第259話 温かい約束
ある日。
レオンが私を失意のどん底へと突き落とす。
あまりの酷さに、思わず泣きそうになる。
その場が冒険者ギルドでなければ泣いていたかもしれない。
「はぁっ!? なんで黎明祭で『降り注ぐ光』の計画のこと話さなきゃなんないのよ。しかも私が!」
「俺に当たるなよ。兄上からの伝言だ。薄型魔導回路自体、黎明祭での発表だったろ? だからそれがどういう形でまず世間に広まるかをきちんと報告すべきだってな」
「なら、カイル様がやりなさいよ。私は現場責任者だって言ったでしょ」
とは言えそんな実務的な話は、本来貴族のすることじゃないのは分かってる。
ましてや侯爵家次期当主なんて立場の人ならなおさらだ。
でも、少しくらい文句言わせてくれてもバチは当たらないよね?
「お前も分かってんだろ?」
人の心を読んだかのように、レオンが諭すような口調で話しかけてくる。
むぅーっ!
分かってるけど、分かってるけどさっ!
「もー! 分かったよ、やるよ。この意地悪兄弟!」
「なっ、俺は関係ねぇぞ」
「兄の行為は弟の責任」
「そんなことあってたまるか!」
しかし、黎明祭ってもう二週間後じゃんか。
なんで毎回余裕がないことさせるかな。
去年だって出られなかったけど、ティミナたちのせいで……。
「あれ? そういえば今年の決勝進出者ってもう分かってるよね?」
「ああ。たぶん競技場とかに張り出されてんじゃねぇか? 前はそうだったからな」
前にウルヴィスに行ったとき、彼女たちは私のカタキを取るために出場してるって言ってた。
単に私が怪我して出られなかっただけなんだけどね。
あの頃はたぶんまだ地方予選のはず。
あの子たち、ちゃんと決勝行けたのかな?
「ちょっと見てくる!」
「おう、付き合うぜ」
競技場の入口付近は人がたくさん集まっており、やれ誰が優勝しそうだなどという話で持ちきりだった。
人をかき分けて前に進むと出場者一覧が貼られており、魔導具部門には……
「あっ! ティミナとクーラいる! 良かったぁ」
「けど二年の名前がねぇな? やっぱ出場枠が広がったからきつかったのか」
「出場枠が広がった?」
私が不思議そうに聞くと、レオンが呆れ顔になる。
「おいおい、お前から言い出したって聞いたぞ? 大都市周辺の街から参加を認めたり、間に合いさえすれば他の都市の予選に出ても構わないってのは」
「あっ! 忘れてた。そういやそんなの言ったね。あは、あはは……」
初年度に提唱した時に、徐々に条件緩和をして黎明祭も変化してることを見せろと、カイル様から注意されたんだった。
翌年はティミナたちに任せてたし、今年はそもそも関わってすらいない。
なのですっかり忘れてたのだ。
「まったく。それが初代学生責任者の言葉かよ」
そのレオンの言葉に、周囲のやじ馬たちが反応した。
「初代学生責任者?」
「おい、あれ初代の魔導具部門の優勝者じゃねぇか? なんか赤い髪だったぞ?」
「もしかして、セレナ・シルヴァーノ? あの変装騒ぎの?」
「まさか。貴族にとんでもねぇ口をきいたから処刑されたって聞いたぞ?」
おいおい、人のウワサってのは本当にアテにならないな。
誰が処刑されたって?
ついこの間殴らせろって当人に聞いてきたばかりだよ。
「ちょっとちょっと、何勝手なこと言ってくれてんのよ。処刑なんてされてないし!」
「じゃあ、やっぱり本人か! すげぇ、おーいみんな、ここに初代魔導具部門優勝者のセレナ・シルヴァーノがいるぞ」
野次馬Aのとんでもない叫びのおかげで、周りにいた人たちがいっせいに私とレオンを囲む。
「よく見りゃこの兄ちゃんも騎士・衛兵部門で優勝してた銀髪の兄ちゃんじゃねぇか?」
「おう、そんな感じの格好してたような気もするな」
まずい。
レオンのせいで逃げられなくなってきてる。
いや、別に悪いことしてるわけじゃないからいいんだけど、ここに居続けるとめんどくさそうなことになりそうな気がしてきた。
私はレオンの耳に口を寄せて小声で聞く。
「ちょっと、レオン。『空駆ける者』持ってる?」
「あ? 一応付けちゃいるが。お、おい、まさか?」
「あそこの屋根くらいならいけるでしょ? 屋根から屋根は行けるよね?」
私は競技場の向かいにある建物の屋根を指さした。
二階建ての建物だから、きっとレオンならあそこから飛び降りても大丈夫だろうと踏んだのだ。
「お前……なんでそういうことを瞬時に思いつくんだよ」
「んー、才能?」
「バカ野郎、調子に乗るんじゃねぇ」
そんなことを言いながらもレオンは私を抱きかかえる。
周りを取り囲んでいた群衆はそれを見て少しだけ後ろに下がった。
「はい、今!」
「あいよ」
ドンッ!
