第58話
夏季休暇が明け、九月に入った日の放課後。
いつも通り幸雄は陽羽と共に帰路を共にする。幸雄はチラッと横目で陽羽を見た。
連続無差別殺人事件の犯人。魔物のナハトを倒してからだ。陽羽を見ると心が締め付けられるような、けれど胸が暖かいと感じるようになったのは。
特に陽羽の笑顔を見ると、それは激しさを増す。
「もっと見たい」、「触れたい」とそう思うようになった。が、以前、澪に「触れていいのは好きな人にだけ」と言われてしまっている。
幸雄は必死にその衝動を抑えていた。しかし、幸雄と陽羽には週に一度の魔力の譲渡がある。嫌でも触れる(それもキスだ)事になる。
(やはり俺のせいで…)
陽羽にも迷惑をかけてしまっている。そう思うのに時間はかからなかった。
魔力の操作に上手下手はあるものの、訓練を積んだものならある程度は操れる。魔力の受け取り等、自分が「受け取る」という意思さえ持てば、半自動的に添人から魔力を受け取れるのだから、至極簡単なものだ。
しかし、それが出来ない幸雄だ。勿論理由はある。
ゼプテンバールが、幸雄が魔力を操るのを拒否しているのだ。ゼプテンバールの魔力を埋め込んだという事は、彼の意識が多少なりと幸雄の中にあるという事。
つまりは、ゼプテンバールが承諾しない限り、幸雄はキスでしか陽羽から魔力を受け取れないのだ。
何度か掛け合ってみたが、無残に切り捨てられてしまった。
ゼプテンバール曰く「ケツの青いガキに僕の魔力なんてくれてやるかよ」との事だった。
考え込んでいると、不思議に思ったのか、陽羽が幸雄の顔を覗き込んだ。
「長月君…どうしたの?」
「あ…いや…何でもない」
「そう?何でも言ってね…?」
あぁ、まただ。陽羽は優しいからすぐにそう言う。自分以外の者にもこう優しいのか、と思うと流石と思う反面、何故か胸がちくりと痛む。
(相談してみるか…)
一人で悩むよりかはいいだろう、と陽羽に相談しせんと声をかけようとした時だった。
二人の後ろからスマホを見ながら自転車を運転している男性が、陽羽のすぐ横を通過した。
「きゃっ!」
陽羽が身を引くと、足を縺れさせて体制を崩してしまう。幸雄は後ろから抱きかかえるかのようにして受け止めた。
「………」
自分よりも小さく、包み込めてしまえそうな小さな身体。柔らかくて、髪からはシャンプーかリンスかの心地よい匂いがする。
「びっくりした…。長月君…ありがとう」
(やっぱり離したくない)
自然と力がこもり、陽羽を更に抱き寄せる。
「えっ…」
このまま離さなければ、もう陽羽は怪我をしなくて…怖い目に合わなくていいのか。そう思うと離そうと思いながらも離せなかった。
「長月君、ちょっと…痛い…」
「!」
強く抱き締めすぎたらしい。慌てて手を離した。
「すまん…!」
「ううん。…大丈夫?」
幸雄と向き直って、陽羽は心配そうに眉尻を下げる。
(そうか…俺が壊してしまうという事も…)
今のようなごちゃごちゃな心のままでは、陽羽に迷惑をかけてしまうかもしれない。傷つけてしまうかもしれない。そう思うと自然と手から力が抜けていく。
「…あぁ、大丈夫だ。帰ろう」
「う、うん…」
その後。陽羽は何度か話を振ったが、いつものような明るい返答は帰ってこなかった。




