第303話 新しい選択肢
その日、私は王城試験の魔導具についてティミナにコンセプトを説明していた。
部屋の天井付近の壁に設置をして、目の高さあたりに温風と冷風の切り替え、並びに風の強さを設定出来るスイッチを付ける。
噴き出し口は二つ。天井に沿って風を流すものと、床方面に風を流すもの。
床方面だけは直接風が当たって嫌なことがあると澪が言っていたので、三段階くらいに風の向きを変えられる機構も盛り込んでおいた。
……さすがにこれは手動だけどね。
「セレナせんぱーい。で、なんでこれの仕様書を私が書いてるんですか?」
「言ったでしょ、あなたの修行のためよ。私はすでに自分で仕様書書いてるから、ティミナが書き終わったら私のと答え合わせね。もしコンセプトを外してたり、矛盾のあるものを作ったりしたら……ひどいわよ?」
「まったく、彼氏だけじゃなくて彼女まで出来たとたんに自信つけるんだから……いったぁー!!」
失礼なことを言う後輩のお尻を思いっきり叩いてあげる。
師匠直伝だが、師匠ほど痛くはないはずだ。
師匠のは……その、なんていうかお尻が爆発するような痛みがあるから、あれを人にするほどの度胸はまだ私にはない。
「馬鹿言ってないでちゃきちゃきと書き上げる! 早くしないと夕飯も抜きにするわよ」
「ううぅ……高等学校の焼き付け特訓を思い出しますぅ」
一般的な魔導具師ではベテランの領域に入る頃にようやく覚えられると言われている、『同時制御』。
一本の線で回路を焼き付けていくのではなく、複数の魔力線を発動して一気に焼き付けていく技術。
私たちの代とティミナとクーラまでは、私が責任もって指導をしたおかげで全員が使えるようになっていた。
特訓中はかなり恨まれもしたものだけど。
「はいはい、ちゃんと出来たら夕食に『至福の甘味』のシフォンケーキつけてあげるから、頑張りなさい」
「えっ! 生クリーム付きですか?」
「……成績によっては」
「分かりましたっ! 頑張ります!!」
現金なやつ……。
翌日。
今日はリオを連れてレオンと公園に来ていた。
リオはこれでも『疾風犬』という魔物のため、王都で連れ歩く際は必ず首輪とリードが必須となる。
でもそれだと全然走り回れないので、たまにこうして公園にある犬専用の遊び場に連れて思いっきり走り回らせてあげてるのだ。
私は入口でリードと首輪を外す。
「リオ、走るのは良いけど風魔法使っちゃダメよ? 他の犬傷つけたらここで走り回れなくなっちゃうからね」
私の言葉に「ワンッ!」と尻尾を振りながら答える。
「なぁ、こいつセレナの言葉分かってるのか?」
「さあ? でも分かってるような気はするよ。ちゃんと言ったことは守ってくれるから」
私たちのそんな会話をよそに、リオは走り去っていった。
遊び場の外周を囲む柵ギリギリを心行くまで走り回っている。
その顔はとても楽しそうに見えた。
「ふふっ、楽しそう。しばらく楽しんでね、リオ」
「セレナ、少し座るか。飲み物買ってきてやるからちょっと待ってろ。何がいい?」
「あー、じゃあオレンジソーダお願い。今日少し暑いからさ」
「分かった」
そう言うとレオンは屋台へと歩いていく。
あー、なんか平和でのんびりしてていいなぁ。
私は目を閉じて、ベンチの背もたれに背中を預けた。
春先の頬を撫でる風が私の体を緩ませる。
「ふぅ……」
ちいさなため息をつくと、「ダッ!」と力強く地面を蹴る音が聞こえた。
目を開けるとリオが遊び場の柵を飛び越えて、風の魔力をまとい、私の元に向かって一直線に駆けてくる。
「わっ、ちょっ、待った、リオっ!」
両手を前に突き出して衝撃に備えるが、今回リオは私に当たらずにその少し手前で足をふんばりブレーキをかけて、私に向かって唸り声をあげた。
「グルルル……」
「え、何? 私なにか悪いことした?」
「クゥン……グルル」
一瞬見せた甘えは、私に向かって唸ってるわけではないということかな?
