そういう本が神殿にあるってのはわかった」
それでいいか、とテオが改めてこちらに向き直る。
「いいか、魔法を教える時の約束事は、まず、さっきも言ったとおり誰に教わったか言わないこと。それと、必ず報酬を取るということ。例えそれが両親であっても、だ。その額は、人によって違うかもしれないが……軽く家が建つくらい、と言っておく」
やっぱり金銭だったか。これは、稼ぎたい、というより、広めたくない、という意図を感じる。
「それって、破ると何かあるの?」
「誓約書を書かされてる。自分の血で署名して、血判を押した。魔法的な効果が本当にあるのかは分からんが、自分で試したくはないな」
そういう誓約書はあるが、あれは結構高度な術式だ。相手のオドに直接働きかけて強制、或いは違反時にオドを暴走させる。この世界にあってもおかしくはないが……基礎だけ使えるような術士が扱えるものではない。多分、ただの脅しだろう。だが、確かにテオの言うとおり、自分で試したくはない。現物を見ていない以上、テオにただの脅しだ、とも言えないしな。
「ありがとう、テオさん。参考になったよ」
「そうか。なら良かった」
また買い物にくるね、と言い残し、私は道具屋を後にする。
聞いた限りでは、ヴィムや家族に教えるのに特に不都合はない。私が、私のやり方で教える分には、特に問題になるようなものではなかった。
誰に教わったか言わない、というのは、真似した方がよさそうだ。私のところに殺到されても困る。報酬は、お小遣い程度に貰っておくかな。金額を具体的に聞いていないのだから、何でもアリだ。誓約書は、効果のほどが怪しいし、魔法を教える条件、というより、無暗に広めないための脅しって感じだ。無くても問題ないだろう。家族やヴィムから広まらないようにしておけば大丈夫。
「よし、これでいい。ちょっとしたお小遣い稼ぎだね」
小遣いが増えたらインクと紙を買いにこよう。
あとは、ヨアキムに挨拶でもしておくか。あの腹黒神官、今日もいるかな?
私は再び神殿の扉を叩く。ヨアキムは以前と同じ場所に、同じように立っていた。
「こんにちは。神官、いらっしゃいますか?」
「こんにちは。おや、貴女は。早速お祈りを習いにきたのですね」
お祈りの誘いは無かった事にして、会話を続ける。
「あのあと魔法を試してみまして、無事使えるようになりました。その報告に来たんです。貴重な本を読ませていただいたので」
「使えるようになった!? ……いや、この町で魔法を扱えるのは、私とテオさんだけです。嘘はいけません。神前ですよ。あの本を読んだだけで使えるようには……」
まずい。説教が始まりそうだ。素因を出して使えることを示す。
「ちゃんと使えますって。ほら」
八つの素因を手の上に出現させる。それらは、等間隔に円を描くように並んで浮いている。
「……」
ヨアキムが固まってしまった。口をあんぐりと開けて、私の手の上を見つめている。信じられないものを見ているかのようだ。
「信じられません。八つの素因を全て……確かに、八つ……同じ素因の重複は、無い。どうなっているんだ……」
「どういうことです? あの本にも書かれていたとおり、属性は八つですよね?」
「そういうことではありません! 八つ全てを同時に扱う、というのが信じられない、と言っているのです!」
普段は笑顔を張り付けているような男が、声を荒げている。
どういうことだ? 同時に全部使えなければ、融合させるときに不便だし、魔法陣だって使用できる範囲に制限が出てしまう。前世では、ここより属性が少なかったものの、同時に全部の基本属性の素因を扱うくらいは、誰もが当たり前にできた。私だけのことではなく、前の世界の魔法を使える者、例えば普通の庶民であっても、この世界でなら八つ全てを扱うなど造作もないことだろう。
「……できているのですが……」
「だから、信じられないという顔をしているのです」
どうにも嚙み合わない。こちらの世界とは常識が違うようだ。
これは……まずかったか。あまりに当たり前すぎて普通に全部出してしまったが、一つの素因でも魔法を使えると見せるには十分だったな。
「神官は、素因を同時に複数扱うのは?」
「私は、自分と相性の良いものを二つ、が限界です。同級生で三つ扱える者もいましたが……」
それは、噛み合わないはずだ。素因の扱いにこれ程差があるとは……マナの濃いこの世界なら、当たり前にできることだと思い込んでいた。しかし、同時に扱えないとなると……属性の融合にしても、魔法陣にしても、あまり研究が進んでいないのでは……
魔法学院を卒業しているはずのヨアキムでこれでは……内心の落胆を隠し、会話を続ける。
「そんなに難しくはなかったのですが……」
「そんなに難しいことですよ!? 先ほど二つ扱えると言いましたが、二つ扱うだけでもかなり難しいことです」
少しムッとしたようなヨアキムの視線が痛い。そんな、恨みがましい目をされても。
「本当に、難しくはなかったですよ。本のとおりに素因を出していったらできただけですし……魔法学院ではどのように教わるんですか?」
「学院で複数の素因を同時に扱うことは教えていません。入学時に簡単な試験がありますが、各素因を一つずつ、教師の指示したものを出す、というものです」
