第25話 もう一つの現実
父は、ページをめくった。
――七月某日。
朝。
看護師が、いつものようにベッド脇に朝食を置いていった。
湯気の立つみそ汁の、変わらない香り。
どこにでもある、はずの朝だった。
ベッドを起こし、何気なくテレビをつける。
その瞬間――
「昨夜、○○市の交番で発砲事件が発生――」
聞き覚えのある二つの名前が、添えられた。
――棚橋修也。岩谷優愛。
思考が、止まった。
音は聞こえている。
けれど、意味が届かない。
映像だけが、遠ざかっていく。
二人が――亡くなった?
震える手から、箸と茶碗が落ちた。
乾いた音だけが、現実だった。
――僕のせいだ。
あの日。
修也を止めて、別の場所で話していれば。
ほんの少し、違う行動をしていれば。
二人の未来は、変わっていたのかもしれない。
後悔なんて言葉じゃ、軽すぎた。
胸の奥に沈んだ黒い塊が、息をするたびに重くなる。
修也。
優愛ちゃん。
巻き込まれたお巡りさん。
全部――僕のせいだ。
その日の夢は、いつもここで途切れた。
――僕は何も出来ず、ベッドの上で生きている。
追伸
夢の中で、“黄金の声”を聞いた日から、世界が変わった。
棚橋。
優愛ちゃん。
内藤さん――
それぞれの視点で、この悪夢を追体験するようになった。
これは、ただの夢じゃない。
もう一つの現実だ。
* * *
読み終えた父は、静かに日記を伏せ、
言葉を飲み込んだ。
線香の煙が、細く揺れている。
父は天を仰ぎ、にじむ視界を押しとどめるように瞬きをした。
やがて、ゆっくりと口を開く。
「……あなたたちが見た夢は、
この日記と同じ内容だった――そうですね?」
沈黙が続く。
誰も、すぐには答えられなかった。
やがて。
「……修也」
優愛が、かすれた声で名前をこぼす。
棚橋は、何も言わずに頷いた。
内藤も、拳を握りしめたまま、低く言う。
「自分も……同じです」
その言葉で、空気が揺れた。
父は一度、目を閉じる。
そして、ゆっくりと息を吸った。
「……おそらく――」
言葉を選ぶように、間を置く。
「おそらく……
この夢にはまだ、続きがあります。
私を含め、ここにいる“あなた方以外”の人たちは、夢の中でこの出来事をニュースと
して見ている。
……そうですよね?」
視線が、全員をなぞる。
「……違いますか?」
三人以外の全員が、静かに頷いた。
空気が、さらに重く沈む。
棚橋たちは、互いに顔を見た。
言葉はない。
ただ、同じ理解だけがあった。
父は再び日記を手に取る。
その手は、わずかに震えていた。
「では……続きをお話ししましょう」
「真壁校長。本間先生――」
名を呼ばれた二人が、わずかに身じろぎする。
数珠のこすれる音が、かすかに鳴った。
2人の額に光る汗が、鈍く光った。
そして、再び父は日記を手にした。




