6-28 依り代結び 傀儡
ビル内を駆け回り、資料館にまで到達した幸助と大吾。デバイスで確認したところ、結晶はこの先の部屋からまだ移動していない。
「まだ探し物の最中ってところか? まあ何にしろ、こん中入って調べんぞ」
大吾の言葉を聞き、幸助はまだ持っていた資料館の鍵の暗証番号を入力する。既に時間経過で変わっていることを警戒していたが、幸い番号はそのままだったようですぐに扉を開いた。
資料館の中に入る二人だが、結晶を持つ人物は死角にいるのか入り口からは姿が見えなかった。
(入ってすぐ見つかる場所ではないか。奇襲を警戒しつつ別れるか)
大吾は頭に浮かべた事をデバイスに日本語で記載して幸助に見せた。幸助もこれに頷くと、二人は扉を閉めつつ音を沈めて歩き出す。
資料館外回りを挟み込む形で一周しようとする二人。結晶の位置からある程度予想が付いたが、万が一結晶だけ置いて別の場所に移動しているときを考慮しての動きだ。
二人が静かに足を進めていると、微かに耳に足音とは違う音が聞こえてきた。二人が本棚の端に背中を寄せて少し顔を覗かせると、しゃがみこんだ小柄な背中を見つけた。
デバイスの結晶探知の位置と同じ。大吾の警戒は杞憂に済んだようだ。
(アイツか……)
(ここからどう攻めるか。)
大吾が息をひそめて一歩踏み出したその時、突然本棚の前の人物が口を開いた。
「それ以上足を進めることは許可しません。それ以上進めば、貴方達に不幸が訪れます」
足を止めることを進める人物。声色からしてまだ幼さの残る少女のようだ。音も立てずに気付かれた事態に大吾も幸助も警戒を強める。
二人が動きに迷っていると、間に挟まれている少女の方から再び話しかけてきた。
「次警隊の人達……ここに来た目的は結晶ですか?」
少女は今自分が見ていた資料を粒子化して自身のブレスレット内に収納しつつ、再度呼びかけた。
「引けば見逃します。しかし近付けば、相応の苦しみを受けてもらいます」
「わざわざ丁寧なこって。んじゃ結晶くれんねんやったら引いたんで」
大吾からの要求に無言なままの少女。こうなれば交渉は決裂。かといって先程の警戒の事がある。
幸助、大吾は揃って足を動かさず飛び道具による拘束を試み、技の準備をする。だが、二人は少女の言葉の意図を理解しきれていなかった。
「近付きましたね。では仕方がない」
次の瞬間、幸助と大吾の傍にある本棚の枠組みから鋭い針が飛び出してきた。素早い動きで大吾は間一髪回避できたが、幸助は一瞬遅れてて傷を負ってしまった。
「幸助!」
「大丈夫! 掠った程度だから」
大吾は床に落ちた針に視線を向けて考える。
(彼女の異能力? いや……)
大吾が次に針を発射して来た本棚の枠に視線を向けると、ほんの一瞬だけ小さな光の点滅を発見した。
おそらく先程の攻撃は、彼女が事前に仕掛けていたセンサー式の罠が二人が腕を振った事で反応し、作動したのだろう。
(とはいっても、こんな小さい針じゃ目ん玉にでも刺さらん限り大した効果は得られんやろう。そんなものをなんで仕掛けたんか謎やな)
何か別の仕掛けがあるのかもしれない。大吾の頭に悪い予感が浮かんだが、この一見無意味なものに意味をも耐えるのならば少女本人に何かしら動きがあるはず。
ならば動くよりも前に即刻戦闘終了させれば何も問題はない。大吾はものの数秒でそこまで判断した。
「幸助! 攻めるぞ!」
大吾に指示された幸助も同じく先手必勝で走り出す。少女はこれを見向きもせず、ブレスレットを操作して床に落ちていた針を全て引き寄せた。
「十分。これで貴方達はもう勝てない」
すると少女は一本だけ血のついて針を手に持ち、その血を自身の下で軽く舐めた。少女が謎の行動をする間に幸助と大吾は既に間合いに入って来た。
先手必勝の攻撃が届くかと思われた二人。だが次の瞬間に異常事態が発生した。ついさっき少女に攻撃を仕掛けようとしていた幸助が突然動きを変え、大吾に向かって剣で切りかかって来たのだ。
大吾は咄嗟にクナイを取り出して剣を受け止めたが、かけられる力に耐えるのが精一杯になっていた。
「お前なんや! いきなりどうしてん!?」
「い、いや! 俺だって分からない! いきなり身体が勝手に」
「ハァ? 勝手ってどういう……」
二人揃って自分達に起こっている事に理解が追い付けないでいると、幸助はつばぜり合いを止めて代わりに左足による回し蹴りを仕掛けた。
「マズい! よけて!」
幸助の咄嗟の叫びに大吾は後ろを身を引き、紙一重で回避した。大吾はそのまま壁際まで下がって距離を取ると、立ち上がった少女が幸助の隣に近付いた。
幸助が動けばすぐにでも攻撃できる距離。しかし幸助は動かない。
「オイ幸助! なんで動かへんねん!」
「動かないんじゃなくて、動けないんだ……」
「動けない? それって」
「こちらの異能力です」
身長が低く、幼さの残る顔つきに眼鏡をかけた少女。彼女は礼儀正しく自身の異能力について白状した。
「ワタシは他者の血液を使うことで、様々な呪いをかけることが出来る」
「呪い?」
