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第二の人生は、のどかな国の聖女。隣の聖騎士団長が、密かに私を愛してくれているようです。【☀】  作者: 逆立ちハムスター


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お忍びデートでの甘い告白から数日。

神殿には、星誕祭の大成功による穏やかな余韻が未だに残っていた。


表向きには、私たちは相変わらず「高潔な聖女」と「忠義の聖騎士長」という主従関係を完璧に演じている。

けれど、ふとした瞬間に廊下ですれ違う時の視線の交差し方や、書類を手渡す際に指先がわずかに触れ合うだけで、私の胸の奥は甘く粟立ち、前世のどんな栄養ドリンクよりも強力な活力が湧いてくるのだ。


「エルネスタ様、本日の『神託の儀』のスケジュール案です。ご確認を」


「ありがとう、ユリウス様。……ふふ、今日も完璧なフォーマットね」


執務室で二人きりになった瞬間、ユリウス様の張り詰めていた表情がふっと緩み、その琥珀色の瞳が熱を帯びて私を見つめる。

彼の頭上に浮かび上がる【真実の心眼】の文字は、今日も絶好調だった。


『ああ、私の恋人が今日も宇宙一愛らしい。「恋人」……なんという甘美な響きだろうか。書類を渡す際、あと一ミリ指先を滑らせれば彼女の柔らかな手に触れられたのに、理性がそれを止めてしまった自分が恨めしい』


恋人同士になってからというもの、彼の「私への愛」と「過保護な独占欲」は、留まるところを知らないらしい。そんな彼が可愛くてたまらず、私が内緒で彼の手を握ろうと手を伸ばした、その時だった。


「エ、エルネスタ様ぁぁっ!! 大変でございます!!」


バンッ!と勢いよく扉が開き、最高財務官のフランツ様が、血相を変えて執務室に転がり込んできた。ユリウス様は瞬時に私から距離を取り、「鉄の聖騎士」の顔に戻って剣の柄に手をかける。


「何事だ、フランツ殿」


「今朝方、中央教会からの急使が参りまして……明日の朝、特別監査官のクラウス様が、当神殿の視察にいらっしゃるとのことです!!」


「な、なんだと!?」


ユリウス様の顔色も変わった。

聞けば、星誕祭があまりにも大成功を収め、王都中の民が「エルネスタ様こそ大聖女だ」と熱狂している噂が、遠く離れた中央教会の耳に、もう届いたらしい。

それを重く見た上層部が、「本当に教義通りに正しく運営されているのか」「異端の力を使ったまやかしではないか」を調査するために、泣く子も黙る冷徹な監査官を送り込んできたのだという。


「クラウス様といえば、『氷の異端審問官』の異名を持つ、教義に極めて厳格な御方です。もし少しでも書類の不備や、教義に反する対応があれば、エルネスタ様が異端として糾弾されてしまうかもしれません……っ! ど、どうしましょう、提出書類の準備が……!」


頭を抱えてパニックになるフランツ様。

しかし、私は至極冷静に、用意された紅茶を一口ゆっくりと飲んだ。


(なるほど。抜き打ちチェックね)


前世で私が一番得意としていたのが、この「監査対応」だった。

本部のQAチームは、現場の事情などお構いなしに、マニュアル(教義)の一言一句に沿っているかを厳しくチェックしてくる。現場のスタッフがどれだけ心髄で寄り添った対応をしても、「スクリプト通りに案内していない」という理由で減点してくる、非常に厄介な存在だ。

しかし、彼らには明確な「攻略法」がある。


「フランツ様、落ち着いてくださいな。私たちが星誕祭で民のために尽くしたことに、一点の曇りもありませんわ」


私は優しく微笑み、前世のSV仕込みの絶対的な安心感を放つ声で告げた。


「書類の体裁フォーマットさえ教義通りに整えておけば、あとは私がすべて対応いたします。神様は、監査官様の冷たい心も、必ずや温かく溶かしてくださいますわ」


────


翌朝。

神殿の正門に到着した馬車から降り立ったのは、銀縁の眼鏡をかけ、隙のない純白の法衣に身を包んだ、氷のように冷たい美貌の青年――監査官のクラウス様だった。


「お初にお目にかかります、エルネスタ様。私は中央教会より遣わされました、クラウスと申します。本日は、貴女の『聖女としての資質』と、当神殿の運営状況を、厳密に査定チェックさせていただきます。まあ、当然の訪問ですが、既に知っている為、驚く事はないと思いますが」


彼の周囲にはまるで「冷酷な青色のオーラが渦巻いていた。


応接室に通されたクラウス様は、挨拶もそこそこに、フランツ様が徹夜で用意した書類の束をパラパラと捲り、さっそく鋭い指摘を始めた。


「……星誕祭での『大地の白いスープ』の配布。これは教義の第7章『施しは清貧の心をもって行うべし』に抵触する恐れがありますね。あまりにも豪華すぎます。民が豪華な施しに慣れてしまうことは、信仰の堕落を招くのでは?」


