第306話 三人が選ぶ道
「よぉ、セレナ嬢……この場だけでは『セレナちゃん』でいいか?」
「いや、まあいいけど。グレッダさんも気を遣ってたんだね、それ」
「一応これでも貴族だからな。周りへの示しってやつだ」
翌日、約束通りグレッダさんの屋敷にレオンとマリーナと一緒にやってきた。
なんでこの二人まで一緒に呼んだのかすごく謎だ。
それぞれとの時間はとても大切な時間なのに、二人が揃うと一気に逃げ出したくなる険悪さを見せるのだ。
議題は『どっちがセレナを好きか』もしくは『今度の休みはどっちと付き合うか』。
それぞれにいいところがあるんだから、認め合ってほしいんだけど。
今日に限っては、ケンカしたら二人とも追い出すと事前に言ってあるので、珍しく二人とも大人しくしている。
まぁ、レオンについてはグレッダさんの目の前だから余計に変なことは出来ないだろう。
「あ、あらためて結婚おめでとう、グレッダさん、セレスさん。これ、ちょっとだけど二人の結婚祝いに」
そう言って私はセレスさんに封筒を渡す。
一応ちゃんと貴族の贈り物ルールにのっとった、装飾のある封筒だ。
「おいおい、俺たち相手に気なんか遣わなくていいんだぞ?」
「へぇー、何これ。開けてもいい?」
「いいよ」
セレスさんもこの場では言葉遣いを今まで通りにするつもりらしい。
言葉の中に貴族らしさがひと欠片も入っていなかった。
彼女は封筒の中から目録を広げ、読み上げた。
「『魔導空調機 』? なにこれ?」
「ふふーん。私が今作ってる王城資格試験用の魔導具。今までと違って温かい風や冷たい風を出すんじゃなくて、部屋そのものの空気を冷たくしたり、温める、通年用魔導具よ」
「……おいおい、また危なそうなもんを作ったなぁ、セレナちゃん。もしそれが叶うとすると、貴族の屋敷から注文が相次ぐぞ?」
「えっ、でも貴族の屋敷は大きい魔導具で無理やりそういうこと出来るでしょ?」
「そうは言うが、毎日使うものだからな。もし節約できるなら節約して、他に重要なことに回したい。貴族ならそう考えるはずだぞ?」
なるほど、日常的に使わないとやってられないけど、本来そんなところにお金をかけたくないのは誰しも一緒か。
私はそっちよりも風を当てて涼むんじゃなくて、部屋ごと涼しいっていう日本のエアコンを体験したかっただけなんだけどさ。
「まぁ、その時はグレッダさんたちよろしくね。頼りにしてるよ」
その言葉に思いっきり苦笑いをされたけど、目録とともにその苦笑いも収めてくれたようだ。
「それでだな、今日の用件なんだが。セレナちゃんたちの今後について、ちょっと確認しておきたくてな」
「これから先って言うと、どの部分のこと?」
「まあ働き方みたいなところだな。ずっとベーネ工房か?」
「いや、私はいずれ自分の工房を持ちたいから、そのうち離れると思うよ。で、その時までにベーネ工房に何を残していけるかなぁって思ってるの」
「そうか。ベーネ殿も近々引退なさると聞いたからな。少し気になってな」
そういうグレッダさんの顔は少し残念そうにも見える。
ははぁん?