……頭が痛い……そんな段階から素因を一つずつ、なんてやっていたら、そういうものだと刷り込まれてしまうだろうに……
「入学の際には、大抵は基礎まで身に着けているはずですから、試験自体は形式的なものです。複数の素因を同時に扱うのは、学院で学びながら知ることもある、という程度ですよ。秘匿されているわけではありませんが、誰もが知ることでもありません。私の場合は、たまたま複数扱える友人がいたので、それを見て試してみただけです」
出しっぱなしだった素因を消しながら、状況を整理する。
領都のような大都会では、富裕層も多いし貴族もいるから、学院に入れるような者も多いのだろうが、複数を扱うこと自体が難しい、か。……そういう教育をされればそうなるだろうが……むしろ、意図的に教えていない、ということは?……何の利があるんだ、それは。自国の国力を落としてどうする。それはないだろう。
魔法は想像力が全てだ。「素因は一つずつ扱うもの」などという教え方をされてしまっては、誰もできなくて当然だろう。誰だ、この教育内容を考えたのは。
「……私は、学院で学んでいませんから、素因の扱いは一つずつという感覚がありません。だから、複数扱うのが難しいとか考えることなく八つ全部扱えているんだと思います」
ヨアキムは呆気にとられたような顔で私を見て、少し考え込む。
「今までの学院の教え方が間違っているとでも……いや、しかし……」
こんな子供に常識を覆されているんだからな。思うところもあるだろうが、私が言ったことは魔法の本質だ。魔法は想像力。想像できないことは、できるはずがない。
「……一理、あるかもしれません。私には、全てを同時に扱うという発想がありませんでした。知らず知らずのうちに、自分で自分の限界を決めてしまっていたのかもしれません……お恥ずかしい限りです。とはいえ、今からではなかなか。魔法を習ってから大分経っていますからね」
ヨアキムは少し大げさに肩をすくめる。
「それに、今は神官ですから。魔法よりは神術を扱うことの方が多いですからね」
学院時代は魔法を習っていたのだろうけれど、何があって転向したのか知らないが、神官なら神術を使うだろう。
「やれるという事が分かれば、できる人も増えるのではありませんか?」
「それが広まれば、ですがね。一人の一般市民ができたところで、すぐに国中に広がるようなことにはなりません。学院で正式に教えることになれば、徐々に増えるかもしれませんが」
まあ、私だけができたところで、大勢に影響があるはずもない。それに、複数運用が難しいという特性が、この世界の人にはあるのかもしれない。その辺は家族やヴィムに魔法を教えることで試してみるか。反証できればいいが。
残念だが、学院で私が教わるようなことはなさそうだ。私は私で研究を進めることができればそれでいい。
「そうですよね。学院で教える内容は、すぐにどうこうできるものでもないでしょうし……」
「国で決めていることですからね。一領地が勝手に変えていいことではないでしょう」
ヨアキムはそう言うと、何かを思いついたような顔をして、また元の張り付けたような笑顔に戻り、一つの提案をしてきた。
「ふむ……貴女のような逸材を放置するのは損失かもしれませんね。学院に行ってみる気はありませんか?」
ええ……たった今自分の中で切り捨てたんだけどな……いや、私にそれを持ちかける? 学院は、一般市民だと余程の富裕層でもなければ行けないはず。こんな田舎町の、鍛冶屋の娘が入れるものではない。とすると……学院に対して便宜を図れるような誰かと繋がっている、か。
一先ず、学院入りは断るとして……どうするか……
「……学院で教えるのは、属性を一つずつ使う方法だけ、ということになりますよね……」
私は、会話を続けるふりをして、内心ではこいつの扱いを考える。どうにも面倒臭いな。こいつはこの町の顔役の一人だったはず。うーん……
「それはそうです。一つずつ使うのが普通ですから、貴女のように全部同時に使えるのなら応用範囲が劇的に広がるでしょう……貴女から見ると、学院の授業や研究内容はもどかしいものになるかもしれません」
むしろ、私が教える羽目にならないか? 私は自分の研究がしたいのであって、教鞭を取りたいわけではないんだが。
「もともと、学院は私のような田舎者が入れるようなところではないですよ。今日は、魔法が使えるようになったお礼に来ただけですので」
「そうですか。残念ですが、仕方ありませんね。学院に入るには、普通は結構な入学金が必要になります。私なら友人を通じて推薦することも可能ですので、興味があれば、と思ったのですが……」
やはり誰かと繋がっている、か。どうにかしてその『友人』とやらが誰なのかを知りたいが……あからさまに聞くわけにもいかないしな。
「それでは、失礼します」
「貴女に神々の祝福があらんことを」
何か物言いたげな視線を感じながら、私は神殿を後にした。
神殿から出て中央広場に出ると、時計塔が目に入る。
そういえば、あの時計塔、不自然に多くのマナを集めていたよな……あれのマナが溢れてるのって……マナを集める魔法陣の効率が悪いだけ……? 何か、緊急時の合図のような、通常は表に出ない仕様でもあるのかと思っていたが……確か、領主が設置したんだったよな。あれが普通……なのか……?
