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渡る異世界にコンプライアンスはない  作者: ぬがちん
第二話 女を着た悪魔
9/33

「辰美、幼馴染と遭遇する」

 神として人間に崇められる蛇は『最も賢い動物』だ。

 悪魔として楽園で人間を騙した蛇は『最も呪われし獣』だ――


 

 乗っ取られたバスの中で依然として身動きが取れない山田兄弟。

 虎太郎は乗り合わせた真後ろのネネボアと小声で会話を続けていた。


「あなた名前は?」


「……虎太郎」


「奇妙ね。女の姿で『転生』するなんて。強い願望でもあったのかしら?」


 元のクズ男とまでは知らないネネボアが、可憐に生まれ変わった虎太郎に興味津々だった。

 虎太郎のしっとりもちもちな肌にご満悦そうにいじって楽しんだ。 

 小顔ベビーフェイスには嫉妬だろうか、感情的に顔面をアイアンクロ―で潰しにかかる。

 ジャック犯に悟られない様に顔を近づけて会話をするわけだから、いちいちネネボアの息が虎太郎の首をくすぐるので正常でいられない。


「ちょ、首元で喋るのは……」と、抵抗をするようならば、


 がしっ――――

 この通り、ネネボアの前腕部がたちまち虎太郎の首を捕らえる。

 車内のご近所さんとの約束は『振り返らない』事――

 パーソナルスペースは緩いが、対面を激しく拒絶した。

 蛇とは二面性を備えてると言う。


「失礼いたしました……」


 虎太郎は後ろ手で拘束中の身。対してネネボアは自由の身。

 圧倒的に不利だ。

 飴と鞭がえげつない。

 なぜおれだけ、バスジャック犯とネネボアの二人に命を握られている?

 暇を持て余すネネボアと、命を弄ばれる虎太郎であった。



 乗客を乗せては都を走り続けるバスの車内は、拘束された人質でさっきまであった空席を埋め尽くした。

 虎太郎は背の高い正面の座席からそっと状況を確認した。

 よく見れば乗客に〈現実世界〉の制服っぽい女子高生が混じってる。

 ここだけ切り取れば平日の日本の朝だ。

 

 すると、ネネボアは「なるほど」と何かを納得して、プロファイリングを開始した。


「奴が乗客をせっせと乗せてるのは、他人を巻き込みたいだけじゃない。停留所をすっぽかして独走しては、事件発生中と悟られてしまい警察が動いてしまう恐れがある……」


「カモフラージュって事?」


「ええ。外の世界の誰にも悟られないで悪事を遂行するためのね」


「このままどうする気だろう……。地獄へって、どこかに衝突してバスを大破させるのかな……」


 どれくらい経つのだろうか。

 誰も殺されてはいないが生きた心地もしない。

 生かさず殺さずでメンタルが持たない。

 バスが止まったところで見えた野外時計の針は八時二十五分を指してる。

〈ギルド〉の『試験』にはもう間に合わないか……。あの『ブラック企業』が事件を考慮してくれるわけもないだろうし。

 終わりのない時間に虎太郎も、焦りと恐怖から残酷な未来を思い描いていた。


「安心しろ」


 力強い言葉は背後のネネボアからだった。

 前後の席でまだ一度も顔さえ見合わせて無いのに、ネネボアは虎太郎の弱気な表情を見透かしていた。


「このバスが地獄へ向かうとはまだ決まってはいない」




 クソ兄貴めバスから解放されたらぶっ殺してやるからな!


 辰美は胸の内で虎太郎への殺意を示した。

 どうやら虎太郎は犯人が目的を達成しても、仮に神が降臨して救済するような事が起きても、どの道地獄行きになるようだ。

 しかし、辰美はこのバスを乗っ取った犯人が、破滅へ進ませてるとまでは知る由もない。

 必ず自分たちは無事に解放されると信じて疑ってないみたいだ。


 そもそもこのバスへ乗り込もうと提案をしたのは虎太郎である。

 今日〈ギルド〉の『試験』を一緒に受講しようと発案したのも虎太郎である。

 何が渡りに船だ。

 大船で乗ったつもりが、とんだ海賊船だったじゃないか。

 言いたいことは山ほどあるが、その不満を言う為の口は塞がれて、その血眼な目も憤りに震える手も全て今は封じられている。

 それでよかった。

 でなきゃ今すぐにでも兄を半殺しにしてたかもしれない。

 

