第2話 魔導具師への覚醒
ガチャリとドアを開けた、その瞬間だった。
「セレナァァッ!! お誕生日おめでとうぅぅぅ!!」
パパが両手を広げ、ものすごい勢いで私に向かって駆け寄ってくる。
思わずドアを閉めると、ガンッ! という鈍い音が響いた。
「セレナぁ……お、おめでとう」
ドスン。
たぶん、パパが落ちた音。
かわいそうとは思うけど、あのまま放っておくと持ちあげられて、天井にぶつかりそうなほどの高い、高いをされる。
あの頭の後ろにヒヤッとした感覚が走るのは、何回されても怖いんだよね。
すると、ママが戻ってきたようだ。
「あらあら、今日はセレナの勝ちね。ほらっ、あなた起きてちょうだい。セレナが出られないわよ」
「うっ、ううん……さすがセレナだな。五歳になってますます俊敏になってきたぞ」
パパの足音が遠ざかっていくのを確認して、私はドアを開いた。
「パパっ!」
私が呼びかけると、パパは頭を抑えながら振り向いた。
「あの、あのね。ごめんね、痛いことして。でも……ありがとっ」
二コリと笑うと、パパも頭から手を離して、落ち着いた笑顔を返してくれた。
「セレナ、五歳の誕生日おめでとうな。さあ、朝ごはんを食べようか。今日はお前の好きなデザートもついてるぞ?」
「ホントッ!?」
テーブルに駆け寄り、椅子に飛び乗る。
ママが「こら、はしたないわよ」と怒りながらも朝ごはんを運んでくれる。
今日の朝ごはんは、焼きたてのパンに温かいスープ、そしてデザートには私の大好きな『月の葡萄』が出てきた。
甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がる。
んー、おいしい!
今日はさいっこうのお誕生日だなぁ。
◇◆◇
朝食を終えて、私は家の中の工房に向かった。
ここはママがお仕事をする場所。
ママは『魔導具師』なんだって。
私はママの近くで工房の簡単なお掃除や道具運びのお手伝いをするのが日課になってる。
工房の中央に置かれた広い机の上には、修理中のランタンと、複雑な模様が書かれた紙が置かれている。
これが『魔導回路』って言って、魔導具を動かすための設計図。
修理中のランタンを見てたら、あの時の光景が脳裏によぎった。
たぶん半年くらい前のこと。
みんなでご飯を食べに行った時、急にお店の中のランタンが一つ消えちゃって、近くのテーブルのお客さんがとっても困ってた。
でもママがランタンを外して、ちょっと中を見たら、パパッと直してすぐに明かりがついた。
その明かりを見た時のみんなの、とてもホッとしたような笑顔が忘れられない。
(あの時のママ、すごくかっこよかったなぁ)
私もいつか、あんなふうに誰かを笑顔にできたらいいな。
そんなことを考えていたら、ママが魔導回路を自分の手元に寄せた。
「えーと? ……はいはい、このタイプね」
ママは難しい回路をチラッと見ただけで、すぐに机の脇にどけちゃった。
そして指先から魔力を出してジジジ……と鉄の板に回路を描き始めた。
ママが作業に集中しているので、私は横にどかされた魔導回路の紙を手に取る。
じーっと眺めてみたけど、何が書いてあるのかさっぱり分からない。
私、もしかして魔導具師に向いてないのかも……。
そう、諦めかけた瞬間。
……いたっ!
頭の奥にチリッという痛みが走った。
すると、さっきまで意味不明な図形でしかなかった魔導回路が、まるで『水の流れるパイプ』のように見えた。
一つ一つの回路の意味が頭に入ってきて、パズルのように私の頭の中で組みあがり、ランタンが光る仕組みが理解できた。
あれっ、でもここって……。
「ねえママ。ここの線、こっちに繋げたほうが、通りやすいんじゃない?」
私は図面の一箇所を指さした。
増幅させた魔力が無駄に流れてるせいで魔力が減ってしまってる。
近道を作ってあげた方が、もっと明るく光って、夜見えやすくなるんじゃないかな?