「もしかしてギルドの工房とかに私を引き抜こうとか思ったんでしょ?」
「ぐっ! な、なんでそう思った?」
「ほっぺのここにね、書いてあるよ。『ギルドに欲しいなぁ』って」
そう言って私がほっぺを指さすと、慌てて紙ナプキンでごしごしとこする。
隣にいるセレスさんがクスクス笑いながら「そんなわけないですよ、グレッダ様」と、伝えると、憮然とした顔になり私を睨んできた。
「大人をからかうのは感心せんな、セレナちゃん」
「偉ぶってもダメだよ、グレッダさん。こすった時点で負けだって」
「ぬぅ……しかし、レオンが花かは別として、両手に花とは若いうちからやるなぁ。俺にもそのやり方をもっと早く教えてもらえれば……いたっ、いたたっ、こっ、こらセレス!」
あーあー、しっかり髭引っ張られてるよ。
そりゃセレスさんの前でそれ言ったら怒るって。
ずっと慕い続けてた相手が他の女性にもモテたかったなんて言ったらねぇ。
あーあ、これでグレッダさんは尻に敷かれるの確定だな。
「両手に華とは言うけどさ、それぞれタイプ違うからね」
「将来的に結婚とかはどうするんだ?」
「ちょっ……! マリーナと付き合い始めたばっかりだから、その辺いったん保留してたのに、なんでこの場で聞くかなぁ?」
「誤魔化しても仕方ないだろう? 女性同士の付き合いは一般的に認められているとは言え、女性同士の結婚というのはなかなか見ない例だ。特に貴族の世界ではな」
「えっ、そうなの?」
思わずマリーナの顔を見ると、「まぁ、そうね」と気にしていなさそうだ。
「そうするとレオンとセレナちゃんが結婚するところに、例えばマリーナ嬢をレオンの第二婦人として迎え入れるとかが一番体裁はいいだろうが、そういう気はあるのか?」
「えぇ~、レオンと私が結婚?」
「別に俺たちが好き同士とかではねぇからなぁ」
そう言う二人に胸がちくっと痛んだが、たしかに私を軸にレオンとマリーナがそれぞれ繋がってるだけで、綺麗なトライアングルとかではない。
「そうか。まあしかし三人が悔いのないような形を選ぶといい。それとレオン。もしセレナちゃんとの結婚を考えてるのなら、あらためてどうだ?」
「えっ、まさかまたあの話を蒸し返そうとしてますか、グレッダさん?」
「あぁ。しかし前回とは違うぞ。きちんとお前がそうなる意味があるだろ?」
「なんの話?」
「俺がフォルティウス家の跡継ぎにならないかって話だよ。そうすればグレッダさんが身を引けば俺が伯爵家当主になる。その時結婚してりゃ、セレナは晴れて伯爵夫人だ」
はっ、伯爵夫人!?
いやいやいや、ちょっと待った!
「グレッダさんとセレスさんだってこれから子ども作れるでしょ? そんなレオンなんかに譲る必要ないじゃん」
「『なんか』が余計だ」
握りこぶしが頭に落ちてきたが、そんなことより二人だ。
私は頭を抑えながら、セレスさんを見つめる。
「うーん、私はグレッダ様に従うからね。レオンくんは昔から知ってるし、別に私はそれはそれでいいかなーって思うよ」
「どうだ、レオン。セレナ嬢のためにも受けてみる気は――」
「ちょっと待った!」
手を伸ばしてその言葉を遮る。
「レオン、もし決めるのが私のためってことなら、そんなの考えないで。私は別に伯爵夫人なんかになりたいわけじゃない。あなたがグレッダさんと自分とカイル様と、周りとの関係を考えて、それでも受けたいってことなら受けていい」
「その理屈だとそこにお前も入るんだけどな」
「あ……わ、私はなし、対象外!」
「なんでだよ」
目を閉じながら苦笑いを浮かべると、レオンはグレッダさんに向き直りきっぱりと告げた。
「俺は冒険者ギルド長を継がせてもらえるだけで充分なんですよ。それ以上を望んだら罰があたっちまう。もしグレッダさんたちにお子さんが出来て、お子さんが大きくなるまでの期間が不安ってことなら、一時的に預かるとかはします。でも、俺がまるまる継ぐわけにはいきませんよ」
「それに、アドルフォス家との関係を出来れば切りたくないんでしょ?」
まさかのマリーナから助け船が出てきた。
「私だって一人娘だから、このままセレナに傾倒してたら家がなくなっちゃう。それは私の望むところじゃないの。だから、二人にはそのまま結婚してもらって、私は私で理解ある旦那さんを捕まえて、セレナとの付き合いは続ける。そうするつもりよ」
そっか、みんなちゃんと自分の『家』というものにこだわりを持ってるんだな。
貴族は高い魔力を維持するために養子とかは当たり前と聞いていたから、その点で貴族に対しては少し納得できなかったけど、こういう気持ちもあるんだと思うと、少しだけ安心した。
その後は難しい話をすることもなく楽しい夕食会が進んだんだけど、三人の将来をどういう形にするのかという問題はこの日をきっかけに、私の中で少しずつ大きくなっていったんだ。