 ガムテープで目や口を塞がれてから随分時間がってる気がする。体感的には一時間は経過してる気分だ。

 暗闇の檻の中で未だ囚われてる辰美が挫けかけてると、突然視界に光が差した。


「……っっ」


 眩しさに目を霞ませてると、自分の眼鏡が落ちてる足元の先に色落ちしたデニムと汚れた裸足が見えた。

 視界を上げると、不衛生な髭面の犯人が立っていた。

 犯人の男の手により辰美の目隠しと口のテープが解かれた。一体なぜ――


「ちょっとしたゲームでもしよう」


 男が辰美に問いかけた。

 男は目の下のくまがひどかった。何か月も家に中で引きこもってゲームしてたような、生気のない薄汚い顔をしてる。

 現実とゲームの区別もつかなくなったか、男が辰美を誘うが今はクソほどゲームをしたい気分ではない。

 首を横に振って拒絶すると、男は周囲に聞こえる様にわざと声を張って言った。


「うまくやりゃあ、自分だけでもこのバスから脱出できるかもしれねぇぞ……?」


「……!」


 辰美は目を剥いて男の顔を見た。

 千載一遇のチャンスに絶望してた辰美の目に光が宿る。

 早くも解放される兆しが見えて、聞いていた乗客達の鼻息も荒くなる。

 ただ二人、犯人の目的を推測し終えてた虎太郎とネネボアだけが疑って見ていた。


「なんで今更解放を……」


 虎太郎の独り言にネネボアが答える。


「蜘蛛の糸を垂らしたのよ。いい子のふりをしてる人間の浅ましさでも見たいんじゃないの?」


 地獄から這いあがる一筋の希望か。

 だがジャック犯がみんなに与えたチャンスとは思えない。気まぐれはいつだって山の天気のようにコロコロ変わる。

 ネネボアは組んだ自分の膝の上で頬杖をついて続ける。


「乗客を解放して警察が動いてももう遅いと考えたのかもね。実際そうだわ。奴らはノロマだから。いつも事件が発生した後に残飯処理のごとく嗅ぎ付けてくる犬……」


 そのゲームとやらの内容もだが、ネネボアが妙に警察を敵視しているのが気になる。

 まるで追われる者の台詞みたいに聞こえた。

 とにかく虎太郎は弟の武運を祈ったが、解放と言う甘い言葉に浮かれれず予断は許さないままだった。


 ゲームのプレイヤーに選ばれた辰美は、甘い言葉に誘われるように応じてしまう。


「クソヤンキー。お前の名は?」


 バスジャックするような糞野郎にまでクソと罵られるとは屈辱的だ。


「俺はヒロってんだ。名前くらい教えろよ。今は地獄行きの仲間だろ?」


 ヘドが出る。


「……辰美」


 わなわなと辛抱して答えた。

 解放の為だ。今は大人しく従うべきだと案外冷静に判断してた。


「よーし、たつみ。ルールを説明するぞ。お前にはこれからここにいる乗客の内、解放する人間を『一人だけ』選んでもらう」


「……一人」


「そうだ。その一人だけ次の停留所で降ろしてやる」


 気前よく条件を提示してくれた。しかも解放は無条件と来たものだ。

 更にジャック犯――ヒロはルールを追加する。


「ルールその二……選ぶ人間はお前自身でもいい」


「オレでも……?」 

 

