第41話 揺れるキーホルダー
――時は流れた。
あの日、夢の真相を知った者たちは、
それぞれの「現世」を、生き抜いていた。
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棚橋修也は、幾度も怪我に苦しみながらも、プロの世界を越え、海を渡った。
メジャーリーグのマウンドで白球を投げきり、
引退試合の日。
スタンド最前列で、 大学生の娘が
「お父さーん!」
と手を振っていた。
修也は帽子を深くかぶり直し、 その声にだけ、小さく手を上げた。
優愛は、その隣で泣いていた。
何故か、画面越しで見ている息子の目は滲んでいた。
引退後は日本へ戻り、監督として再び野球と向き合う。
その背中には、いつも岩谷優愛があった。
二人の間には、二つの小さな命が生まれ、
かつて失われたはずの未来は、確かに次の世代へと受け継がれていた。
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内藤は、夢だった刑事になった。
理想と現実の狭間で何度も立ち止まりながら、
最終的に向き合ったのは――
かつての修也と同じように、居場所を失いかけた少年少女たちだった。
彼は知っていた。
救うとは、一度手を差し伸べることではない。
差し伸べ続けることなのだと。
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本間は、あの日から自分を奮い立たせ、再びグラウンドに立った。
海斗の優勝をきっかけに、学園は甲子園の常連校となり、
人々は彼を「名将」と呼ぶようになった。
だが彼自身は、ただ選手の背中を見送り続ける指導者であり続け、
甲子園常連校になったあとも、 本間は、誰もいない早朝のグラウンドに立ち続けていた。
白線を引く音だけが、 静かな朝に響いていた。
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真壁は、政治の道を選んだ。
妻と娘の存在を改めて胸に刻み、
前世で犯した過ちから逃げることなく、
ハラスメントやいじめと向き合い続けた。
演説が終わったあと、 真壁は誰もいなくなった駅前で、 一枚の投書を、何度も読み返していた。
『先生の言葉が、私を生かせてくれました』
街の片隅でかき消されそうな声を、
彼は拾い続けていた。
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中邑は、陸斗の思いを背負い、
打者として数々の記録を塗り替え、
オリンピック日本代表にも選ばれる強打者となった。
やがて監督となり、
日本シリーズの舞台で、棚橋監督率いるチームと相まみえる。
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柴田は、グラウンドを去ったあとも、人を照らし続けた。
持ち前の明るさでタレントとなり、
画面の中で笑う柴田を見て、
「最近また生きるのしんどかったけど、 なんか元気出た」
そう書かれたコメントを、 柴田は誰にも見えない所で保存していた。
そして、今日も舞台に立っている。
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岡田は、若者の支えになるため、他県の教員となった。
そして野球部監督として、再び甲子園の土を踏む。
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父と母は、二人の孫に囲まれ、
海斗と萌々に支えられながら、
静かな幸せを歩いた。
海斗は、卒業式の日にマネージャーだった愛那に告白され、プロ野球選手となり、やがてメジャーへ。
棚橋と同じチームでワールドシリーズを制した。
ワールドシリーズ優勝後。
シャンパンで濡れた体で、ロッカーを開けた。
そこには古びたキーホルダーが祝うように揺れていた。
引退後は表舞台に立つことなく、
愛那と子どもと、穏やかな日々を選んだ。
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萌々は、誰にも告げず、婚姻届を出していた。
陸斗が亡くなる、ほんの少し前に。
そのお腹には、新しい命が宿っていた。
萌々は空谷家で、
陸斗の父と母、そして子どもと共に生きた。
彼は、確かにこの世界に存在した。
その証は、未来に残った。
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そして――
十八年後の夏。
本間率いる学園と、岡田率いるチームが、
甲子園の決勝で激突する。
語り継がれる名勝負だった。
白球は、過去と未来を繋ぐように、
何度も何度も、空を切った。
スタンドには、
それぞれ家庭を持ち、人生を歩む元チームメイトたちの姿があった。
場面は9回の表。
スコアは0対0。
ツーアウト、ランナーなし。
マウンドには、名将、本間監督率いるチームのエース
空谷 龍斗。
土を踏みしめる音が、やけに大きく響いた。
スタンドのざわめきが、
一度、波のように引いていく。
テンポ良くツーアウトを奪ったが、
そこから三者連続四球。
そして打席に立つのは、
岡田監督率いるチームのエースであり、四番打者――棚橋優也。
グラウンドは歓声と日差しに揺れていた。
熱い視線と熱気が優也に刺さっている。
優也は、それを楽しんでいるかのように口角が上がっていた。
フルカウント。
風が、時を止めた。
歓声も、太鼓の音も、
一瞬、世界から消えたようだった。
龍斗はセットポジションを外し、天を仰ぐ。
ベンチでその姿を見守る本間。
その肩に、そっと手が置かれた。
「長生きはするもんだな」
真壁の声は、甲子園の熱に溶けていった。
その光景を見つめながら、
皆は胸の奥で、静かに回想に沈んでいた。
優也だけが、勝利を確信した。――その瞬間。
「龍斗! 深呼吸!!!」
その声のもとで、
夏疾風が、お揃いのキーホルダーを揺らしていた。
セットポジションを外した龍斗は軽く首を回し、
上を見上げた。
《Entrust your dream》
「お父さん…」
龍斗は笑顔でグラウンドを見渡した。
仲間の声が龍斗の背中を押した。
額をつたっていく汗は、龍斗の顔を涼しくさせた。
そして、魂の一球はバットに空を斬らせた。
甲子園に再び歓声が戻った。
9回の裏。
優也もテンポよくツーアウトをとり、龍斗を迎えた。
今日、4度目の対決。
前の打席では長打を打たれている。
手に、力が入る。
キャッチャーのサインは見えていた。
それでも、決めきれなかった。
視界の端に、涼しい顔で立つ龍斗が入る。
――なんで、そんな顔できるんだよ。
気づけば、サインを無視していた。
大きく振りかぶり、力任せに腕を振る。
優也から放たれた球は、必要以上に低めの内角をエグッていった。
――その光景は海を渡り、2人の男の目に映っていた。
まるでスローモーションのように…
そして、2人が声をだした。
「デジャヴだ…」
その瞬間、龍斗は後に大きく引き下がり、バットを振り抜いた。
棚橋がからかうように言った。
「何処かで見たことあるよな?」
「ごめんね。僕はホームラン打てずにデッドボールだったけどね」
「俺も当てたけどな」
笑い声が重なり、海の向こうへ溶けていった。
場面は海を越えて甲子園に戻ってきた。
誰が何を言っているのか、解らないくらいの歓声があがる中、掠れた声がハッキリと宙を舞った。
「陸斗君……
見てる?」
やがて歓声は消え、夕日が甲子園の土をを紅く染めていた。
――そして、空から声が落ちてきた。
「運命を打ち返す、引き籠もり打法ってとこか…」