学院で素因の複数運用を教えていないのでは、少なくともこの領地の術士は、素因の融合まで手が届いていないと考えられる。その教育内容を決めたのが国であるなら、そして、この国が大陸最大の国家であることを考えれば、自ずと世界の情勢も見えてくる。
しかし、決めつけるのは良くない。今日のヨアキムとの会話だけで、情報の裏を取ることもできていないのだ。ヨアキムが無知なだけ、という可能性も否定できない。
そのヨアキムについては、現状維持しかない、か。出方を見るしかない。断って、それで済むならいい。後手に回るが……まあ、どうとでもなる。
この世界の魔法陣の出来の悪さと、ヨアキムの扱いの厄介さに、暗澹たる気分になりつつ、家路についた。
「「ミオ、どうだった?」」
レオナとマリーが期待に目を輝かせている。今の、二人が同時に言ったんだよな? 完全に同調していた……
何だか一気に思考が平和になってくる。ヨアキムの件はひとまず棚上げだ。ただの七歳の娘という立場では限界がある。何の準備もできていないし。
とりあえず、テオのところでインクと紙を買う算段でも考えよう。
「大丈夫だったよ。色々約束事はあったけど、解釈次第かな。テオさんとかに迷惑がかからないようにしておけば大丈夫」
むしろ、町民の中に魔法を使える者が増えた方が、テオの負担も減るだろう。あの様子だと、便利屋みたいになっているだろうから。
「やった! 魔法、魔法~」
マリーが小躍りしている。あ、レオナもやりだした。私もやっておくか。
「「「まっほう、魔法~♪」」」
「……何やってんだ?」
あ、アベルが戻ってきた。
「父さん、魔法、教えても大丈夫だったよ。約束事はあるけど、大したことじゃなかった」
「そうか。なら、今日は午後から特に仕事は入ってないから、教えてもらおうかな」
おお、アベルも乗り気だ。やっぱり魔法って一般市民には人気あるな。誰でも覚えられるものなら覚えたいんだろう。
「じゃあ、お昼食べたらやりますか。まずは、復習からだね」
そそくさとレオナが昼食の準備に戻り、マリーは手伝いに付いていく。アベルはテーブルに着いて手をニギニギしている。
いいね、皆やる気だ。やる気のある生徒は好ましい。やる気のない生徒は放置か遠回しに蹴落とすものだ。生徒を選ぶ権利は教師にあるのだから。
昼食中も、皆気もそぞろだった。わからないでもない。私も新たな研究主題を見つけたときはこんな風になる。
「皆、前回のはできてる? ちょっと私を押してみて」
早速魔法講座だ。最初は前回の復習、オドの扱いから。
「こう……」
マリーが最初に私の手を押してくる。うん、大丈夫。これくらいやれれば問題ない。
「うん。大丈夫だよ、マリー。ちゃんと練習できてるね」
やった、やった、とまたマリーが小躍りしている。ウチの妹は踊り子になるのだろうか。
「ミオ、私も」
妙にやる気なレオナだ。お、おおお、これは凄い。がっつり押してくる。普通に術士レベルでオド扱えてるんじゃないか?
