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     後編



 ばあちゃんのメールを読んだ翌日に、僕は山の跡地へと帰ってきていた。


 何とか車でたどり着ける場所までミニバンで行き、それからリュックを背負って丘とも呼べないくらいに盛り上がった土地の上によじ登る。


 考えてみたら、確かにちょっとおかしなことになってはいたのだ。

 周りを囲む山々ほど大きくはないが、低山とは言え標高が二百メートルを超える山が消えたのに、土砂があまりにも少ない。


 山の中がほぼ空洞だったのではないかというのが、テレビに登場する有識者がなんとかひねり出した答だったが、ばあちゃんのメールの通りなら山の中身は、丸々とぐろを巻いた龍神様だったということになる。

 うーむ、ちょっと想像ができない巨大さだ。


 ばあちゃん、本当にここに龍神様がいたのかい?


 僕は異世界を舞台に小説を書いてはいるが、ばあちゃんのメールに関しては当然ながら信じ切っているわけではない。

 ただ、真実であればいいな、とは思っている。


 僕の大好きなばあちゃんが、異世界でエルフの小娘として生き続けているなんて、想像するだけで、楽しくなってしまうでないか。


 一応テントを設置したけど、僕は外に寝袋を敷いて横たわった。

 ぼんやりと暮れていく空を眺めていたら、不意に耳元で声が聞こえた。


『遅かったではないか。こんなに待たされるとは思わなかったぞ』


「え?」

 慌てて身を起こし、辺りを見回すと、

『ここだ、ここ!』

 下か?

 視線を下ろすと、三十センチほどの真っ白い蛇が鎌首をもたげてこちらを見つめていた。


「へ…び?」

『我は龍の欠片じゃ。次元の穴に吸い込まれる前に、あちらに置いてきたものと同様のな』

「は?」

『本体が生きている限り、我らは次元を越えて繋がっておる。インターネット回線も繋いでやれるぞ』

「へ?」

『ほれ!ノートPCを出すがよい。ほれ!ほれ!』


 寝袋に横たわっているうちに、僕は眠ってしまったのだろうか。

 呆然としているうちにも、白蛇はほれ、ほれ、と僕に迫ってくる。

 さては明晰夢ってヤツだな。

 けど、面白い!続きが見たくなる夢じゃないか!


 僕は言われた通りPCを起動させてみた。

 …と、メールの着信音がする。

 画面に表示された差出人は、「家代たよ」


 メールのタイトルは、



【ばあちゃんは異世界にいます!】




『やっほー!あっちゃん!

 龍神様のことは信じてたけど、ホントにばあちゃん、異世界に来ちゃった(笑)

 写真を添付するから見て!

 ぴっちぴちの小娘エルフ!

 一緒にいるのは、驚くなかれミーコちゃんです!二足歩行のケットシーとかいう猫の上位種に遺伝子操作で造り替えていただきました!

 なんと、ケットシーの寿命は二百年ほどらしいわ』


 添付された写真には驚くほど美しい黒髪のエルフが写っていた。

 見た感じ、十五、六歳くらいか。けど楽しげに輝く瞳には既視感を持つ。

 ちょっと悪戯を思いついた時なんかに見せる、祖母の表情にそっくりなのだ。


「うわぁ。自分の脳内変換に大拍手だよ。エルフになったばあちゃん、起きてたとき想像してた以上の出来だ!」


 それに黒髪エルフの隣には、機嫌よさげなケットシーが二本足で寄り添い、器用に肉球のついた指で丸っこいピースサインを作っている。


「楽しいじゃんか!そろそろ寿命かと思ってたミーコが、つやっつやの毛並みで異世界を楽しんでるなんてさ」

 僕は声に出して笑った。なんていい夢だろう!


『次元の狭間ってさ、時間も空間もあってないようなものなんだって。

 だから追い出したと思った直後に平然と現れることも可能だったんだけど、何しろ五千年という時間が経っているわけだから、ちょっとしたズレで過去に行ってしまうようなことが起こるかもしれない。

 同じ時間軸に龍神様のような強大な神様が二柱同時に存在してしまうような危険は冒せないから、龍神様は五年後を目指して帰還されたの。


 そうしたら七年後に辿りついたみたい。

 やはり多少のズレは生じてしまうのね』


 夢の中なのに設定の細かさに感心する。

 なんでもたった七年で、龍神様の世界はかなり様変わりしていたらしい。


『まず、龍神様の眷属だったエルフ族の人々が、ひどい迫害を受けていたの。

 元々魔法の力に長けていた人たちだったけど、多勢に無勢、龍神様の加護がなければとても抵抗しきれなかった。

 で、捕まって魔力切れになるまで土木工事をさせられたり、見目の特によい者は奴隷にされたり…、ほんとに気の毒なことになっていたのよ。

 指標として置いていった分身にそれを聞かされた龍神様は、それはもうお怒りになられてね、人の国をいくつかぶっ壊してしまおうって勢いだったわ。

 あまりの剣幕にばあちゃん、めっちゃびびって、恥ずかしながら腰を抜かしてしまってねぇ(笑)

 そんな有り様を目にされて、やっと少し落ちついてくださったわ。


 そこに一柱の神様がやって来たの』


 おっと、新しい展開キター!