すると今度は二人分の飲み物を片手に持ったレオンがゆっくりと戻ってきて、近くに来たところで手を私に向けて広げ、魔力を集める。
「レオンっ! あんた何するつもりよっ!」
「『氷弾』!」
レオンの手のひらから氷の粒がいくつか生まれ、私の頭の上を通り過ぎ、後方の林の中へ飛んでいく。
すぐに「うおっ!」という声が少し離れたところから上がる。
「誰だか知らねぇが、セレナに何かするなら俺とこいつが相手するぞ」
そう言ってリオの頭を撫でる。
「ひっ!」
短い悲鳴を上げて誰かは走り去っていった。
「な、なんだったの?」
「たぶん大商人か貴族の使いだろうな。お前、注目されてる自覚ねーだろ?」
「うん、ない」
「これだからなぁ。たぶん俺が離れたのをこれ幸いと、声かけようと近寄って来たんだろうな。そこをこいつに見つかったと」
レオンはリオの首周りを撫でながら「よくやったな、リオ」と褒めて、顔中なめられて苦笑いをしている。
「しっかし、声かけるならこそこそせずに普通に声かけてくれりゃいいのよ。そうしたら普通に正面から断ってあげるのに」
「それをやると兄上、オーギュスト様にグレッダさんへ同時にケンカ売ってますって宣言するようなもんだからな。こそこそするしかねーのさ」
「あー、そういえば『黎明祭』でそれ宣言してたっけ」
「王都でもこんなことが起きうるわけだから、もう少しピリッとしとけよ? 俺の目の届く範囲ならいくらでも守ってやるが、いない時はどうしようもねぇからな」
「その割にはリオの方が気付くの早かったけどね?」
すると、リオが後ろ足で立ち上がって前足を私の足に乗せて甘えようとしてきた。
なので、そのまま体を抱き上げて抱きしめてあげる。
「ふふっ、レオンと違ってリオは頼りになるねー」
「くっ! し、仕方ねーだろ。『疾風犬』は人の数倍の耳の良さで、特に気配に敏感なんだ。だからロクな力もないのに、他の魔物に襲われることなく生き延びてられるんだからよ」
「ふーん。その割にはお前、チビの時に怪我してたよね?」
「そりゃぁ体の動かし方もロクに分かってないころは無理だろ。俺たちだって同じなんだからさ」
そう言うとレオンは私の前にしゃがみこみ、リオの体に手を置いた。
「リオ、お前が俺の言葉を分かるかは分かんねぇけどよ、もし俺がいなくてお前ひとりでセレナを守り切れない時はすぐに呼びに来い」
「レオン……リオ、分かった?」
「ワンッ!」
うーん、どっちだ?
よく分かんないけど、分かってくれたと思うしかないな、これは。
「さて、変な邪魔が入っちゃったけど、リオももう少し遊びたいでしょ? 今度はレオンがそばにいるから大丈夫だよ」
リオを遊び場に戻し、私とレオンはベンチに座って飲み物を飲みながらのんびりと過ごす。
すると、レオンが珍しく将来のことについて聞いてきた。
「セレナ、お前自分の工房を持つのが夢って言ってたよな?」
「ん? うん、そうだね」
「それは、自分で工房を建てることが夢なのか? それともどこかの工房の責任者……例えばベーネ工房の跡を継ぐみたいなことも含むのか?」
「うーん、まあうちの工房はきっとクラリスさんが継ぐから私はそこには入れないけど、私は自分で自由に魔導具を作りたいんだ。だからそれさえ叶うなら別にどこかの工房の責任者でも構わないよ」
「なるほどな。工房そのものが欲しいんじゃなくて、自由に開発できる環境が欲しいってわけか」
「そそ。でもそのためには雇いの魔導具師だとなかなか無理じゃん? だから工房建てるしかないなぁって思ってたの」
私の言葉にレオンは顎に手を当てて少し考え込むような顔をする。
なんだろう? 工房の責任者なんて選択肢を出してきたってことはベーネ工房でクラリスさんの跡を継げっていいたいのかな?
「そうか。あのよ、可能性の一つくらいとして考えておいてもらいたいんだが。例えばうちの邸内にある、魔導具工房の責任者としてお前を立てて、そこで自由に魔導具を作ってもらうっていうことも出来ないわけじゃねぇ」
「へっ? 私がアドルフォス家付きの魔導具師になるってこと?」
「あぁ。たぶんお前なら兄上も縛り付けたりするよりも放っておいた方がいいって分かってるだろうからな。兄上が当主になったらそういうことも可能になるかもしれない」
「あ、あぁ……そっか。それはちょっと考えもしない未来だったな」
提示されたあまりに突然な未来。
そして気付いてしまった。
たぶんこれ、私の理想の環境に近づく一番早い方法だって。
けど……。
「そうだね、そういう未来もありかもしれない。でもさ、なんかカイル様におんぶにだっこでずーっと面倒見てもらうのも悪いじゃん? それに、それだと私自身の力って結局何なんだろうって分かりにくいし。だからレオンには悪いんだけど、もう少し試させてくれないかな?」
「まぁ、お前ならそう言うと思ってたよ」
そう言ってレオンは私の手を取る。
「けど、人に頼ることは悪いことじゃねぇ。重要なのはその先でお前が何を残すかだろ? 今無理に来いなんて言うつもりはねぇけどよ、その時は遠慮せずに頼って欲しいんだ」
「うん、ありがとう。その時は甘えさせてもらうね」
「あぁ」
レオンに肩を抱き寄せられながら、私はふっと犬の遊び場に目を向ける。
リオが楽しそうに走り回って、他の犬たちとじゃれ合っていた。
アドルフォス家付きの魔導具師か……。
その可能性はすごく楽しそうな未来にも思えたし、努力もしない自堕落な道にも思える。
けど、レオンのことだから私との将来を考えて提案してくれたのだろう。
そろそろそういう先のこと、もっと真面目に考えなきゃいけないかもしれないな。
レオンとマリーナ。
恋愛と結婚。
工房の王城資格試験。
考えなければいけないことがどんどん増えていることに気付き、私は思わず苦笑いを漏らすのだった。