重箱の隅をつつくような、典型的な「QAの減点評価」だ。

フランツ様が「ひぃっ」と息を呑む中、私はゆったりと微笑んだ。


「クラウス様のご指摘、大変素晴らしく、教義への深い理解に感服いたしますわ」


まずは、相手の指摘を一度肯定し、承認欲求を満たす。


「ですが、教義の第12章には『大地の恵みを分かち合うことで、神の愛を体現せよ』とも記されております。あのスープは、決して高価な食材を使ったわけではなく、民たちが育てた少し不格好な野菜たちを、マルク料理長が知恵と工夫で美味しく仕立てたもの。つまり、あれは『清貧の中にある神の恵みを証明するための、生きた教義なのですわ」


「ふむ……」


クラウス様の銀縁眼鏡の奥の瞳が、僅かに見開かれた。

私の反論が、教義を完璧に理解した上での「応用」であることに気づいたのだ。


「なるほど、見事な解釈です。……では、次の質問を」


そこから、クラウス様による厳しい「圧迫面接」が始まった。

しかし、どんなに難解な神学の問いや、意地悪な指摘が飛んできても、私は前世のQA対応で鍛え抜かれた「完璧な傾聴」と「マニュアルを盾にした柔軟な切り返し」で、すべてをふわりと躱し、逆に相手を感心させていく。


だが、問題は別のところにあった。

私の斜め後ろに控えている、ユリウス様だ。


クラウス様が私を問い詰めるために、テーブルを挟んで身を乗り出し、私に顔を近づけるたびに――不安になっている。私たちの関係が露呈する事を恐れているのかもしれない。


クラウス様も、背後から突き刺さるユリウス様の眼光に気づき、わずかに異変を感じていた。

このままでは、勘付かれてしまう。決して悪いことではないけれど、余計な事は監査官に知らないでもらった方がいい。


私はテーブルの下で、そっと右手を後ろに伸ばし、ユリウス様の服の裾をギュッと掴んだ。

(大丈夫、落ち着いて)というメッセージを込めて。


その瞬間、ビクッ! とユリウス様の身体が跳ね、「とろけるようなピンク色」へと変わったのが見えた。


『私は海よりも深く、空よりも広い心で、この監査を見守ろう……っ!』


背後の安全が確保されたところで、私はクラウス様に最後の決定打を放つことにした。

彼のオーラを【オーラ視】で見ると、冷徹な青色の中に、実は「強い疲労感と、自分に対する自信のなさ(孤独感)」を示す灰色が混ざっているのが分かった。


私は、彼が持っていた査定用の羽ペンに、そっと手を伸ばして触れた。


「クラウス様。貴方はこの若さで、全国の神殿を飛び回り、教義の正しさを守るという、誰よりも孤独で、重い責任を背負っておいでなのですね」


「……?」


「貴方のその厳しい指摘は、決して民を苦しめるためではなく、神の教えが正しく行き渡るようにと願う、深い『愛と責任感』から来るものだと、私には分かりますわ」


私は【スポットライト】の能力をかすかに発動し、冬の優しい日差しを集めて彼を包み込んだ。

そして、彼の手を通して【どこでも快眠】の加護を「脳の疲労回復と、張り詰めた神経の緩和」へと応用して流し込む。


「いつも重圧と戦っている貴方に、大地の神の癒やしを。どうか今夜は、監査の重荷を下ろし、温かい暖炉の前で、ご自身の頑張りを褒めてあげてくださいな」


淡いエメラルドグリーンの魔力がクラウス様を包み込んだ瞬間、魔法が抜け落ちた


「気持ちはありがたいですが、私は中立でいなければならぬ身、申し訳ありません」


「それは失礼致しました。ですが、本当に大変なのですね。」


「大変なのは、奇跡を行使せねばならぬ、聖女様方でしょう」


だが、氷の異端審問官のオーラが、完全に優しくのどかな色へと解け落ちた。

クラウス様は深々と頭を下げ、「エルネスタ様……貴女様は、紛れもない聖女です。中央には、当神殿が完璧な運営を行っていると、私の誇りにかけて報告いたします」と断言してくれた。


───


監査官がすっかり浄化されて帰路についた後。

夕暮れの執務室で、私はホッと息を吐きながら、ソファーに深く腰掛けた。

「ああ、終わった……。無事に監査をパスできたわ」


「エルネスタ様」


不意に、隣にユリウス様がドサリと座り、私の肩にコテン、と大きな頭を乗せてきた。

星誕祭の夜の「お返し」とばかりに、甘えるような仕草。しかし、その琥珀色の瞳は、少しだけ拗ねたような、独占欲に満ちた光を帯びていた。


「見事な対応でした。……ですが、私は生きた心地がしませんでした」


「ふふ、ヤキモチですか?」


「い、いえ……その私たちの関係が……決してやましいことではないとわかっているのですが、監査官という立場上、何を言い出すやらと心配していまして……」


私がそう言って、彼の大きな右手に自分の指を絡めると、ユリウス様は耳まで真っ赤にしながら、私の肩にさらに顔を埋めてきた。


「ンフフ、少しからかってみただけです。ごめんなさいね。私も緊張していて、心の縄を少し解きたかったのです」


窓の外には、今日も穏やかな夕日が沈んでいく。

私たちの、甘くてのどかな、ちょっとだけSV気質な神殿運営の日々は、これからもずっと、幸せな波乱と共に続いていくのだった。

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