第56話
それでも懸命にナハトの服を掴み、必死にもがく。
と急に手を離された。空気が一気に口の中に入り、むせてしまう。
「げほっ、げほ…」
上体を起こし、視線を向けると剣を構えた伊央と、弓を構えた洋子が立っていた。
「睦月さん…洋子さん…」
「よく頑張ったね…後は私達に任せて」
洋子は背を向けたまま静かにそう言った。伊央は魔石を宙に放り投げた。
建物の最上階程の高さに上がった時、その魔石は小さく爆発した。火花が散っているのを呆然と眺めていると、佳乃と蓮が駆け付けてきた。
「陽羽ちゃん!良かった…」
「もう大丈夫っス」
「皆さん…」
「どいつもこいつも…オレの遊びを邪魔しやがって…」
ナハトが構えた鎌を、背後から忍び寄った幸雄が刀で腕ごと切り落とした。
「チッ…人間ごときがぁ…!!」
「貴様っ…よくも…!!」
「待ちなさい長月!陽羽ちゃんの傍に」
「俺等に任せろ」
佳乃と伊央に言われ、幸雄は頷いて陽羽に駆け寄った。
激しい金属音と風を切る音が響く中、幸雄は陽羽の傷付いた身体を見て息を飲んだ。
「……っ…陽羽…」
「長月君…凛子ちゃんと昼ちゃんは…?」
「二人なら無事だ」
「…ほっ…良かった…」
少しだけ緊張が緩む。幸雄は陽羽を見つめ、苦しげに目を細めた。その目を見て胸が痛んだのか、はたまた安心したのか、目がじわりと熱くなる。
「…長月君…」
「…あぁ…」
「………怖かっ、た…っ、…」
涙が溢れてくる。幸雄は傷に触れないようにそっと抱きしめた。
「あぁ…もう大丈夫だ…頑張ったな…」
「ぅん……っ…」
幸雄がぎゅっ、と力を込める。でもそれは痛くなく、優しさを感じた。
「…すぐに助けてやれなくて…ごめん。怖い思いさせて、痛い思いさせて…ごめん。守るって約束したのに…」
「仕方ない…よ…っ。でも…怖かった…」
幸雄は陽羽の目に浮かんだ涙を拭い、頬の傷に視線を移す。自然とその傷にそっとだが触れてしまう。
「ぃっ…」
「あ、すまん…。………」
何かを言おうと口を開こうとすると、幸雄の肩に佳乃の手が置かれる。
「終わったわ」
「…あぁ…。お疲れ様」
「陽羽ちゃん、帰って傷の手当をしましょう。それと…前、閉めた方が…」
佳乃に言われて、陽羽は初めて気がついた。シャツのボタンが全開で下着が見えていた。
「きゃぁっ…!?」
「意外とおっぱいデカかった…」
「やめなさい如月ちゃん」
「お、俺は見てないからな…」
嬉々とする洋子、それを制する佳乃、静かに視線を逸らす伊央と蓮。
「く、車呼んで来るっス」
誤魔化すかのように蓮がその場を離れた。伊央達もそれに着いて行き、静けさを取り戻した廃墟の入り口に陽羽と幸雄が取り残される。
「………」
幸雄はそっと陽羽から身体を離す。しかし、陽羽は幸雄の服を掴んだまま離さなかった。
「……あ、…ごめんなさい…」
「………」
パッ、と離した陽羽の手を、今度は幸雄が握りしめた。
「大丈夫。俺はここにいる」
「…ありがとう…」
再び、涙が込み上げてくる。
涙を服の袖で拭っていると、幸雄がシャツのボタンを止めてくれる。
「な、長月君…!?私、自分で…」
「手、怪我してるから…」
「え…」
手の甲にもすっぱり切られた痕がある。幸雄は気付いていたらしい。
「あ、ありがとう…」
「………」
陽羽の潤んだ目を見つめた後、幸雄は自身の胸を抑えた。