すさまじい音を立ててレオンと私の体は浮き上がり、あっという間に目の前の建物の二階へ。
そしてそのままレオンは私を抱きかかえてその場から走り去る。
私たちを取り囲んでいた群衆はあっけにとられて私たちを見上げるばかり。
「へへっ、なんか気分いいね」
「あんま調子に乗るなよ? 明日には王都中大騒ぎだぞ。人が空を飛んだってな」
「その時はレオンの身体能力の凄さってことにしておいて。魔法使いましたーとか言って」
「冗談じゃねぇ。冒険者ギルドの新製品プロモーションとでも適当にうたっておくさ」
なるほど。
それはそれで上手いやり方かも。
レオン意外と商才あるかも?
しかし……なんかこう長いこと抱きかかえられるのは慣れてないからちょっと照れてきたな。
ほんの少し見上げるとレオンの顔がすぐ目の前にあるし。
自分の胸に手を置いていると伝わってくる鼓動の速さは、きっと……。
「ねぇ、レオン」
「なんだ?」
「今度さ、ヒマになったらでいいんだけど、二人でどこか行きたいな」
「ん? 旅行ってことか?」
「旅行でもなんでもいいんだけど、あまり二人きりの時間ってないじゃない?」
レオンは少し考え込むように斜め上へ視線を向ける。
やっぱり依頼がいつ入るか分からないから難しいかな?
諦めようかと思ったその時に、
「いいぜ。新人の面倒を見るのが三月で終わるから、四月に入ってからなら多少は余裕があるはずだ。ついでだからお前の誕生日祝い兼ねて遊びに行くか」
「ホントッ!?」
ダメかと思ってた。
だから余計に嬉しい。
実はちょっと気になってはいたんだ。
レオンと近しい関係にはなったけど、王都にいるとだいたい必ず誰かが一緒にいる。
この前の年末のグレッダさんの屋敷でのちょっとした時間みたいなのはとれるけど、なんかこう、もう少しそういう関係っぽい時間が欲しいなって。
……似合わないのは分かってるけどさ。
ちょっと、ほんのちょっとだけ、寂しい時もあるんだよ。
誰の目もはばかることなく抱きしめ合ったり――って!
何考えてんだ私。
違う違う、私らしくない!
そんなこと……もう、よく分かんないよ。
似合わない、私らしくないっていう自分もいるし、レオンに甘えてしまいたい私もいる。
どっちも正解でどっちも間違いな気もしてきて頭がふわふわしてくる。
「……い、おい、セレナ」
「ひゃっ! な、何?」
「お前から言い出したんだろうが。何ボーっとしてんだ。行きたいところはあるのか?」
「ん、ない」
「はぁ?」
「二人だけでゆっくりしたいの」
するとレオンが急にストップする。
ちょっ、ここまだ屋根!
「セレナ、二人でゆっくり以外に何か希望はあるか?」
「えっ? うーん……あっ! 魔導具、魔導具見たい!」
「てめぇ、俺関係ねぇじゃねぇか」
「あはは、ごめん。でもその土地土地の魔導具ってやっぱり見てみたいんだよ」
「じゃあ俺がいくつか見繕ってやる。その代わり文句言うなよ?」
「言わないよ。レオンが選んでくれるのなら」
時間は昼間。
場所はどこかの建物の屋根。
けど、そんなの関係ない。
私はレオンの首に回していた手に力をこめて起き上がり、彼の頬に口づける。
「なんでほっぺ?」
「へへっ、力が足りなかったよ」
「そういう時は言えよな」
そう言って彼は私の頭の後ろに手を回し、強引に顔を近づける。
「んっ……」
唇に感じる温かさ。
それに心から幸せだなぁと感じていた、その時。
「あー、あんなところでえっちなことしてるやついるぞ」
「あれまほうつかいのおねえちゃんじゃない?」
「ふんっ、おとながあんなところで」
うわぁぁぁぁっ!
なんであの子たちこんなところに。
子ども用魔導具のアイデアに悩んでる時に話を聞かせてもらってた子どもたち。
まずい。
変なところを見られた。
「レオン、ダッシュ! 逃げて、早く!」
「そ、そうだな。すまん、つい調子に乗った」
言うが早いかレオンは今まで以上、まるで戦闘時のスピードでその場を離脱する。
背後で子どもたちが何かを叫ぶ声が聞こえたが、言ってる内容までは聞き取れない。
まずったなぁ……。
次会った時どうやって誤魔化そう。
旅行という温かな約束と引き換えに、キスしているところを子どもに見られるという冷え冷えとした気持ちを手に入れ、私とレオンは冒険者ギルドへと戻るのだった。