「凄いね母さん。これならすぐ魔法使えるよ」
「本当!? やった、やった」
またマリーと踊ってる……芸人一座、かな……
変な未来が頭をかすめる。
「ミオ」
アベルも復習。うん、大丈夫。レオナほどじゃないが、魔法の習得には問題ない。
オドの扱いは、きっかけさえあれば簡単なのだ。そのきっかけが難しいだけで。テオは苦労したみたいだったな……ヴィムはどうだろうか。
「それじゃ、魔法の基礎を教えるね。えーと」
私は大きめの木の板を持ってきて、図を描き始める。一番上に光と闇を並んで書き、その下に残り六つの属性を円を描くように書き込んでいく。
「こんな感じ。この八つが基本となる『属性』よ。属性は、ただの魔力に方向性を与えるもの。これによって魔力を魔法にするの」
「えっと、光と闇……木、火、土、金、水、風……こんなにあるの?」
お、さすがマリー。ちゃんと読めてる。……私も最近読めるようになった設定だが。
「そう。これが基本。応用はまた後でやるとして、最初はこの八つのどれかに自分の魔力を変換するの。人それぞれやりやすさが違うから、まずは相性をみてみようか」
そう言って、私は全ての素因を出す。これは私の魔力だから、他の人には反発してしまうのだが、反発しないくらいの距離で近づくと……
「これに手をかざしてみて」
ちょっと広めの円を描いて浮いている素因に、家族が恐る恐る近づく。
「これ、ミオが出してるの? すごいねぇ」
「手をかざすって、こうか?」
アベルが近くにあった『光』に手をかざす。
「その感じを覚えておいて、他のにも手をかざしてみて。八つ全部ね」
皆がそれぞれの素因に手をかざしていく。近づいても熱かったりしないように、あらかじめ素因の強さを調整してある。気にしないでいると、例えば『火』は触れたものを燃やしてしまったりするのだ。
あ、マリーちょっと腰が引けてる。
「ゆっくりやれば触るとこまで近づけないから大丈夫。反発するからね」
うん。皆終わった。表情で何となく分かったが……レオナが変だな。
「どう? 多分、どれかはちょっと馴染むというか、温かく感じるというか、自分に合いそうだなっていうのがあったと思うんだけど」
「俺はこれかな」
アベルが『金』を指す。さすが鍛冶師。
「あたしはコレ!」
マリーは『火』。なんか分かる。
……レオナがもじもじしている。
「どうしたの、母さん」
「あのね、全部温かいというか、親しみやすい感じがしたんだけど……」
気のせいかしら? と首をかしげる。
「え、本当に? ちょっともう一回やってみて」
レオナがもう一周する。またもじもじしてる……
「やっぱり全部?」
「うん。何かおかしいのかしら……」
これは、ひょっとして、優秀な生徒発見!? ひとまず判断は保留して、先に進んでみよう。
「それじゃあ、父さんは『金』、マリーは『火』、母さんは……『風』からやってみようか」
それ以外の素因を消し、三人の前にそれぞれの素因を動かす。
「それと同じのを、自分の魔力で作ってみて。それを良く見て、自分の手の魔力を押し出すの。コレに変わるって想像しながら」
何度も言うが、魔法は想像力だ。実物が目の前にあれば、印象自体は掴みやすい。あとは、自分の魔力をそれに変換するという想像ができるかどうか。
「むむむ~」(マリー)
「……」(アベル)
「んんっ」(レオナ)
……やっぱりレオナだけ何か色っぽい。癖なんだろうか……
最初にできたのは、やはりレオナだった。
「これ、で、いいの、かしら」
ちょっと息を切らせながら、レオナが『風』の素因を手の上に浮かべている。
「うん、合ってるよ。消し方わかる?」
訊くと、すぐに素因が霧散する。
「消し方っていうか、集中してないとすぐ消えちゃうわ。あなた、よくこんなに長い時間出していられるわね」
「練習したからね。あとは練習あるのみだよ。繰り返し素因を出して、より早く、より長く維持できるようにするの。消すのは、今みたいに集中を切れば消えるから」
まだオドの操作を学んだばかりなのだ。そうそう維持できるものでもない。
「これでいい?」
お、マリーもできたか。
「おお、できてるね。これって『火』だけど、自分でなら触っても温かいくらいで大丈夫だよ。ただし、他の物とか人とかは普通の火みたいに熱く感じるから気を付けて」
竈用の木切れを近づける。すると、すぐに火が付いた。
「わ、本当だ。あたしが触っても温かいのに」
マリーは意外と維持できてるな。子供の方が想像力が豊かというか、経験や識見が無い代わりに素直だから、基礎を教えるのは早い方がいいっていうのは、この世界でも変わらないみたいだ。