「いや、正確には繋がりと言った方がいいかな? 血液を取り込ませた人型と、その血液の持ち主は一進一退。片方が怪我をすればもう片方も怪我をする。片方が身体を動かせば」
説明の最中に少女はおもむろに右手を上に挙げた。すると幸助の動きも彼女と全く同じタイミングに右腕が動き、上に挙げられてしまった。
「これは!」
「もう片方も動かされる <依り代結び 傀儡>」
二人はここまでの事で理解した。最初のセンサーによる罠は先手をかけることが目的だったのではない。体に傷を付けさせ血液を回収することになったのだ。
「こうなればニ対一。形成逆転」
少女は一通りの説明はし終えたとばかりに前に飛び出して腕を振り降ろして来た。当然幸助の身体も同じように引っ張られ、大吾に向かって剣を振り下ろしてしまう。
「おいおいまじか!」
大吾は最初の一撃こそ避けるも、少女は続けて幸助の剣を振らせて大吾を追い詰めていく。
「クッソ! オイ幸助! それ動かされんのどうにか耐えられへんのか?」
「無理だ! いくら力んでも無理やり体を動かされる! 下手な事すれば骨が折れそうだ」
少女の小柄な素早い動きが強引に幸助にも反映されている。普段と違う戦闘スタイルも相まって振り回されている幸助自身も短時間で疲労が見えてきていた。
「くそマズいな! こんな狭い空間で無遠慮に暴れまわる奴止めろってのか!」
「素早い人。中々攻撃が当たってくれない。少し傷付いてくれるだけでいいのに」
「アホ抜かせ! 血を持ってかれた時点でアウトなんや! 死に物狂いで避けたるわそんなもん!」
大吾の最もな言い分に少し笑ってしまう少女。その上で彼女は大吾に話しかけた。
「確かに、ワタシの能力は相手の血液を得なければ始まらない。だからそれを手に入れるためにはあの手この手を使う」
直後、大吾の背後に何かが突き刺さる激痛が走った。後ろを振り返ると、少女の背丈程かそれ以上ある裁縫針が大吾の左肩に突き刺さっていた。
「針? どうやって」
大吾が目を凝らすと、針穴には糸が付いており、同じ色の糸が少女の左手にも握られていた。
「半なる反射。さっきこの人を暴れさせたのはこれで出る音を誤魔化すためでもあった」
少女は糸を引いて針を自分の手足のように操り、自身の手元にまで戻した。
「これで貴方の血液も手に入れた。後は人型に付けて刺すだけで……」
少女が針に目を向けると、付いていたはずの血液が消えてなくなっていた。
「血液がない? なんで」
咄嗟に正面に顔を向ける少女。彼女の予感は命中し、大吾が目の前で姿が消えた。
(消えた? 逃げたの? いや、それなら針に付いた血液まで消えるのはおかしい。これは……)
「とりあえずの戦力は把握できたな。幸助がいきなり取り込まれんのは予想外やったけど」
どこからともなく聞こえてきた声。大吾の者であることは明らかなのだが、少女にも幸助にも、彼の姿は見えなかった。
「何処に? 今ワタシが刺したのは」
「俺の分け身。忍者は正面切って突撃なんて真似せえへんのよ。観察したおかげで、異能力の対処も考え付いたしな」
「ホントか!」
幸助は大吾の頭の回転のはやさに感心すると、突然二人の周囲に煙が発生した。
「これは!」
「奇襲? どこから」
少女が警戒を強めると、自身の左の方向から一本のクナイが煙を突き抜けて飛んで来た。
少女は態勢を屈ませ攻撃を回避するも、今度は後方から大吾本人が飛び蹴りの姿勢で出現した。
(目くらましとクナイで攪乱して、体勢を崩したタイミングイン格闘戦! わずかなスキも見逃さない辺りやはり戦闘慣れしている。だけど)
少女は針を逆手持ちし大吾の近づく方向に先端部を向けた。
「浅はか、素早く突撃するから単純な攻撃でも当てられる!」
だが少女の目論見に対し大吾の動きは針の当たるギリギリの位置で着地。床に付いた右足を軸に体制を崩すと、なんと幸助の背中を殴り飛ばした。
「エエエエエエエェェェェェ!!!」
幸助は唐突に自分が攻撃されたことに驚いていると、すぐ隣にいる少女が嗚咽を吐き、幸助と同じ体制で吹き飛ばされていた。
(一緒に吹き飛ばされてる? もしかして)
位置関係の都合で幸助は床に、少女は棚に激突した。当然この痛みも幸助に送られてしまい、顔面にまで激痛が走った。
「な、なんでいきなりこんなこと……」
「いや~、動きが連動してるんならダメージはどうかと思ってな。仮説通りでよかったわ」
「良くない! 完全に俺サンドバックじゃねえか!」
「おお、棚ぼたのでかい的やでありがとうな」
一切の反省のない言葉に怒りが湧いて来る幸助。一方で少女の方は幸助程身体は頑丈ではなかったために衝撃に頭をふらつかせている。
「幸助の頑丈さについて行けない事も予想通り。さてどうする? これ以上こいつの身体使うんなら、こいつには耐えれる程度でボコボコにすんのもアリやけど?」
「容赦なさすぎでは?」
幸助の問いかけに大吾は眉のしわを寄せて返答した。
「当然や。いいか教えといたる。俺は古今東西美女は大好きや。そして反対に、こういう妙に力を持って人をしばくクソガキは……反吐が出る程ムカつくんや!」
普段零名に何度もしばかれている大吾の怒りがヒシヒシと湧き、戦闘の場を優位に進めた。