 まるで辰美の自己中心的な部分に直接聞いてる気がした。


「そうだ。じゃあ立て。そして選ぶんだ」


 辰美はヒロに言われるがままその場で立ち上がった。

 ステップの上の後部座席なので大体の車内は見渡せた。

 久しぶりに景色を見たと思えば、車内は同じく両手を背中に回して縛られ口も目を塞がれた乗客が飛び込んできた。

 みんなバスジャック犯の人質なって「むーむー」と、籠った声で我こそはと解放を待っている。

 全員同じ境遇と思えば、座席の横からひょっこりと顔を出す兄の姿が見えた。

 ガムテープで大幅に行動を制限されてる乗客の中で、一人目も口も自由になった少女は辰美を心配気に覗き見ている。

 辰美ぃ……とすがる様に名前を呼ばれた気がした。

 一番厳重に縛って置いて欲しかった。危うく「あいつほどいてんぞ!」と犯人に告げ口する所だった。

 辰美はそんな虎太郎の眼差しを無下にして早々と視線を切る。


 前方座席を見ると女子高生がやたら目立つ。

 あとはシルバーシートのご老人達……。

 辰美は悩んだ。

「お前でもいい」と言うジャック犯の台詞が脳裏から離れない。

 別にここで自分一人が助かったって咎められはしないだろう。

 多くの乗客は目も塞がれてるし、辰美の肩身も狭くはならない。

 兄を置いて逃げるなら即答だが、他の乗客達を全員置いて自分だけが助かる――

 ――何かが気に入らなかった。


「早く答えろ」


 ヒロが急かす。

 自分だけ先に助かりたいという『我』を刺激して来る。

 更には前方の一人用の座席に座ってた黒髪女子高生が、突として生脚を通路側に放り出した。

 ローファーで床をコツコツと小突いて音を鳴らす様は、自分を選んでと訴えてる様に見えた。

 みんな助かりたいんだ。一人なんて決められないし、ましてや自分を選ぶなんて事もできない。

 そんな辰美の決断は――


「……優先席のじいさんに決める」


 顎をくいっと向けて指示したのは、優先席で杖を突いていたおじいさんだった。

 今は後ろ手に拘束状態で杖は床に放置されたままだが、そのご老体に長丁場の緊張は酷だと思ったからだ。

 何よりもみんなが納得するだろう答えをなるべく選出した。


 ヒロは想像してた結果と違ったからか、露骨にしかめた顔を見せた。

 辰美の見た目から判断するに、自分しか見れてないからこそ非行に走ってるのだと考えていたからだ。

 強烈な容姿に似合わず思いやりを兼ね備えてやがる。ジャック犯は自分の行いと比較して劣等感を抱いていた。


「……じいさん。決まった。次降りれ」


 ヒロがそう言っておじいさんのガムテープをほどいて解放した。

 数十分とは言え体を固定されてたからか、関節やら筋肉の萎縮やらで弱っていた。

 辰美が案じて見守ってると、ヒロがゲームを続行した。


「次! お前だ!」


 納得する結果が見られなかったからか、停留所を待たずして二人目の解放する人間を選ぶプレイヤーを決めた。

 それはさっき辰美が選んでる時に主張してきた女子高生であった。

 紺地のカーディガンに、短いプリーツスカートから伸びるスレンダーな美脚。

 異世界であっても説明不要のビジュアルは粉うことなきJKではないか。


「ぷはっ……!」


 ヒロが少女の口と目からガムテープを剥がすと、自由になった口で大きく息を吸い込んだ。

 制限が緩和されると、少女の性根まで顔を出したか態度ががらりと変わる。

 首をかしげてポキポキと骨を鳴らして座席にふんぞり返り生意気。

 大きく股開いた生足は、自分がこの空間を支配してるとでも言いた気に通路を陣取って女王気取り。けしからん!

 これではヒロはたちまち従属者だ。


「お前、名は?」


 ヒロが辰美の時と同じように名前を所望する。

 どことなく男は肩身が狭そう。

 少女は答える。


「……葵瑠香(あおいるか)


 胸まであるウェーブがかった黒髪が色香を放ち、男を魅了させる。

 それはヒロも同様のようだった。

 自然と視線は少女の挑発的な脚に目移りだ。


「……ちょっと」


 すかさずそれを見逃さない瑠香はヒロに付け込む。


「今見たでしょ? 変態」


 語気が強い。

 覇気がえぐい。

 これはもはや女子高生のなせるポテンシャルだろうか。


「……うるさい!」


 少女よりも狂気が弱い。

 少女よりも邪気が足りない。

 これが所詮何もなせない男のポテンシャルなのである。

 脅しの道具に成り下がる銃とは違う、一語一句、自分の磨き上げた体、全てが瑠香にとっての武器である。

 豪気な瑠香にあしらわれるヒロはメンツもなにもあったものじゃない。

 ……相変わらずだ。

 辰美はうんざりとした表情で瑠香を視線から外した。

 偉ぶったあの態度はまさしく腐れ縁の幼馴染だと察したのだ。


「さあ、選べ! お前は誰を解放したい!」


 ヒロが苛立ちながら瑠香へ押し迫った。

 今ではそのピストルさえ瑠香に負けてる気がした。


「そんなの当然でしょ?」


 彼女に悪魔の囁きなんてものは通用しない。

 瑠香は震えるピストルを押しのけると声高らかに言い放った。



「わたしはわたしを選ぶわ!」



 ――――――!

 

 悪魔は瑠香自身なのだ。


 それを言えてしまう彼女は一貫して自己中心。

 自分を中心に世界が回ってると思えてしまう典型である。

 他人の常識は自分の非常識だと逸脱できる型破りでもある。

 右になんぞ倣わない。

 左に行けと言われれば左も切り捨てて、斜め上に行ってしまう思考が異次元。

 故にバスジャック犯ごときの思惑に左右される女では無いのだ。


 異次元女が異世界にやって来た。

 車内を見ればわかる。

 空気が変わった。彼女の口のガムテを解いた瞬間から、彼女の一呼吸で淀んだ空気を吹き飛ばしてしまった。

 見た目だけイキった辰美自身も恥ずかしく思える。

 ジャック犯の胸中お察ししてると、停留所がまだ遠いのだろうかゲームは続いた。



 

 

読んで頂きありがとうございます!


辰美と瑠香の命運のつづきは、また次週です!

(追記 ちょこちょこ誤字があったので訂正しております)

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