 はしゃぐ僕を尻尾でペシッと叩いて、白蛇が早く読めと急かしてくる。


『飄々とした雰囲気のそのお方は元々龍神様との仲は悪くなかったみたいで、龍神様を罠に嵌めた神々とは何の関わりもなかったそうなの。

 そのうえ他の神々に敵対視されても、龍神様の庇護を無くしたエルフ族の保護をしてくれていたみたい。

 だから龍神様は会うことを承諾なされたんだけど、そのお方は龍神様をご覧になって本当に驚かれていたわ。

 たった七年で、どうすればそこまで位階が上がるのだ、と。

 元から他の神々より強かったけれど、今の龍神様はもはや圧倒的と言えるほどにレベルが違っているんだそうよ。

 実際その神様が訪ねてみえたのも、眷属のエルフたちの苦難を知った龍神様が放った怒りの波動が、全世界を揺らしたからなんですって。

 それが龍神様のものだと気づいたのは虐げられていたエルフたちで、彼らが涙ながらに龍神様がお帰りになったーって騒ぎ出して、彼らを虐げていた側の人間たちが真っ青になったそうなの。

 まぁ異世界で五千年かけてますから(笑)


 で、龍神様を罠に嵌めた神々も、その加護する人間も、今や戦々恐々としているわけよ。

 だから自分が来たのだと、その神様はおっしゃったの。

 話を聞いてくれるかもしれない相手だからと。


 その神様の話によると、問題はエルフの人たちの方にあったみたい。


 エルフ族は美しく、長命で、傲慢だった。

 最強の神を後ろ盾にしていたこともあって、他の種族の者たちを見下していた。

 何より、龍神様の住まう洞窟周りには、龍神様の魔力の影響を受けた希少な薬草が生えているのだけど、彼らはそれを独占し、家族や主君のために薬草を欲する人々に法外な要求を突きつけていたらしい。それこそ家を傾けるほどの金銭だったり、得た資金を使って戯れに造り上げる怪しげな薬の被験者だったりと、恨まれても仕方ないような為業を繰り返していた。

 それもこれも、彼らを庇護するのが最強の龍神様だったからこそやれたわけで、恨みは龍神様にも向いていたようだ。

 エルフたちの龍神様に向ける感謝は本物だったために、邪悪なその行いに気づくことがなかった。何より龍神様は賢く美しいものが好きだったし、御自分の神威で庇護するエルフたちが傷つかないように、眠っていることが多かったのだ。

 エルフたちは龍神様の眠りを妨げる者を、けして近づけなかった。

 かくして人々は他の神々に縋り、神々は一計を案じることとなる。


 と、まあそんなことを聞かされて、龍神様は頭を抱えてしまったの。

 とりあえず、遺伝子を操作して千年あったエルフたちの寿命を、三百年程度にまで減らしておしまいになったわ。それでも他の種族と比べると長いけど、神に近いと自分を錯覚するほどではないとの判断よ。

 そのとき記憶の操作もして、危ない薬の情報は抹消したみたい。

 それから手頃な島を浮遊させて、御自分はそちらに移り住むことにしたの。

 お供は今のところ私とミーコだけ。


 島にはいい感じの水源もあるし、米や野菜を作れそうだから楽しみ。


 こっちはそんな感じね。


 そうそう、言い忘れてたけど、あっちゃんも一族の力があるみたいよ。

 もう忘れてるだろうけど、小さい頃一度龍神様の祠に連れて行ったことがあるのよね。その時、あっちゃん龍神様のお声に驚いてギャン泣きしてたわ。

 龍神様のおっしゃるには、どうやらまた力のある者が増えているようで、そちらで何か大きな変化が起こるとのこと。


 その場所にいればこっちとのリンクが通っているから、いざとなったらこっちに来てもいいし、そっちで頑張るなら龍神様の分身が助けてくださるから、おすがりしてね。


 それじゃまたメールするわね。

 ちゃんと返信も届くみたいだから、あっちゃんからのメールも待ってる。


 じゃあね         ばあちゃんより』



 僕はもう一度、ばあちゃんからの長いメールに目を通した。

 何か…変だな。

 明晰夢にしても、完成度が高すぎる。

 ちらりと白蛇を見る。


「あれ?」

 白蛇の頭に小さな角みたいのが一対ついてる。それに二本の髭も。

 え?さっき見たとき、こんなのあったっけ?

 よくよく見ると、長い胴体には四本の短い足!

「え?…龍神様?」


『最初からそう言うておるだろう。

 そなた、異世界を舞台に物語を作っておるくせに、頭が固いの。


 まぁ、この世界の神々との約定により、我がそなたを守ることには何の不都合もないゆえ、頼るがよいぞ。

 とりあえず…』


 白蛇…白竜が鎌首をもたげて空を見ると、星空の中に黒々と何も見えない穴が開いている。

 呆然として見ていると、何か大きな塊が下りてきた。


「え?え?」

 僕が呆気に取られたのも当然だろう。

 だってそれは、僕とばあちゃんが住んでいたあの古い家だったのだから。

 それは静かに目の前に着地した。


「ど、どういうこと?」

 慌てる僕に、白竜は平然と応える。

『ここに住むなら必要であろ?たよにはあちらでもっと住みよい住居を用意するから、この家はそなたに譲ると言うておったぞ』

「いやいや、でも急に何もなかった場所にこんな家が建ったら、大騒ぎになるよ!」

『さようか…、なら』

 白竜が髭をふるりと揺らすと、

『ふむ、これでよい』

「えええっ!何が?何がいいの?」

『我の許可を得た者にしか見えない仕様にした。安心して住むがよい』




 それから僕は、僕の土地になった竜伏山跡地に、小さなコンテナハウスを購入してそこに住むと宣言し、こっそりと懐かしの我が家に居を移した。




 異世界のばあちゃんからは、時折楽しげなメールが届く。

 ばあちゃんは何と魔法が使えるようになったらしく、畑仕事も楽々だと動画を見せつけてくる。

 正直羨ましい。


『いずれあっちゃんが年を取って、こっちに来たくなったら遺伝子をエルフにして呼んでくださるって龍神様がおっしゃってるから、楽しみにしてて』


 というからその日まで、小さな白竜を相棒にして、頑張って生きていこう。







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