私の手から魔導回路を受け取り、ママは隅々まで目を通し、驚きの声をあげた。
「えっ? ……うそ、本当だわ!」
目を丸くして、私と図面を交互に見比べる。
「この組み方なら魔力減衰が少なく済む。セレナ、魔導回路なんていつから分かるようになったの?」
「ううん、分からないけど、こっちの方がなんかキレイに流れそうかなーって思って」
私の言葉にママは「五歳で回路の最適化を直感で見抜くなんて……」と、信じられないものを見るような目で呟いた。
けど、同時にその目には、ママが楽しそうなものを見つけた時の光が宿っていたのにも気づいた。
「ねぇ、ママ。私にも魔導具作れるかな? ママみたいに、みんなを笑顔にする道具を作りたい!」
「うーん……そうね、ちょっと試してみましょう」
ママは嬉しそうに私の頭を撫でると、棚から水晶玉がついた機械を取り出した。
「まずはこの『魔力測定器』で、セレナに魔力があるかどうか調べないとね。魔力がなきゃ魔導具は作れないから。さ、ここに手を置いて」
私はドキドキしながら、ひんやりとした石に右手を乗せた。
(魔力、あるかなぁ。あるといいなぁ……)
魔導具のことを覚えられれば、もっとママのお手伝いができる。
それにいつか、あの笑顔を私が作れるようになるかもしれない。
自然と胸の前で手が組まれ、「お願い、お願い」と祈り続けた。
キュィィィン……カッ!!
『魔力測定器』から溢れた光が、部屋を白く染め上げた。
その後、赤、緑、水色……三つの色が混ざり合って、工房を照らし出す。
「うわっ、まぶしっ!」
「あらあら。……これは、予想以上ね」
のぞき込んだママが驚きの声を上げる。
「すごいわよ、セレナ。あなた、『火』と『風』、それに『氷』の属性を持ってるわ。魔力の量も、将来が楽しみな『A判定』ね」
「えっ、ほんと!?」
やったぁ!
私は嬉しくて、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねた。魔力があった。しかも、ママが驚くくらいいっぱい!
「これで魔導具作れるね!」
「ええ。それに属性持ちなら間違いなく魔法が使えるわ」
「えっ、魔法も使えるの!?」
ママの説明を聞いて、私のテンションはさらに上がってしまった。
絵本に出てくる、あの火の玉みたいな不思議な力!
「やりたいっ!」
「えっ、ちょ、待ちなさいっ! まだ制御の仕方を――」
ママが止めるのも聞かず、私は目を閉じて自分の手に意識を集中させた。
私の属性に『火』がある。
だったら、あの絵本みたいに!
(火よ、出ろー! えいっ!)
強く念じる。
その時、また頭の奥で何かがチリッとした。
一瞬、閉じた目の裏に知らない映像が浮かび上がる。
それは見たこともない青白い炎が、「ゴォォッ!」と激しい音を立てて噴き出す光景だった。
(……たぶん、これだ)
私は無意識にその「音」と「勢い」を真似して、ありったけの力を指先に込めた。
すると、
ゴォォォッ!!
指先から、焚き火を丸ごと投げつけたみたいな太い炎が噴き出した。
熱い風が顔を叩く。
「うわあっ!?」
「あぶない!!」
ママが青い石を掲げると、大量の水が現れて私の炎を飲み込んだ。
ジュウウウ……ッという音と共に、工房が真っ白な湯気でいっぱいになる。
「げほっ、げほっ……」
視界が晴れると、机の上の図面が半分くらい焦げて、黒くなっていた。
床も水でビショビショ。
そして横には、腕組みをして目が吊り上がったママの顔。
あぁ、やっちゃった……。
◇◆◇
「セレナ、制御できない魔法は何が起こるか分からない。見たでしょ? あの火がそのままあなたを焼くことだってあるのよ!」
工房の床で正座をさせられて、私は小さくなっていた。
普段は優しいママの顔が、まるで絵本に出てくる鬼のように怖い。
「ごめんなさい……」
「今日から許可なく魔法使うの禁止! 分かったわね?」
しょんぼりと頷く私。
すると、ママが私の前にしゃがんで、抱きしめてきた。
「もう、あなたが死んじゃうかと思ったじゃない。本当に……良かったわ」
ママの目尻に涙が浮かぶ。
その涙に、胸がきゅぅっと痛くなった。
でも、反省しているのと同時に、私の胸の奥は高鳴ってもいた。
頭の中に浮かんだ不思議な映像。
あれの通りにしただけで、あんなにすごい炎が出せた。
まるで、私の中に――やり方を知っている何かがいるみたいだ。
(……もっと知りたい。魔法をちゃんと使えたら、もっとパパやママの役に立てるかも)
焦げ臭い工房の中、私は禁止されたばかりの魔法への好奇心を、抑えることができなくなっていた。
チリッと走る、セレナの才能。澪から託された知識は、セレナの願いに応じて湧き出てきてるみたいですね。
次回、第3話「魔力抽出のコツ」
魔法は禁止されましたが、魔力操作の練習は魔導具師に必要不可欠。ママはセレナへ新しい課題として魔力抽出を課しますが、その教え方が独特過ぎて……。
ところで禁止令、守れると思います?(笑)




