またね
お題で過去編です。
番外の中の別枠で投稿させていただきます。
*シリアスです。
太陽が地平線に間もなく沈む。観光名所にきた流れでなんとなく見ていただけの夕日は、次の瞬間思いもよらぬ変化を見せた。
茜色に染まる太陽が一層色を濃くし、瞬きの間だけ色を変える。
グリーンフラッシュ。
初めて目にする光景に、ぱちりとひとつ瞬きをする。
知識としてあるだけの存在に、まさか旅行先で遭遇するとは思わなかったと胸に詰まった息を吐き出した。
とても濃い赤に染まっていたはずの太陽が、地平線に沈むその瞬間に真緑に見える。
一生を生きていてこの現象に遭遇する、あるいは気づく人間の方が少ないのじゃないだろうか。
確か、この現象は綺麗に澄んだ空気の中地平線が見渡せる場所にいることが最低条件だった気もするけれど、書物でちらりと読んだだけの内容だけに凪自身も詳しくない。
ただこの現象がとても稀であるのと同じく、別の意味でも凪の中には刻まれているものがある。
『グリーンフラッシュを見たものは幸せになれる』
数年前読んだ本に書いてあった一文は何を根拠にと皮肉ではなく純粋に疑問に感じたのだが、珍しい現象に少しだけ気分が高揚してる今を鑑みれば、それはあながちウソではなかったのかもしれない。
高校一年の夏休み、少し遅い中学の卒業記念にと奮発したらしい幼馴染一家との旅先は、日本国内でも独自の生態系を作り出している小笠原諸島。
陸続きになったことがない島々で構成され、世界遺産にも登録されている自然を持つ場所だ。
同じ都内に住んでいるのに足を運ぶのは初めてで、近くて遠いイメージがある。
実際に足を運んでも本当に同じ都内かと思うほど違いはあり、自然が豊かで空気が澄んでいるこの場所はとても居心地がいい。
何を考えるでもなくぼんやりと海の向こうに沈んだ太陽をなんとはなしに見送っていたら、どんと背中に軽い衝撃を受け身体が傾く。
するとそれを見越したように長い腕が凪の身体を受け止めた。
「っと、危ないだろ、桜。凪は俺らと違って運動神経切れてんだからいきなり突撃すんな」
「阿呆、私が凪に怪我をさせるわけがないだろう。いざとなったらこの身を挺して受け止める」
「受け止めるっつってもお前も似たような体格だし、共倒れるんじゃね?」
「手が届く位置に秀がいたからな。お前なら私たち二人程度受け止めれるだろう」
「確信犯かよ。俺がいる場所以外でやるなよ」
「ふん、私は私の好きな時に凪とスキンシップをする。なんと言っても私たちは大の仲良しだからな」
「へーへー、俺も仲良しだけどなー」
軽口を叩き合う二人を眺め、ぱちりとひとつ瞬きをする。
そして自然と緩む口角とともに、眉がわずかに下がった。
桜子が凪を抱きしめる腕が、振るえている。
凪の手首をつかんだ秀介の掌は、普段では滅多にないほど締め付けてくる。
───不安に、させてしまったのだろう。
ある時期を超えてから二人は凪に対して一層過保護になった。
目を放した瞬間に凪が消えると思い込んでるように一時期はべったりと離れず、大分ましになったが何かをトリガーにしてその頃に戻る瞬間がある。
今も、きっと凪の何かが彼らを不安にさせてしまったのだろう。
こういう時は何を言っても離れないので、二人が安心するまでなすがままにされると決めていた。
凪を間に挟んで喧々囂々とやりあう姿すら、何かを誤魔化しているように見えるけど、それを口にすることはない。
不安がっているのが伝わっているのもきっと彼らは気づいてるだろうから。
伝わる温もりに安堵するのはお互い様だ。彼らの温度で凪も引き戻される心地がして安心する。
「帰ろう、凪。旅館で美味しいご飯が待っている」
「それと気持ちいい風呂もな」
いつの間にか和解したらしい二人が差し出した手に、当たり前のように掌を重ねて落ちた太陽に背中を向けた。
足を踏み出すその前に懐かしい誰かの声が聞こえた気がしたけれど、振り返ったりはしない。
気のせいだと幾度も繰り返した経験から身に染みていたし、手に取った体温よりも尊いものなどなかった。
「知ってる?グリーンフラッシュを見た人は幸せになれるらしいよ。いつかまた3人で見られるといいね」
手を引いて二人に微笑みかければ、同じように笑みが返り、胸にじんわりと温かなものが溜まっていく。
きっともう二度とグリーンフラッシュが見れなくとも、この二人がいれば自分は幸せが続くのだろうと、根拠のない自信にますます笑みが深まった。