火が付いたことに驚いたのか、マリーの素因も霧散する。
「ああ、消えちゃった。もう一回やってみよ」
マリーは放っておいても繰り返しやるだろう。
「これで、いいか?」
アベルも金の素因を手の上に浮かべている。ちょっと汗ばんでいるから、やはり大人の方が苦労するみたいだ。
「うん。大丈夫。父さんも練習だね」
ふう、と息をつくと、アベルの手から素因が消える。うん。最初の段階はこれでいい。
「あとは、繰り返し練習だよ。ほかの素因の練習もしたかったら私に言ってね。ただし、相性の良くないのは、今のやつより難しいよ」
私も素因を消し、レオナの様子を見に行く。悶えながら、素因を出したり消したりしている。
「母さん、ちょっとスムーズになってきた?」
「そう、ね。出すのは楽になってきたかな。そのままにしておくのが……あ、あ、消えちゃった」
長時間の維持はまだ難しいだろう。それよりも。
「あのね、多分、母さんは全部の属性と相性が良いと思うの。だから、ほかのがやりたかったらすぐ言ってね」
「全部? 私が?」
レオナとの会話を聞きつけたマリーがこっちに来る。
「母さん、全部出せるの? ずるい~」
「マリーも全部出せるよ。練習したら、ね。母さんだって、まだ全部出せないから、マリーも頑張って」
「うん。あたしの方が早く出せるようになるんだ!」
多分、マリーもアベルも『光』系の属性は比較的楽だろう。『火』も『金』も光系統だ。『風』もそうだが、レオナは『闇』系も扱いやすいはず。他の二人は闇系統の『闇』、『木』、『土』、『水』はちょっと苦労するかな。
私は、前世でも今も、特に相性の良い属性はない。だから、相性の良い「馴染む感じ」というのが、実のところ私には分からない。初心者教育をすることになったとき、同僚に聞いて知ったのだ。この辺は持って生まれた才能なので、自分では如何ともしがたい。
しかし、苦労するだけでできないことではない。最終的には皆全部出せるようになる。私と同じく、全て同時に出せるように教育するのだ。この世界の常識に染めてはならない。この世界の常識は了見が狭すぎる。
「『火』は、そのまま火を付けたり、温めたりできる。『金』は、金属加工、特に切断することができるよ。金属だけじゃなくいろんな物をね。『風』は、風を起こす他に、何かを圧縮したりできる。こんな感じで、八つ全部使えれば色んなことに使えるから、皆頑張ってね」
難しいが、『火』には再生という側面もある。想像さえできれば、火で癒すこともできる。
「そうだ、魔法を教える条件なんだけど」
皆が私に注目する。
「まず、誰に教わったか言わないこと。そして、教えた人にお金を払うってのが主な条件かな。他にもあるけど、まあ、無視して大丈夫」
偽物の誓約書なんぞ、無視だ無視。それに、私が作ったら本物になってしまう。そんな危なっかしい物使えるか。
「だから、皆も私に教わったって言わないでね。お金は……そうだねぇ。少しお小遣い上げてもらえればそれでいいよ」
親指と人差し指でわずかな隙間を作って両親に示す。
「本当に、それでいいのか?」
「多分、無暗やたらと広めないようにっていう約束事だから、特に気にしなくていいよ。教える人数を制限できてれば大丈夫だと思う。ああ、皆は誰かに教えるのはやめてね。それやっちゃうとテオさんとかに迷惑かかるかもだから」
本当はどんどん教えて、一気に増やしたい。裾野が広がれば、研究する者も増える。研究者が増えてくれれば、色々な発想の魔法陣が見れるだろう。しかし、今のやり方を急激に変えるのは、危険も伴う。特に、こんな田舎町から国の制度を無理矢理変えるようなことをすれば、どんな影響が出るか知れたものではない。そういうことは、もっと情報を集めてからだ。
「分かった。レオナ、大丈夫だよな?」
レオナも笑顔で頷く。
「ええ。今度からミオのお小遣い、上げておくわね」
我が家の会計担当からお許しが出た。……家計簿の計算間違ってたの、言った方がいいかな……
「あたしは?」
「マリーは、どうしようかな。そうだ、今度一緒にお出かけしたときに、何か果物でも奢ってよ。それでいいわ」
「わかった!」
マリーも笑顔で頷いている。何かをしてもらったときに、無償というのは良くないと私は思っている。何も返さないのは、ただの依存だ。本当は等価交換とするのが望ましいが、それよりも本人同士が納得できることが大切だ。
その日は、遅くまで皆で魔法の練習だった。マリーが寝落ちしてしまって、危うく火事になりかけたが、すぐ鎮圧して事なきを得た。やっぱり、マリーはしばらく私が見ながら練習だな。




